僕のヒーローアカデミア 偽りの福音   作:ペプシ飲みたいマン

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第弐拾五話 声の価値

 新入生の入学式が終わった、翌日のことだった。

 放送部の部室で、いつものように話し合いをしていると扉が、控えめに叩かれた。

 

(……誰だろう?)

 

 顔を上げると、ゆっくりと部屋の中へ入ってきたのは、新一年生の少年。

 濃い隈のある目元が印象的で、どこか眠たげな雰囲気……なのに、その足取りには妙な“覚悟”のようなものが宿っていた。

 

「し、心操人使です。よろしくお願いします」

 

 自己紹介は短く、無駄がなく、でも失礼にならないように丁寧で。

 最初の印象こそ気だるげだったが、こうして言葉を交わすと分かる彼は、すごく真面目な人だ。

 

 放送部関係は完全に初めてらしく、機材を見るなり首を傾げたり、メモを取ったりしている。

 だが質問は的確で、分からないところは素直に聞ける子だった。

 

「ここを触ると音量が上がるんですか?」

「このマイクって、普通のとどう違うんですか?」

 

 僕の説明を食い入るように聞きながら、何度も「なるほど」と頷く。

 

(へぇ……意欲がある。伸びるタイプだ、こういう子は)

 

 ある時のことだ。

 

「あの……新世先輩。昨日言っていた『語り』、なんですけど」

 

「ああ、一緒にやってみるって話の」

 

「……はい。でも、俺、まだ……自信がなくて」

 

 言葉を濁した。

 瞳の奥で揺れる影が、すぐに分かった。

 

(やっぱり。自分の“個性”のこと、気にしてるのかな?)

 

 ヒーローを目指しているのに、個性が洗脳。

 その矛盾に、きっと彼自身が一番戸惑っているんだろう。

 

 僕は機材の電源を落とし、考える。

 

(さて……どう声をかけてやるべきかな)

 

 心操人使という少年は、まだ自分の個性の“意味”に気づけていないのだ。

 

 

 ♦♦♦♦

 

 

 土曜日。

 今日は週明けの放送内容の打ち合わせだけで、活動は昼前に終わった。

 

 部室を片づけながら、部長や声田くんは「午後どうする?」なんて話で盛り上がっている。

 賑やかな声が飛び交う中で、僕はふと視線を横へ向けた。

 

(……あれ。心操くん、もう帰り支度してる)

 

 彼は騒ぎに混ざることなく、ひっそりと荷物を肩にかけていた。

 その横顔は、どこか「邪魔しないように」と気配を薄くしているようにも見えて。

 

 みんながわいわいやっている輪の外。

 そこに彼が立つ姿が、なんだか気になった。

 

 部活が解散になり、僕は校門まで歩いていった。

 その前を、心操くんが一人でトコトコ歩いていく。

 

(……うん、ここだな)

 

「心操くん」

 

 呼びかけると、彼は少し驚いたように振り返った。

 

「もしよかったら……帰り道、一緒にどう?」

 

 一瞬だけ、心操くんの目が揺れた。

 誘われ慣れていない感じの反応だ。

 

「……はい」

 

 そう言ってくれた。

 

 僕たちは並んで歩き出す。

 春の風がゆっくりと吹いて、制服の裾を揺らす。

 

「放送部さ、どう? 楽しめてればいいんだけど」

 

 率直に聞いてみる。

 あの場所で、彼が“居場所”を感じられているか、それが気になった。

 

 心操くんは少し考えるように視線を下げた。

 

「……まだ、分かんないこと、たくさんありますけど。なんとか……やってます」

 

 いつもの低い声で、でもどこか照れくさそうにそう言った心操くんに、僕は小さく息をついた。

 

「それはよかったよ」

 

 素直にそう返す。

 彼の負担が少しでも軽くなっているなら、それだけで嬉しい。

 

 歩きながら、ふと思い出したことを口にする。

 

「そういえば……最初に言ってたよね。

 ヒーローになったときのために、経験を積みたいって。

 何か、“生かせそうな部分”は見つかった?」

 

 僕の問いに、心操くんは一度まばたきをして、小さく頷いた。

 

「……はい。先輩の放送を近くで見させてもらって……その、声の印象って、こんなにすごいんだなって思いました」

 

 その言葉は本当に正直で、作り物じゃない温度があった。

 そう言われると、なんだか逆に僕のほうが気恥ずかしくなる。

 

 顔が見られるのが少し気まずくて、僕は前を向いたまま言葉を返す。

 

「そ、そうか……ありがとう」

 

 声がわずかに上ずった気がした。

 心操くんは気づいていないようで、けれど横目で見ると、彼は彼で少しだけ口元が緩んでいた。

 

「そういえばさ、今日このあとって予定とかある?」

 

 心操くんは小さく首を振った。

 

「いえ……今日は一日部活だと思ってたんで、特にないです」

 

「そっか。じゃあ、心操くんがよかったらなんだけど……ちょっと話さないかい?」

 

「話、ですか?」

 

「うん。今後の部活のことでさ。相談したいことがあって」

 

 僕がそう言うと、心操くんは少し驚いたようにまばたきをした。

 でもすぐに真面目な顔で頷く。

 

「俺でよければ、聞きますよ。……どこで話しますか?」

 

「よかったら、この先にある公園でどう? あそこなら屋根付きの休憩スペースもあるし」

 

「ああ、あそこなら俺んちの帰り道の途中ですし、大丈夫ですよ」

 

「よし、じゃあ決まりだね」

 

 歩きながら、僕は密かに考える。

 

(……相談“だけ”じゃ味気ないよな。せっかく誘ったんだし)

 

 そんなことを思っているうちに、公園に着いた。

 

 春の風が木々を揺らし、昼前の静けさが漂っている。

 屋根付きベンチにはまだ誰もいない。

 

「心操くん、先にあそこで座って待ってて。ちょっとトイレ行ってくる」

 

「分かりました」

 

 心操くんがベンチに向かうのを見届けてから、僕は公園裏のトイレへ向かった。

 誰もいないのを確認し、深く息を吸う。

 

(……さて。少しだけ、力を借りようか)

 

 服を脱ぎ意識を沈め、胸の奥の“願い”に触れる。

 次の瞬間、静かに、しかし確かな変質が僕の身体を包む。

 

 ──エヴァンゲリオンM号機。

 

(サイドメニューセット……このくらいならすぐに出せる)

 

 光が実体化し、紙袋がふわりと重みを持った。

 中身はチキンナゲットとドリンクの小セット。

 昼前につまむにはちょうどいい量だ。

 

(……よし。多分、喜んでくれる)

 

 量産機に戻り、紙袋を抱えてベンチへ向かう。

 心操くんはきちんと姿勢よく座っていて、僕に気づくと顔を上げた。

 

「ごめん、お待たせ」

 

「いえ、別に。大丈夫です」

 

 彼の声は、いつも通り低く落ち着いていて──なんだか、それだけで安心する。

 

(さて……ここからだな)

 

 僕は手に持った紙袋を、そっと心操くんへ差し出した。

 

「よかったら食べてくれ。お昼前だから簡単なやつだけどさ」

 

 心操くんは少し驚いたように紙袋を受け取り、中を覗いた。

 その瞬間、ほんのわずかだが目が見開かれた。

 

 紙袋の中には、まるで店で買ったように整ったチキンナゲットとドリンクのセット。

 

「……ありがとうございます。あの、俺……いくらか金、出します」

 

 律儀だな、と心の中で笑ってしまう。

 

「いいよいいよ。今回は僕が誘ったんだし。

 それに……先輩だからね。かっこつけさせてよ」

 

 そう言うと、彼は少し申し訳なさそうに視線を落とし、それでもちゃんと礼を言ってくれた。

 

「……じゃあ、その……いただきます」

 

「どうぞどうぞ」

 

 僕らはベンチに腰かけ、それぞれナゲットをつまみながら話し始めた。

 公園の風は柔らかく、どこか放課後とは違うゆったりした時間が流れる。

 

「でさ、相談したいことっていうのは……前に話した“語り”を、やってみないかって話なんだけど」

 

 僕が切り出すと、心操くんの表情が一瞬で固くなる。

 苦味を含んだような顔。

 ……やっぱり、この話題は簡単じゃない。

 

「その……いきなりってのもあるだろうしさ。

 あと、その自信がない理由は……個性も関係する?」

 

 その言葉を聞いた途端、彼の目の奥がスッと暗く沈んだ。

 

(……あ、やっぱり触れちゃいけないやつだったか)

 

 胸が痛くなる。

 僕は慌てて手を振った。

 

「ご、ごめん! 

 個性の話は個人情報だし……聞かないほうがいいよね、そういうのは」

 

 心操くんはすぐに返事をしなかった。

 ただ、視線を落としたまま、ナゲットをひとつ指でつまんでじっと見ている。

 

 沈黙が、少し重くなる。

 

(……言わせたくないことに、触れちゃったのかもしれない)

 

 そう思い始めた、その時だった。

 心操くんが、小さく息を吸った。

 

 そして──恐る恐る、傷口を見せるみたいにゆっくりと言葉を続けた。

 

「……俺、この個性のせいで……声をかけるのを、怖がられることがあるんです」

 

 その声は弱くて、でも必死で。

 

 僕は、口を挟まずにただ聞いた。

 

「小さい頃は……そんなことなかったんですけど。

 学年が上がるにつれて……“洗脳”ってどういう個性か知っていくやつらが増えて……」

 

 彼は握った指先に力が入り、ナゲットが少し潰れた。

 

「怖がられるようになったんです。話しかけるだけで、下がられたり……“やべぇ”って顔されたり」

 

(……ああ)

 

 胸の奥に、嫌な既視感が走る。

 

 小さい頃の自分。

 包帯で顔を覆って、人に関わろうとせず、誰からも“得体の知れない存在”として避けられていた、あの頃を思い出す。

 

 心操くんは続けた。

 

「もちろん……俺は洗脳するつもりなんて、ありません。でも……話しかけたときとかに……」

 

 言葉が震える。

 

「たまに相手がビクッてしたり……大げさなリアクション取られると……なんか……きついっていうか……」

 

 “きつい”。

 その言葉の重さは、よく分かる。

 

 視線を落としたまま、心操くんは続ける。

 

「……それでも、仲良くしてくれるやつはいます。いますけど……」

 

 一度、唇を噛んだ。

 

「でもみんな、一度は言うんです。“ヴィラン向きの個性だな”って……」

 

 心操くんの声が、ほんの少し掠れる。

 

 その言葉は、きっと何度も刺さってきた痛みなんだろう。

 蓄積されて、今も胸の奥に残っている傷。

 

「それでも……俺はヒーローになりたくて。

 でも周りのやつらは“個性がヒーロー向きじゃない”なんて言うもんだから……」

 

 拳を膝の上でぎゅっと握りしめる。

 

「……なんか……」

 

 喉が詰まったように、言葉がゆっくり絞り出された。

 

「放送で、俺の“声”を出すのが……すこし……怖いっていうか……」

 

 言葉と言葉の間に、溢れそうな感情が滲んでいる。

 

「……なんというか……」

 

 最後の言葉は、まるで崩れ落ちそうなほど弱々しかった。

 

 でも、それでも彼は話した。

 自分の痛みを、恥も恐れも飲み込んで、真っすぐに伝えてくれた。

 

 僕の胸がきゅっと締めつけられる。

 

 目の前の少年の“痛み”が、わかる気がする。

 

 心操くんは、ナゲットを見つめたまま、ぽつりとつぶやく。

 

「……放送で、俺の声が流れたら……嫌がるやつ、絶対いると思って」

 

 弱い。本当に弱い声。

 

 でも、それは嘘のない“本音”だった。

 

 心操くんの弱い声が風に溶けていくのを聞きながら、僕は静かに言葉を紡いだ。

 

「……ありがとう。

 言いづらいこと、話してくれて」

 

 心操くんは、小さく肩をすくめるだけで返事をしなかった。

 でも、それで十分だ。

 彼がどれだけ勇気を出して話したか、僕には痛いほど分かっていた。

 

 だから僕も、嘘のない言葉で返す。

 

「僕が勝手に思ってることなんだけど……」

 

 心操くんが少しだけ顔を上げる。

 

「君の個性、すごいものだと思うよ。

 なにより──ヒーロー向きだと思う」

 

「……そう、ですかね」

 

 その返事は弱々しくて、どこか諦めが滲んでいて。

 

(今まで散々“ヴィラン向き”って言われてきたんだ。

 僕の一声で気持ちが変わるわけがない)

 

 でも、それでも僕は伝えたい。

 本当に大事なことを。

 

「心操くん。僕もね……ヒーローになりたいと思っているんだ」

 

 その言葉に、彼は驚いたように目を見開いた。

 

「……先輩も、ですか?」

 

「うん」

 

 僕は頷きながら続ける。

 

「普段、何気ない時に考えるんだ。

 自分が将来、どんなヒーローになるんだろうって。

 誰かとチームを組むのかな、とか」

 

 心操くんは静かに耳を傾けてくれている。

 僕はゆっくりと未来を思い描いた。

 

「イメージしてみるんだよ、将来を。

 例えば……僕がヴィランと戦っているとする。

 その時、一般市民が巻き込まれて、パニックになって僕は戦闘に集中できなくなる」

 

 そこまで言うと、心操くんの瞳がわずかに揺れた。

 

「でもね。

 そんな時に“声をかけるだけで”人を落ち着かせて、正しい方向へ避難させられる仲間が隣にいたら……」

 

 僕は心の底から思ったままの言葉を口にした。

 

「すごく頼もしいと思うよ。

 心操くんの個性は……誰かを守れる個性だと、僕は思う」

 

 心操人使の“声”は彼が命を救うために必要とする“導く力”そのものだ。

 

 これは、僕が本気で信じていることだった。

 

「君の個性のすごさなんて、いくらでも思いつくよ」

 

 僕はまっすぐ心操くんを見た。

 

「例えば──人質が取られて動けないとき。

 君なら、ヴィランそのものを“声ひとつ”で止められる。

 暴走している人がいたら、それだって止められる」

 

 目の前の少年は、自分がどれほどの可能性を持っているか気づいていない。

 

「僕が力で止めるしかない場面で……もしくは止められないような状況で。

 君は、その声だけで状況を“変える”ことができるんだ」

 

 そう告げると、心操くんの瞳が揺れた。

 驚きと、戸惑いと、それでもほんの少しの希望が混ざったような表情。

 

「……初めてです。

 この個性のことを、そこまで言う人なんて」

 

 かすれた声だった。

 けれど、その言葉が胸の奥から搾り出されたものだとすぐに分かった。

 

(そっか……本当に、一度だって肯定されたことがなかったんだな)

 

「今度は僕から聞いてもいいかい?」

 

 そう言うと、心操くんは少し緊張した面持ちで、こくりと頷いた。

 

「君の周りの人たちは、その個性が“犯罪向き”だって言うんだよね。

 ……特にどういう内容を言われた?」

 

 心操くんは視線を泳がせながら、少し言いにくそうに続けた。

 

「えーと……よく言われたのは……銀行強盗ができるとか。

 その……えっちなことができるとか……」

 

 その答えに、僕は思わずふっと笑ってしまった。

 

「かわいいもんだね」

 

「……え?」

 

 心操くんが小さく首をかしげる。

 

「だってさ。君の個性って強い衝撃を与えたら解除されるんだろ?」

 

「はい。そうです」

 

「だったら、荒事が多い銀行強盗なんて無理だよ。

 途中で絶対殴られて終わり。

 それに……えっちなことだって、触った瞬間に解除されるし、どだい無理な話だ」

 

 心操くんは一瞬ぽかんとした後、

 なんとも言えない顔になった。

 

 表情が、「……確かにそうだ」って言ってる。

 

 僕は続ける。

 

「多分ね。

 彼ら彼女らは君のことを知らずに、“洗脳”って言葉だけで君を決めつけていたんだと思う」

 

 言葉の意味も、能力の仕組みも理解しようとしないまま、ただ名前の“印象”だけで。

 

「本当の君も、本当の力も見ないで、

 “怖そうだから”って理由でラベルを貼りたがる人は多い」

 

 風が吹き、心操くんの前髪を揺らした。

 

 彼はそのまま小さく息を吐き、

 ナゲットをひとつ口に運びながら、ぽつりとつぶやく。

 

「……言われてみれば……そうかもしれませんね」

 

 心操くんがそう呟いたあと──

 僕はふっと息を吸い、胸の奥の少し痛む場所にそっと触れるように言葉を続けた。

 

「僕もさ……この見た目のせいで、昔からいろいろ言われることが多くてさ」

 

 すると心操くんは驚いたように顔を上げた。

 

「先輩が、ですか?」

 

「ああ。僕は小学校に入る前から大きかったからね」

 

 懐かしくて、でも苦い記憶が喉の奥に蘇る。

 

「ある時、公園で友達と遊んでたんだけど……

 近くにいた大人に“でかいヴィランが子供を襲ってる”なんて言われたよ」

 

 その瞬間の空気も、心に感じた痛みも、まだ消えていない。

 

「……ひどいですね、それ」

 

 心操くんの声は小さいけれど、確かに哀しみが混じっていた。

 

「ある時は、ボランティアで子供たちに絵本の読み聞かせをやってたんだけどさ。

 “子供たちを洗脳してる”って言われた」

 

「……え」

 

 心操くんの目が大きく見開かれる。

 

「その人が言うにはね。“いい声で騙して何かするつもりなんだ”って。

 僕自身、この声をちょっと自慢に思ってたから否定されて、“ヴィランだ”って言われてきつかったよ」

 

 あの時の胸のざらつきは、今でも思い出すと残っている。

 

「個性ってさ。

 “分かりやすいもの”だからこそ……人を一瞬で決めつける材料になってしまうんだ」

 

 ゆっくり言葉を置くと、心操くんはぎゅっと眉を寄せて、辛そうな顔をした。

 

「……そうだったんですか」

 

 心操くんは小さく呟き、視線を落とした。

 僕と同じように、彼もまた“決めつけられる側”だったんだろう。

 

 その痛みは、きっと似ている。

 だから僕はもっと続けたくなる。

 

「うん。でもね、心操くん」

 

 僕はそっと笑った。

 

「だからこそ、僕は知ってるんだ。

 “見た目”や“名前”じゃなく、本当の力を分かってくれる人は必ずいるって」

 

 彼の瞳がゆっくりとこちらへ向けられる。

 静かな風が吹いたあと、心操くんがぽつりと口を開いた。

 

「……そういえば先輩は、どうしてヒーローになりたいんですか?」

 

 不意の質問に、僕は少し目を瞬いた。

 

「気になるかい?」

 

「はい。

 その……先輩とこうして話していると、なんか……俺の周りのやつらと“違う”っていうか……」

 

 心操くんは言葉を探しながら続ける。

 

「“ヒーローになる”って言葉の意味が……先輩のは、別物に聞こえるというか」

 

 僕はゆっくり息を吸った。

 

「そうか……じゃあ話そうかな。

 心操くんは、去年の沖縄で起こったヴィラン災害のこと、覚えてる?」

 

「はい。確か……うちの中学の生徒が巻き込まれたやつですよね。

 親が言ってました」

 

「うん。その“巻き込まれた生徒”の一人が、僕なんだ」

 

 心操くんの目が大きく見開かれる。

 

「……そう、なんですか」

 

「その時ね、緊急事態で……僕は個性を使って、救助が来るまで“電源”になった」

 

「電源……?」

 

「うん。機材を動かしたり、明かりを確保したり。

 人々が暗闇でパニックにならないように、ずっと光を灯し続けた」

 

 あの時の音、震える空気が、まだ胸の奥に残っている。

 

「……そんなことがあったんですね」

 

「うん。そして、救助が来た後……助かった人たちが声をかけてくれたんだ」

 

 あの瞬間の温かさは、今でも鮮明に思い出せる。

 

「“ありがとう”とか、“助かった”とか“君のおかげだ”って」

 

 心操くんは黙って聞いている。

 その表情には、真剣さと、どこか切なさがあった。

 

「その中のね、一人のおじさんが言ったんだ」

 

 言葉をゆっくり紡ぐ。

 

「“異形型が怖かったけど……君のおかげで、そうじゃなくなった”って」

 

 心臓の奥がきゅっとなるような温かさ。

 あの言葉は、僕を救った言葉だった。

 

 だからこそ、心操くんにもちゃんと伝えたい。

 

「突然だけど心操くん。

 僕、この個性のせいで──親がいないんだ」

 

 心操くんが息を飲む音がした。

 

「……え?」

 

「生まれたとき、人の姿をしていなかったらしくてね。

 それが理由で……親は僕を一度も触らずに捨てた」

 

 淡々と話しているようで、胸の奥は少しだけ締めつけられる。

 

「だから……あのおじさんが異形に対して考えを変えてくれたことが、本当に嬉しかった。

 僕みたいな子供が、少しでも減るんじゃないかって思ったんだ」

 

 心操くんは言葉が出ない様子で、ただ真剣に、痛むように僕を見ていた。

 

「それで思ったんだよ。

 “人々の目につくヒーロー”になれたら僕みたいな子が、もう少しだけ生きやすくなるかもしれないって」

 

 

 僕の言葉が公園の静けさに溶けていく。

 心操くんは真剣な瞳で僕を見つめていた。

 

 だから、僕はそっと問いかける。

 

「心操くん。

 君はどんなヒーローになりたいんだい?」

 

 しばしの沈黙のあと心操くんは、小さく息を吸い、まっすぐに答えた。

 

「……俺は。

 俺は……この個性を使って、困ってる人がいたら、助けたい。

 そんなヒーローになりたいです」

 

 声は静かだけど……芯が強かった。

 胸に刺さる、揺らぎのない言葉だった。

 

「うん。

 ヒーローになるってことは、ヴィランとも戦うことになる。

 そうなると、君の個性はとても強いと僕は思う」

 

 僕が言うと、心操くんは少しだけ期待するように顔を上げた。

 でも僕は、そこで一つ付け加える。

 

「だけど──それだけじゃダメだと、僕は思う」

 

「……どうしてですか?」

 

 心操くんは素直に聞いてくれる。

 

「例えば……遠隔操作系の個性とか、声を発さずに相手を拘束するような個性相手だと君の“返事を引き出す”って条件は難しくなる」

 

 心操くんの眉がわずかに動く。

 ちゃんと考えている証拠だ。

 

「だから、個性とは別の“必要なもの”が出てくる。

 心操くん……体は鍛えてる?」

 

「えっと……朝、走り込みとか。

 最近は部活終わりに筋トレもしてます。

 あと……勉強も、ヒーローになるなら必要だと思って」

 

「うん、いいことだ」

 

 僕は微笑み、そこで一つ提案をするために姿勢を正した。

 

「そこで……提案なんだけどね」

 

 心操くんは“なんだろう”という表情でこちらを見る。

 

「僕がいる孤児院の隣に森があってね。

 そこは地主さんが貸してくれてる私有地なんだ。

 だから、僕と被身子は休みの日なんかは、誰にも見られずに個性を使ったり……体を動かしたりしてる」

 

 心操くんの目がわずかに見開かれる。

 息をのみ──そしてすぐに理解したようだった。

 

「……先輩、それって……」

 

「もし君がよければ──一緒にどう?」

 

 僕はまっすぐに言った。

 

「一人でやるより、ずっといい訓練になる。

 僕も心操くんの力になりたい」

 

 春風がふたりの間を抜けていく。

 ベンチの上で、心操人使がわずかに震えた指で紙袋を握りしめた。

 

 その瞳の奥で、何かが確かに揺れ動いていた。

 

 風が止み、静かな間が落ちたあと。

 心操くんは、ゆっくりと僕に視線を向けた。

 

「……どうして先輩は、そこまでしてくれるんですか?」

 

 その問いは、まっすぐだった。

 嘘や遠慮じゃない、本心の声。

 

 僕は少しだけ照れくさくなって、肩をすくめる。

 

「そうだな……君が放送部の後輩ってのもあるし。

 僕と似て、個性で悩んでいるってのも理由だけど……」

 

 そこまで言って、苦笑いが漏れた。

 

「結局は……僕が勝手にお節介をかけてるだけなんだよね。

 ははっ」

 

 自嘲気味に笑った僕を、心操くんはじっと見つめていた。

 何かを考えているような真剣な表情で。

 

 そして迷いを振り払うように、小さく息を吸った。

 

「……もし。

 もし先輩がよければ……」

 

 声は震えていない。

 むしろ、覚悟を決めた人間の声だった。

 

「俺は……その特訓、いっしょにやりたいです」

 

「よし。じゃあ……明日は部活がないからさ。

 来週、また学校でゆっくり話そうか。

 特訓の内容とか、準備とかもあるしね」

 

 そう言うと、心操くんは一度小さく頷いた──が、その直後。

 

 彼の表情がふっと揺れ、ためらいがちに口を開いた。

 

「……あの。

 もし先輩が……よかったらなんですけど」

 

 声が震えていない。

 けれど胸の奥で何かが大きく動いているのがわかる声だった。

 

「明日から……特訓、できませんか?」

 

「明日?」

 

 思わず聞き返してしまった。

 明日は学校もないし、部活もない。

 てっきり心操くん自身も、来週を見据えているのだと思っていた。

 

「大丈夫かい? 

 いきなり明日からなんて」

 

 しかし心操くんは迷いなく首を振った。

 

「……せっかく特訓できる場所があるんです。

 だったら……1日でも早いほうがいいと思って」

 

 その瞳には、逃げも怯えもなかった。

 

 ただ──ひたむきな意思だけがあった。

 

(本気だ……)

 

 心操人使は、もう踏み出していた。

 僕が背中を押したのではなく、彼自身が未来へ向かって歩き出したのだ。

 

 だから僕は、自然に笑った。

 

「……よし。じゃあ──明日、やろうか」

 

 




今回、心操くんがよわよわに思えたかもしれませんが、
まだ小学校卒業したての12歳ということで、あんな感じになりました。
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