僕のヒーローアカデミア 偽りの福音   作:ペプシ飲みたいマン

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第弐拾六話 拒絶の壁、崩れるとき

 目を覚ますと、窓の向こうに朝日が差し込んでいた。

 

 薄いカーテン越しにこぼれる光は、やわらかくて、暖かくて。

 まるで今日が“特別な一日”になることを、僕にそっと告げているみたいだった。

 

(……今日は、いい訓練日和だね)

 

 布団から身体を起こしながら、外の景色をぼんやりと眺める。

 森のほうから吹いてくる風も気持ちいい。

 心操くんとの特訓が、なんだか上手くいきそうな気がした。

 

 顔を洗って、着替えて、食堂に向かいご飯を食べる。

 

 食後、特訓に必要な準備を整えていると──

 

 ピンポーン。

 

 孤児院のチャイムが鳴った。

 

(……来たかな?)

 

 軽く息を整えて玄関へ向かう。

 扉を開けると、制服ではなくジャージ姿の心操くんが、少し緊張した面持ちで立っていた。

 

「おはよう、心操くん」

 

 僕が声をかけると、彼はすっと背筋を伸ばし、深く頭を下げた。

 

「おはようございます。今日は……よろしくお願いします」

 

 その声はいつもより少し固いけれど、内側に強い覚悟が込められているのが分かる。

 

 僕は小さく笑って問いかけた。

 

「朝ご飯は、ちゃんと食べてきた?」

 

「はい。あんまり重くはしてないですけど……動いても問題ない程度には」

 

「うん、それなら十分だよ」

 

 緊張しながらも、一生懸命に自分を整えてきたその姿勢が嬉しかった。

 

「じゃあ──行こうか」

 

 僕がそう言うと、心操くんは力強く「はい」と返してくれた。

 

 

 ◇◇◇◇

 

 

 森の中へと進んでいくと、やがて木々の間がふっと開けた。

 そこだけ、自然が“押し広げられた”ような空間がぽっかりと広がっている。

 

 地面の一部は浅く凹み、周囲の木々は外側へ向かって反るように枝を伸ばしていた。

 

(……うん、今日もいい状態だ)

 

 ここは、僕がいつも A.T.フィールドの訓練をしている場所。

 半透明の力場で何度も負荷をかけた結果、周囲の地形は少しずつ“僕の形”に変わってしまった。

 

「ここが僕がいつも特訓してる場所なんだ」

 

 そう言うと、心操くんは目を見開き、周囲を見渡した。

 

「……ここが……。

 確かに……人気もないし……これは、個性が使い放題ですね……」

 

 声には驚きと、少しの畏れが混じっている。

 

 僕は軽くうなずき、深呼吸を一つしてから言った。

 

「よし、じゃあ……そろそろ始めようか」

 

 そのまま、僕は着ていた上着に手をかけ服を脱ぎだす。

 

 心操くんが、明らかに慌てた声を上げる。

 

「えっ、せ、先輩!? ど、どうしたんですか!」

 

「ああ、ごめんごめん」

 

 僕は苦笑しながら、シャツを畳む。

 

「僕、個性を使うと服がなくなるからさ。

 事前に脱いでおくんだよ」

 

「あ……そうだったんですね……!」

 

 心操くんは驚きながら、でも必死に理解しようと頷いた。

 

(……真面目ないい子だな、本当に)

 

 服を整えて地面に置く。

 そして、意識を静かに沈めた。

 

 胸の奥、もっと深いところ──

 “コア”の鼓動に触れる。

 

(──ッ!)

 

 次の瞬間。

 

 ドクン。

 

 体が光で満たされ、視界が黒く染まる。

 

 そして──

 

 エヴァンゲリオン初号機が森に姿を現した。

 地面がわずかに沈み、空気が震える。

 後方で心操くんが、小さく息を呑んだ音がした。

 

「……っ……!」

 

 振り向くと、彼は言葉もなく固まっていた。

 “圧倒的な存在”を前にしたときの人間の反応だった。

 

 僕は、ゆっくりと心操くんを見下ろす。

 

「これが僕の戦闘形態」

 

 声は低く、機械の振動を帯びている。

 それでも僕の声のまま。

 

「初号機って呼んでる」

 

 大地を踏みしめるたび、体内のエネルギーが脈打つ。

 

「力も、速さもすべてが普段の何倍にも上がる」

 

 変身を終えた僕は、ゆっくりと首を回し、肩を上下に動かす。

 それから、腕を前に伸ばし、筋繊維をほぐすようにストレッチを始める。

 

「ん……よし。体の調子は悪くないね」

 

 ストレッチを続けながら、僕は正直に話した。

 

「心操くん。正直に言うとね僕も、戦闘に関して言えば“素人”もいいところなんだ」

 

 心操くんは驚いたように瞬きをした。

 

「えっ……そうなんですか?」

 

「うん。だから僕が普段やってることって、遊びの延長線上みたいなことばかりだよ」

 

「遊び……?」

 

「具体的にどんなのか気になる?」

 

 心操くんはこくりと首を縦に振った。

 

「どんなこと、やってるんですか?」

 

 僕は腕を回しながら答える。

 

「まずは被身子とよくやってるやつなんだけどね。

 お互いの体に“デンジャーゾーン”を設定して、そこを触られたら負けっていうルールで、攻撃を避け続ける練習をしてるんだ」

 

「……なるほど、反応速度と回避の練習ですね」

 

「そうそう。

 被身子は身軽だし勘が良いから、いい練習相手になるよ」

 

 次に、森の奥を軽く指差す。

 

「それと……整地されてないこの森の中を使ってね。

 被身子はわざと息がしづらくなるようにマスクをして、全力で“追いかけっこ”もしてる」

 

「お、追いかけっこ……ですか?」

 

 心操くんは想像しきれないのか、眉を寄せた。

 

「うん。“逃げる側”と“追う側”を交代しながらね。

 段差だらけの森を走ると、すごく体力が鍛えられるし……

 視界が制限されると、音や気配で判断する練習にもなるんだ」

 

「……すごい……。

 それ、もう遊びの範囲じゃないですよ……!」

 

 感心したように呟く心操くんに、僕は苦笑した。

 

「まあ、やってる本人たちは真剣なんだけどね。

 端から見たら……ちょっとした野生動物の訓練だよ」

 

 心操くんは小さく笑った。

 

「いきなり格闘戦っていうのも、ちょっとハードルが高いだろうからね。

 今日は“追いかけっこ”からやってみようか」

 

「追いかけっこ……ですか?」

 

 心操くんはまだ少し戸惑っているけど、

 さっきより表情に柔らかさが出てきた。

 

「うん。まずは体を使って動く感覚を知ってもらうための練習だよ。

 戦闘って、結局は“逃げる”“避ける”“追う”を繰り返すようなものだからね」

 

「なるほど……。それで、追いかけるのはどっちがやるんです?」

 

 素直に聞いてくれるあたり、吸収が早い。

 

「鬼は僕がやるよ」

 

「まずは僕が五分ここで待機するから、その間に逃げるなり隠れるなりしてみて。

 できるだけ遠くへ行ってもいいし、近くで気配を殺してやりすごすのもありだよ」

 

「じゃあ……制限時間はどうします?」

 

 僕は少し考え込んでから答えた。

 

「……そうだね。お互い動きのクセも分からないし、とりあえず十分くらいにしようか」

 

「分かりました」

 

 心操くんはきゅっと拳を握り、まっすぐに僕を見上げた。

 

 その表情は緊張とわずかな高揚が混ざっている。

 

(よし……やる気になってるね)

 

「じゃあ──始めようか」

 

 僕がそう告げた瞬間、

 心操くんは森の奥へ向けてダッと走り出した。

 

 まだぎこちないけれど、思ったより速い。

 ちゃんと身体が鍛えられている証拠だ。

 

 僕はその背中を見送りながら、

 五分間、静かにその場で佇んだ。

 

 初号機の影が大地に長く伸びる。

 

 

 ♦♦♦♦

 

 

 先輩に誘われて、今日は俺は森の中に来ている。

 ヒーローになるため──その特訓のためだ。

 

 森の奥へ進むと、少しだけ開けた場所があった。

 そこが“いつもの場所”らしいんだけど……

 地面はところどころ凹んでいて、木が外側に向かって反ってるし、全体的に雰囲気が普通じゃない。

 

(本当に……ここで訓練してるのか……?)

 

 そんなことを思っていたときだ。

 

 突然、先輩が上着に手をかけ服を脱ぎだした。

 

「……えっ!? せ、先輩!? なんで脱ぐんですか!?」

 

 パニックになる俺に、先輩はいつも通り落ち着いた声で言った。

 

「僕、個性を使うと服がなくなるからさ。

 事前に脱いでおくんだよ」

 

(あ……そういえばそんなこと言ってた……!)

 

 理解はした。

 したけど、落ち着くには少し時間がほしかった。

 

 だってその次の瞬間──本当に次の瞬間だった。

 

 先輩の身体が光った。

 

 眩しい光が一気に溢れ、視界が真っ白になったかと思うと、

 白いウナギみたいな姿だったはずの先輩が……

 

 紫色の角が生えた、めちゃくちゃカッコいい姿になっていた。

 

「……っ、え……すご……!」

 

 思わず声が漏れた。

 

 そして何より気になったのは──色だ。

 

 薄暗い森の中でもはっきり分かる鮮やかな紫。

 俺の髪と同じ色で、妙に親近感を覚えてしまった。

 

(……なんか、勝手にシンパシー感じるんだけど)

 

 巨大な異形のはずなのに、不思議と怖くはなかった。

 

 そのあと、先輩から普段どんな訓練をしているかも聞いた。

 “デンジャーゾーンを触られたら負け”とか、

 “息がしづらいマスクをつけて追いかけっこ”とか……

 

(いや……これ、本当に遊びの延長線上なのか……?)

 

 そんなことを考えていると、今日のメニューが告げられた。

 

 追いかけっこ。

 

 俺は素直に頷いたけど──

 

(正直言って……あの姿を見たあとじゃ、走って逃げられる気がまったくしない)

 

 だから、考え方を変えることにした。

 

(……逃げられないなら、隠れる! 

 追いかけっこっていうか……これもう“かくれんぼ”じゃない?)

 

 いや、よく考えたら普通にかくれんぼだ。

 

 そうツッコミつつも、隠れる場所を探して歩く。

 

 すると、大きめの木の根元に落ちこんだようなくぼみがあって、

 ちょうど身体がすっぽり隠せそうだった。

 

「……よし、ここだ」

 

 気づいたら、声に出てた。

 

 慌てて身を屈め、周囲から見えないように身を隠す。

 心臓がやたらとうるさい。

 森の音が全部気になる。

 

(すぐに見つからないよな……?)

 

 そんなことを思いながら息を殺しているうちに、あっという間に五分が過ぎていた。

 

 そして。

 

 森の奥から、低く響く声が聞こえた。

 

『──始めるよ』

 

 先輩の声は、空気そのものを震わせる。

 

(……!)

 

 背筋が一瞬で冷たくなる。

 風が止まったわけでも、森の音が消えたわけでもない。

 なのに、周囲のすべてが静まり返ったように感じる。

 

(……来る!)

 

 心臓が跳ねた。

 

 そして数秒後──

 森の奥から、言葉にならない“重圧”が押し寄せてきた。

 

 音より先に、大地の震えが届く。

 

 遅れて──音が爆ぜた。

 

 ドンッ ドンッ ドンッ!! 

 

 足音。

 いや、もう“足音”なんて軽い表現では足りない。

 

 地面が砕け、木が悲鳴を上げ、森全体が揺れている。

 

(な、なんだ……これ……!?)

 

 今まで感じたことのない圧力に、呼吸が浅くなる。

 喉の奥になにかを詰め込まれたみたいで、声も出ない。

 

(本当に……隠れられてるんだよな……? 

 見つかったら……俺……)

 

 そんな弱気な考えがよぎった、そのとき。

 

 紫色の閃光のような何かが、俺の隠れている場所から十メートルほど離れた横を駆け抜けた。

 

 あまりの速さに、風だけが後から叩きつけてくる。

 

(……よ、よかった……!)

 

 どうやら気づかれていない。

 胸を押しつぶされるような緊張の中で、わずかに安堵がこぼれた。

 

 すると──

 

 森の別の方向から、

 “何かが弾かれるように飛んでいく音”が聞こえた。

 

(……向こうに行ったのか?)

 

 少しでも安心したくて、俺はそっと顔を出して周囲を確認した。

 

(……いない、みたいだな)

 

 特徴的な紫の姿はどこにも見えない。

 ほんの少しだけ肩の力が抜け、胸をなでおろす。

 

「……はぁ……よかった……」

 

 だが──その安心は、わずか一秒で終わった。

 

 ズドォォンッ!!! 

 

 爆発のような衝撃が目の前で起きた。

 

「うわっ……!!?」

 

 地面が跳ね上がり、衝撃波で身体が弾かれる。

 耐えきれず、その場にしりもちをついた。

 

「な、なんだ!!?」

 

 反射的に叫んだ。

 

 そして、土煙がゆっくり晴れていき──

 そこに立っていた“影”を見た瞬間、息が止まった。

 

 紫の装甲。研ぎ澄まされたシルエット。

 頭には一本の角──初号機。

 

 真上から降ってきたのだ。

 まるで“獲物を仕留める瞬間の猛獣”みたいに。

 

 距離は三メートル。

 逃げようにも、脚が動かない。

 

 巨大な機体が、ゆっくりと俺のほうへ顔を下ろした。

 

 光のない瞳が、ただまっすぐに俺を見据えていた。

 

(……見つかった)

 

 そう理解した瞬間、背筋を氷で撫でられたような感覚が走った。

 

 

 ◇◇◇◇

 

 

 ちょっとハードな追いかけっこ──いや、もはや“隠れんぼ”だったけれどそれを終えた僕らは、最初に荷物を置いた場所へ戻り、水分補給をしていた。

 

 といっても、初号機の姿の僕には水分は必要ない。

 飲んでいるのは心操くんだけだ。

 

 彼は持ってきたスポーツドリンクを“ぐびぐび”と一気に飲み干し、最後に「ふぅ……」と大きく息をつきながらキャップを締めた。

 

「正直言って……結構、怖かったです」

 

 ぽつりと漏れたその言葉は、さっきの緊張の余韻そのものだった。

 

「ははは……ごめん。

 なんか本気でやらなきゃって思ってたら、いつも以上に力が入っちゃったみたいで」

 

 僕が苦笑すると、心操くんは独り言のように呟いた。

 

「……まあ、手を抜かれるよりはマシですけど」

 

 そして、なにか気になっていたように顔を上げる。

 

「でも……どうして俺の場所がわかったんですか?」

 

「えっとね、最初に心操くんが走って行く方向を見て、

 だいたいの範囲を予測したんだよ。

 あとは地面の足跡を確認しながら、行きそうな場所を一つずつ潰して走っていった感じかな?」

 

「あー……足跡……。

 でも、走ってたのは分かるんですけど、最後はどうして空から降ってきたんですか?」

 

「ああ、あれね」

 

 僕は軽く手を叩いた。

 

「地上からだと完全には見つけられなかったからさ。

 近くに落ちてた石を拾って、まったく別方向に投げて大きな音をつけてデコイにしたんだ。

 心操くんがそっちに意識を向けてくれたら──って思って」

 

「……デコイ……」

 

 心操くんが呟く。

 

「で、デコイが効いた隙に思いっきりジャンプして、空中から見下ろして探したんだ。

 上からなら木で視界が遮られないからね」

 

 心操くんは口を半開きにして僕を見つめた。

 

「……地上がダメなら空から、ですか。

 そんな発想、考えもしませんでした」

 

「まあ、そういう判断とかはおいおい身につくと思うよ。

 最初から全部できる人なんていないんだし」

 

 僕が肩をすくめると、心操くんは少しだけ息を吐き、

 それから小さくうなずいた。

 

「……そうですね。

 たしかに、やってみなきゃ分からないことも多いですし」

 

 彼の声には、ほんのわずかに自信が混ざっていた。

 さっきまでより、すこしだけ前に進んだような、そんな色が。

 

 その後は、木々の間を走り抜けたり、倒木を跳び越えたりしながら、

 二人で軽いトレーニングをしていた。

 森の空気は澄んでいて、呼吸をするたび胸の奥まで冷たさが染み渡る。

 

 そんな中──

 

「福音く〜ん。あれ、今日はひとりじゃないんですね?」

 

 涼しい声が森の奥から響いた。

 振り返ると、淡い青髪に動きやすい姿──綾波レイの姿に変身した被身子が歩いてくる。

 

 心操くんは「え?」と声を漏らし、完全に動きを止めた。

 

「……だ、誰だ?」

 

 驚きと困惑が入り混じった声だった。

 

「忘れちゃったんですか? 渡我です、渡我被身子! 

 今はレイちゃんの姿ですけど〜?」

 

 ふわりと微笑む“綾波レイ”。

 だが話し方はまぎれもなく、あの渡我被身子だった。

 

 心操くんは一瞬ぽかんとした後、ハッと目を見開いた。

 

「ああ! 渡我先輩か……! 

 言われてみれば、放送で聞いた声ですね」

 

 ホッとしたように胸へ手を当てていた。

 

 そして──心操くんは被身子の体つきを、失礼にならないようにチラッと観察し、

 

「す、すごい……。顔や声だけじゃなくて、体つきまで完全に変わるんですね……」

 

 と素直な感想を漏らした。

 

 心操くんは、被身子の“綾波レイ姿”をまじまじと見つめていたが──

 ふと、ある疑問が浮かんだらしく、こちらへ向き直った。

 

「え? でも……新世先輩の血を飲んで変身したら、あの……白い姿になるんじゃないんですか?」

 

 少し困惑した声音。

 まあ、無理もない。僕も最初は謎だったから。

 

「うん……なぜかわからないけどね。

 僕の血を飲んで個性を使うと、こういう“人の形の姿”にもなるみたいなんだ」

 

 隣の被身子も、腕を後ろに組みながら、

 

「ねー、不思議ですよね〜。

 福音くんの血って、なんか特別な味がするんですよ? あ、変な意味じゃなくて!」

 

 と、さらりと言って心操くんをさらに混乱させてしまった。

 

 案の定、心操くんは眉をひそめて、

 

「……た、確かに……そうかも……いや、そうなのか……?」

 

 と自分に問いかけるように戸惑っていた。

 すると被身子が、突然ハッと顔を上げた。

 

「あ! そういえば心操くんがここにいる理由、まだ聞いてませんでした!」

 

 まっすぐな視線を僕に向ける。

 その勢いで、僕は小さく苦笑した。

 

「僕が誘ったんだ。

 心操くんの話を聞いたら本気でヒーローになりたいみたいだったから。

 だったら“一緒に特訓しないか? ”ってね」

 

 説明すると、被身子はぱっと花が咲くみたいに笑顔になった。

 

「そうなんですね! 確かに、仲間が増えれば特訓ももっと楽しくなりますもんね! 

 今日からよろしくお願いしますね、心操くん!」

 

 勢いよく頭を下げる“綾波レイ”。

 ギャップがひどい。

 

 心操くんは驚きながらも、きちんと姿勢を正し、

 

「こちらこそ……お願いします」

 

 と丁寧に会釈した。

 

 その声音には、緊張と……少しの期待が混ざっていた。

 

「それで今日は〜、このあとどんなことやるんです? 特訓メニュー!」

 

 僕は心操くんと顔を見合わせ、肩をすくめる。

 

「せっかく3人いるんだし……みんなで一緒にできることをやりたいね」

 

「うんうん! あ、そういえば午前中は福音くんと心操くん、2人で特訓してたんですよね?」

 

 被身子が首をかしげて聞いてくる。

 

「そうだよ。追いかけっこみたいな感じでね」

 

「へぇ〜……じゃあ!」

 

 被身子の目がキラッと光った。

 

 嫌な予感がする。

 

「私も心操くんと仲良くなるために──

 2人で組んで 福音くんを倒しましょう!」

 

「えっ!?」

 心操くんの声が裏返った。

 

 僕はというと──

 

「おお、それいいね!」

 

 普通にテンションが上がってしまっていた。

 

 心操くんはさらに驚く。

 

「え!? 新世先輩も乗り気なんですか!?」

 

 被身子は胸に手を当て、どこか悔しげにぷくっと頬を膨らませる。

 

「だってぇ〜……いつも私、福音くんに負けてばっかりなんですよ? 

 一回くらい勝ちたいんです。

 ね? 心操くん、協力しましょう!」

 

「え、あ、はい!? えっと、その……」

 

 しどろもどろになりながらも、心操くんは被身子の圧に押されていた。

 

 僕は肩を回しながら、

 

「2対1の実戦訓練ってやったことないし、良い経験になるよ。

 戦術の幅も広がるしね」

 

 と言って、彼らに向き直る。

 

 心操くんは複雑そうな顔をしながらも、ゆっくりと頷いた。

 

「……せ、先輩がそこまで言うなら……やってみますけど……」

 

 被身子は両手を上げてガッツポーズ。

 

「よっし! じゃあ決まりです! 

 心操くん、今日は“一緒に勝ちましょう”ね!」

 

 その明るさに、心操くんの口元も少しだけ緩んだ。

 

 僕たちはゆっくりと距離を取り、開けたスペースの中央で三角形を描くように向き合った。

 森の風が草を揺らし、静けさだけが残る。

 

 そんな中、綾波姿の被身子が手を挙げて宣言した。

 

「じゃあ〜今からは、個性ありの組み手でいきましょう! 

 相手に“参った”って言わせたら勝ち! これでどうですか?」

 

「よし、いいね。シンプルでわかりやすい」

 

 僕は頷く。

 一方で、心操くんはというと──

 

「え、あの……俺、格闘なんてやったことないんですけど……」

 

 本気で困っている様子。

 でも被身子は全く気にした様子もなく、胸を張って言う。

 

「大丈夫です! とりあえずやってみないと、今後の方針も決められませんし! 

 一回やってみましょう! 私もちゃんとサポートしますし!」

 

 うん、こういう時の被身子の勢いは本当に頼もしい。

 そしてちょっと怖い。

 

 僕も続けて声をかける。

 

「急かもしれないけど……やってみようよ、心操くん。

 何よりヒーローになったら、“よーいスタート! ”なんて合図ないからね。

 こういう突発的なのも必要だよ。……たぶん」

 

 心操くんは眉をしかめて、ツッコまずにはいられなかった。

 

「……確かにそうかもしれませんけど……

 先輩、“たぶん”って言っちゃってますよ!」

 

 すかさず被身子が笑顔で介入する。

 

「まあまあまあ! 何事も経験ですから! 

 ──というわけで、とりあえず作戦会議です!」

 

「どんな作戦?」と僕が聞く前に、被身子は心操くんの腕を軽く引っ張る。

 

「心操くんと私は、一度森の中に隠れます! 

 そして……2対1で福音くんを迎え撃つんです!」

 

「え、隠れるところから!?」

 

 心操くんが驚くが、被身子は満面の笑み。

 

「だって正面から行ったら負けちゃいますもん! 

 頭使わないと勝てない相手なんです、福音くんは!」

 

 その言葉に、なんだかむず痒くなりつつも嬉しい気持ちが湧く。

 

「じゃあ──福音くんは10分後にスタートでいいですね?」

 

「うん。10分後、ね」

 

 僕が頷くと、被身子は心操くんを森の奥へ連れて走り出す。

 

「行きますよ〜心操くん! まずは隠れて隙をうかがいましょう!」

 

「え、待ってください、渡我先輩!? 足速い!」

 

 2人の声が森の奥に消えていく。

 

 僕は深く息を吸い、拳を軽く握った。

 

(よし。2対1……面白くなってきた)

 

 静かな森に、戦いの前の気配が満ちていく。

 

 その場で腕を組み、静かに時間を待つ。

 森のざわめきの奥で、鳥の声が一度だけ響いた。

 

 そして──

 

 ピピピッ……! 

 

 鞄の上に置いていたスマホからアラームが鳴る。

 

「……10分経ったか」

 

 画面をスリープに戻し、そっと息を吸う。

 

「よし──行くか」

 

 気合をひとつ入れて、森の方へと足を向ける。

 

 さっきの“かくれんぼ”とは違う。

 あの時は全力で走り回ったけど……今回は距離を測る模擬戦。

 罠がある可能性も十分ある。

 

 だから、僕はゆっくりと、足音を消すようにして森へ入った。

 

 木々が密集し、光が斑に差し込む。

 地面には落ち葉が積もり、踏みしめる音がやけに大きく感じられた。

 

(さて……どう仕掛けてくる?)

 

 心の中でそう呟きながら、僕は意識を集中させる。

 

 ATフィールド、展開。

 

 空気がわずかに震え、空間に透き通る何かが浮かび上がる。

 

(これで……意識外からの攻撃も対処できる)

 

 木々の影を縫うように進む。

 さっきの追いかけっこのように勢い任せには動かない。

 

 今回は“敵が仕掛けてくる側”だ。

 

 僕は足元へ視線を落とし、落ち葉の乱れや、土の窪みを探る。

 

(足跡……踏み跡……風で消えるようなものじゃなければ残ってるはず)

 

 しゃがみ込み、指で地面を軽く触れる。

 

 土はやわらかい。痕跡はつきやすい。

 

「心操くん、被身子……どっちがどう動く?」

 

 周囲の気配に耳を澄ませながら、ゆっくりと前へ進む。

 

 森の奥は静かすぎるほど静かで……

 その静寂が逆に、胸の奥で小さな鼓動を速めた。

 

 数分ほど慎重に森を進んでいると──

 視界の端に、やたらと“目立つもの”が落ちているのが見えた。

 

「……あれは」

 

 近づいて確認すると、それは 心操くんのジャージの上着 だった。

 

(わざとらしい……)

 

 落ち葉の上にきれいに広がって置かれている。

 偶然では絶対にこうはならない。

 

(罠だな。……さて、どんな罠だ?)

 

 僕は周囲を警戒しつつ、近くの平たい石を拾い、

 ひょいと上着の上へ投げてみる。

 

 ──反応なし。

 

 静寂。

 上着は揺れることすらない。

 

(……逆に怪しいな)

 

 と、その時。

 

 背筋に、ひやりとした気配が走った。

 

(……上?)

 

 すぐに振り返らない。

 あえて背中を向けたまま、ゆっくりと上着へ歩み寄る。

 

 無防備なふりをして、拾い上げる。

 

 その瞬間──

 

 ミシッ……! 

 

 木の上で枝がしなる音。

 

「来た」

 

 僕がそう思った瞬間、影のような何かが

 真上から勢いよく飛び降りてきた!! 

 

 キィィィィン!!! 

 

 衝突したのは──光の六角形。

 

 僕の展開していた ATフィールドにぶつかり、攻撃者は弾かれるように派手に跳ね返った。

 

 ドガッ! 

 

 勢いのまま転がり、地面にどさっと落ちる。

 

「うわぁっ!!?」

 

 情けない悲鳴が上がった。

 僕は上着を軽く払いながら、振り返る。

 

 そこには立ち上がろうと上体を起こした 心操くん だった。

 

 彼は額の土をぬぐいながら、信じられないものを見たような顔で僕を見上げる。

 

「……マジかよ。

 あの身体能力だけじゃなくて……シールドまであるなんて」

 

(あれ? 被身子からATフィールドの話、聞いてないのか……?)

 

 内心で首をかしげつつ、心操くんの前に立つ。

 

 その時ふと気づく。

 

(……被身子は近くにいないのか?)

 

 近くに気配は感じられない。

 これはまだ何か仕掛けがあるな、と警戒しつつ心操くんへ視線を戻す。

 

 彼は表情を引き締めたかと思えば急に、わざとらしい笑みを浮かべて言った。

 

「すごい個性ですね、先輩。

 俺のとは大違いだ。……まさに“ヒーロー”って感じです。

 羨ましいなぁ。……将来、楽できそうですね?」

 

(……これは)

 

 明らかに不自然な口調。

 僕をイラつかせて油断させるつもりだとわかっているのに、

 それでも一瞬「こいつ……!」と思わせてくるあたり、才能を感じる。

 

 だが──

 

 返事は、ない。

 

 僕が無反応なのを見て、心操くんは肩を落とす。

 

「……ですよね。

 こんな付け焼き刃の煽り、引っかからないか」

 

 小さくため息を吐き、それからゆっくりと構えを取った。

 両足を開き、拳を握りしめ、低い姿勢で僕を正面から見据える。

 

「……じゃあ、言葉じゃ無理なら物理でいきます。先輩」

 

 その瞳は、数時間前よりずっと強くなっていた。

 

 森の空気がピンと張り詰める。

 

(いい覚悟だ──来い、心操くん)

 

 初号機の体が自然と前傾し、戦闘態勢へ移行する。

 

(来るか!)

 

 心操くんが低く踏み込み、一気に間合いを詰めて拳を振りかぶる。

 

 鋭い一撃だが僕は動かない。

 

 キィィィィン! 

 

 拳が僕の前に展開していた ATフィールド にぶつかり、派手な衝撃音が響いた。

 

「っ痛っ……!!」

 

 心操くんは拳を押さえ、顔を歪める。

 

「くそ……! なんですかこれ! 

 硬すぎですよ……!! 突破できる気しませんよ! 

 ……ほんと羨ましいですね、恵まれてる個性で!!」

 

 痛みに涙目になりながら、

 それでも口攻撃はしっかり続けてくるあたり、妙に立派だ。

 

 僕は彼の顔を見て、ふと心の中でつぶやく。

 

(……よし。ちょっと試してみるか)

 

「これはね、ATフィールドって言うんだ。

 硬さには自信があるよ」

 

「……え?」

 

 心操くんが目を丸くする。

 

 その瞬間僕はわざと 動きを完全に止めた。

 

 視線も変えず、姿勢も変えず、

 まるで“心操の洗脳が成功した人間”のように。

 

 心操くんは息を呑む。

 

「……効いたのか……?」

 

 期待と疑いが入り混じった目で、ゆっくりと僕に近づく。

 

「じゃ、じゃあ……そのまま動かないでください」

 

 僕はぴたりとその場に立ち尽くす。

 

 心操くんは喉を鳴らし、さらに近づき、慎重に僕の顔の前で手を振ってみたりする。

 

 動かない。

 

 完全に静止した僕を見て、心操くんは胸をなでおろした。

 

「……っ、効いた……! 

 ちゃんと、洗脳……効いた……!」

 

 その声には喜びと安堵が混ざっていた。

 

 彼の顔に、ほんの少しだけ自信が宿る。

 

 心操くんは、僕に“参った”と言わせるためにゆっくりと、慎重に、間合いを詰めてきた。

 

「……じゃあ先輩。“参った”って」

 

 その瞬間。

 

 僕は、無防備に近づいてきた心操くんの腹部へ拳を叩き込んだ。

 

「っ……!! う、ぐ……ッ!!」

 

 まともに食らった心操くんは、前のめりに崩れ、腹を押さえて地面に沈む。

 

 顔をゆがめ、息を荒げながら僕を見上げた。

 

「ど……どうして……洗脳、効いたんじゃ……」

 

 僕は視線を下げる。

 

「さっきも言った通り、僕は“フィールド”を展開できる。

 これは拒絶の壁で、物理攻撃には強い。

 でも前から思ってたんだ。

 “見えない攻撃”──精神系も、拒絶できるんじゃないかってね」

 

 心操くんは苦しげに眉を寄せ、絞り出すように呟いた。

 

「……なんだよそれ……反則じゃないですか……」

 

「ごめんね。でも、実戦では生き残るために必要なことなんだ」

 

 そして、僕は周囲へ視線を巡らせる。

 

(……でもおかしい。心操くんが倒れたのに、被身子が来ない)

 

 警戒しながら言った。

 

「心操くんがダウン寸前なのに被身子が来ない。

 どんな作戦かは分からないけど──とりあえず1人、減らさせてもらうよ」

 

 そう言った瞬間。

 

 心操くんが、腹を押さえながらこちらを睨んだ。

 

「……そういえば先輩」

 

「ん?」

 

「先輩のやる、あの“渚カヲルってキャラ”なんか……女殴ってそうですよね……」

 

「…………」

 

 思わず固まった。

 

「流石にそれは言いすぎじゃないかな?」

 

 軽く怒気がにじむ。拳を握る。

 

 その瞬間だった。

 

 ズンッ……! 

 

(……え?)

 

 握っていた拳に、力が入らなくなる。

 

 指が開く。

 腕が抜けるように重くなる。

 

「──っ!?」

 

(な、なんだ……体が……動かない……!? 

 さっきまで心操くんの洗脳は効かなかったはず……どうして!?)

 

 異変に気づいた次の瞬間──

 

 カサッ……! 

 

 後ろの地面に落ちていた落ち葉が、ふわりと舞い上がった。

 

(……下から!?)

 

 舞い上がる落ち葉の隙間から、ゆっくりと人影が姿を現す。

 

「──引っかかりましたね、福音くん」

 

 顔も髪も泥だらけにして、

 森の土に擬態するように埋まっていた存在。

 

 被身子だった。

 

(まさか……上着も、心操くん自身も……全部おとりだったのか……!)

 

 そう言うと、被身子はニッと笑いながら首を傾げる。

 

「福音くん、不思議そうですね〜。

 “なんで心操くんの洗脳が効いたのか”って顔してますよ?」

 

 確かに、その通りだった。

 

 ATフィールドがあるはずなのに……僕は今動けない。

 

(どうして……!?)

 

 そこへ、タイミングを合わせるように心操くんが口を開いた。

 

「最初の作戦会議の時、新世先輩がATフィールドを使えることは、最初から共有されてました。

 それで渡我先輩から、攻撃が効かないってわかってた上で初見の反応を見せて、油断させるように、って……」

 

 彼は腹を押さえながらも、悔しそうに、でもどこか誇らしげに話していた。

 そして被身子が、すっと僕へ指を向ける。

 

「それにね福音くん。

 前からATフィールドがどこまで拒絶できるのか知りたがってたでしょ?」

 

(……っ!)

 

 図星だった。

 

「だから今回、絶対に心操くんの洗脳で“試す”と思ってました。

 もし成功して“効かない”ってわかったら2回目は絶対、油断するってね」

 

「…………!」

 

 被身子は一歩、僕に近づく。

 

 その笑顔はいつも通り無邪気なのに、言っている内容は鋭い。

 

「だからね? 

 心操くんには“わざと”煽ってもらって、福音くんが“試したい”気持ちになるよう仕向けて」

 

「……っ!」

 

 拳に力が入らない。

 足も動かない。

 体の内部が“無理やり止められている”ような奇妙な感覚。

 

 そんな僕を見て、被身子が楽しそうに続けた。

 

「なので、私はいつでも ATフィールドを中和できるように 近くで隠れて身を潜めてたんです。

 福音くんが“試す瞬間”をね?」

 

(ATフィールド……中和……!)

 

 続けるように、心操くんが苦笑しつつ補足する。

 

「それで……俺が腹に一発食らって地面を向いた時、渡我先輩に“今だ”って合図を送ったんです。

 それでフィールドを中和してもらって……」

 

 被身子が指を一本立て、得意げに言う。

 

「フィールドが弱ってることを知らない福音くんに心操くんの洗脳をかけた、というわけです!」

 

(そうだったのか。

 まさに……“術中にハマった”ってわけか……)

 

 言葉が自然とこぼれた。

 完全にやられた。

 戦術でも心理でも、今回は完敗だ。

 

 被身子は両手を腰に当て、満面の笑みで宣言する。

 

「はいっ! ネタバラシも終わりましたし福音くん、動けないので……」

 

 くいっと親指を立てる。

 

「参った、ということで! 

 私と心操くんの勝利です!!」

 

 心操くんは土だらけのまま、気まずそうに笑って頭を下げる。

 

 僕は……

 

(……やられた……本当に、完璧に……)

 

声が出ないほどの敗北感と、胸の奥が熱くなるような、悔しさと嬉しさが入り混じる感覚を覚えた。

 




今回、ちゃんとした戦闘シーンを初めて書いてみたんですが想像以上に難しくて絶望しました。

戦闘をうまく書ける人って本当にすごいんだなって心から実感しました。

それでも、楽しんでもらえたなら嬉しいです。
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