僕のヒーローアカデミア 偽りの福音   作:ペプシ飲みたいマン

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第弐拾八話 それぞれの前進

 タブリスとの戦闘の翌日の朝。

 いつも通りの朝になるはずだった。

 

 本来なら、スマホのアラームで目を覚まし、

 少し眠い頭のまま天井を眺めてから起き上がる。

 そんな、何でもない朝。

 

 そのはずだった。

 

「さあ、起きよう。朝の時間だよ」

 

 耳に届いたのは、機械音じゃない。

 やけに落ち着いた、人の声だった。

 

(……誰だ?)

 

 孤児院の誰かか? 

 それにしては距離が近すぎる。

 

 意識が一気に浮上する。

 目を開くと、ぼやけていた視界が徐々に焦点を結び──

 

 そこにあったのは、笑顔だった。

 

「おはよう。目覚めの朝だね」

 

「うわあぁぁぁぁ!!」

 

 反射的に叫び、勢いのまま跳ね起きる。

 

 目の前にいたのは──

 

「……タブリス!?」

 

「そこまで驚かなくてもいいじゃないか」

 

 相変わらずの穏やかな声。

 こっちの心臓事情なんて、まるで気にしていない。

 

「それに、珍しいね。初号機の姿で眠っているなんて」

 

「いや、驚くだろ普通!!」

 

 思わずツッコむ。

 

「安心して眠れる場所があるというのは、健康にとてもいいことだよ」

 

「……なんか難しいこと言ってるけどさ」

 

 朝から相手にするのは、正直しんどい。

 これ以上突っ込んでも、話が噛み合わないのは目に見えている。

 

「まあ……起こしてくれたこと自体は感謝する。ありがとな」

 

 そう言いながら、意識を切り替える。

 光が走り、装甲がほどけ、身体が変化していく。

 

 初号機から、量産機の姿へ。

 そのまま服を着込む。

 

「……」

 

 ふと気づくと、タブリスが黙ってこちらを見ていた。

 じっと、意味ありげな視線。

 

「ん? ……ああ」

 

 その視線の理由に、遅れて気づく。

 

「……なんで初号機の姿だったのか、だっけか?」

 

 俺は頭をかきながら、少しだけ視線を逸らした。

 

「昨日、部屋に戻ってから考えてさ。

 これから先のこと考えると、初号機の姿にももっと慣れておいたほうがいいかなって思ったんだ」

 

 ベッドの縁に腰掛けたまま、続ける。

 

「量産機の姿はもう日常みたいなもんだけど、初号機はまだ“戦う時の姿”って感覚が強くてさ。

 だから……せめて人前じゃない時くらいは、初号機のままで過ごしてみようかなって」

 

 自分で言いながら、少し照れくさくなる。

 

「少しでも、量産機と同じレベルで身体に馴染ませたいっていうか……そんな感じ」

 

 タブリスは、その説明を聞いて、目を細めた。

 

「いいことだね」

 

 即答だった。

 

「君風に言うなら──

 “シンクロ率を上げる訓練”になる」

 

「……あ」

 

 その言葉に、思わず間の抜けた声が出る。

 

「なんか、そう言われると……一気にそれっぽくなるな」

 

 俺は苦笑しながら肩をすくめた。

 

「ただの思いつきだったんだけどさ」

 

 タブリスはくすっと小さく笑う。

 

「思いつきでも、方向が正しければ意味はある。

 君はちゃんと、前に進もうとしている」

 

 

 

 

 その後、いつも通り朝ご飯を食べ、身支度を済ませて孤児院を出る。

 朝の空気は少し冷たくて、頭がはっきりする感じがした。

 

 学校へ向かう道を歩きながら、何気なくスマホを取り出す。

 画面を見ると、被身子からメッセージが届いていた。

 

『先に学校行ってて』

 

「……先に?」

 

 思わず、小さく呟く。

 

「寝坊かなんかか?」

 

 時間を確認するが、遅刻するほどの時刻でもない。

 妙に引っかかる文面だった。

 

「どうしたんだい? 不思議そうな顔で」

 

 隣を歩いていたタブリスが、横目でこちらを見ながら聞いてくる。

 

「いや……被身子からさ。

 “先に行ってくれ”って連絡が来てて」

 

 スマホを軽く振って見せる。

 

「珍しいなと思って」

 

「ふうん」

 

 タブリスは短く相槌を打つ。

 

「……って、ちょっと待て」

 

 そこで我に返る。

 

「なんで普通に会話してるんだよ、俺たち」

 

「今さらじゃないかい?」

 

 タブリスは悪びれもせず言う。

 

「せっかくだからね。

 君とコミュニケーションを取っておこうと思って」

 

「コミュニケーションって……」

 

「初号機の姿と同じだよ」

 

 歩調を合わせたまま、淡々と続ける。

 

「いざという時、こういうふうに自然に話せたほうがいいだろう? 

 急に現れて、急に話すよりも」

 

「……まあ、確かに」

 

 それは否定できない。

 タブリスの言うことは、だいたいいつも正論だ。

 

「でもさ」

 

 俺は軽くため息をついた。

 

「こうやって普通に話してると、余計にややこしいんだよ」

 

「どうして?」

 

「声が同じなんだよ、声が」

 

 横を見る。

 

「俺がカヲル君っぽい喋り方して、お前がそれで返してくると……もう誰が誰だかわかんなくなるだろ」

 

「なるほど」

 

 タブリスは少し考える素振りを見せてから言った。

 

「でも、真似してもいいんじゃないかい? 

 君、ずっと続けてきたんだろう?」

 

「いやいや」

 

 即座に首を振る。

 

「それはそれで、なんか違う気がしてきたんだよ。

 同じ声で、同じ喋り方で……って、冷静に考えると混乱の元だろ」

 

「確かにね」

 

 タブリスは小さく笑う。

 

「じゃあ、今の君の話し方のほうがいい。

 素直で、わかりやすい」

 

「……褒めてるのか、それ」

 

「もちろん」

 

 何でもないことのように言われて、少しだけ調子が狂う。

 

 スマホをポケットにしまい、前を向く。

 

「まあいいや。

 とりあえず、今日は普通に学校だ」

 

「うん」

 

 タブリスは、穏やかに頷いた。

 

 校舎が見えてくると、彼はふと足を止める。

 

「じゃあ、僕はここまでにしよう」

 

「……ああ」

 

「人目もあるしね。

 それに、日常は君ひとりで歩くものだ」

 

 そう言って、タブリスは微笑む。

 

「必要なときは、また呼んでくれ」

 

 次の瞬間、朝の空気に溶けるように、その姿は消えた。

 音も気配も残さず、最初からいなかったかのように。

 

「……相変わらずだな」

 

 小さく呟いてから、俺は下駄箱へ向かう。

 

 靴を履き替え、廊下を歩きながら校舎の中へ。

 いつもと変わらない朝。

 そのはずなのに、どこか世界の輪郭がはっきりして見えた。

 

 教室に入る。

 

「おはよう」

 

 何人かに声をかけ、返事をもらいながら自分の席へ向かう。

 カバンを置き、教科書を机に出して今日の準備をする。

 

「お、新世。今日も早いな」

 

 声をかけてきたのは声田くんだった。

 

「まあな。なんとなく」

 

「なんだそれ」

 

 軽く笑い合いながら、どうでもいい話をする。

 昨日のテレビの話とか、部活のこととか。

 そんなやり取りをしているうちに、時間はあっという間に過ぎていった。

 

 そろそろ朝のホームルームが始まる頃だ。

 

 ──そのとき。

 

 ガラッ、と教室の扉が開く。

 

 視線が、一斉にそちらへ向いた。

 

 入ってきたのは、被身子だった。

 

 教室の空気が、ほんの一瞬だけ止まる。

 誰かが息を呑むのが分かった。

 

 けれど本人は、そんな視線には一切興味がない様子で、何事もなかったかのように自分の席へ向かう。

 

(……ん?)

 

 その姿を見て、違和感に気づく。

 

 右目には眼帯。

 右手は、白いギプスで覆われていた。

 

(いつもと……違う)

 

 クラスがざわつき始める中、先生もさすがに気になったらしい。

 

「おい、渡我。

 その恰好、どうしたんだ?」

 

 被身子は、席に着いたまま、淡々と答える。

 

「血が目覚めたんです」

 

 一瞬、沈黙。

 

「人の域に留めていた力が解放され、新しい姿へと変わっていくために」

 

 ……。

 

 ……え? 

 

 教室中が固まった。

 俺も含めて、誰一人、次の言葉が出てこない。

 

 その中で、先生だけが小さく咳払いをして、

 

「……そうか」

 

 なぜか妙に納得したように頷く。

 

「中学二年生だもんな」

 

 その一言で、すべてを察したらしい。

 

「わかった。

 そういうことなら、特に言わん」

 

 そしていつもの調子で続ける。

 

「ただし、周りに迷惑はかけるなよ」

 

「はい」

 

 被身子は即答した。

 

 こうして、何事もなかったかのようにホームルームが始まる。

 

 俺は前を向きながら、心の中で思わず呟いていた。

 

(……まさかの、中二病!?)

 

 いや、被身子の場合、どこまでが冗談で、どこからが本気なのか判断がつかない。

 

 けれど一つだけ確かなのは──

 

 今日もまた、

 普通じゃない一日が始まった、ということだった。

 

 

 ◇◇◇◇

 

 

 多目的棟。

 生徒の教室とは離れた位置にある、利用者の少ないトイレ。

 

 そこで一人の少女が、壁に手をつきながら荒い息をしていた。

 

「はぁ……はぁ……くぅっ……!」

 

 右手に巻かれたギプスを、左手で強く掴む。

 痛みを抑えるように、呼吸を整えようとする仕草。

 

 そこにいたのは、渡我被身子だった。

 

 額には汗が滲み、唇はわずかに震えている。

 彼女はゆっくりと顔を上げ、洗面台の鏡を見つめた。

 

 鏡の中に映っているのはいつもの彼女ではない。

 

 青い髪。

 赤い瞳。

 感情を削ぎ落としたような、静かな表情。

 

 被身子が「アルエ」と呼ぶ存在だった。

 

「……結構、きついですね。アルエちゃん」

 

 鏡に向かって、軽口のようにそう話しかける。

 

 すると、鏡の中の少女が、ゆっくりと口を開いた。

 

「いきなり、ここまでする必要があったの?」

 

 声は落ち着いていて、感情の揺れがない。

 

「教室でも、みんな心配していたようだけど」

 

「はは……」

 

 被身子は小さく笑ったが、その笑みはすぐに消えた。

 

「時間は有限ですから」

 

 息を整えながら、はっきりと言う。

 

「一秒も、無駄にできません」

 

 そう言った瞬間、彼女の表情がわずかに曇る。

 

 脳裏に蘇るのは、昨日の光景。

 

 紫色の初号機。

 白い量産機。

 

 ヒーローの戦いなどではなかった。

 テレビで見るような“必殺技”も、“逆転の展開”もない。

 

 あれは純粋な殺し合いだった。

 

 力で押し潰し、

 恐怖で縛り、

 躊躇なく破壊する。

 

 その光景を前に、被身子は動けなくなった。

 だから、アルエに身体を預けた。

 

「……あんなのを見て」

 

 被身子は、低く呟く。

 

「悠長にしていられるほど、馬鹿じゃないつもりです」

 

 そう言って、右手のギプスに指をかける。

 

 躊躇はなかった。

 

 固定具を外すと、包まれていた右手が露わになる。

 

 そこには、皮膚の下で盛り上がるような異常な膨らみがあった。

 ミミズ腫れのように、歪に走る隆起。

 

 まるで──

 生きているかのように。

 

 どくん、と。

 どくん、と。

 

 脈打つ感覚が、指先まで伝わってくる。

 

 それは右手だけではない。

 眼帯の奥、右目も同じだった。

 

 視線を逸らし、被身子は小さく息を吐く。

 

「……ねぇ、アルエちゃん。これ、ちゃんと馴染んでますよね?」

 

 鏡の中の少女が、少しだけ間を置いて頷く。

 

「ええ。まだ完全じゃないけれど……少しずつ、確実に」

 

「だったら、よかったです」

 

 被身子はそう言って、右手を見つめた。

 皮膚の下で脈打つ侵食の痕が、まるで生き物のように蠢いている。

 

「この力は……きっと、これから必要になりますから」

 

 アルエは、わずかに眉をひそめる。

 

「……急ぎすぎじゃない?」

 

 その問いに、被身子はすぐには答えなかった。

 一度、目を伏せ、昨日の光景を思い出す。

 

「……昨日」

 

 被身子は、静かに口を開いた。

 

「福音くんが、左手を切られて、右目をえぐられたとき……」

 

 一瞬、言葉に詰まる。

 

「心配より先に……愛おしさが、出たんです」

 

 アルエの赤い瞳が、わずかに揺れた。

 

「その瞬間、思いました」

 

 被身子は、顔を上げる。

 

「ああ……私って、こうなんだって」

 

 自嘲でも、否定でもない。

 ただの自己認識。

 

 アルエは、何も言わない。

 

「だから」

 

 被身子は、右手を胸元に引き寄せる。

 

「こんな私を守ろうとしてくれる福音くんの隣に立つためには……」

 

 ほんの一瞬だけ、痛みに顔を歪めてから、それでも、笑顔を作った。

 

「急ぎすぎなくらいが、ちょうどいいんです」

 

 その笑顔は、無邪気で。

 そして、どこか危うかった。

 

 

〈心操視点〉

 

 

 先輩たちと特訓してから、数日が経った。

 

 部屋の中でひとり、ベッドに腰掛けたまま、俺はあの日のことを思い出していた。

 

 今まで、まともにやったことのなかった“人との戦闘訓練”。

 机上の想定や一人練習とは、まるで別物だった。

 

 腹に叩き込まれた一撃。

 息が詰まり、肺が潰れたみたいになって、思考が一瞬真っ白になる。

 

(……やべぇ、これやばいやつだ)

 

 本気でそう思った。

 正直、痛みだけで言えば最悪だった。

 

 ──けど。

 

 それだけじゃなかった。

 

 あの一発のおかげで、逃げる癖が消えた。

 相手の間合いに入る覚悟が、腹に落ちた。

 

 結果として、先輩との模擬戦では勝てた。

 

「……勝てた、けど」

 

 俺は小さく呟く。

 

 あの勝利で、はっきり分かったことがある。

 

 自分の“洗脳”の個性は、やっぱり強い。

 

 新世先輩が褒めてくれた、俺の個性。

 一度条件を満たしてしまえば、文字通りの必殺技になる。

 

 事実、決まった瞬間の感覚は凄かった。

 相手の動きが止まり、戦況が一気にひっくり返る。

 

(……でも)

 

 天狗には、なれなかった。

 

 昨日勝てたのも、渡我先輩の作戦があってこそだ。

 俺一人だったら、たぶん途中で潰されて終わってる。

 

「はぁ……どうしたもんか」

 

 自然と、ため息が漏れた。

 

 たった一回の特訓で、嫌ってほど見えてきた“足りないもの”。

 

 経験。

 知識。

 身体。

 

 どれも一朝一夕でどうにかなるもんじゃない。

 それが一気に押し寄せてきた感じだ。

 

(なにから手ぇつけりゃいいんだよ……)

 

 考えれば考えるほど、思考が空回りする。

 

「つっても、ここで無理して体壊すのは馬鹿だしな」

 

 自分に言い聞かせるように呟いて、頭をがりっと掻いた。

 

 そして、癖みたいにスマホに手を伸ばす。

 

「……なんかないか、調べてみるか」

 

 画面を点けながら、ぼんやり思う。

 

 特訓方法。

 個性の応用。

 メンタルの鍛え方。

 

 どれも簡単な答えはないだろうけど──

 それでも、立ち止まるよりはマシだ。

 

 スマホを眺めながら、俺はぼそっと呟いた。

 

「……新世先輩が言ってたよな。

 声が起点なんだから、演技力も身につけないと」

 

 声の出し方。

 間の取り方。

 相手を“油断させる”話し方。

 

 戦闘以前に、そこが俺の土俵だ。

 

(とはいえ、どう鍛えりゃいいんだよ……)

 

 考えながら、親指で画面をスクロールする。

 

 そのときだった。

 

 つるっと指が滑り、

 画面が一瞬でホームに戻る。

 

「あっ——」

 

 舌打ちしかけて、そこで止まった。

 

 ホーム画面の端に、見覚えのないアイコンがある。

 

「……なんだ、これ?」

 

 入れた覚えはない。

 アップデートでも見たことがない。

 

 首を傾げた、その瞬間。

 

 アイコンが、勝手に光った。

 

「……は?」

 

 次の瞬間、タップもしていないのに、アプリが起動する。

 

「! おい、まさかウイルスかなんかか!?」

 

 慌てて戻るボタンを押す。

 電源を落とそうとする。

 

 ──反応しない。

 

「……くそっ」

 

 画面は完全にロックされ、

 中央に、大きな文字が表示された。

 

《MAGI》

 

「マギ……? 

 なんだよ、それ……」

 

 聞き覚えのない名前じゃない。

 でも、俺のスマホにある理由はない。

 

 嫌な汗が、背中を伝った。

 

 そして──

 

 画面が暗転し、

 次の瞬間、動画が自動再生される。

 

「……っ」

 

 俺は、息を呑んだ。

 

 画面に映し出されたのは、見覚えのない眼鏡の男だった。

 落ち着いた表情で、こちらをまっすぐに見ている。

 

「やあ、こんにちは。

 作戦部所属オペレーター、日向マコトだ。よろしく」

 

 聞き取りやすい声。

 

「僕が担当するのは、対人を想定した白兵技能について。

 まあ、平たく言えば──実戦で役立つ戦闘技術だと思ってくれればいい」

 

 画面が切り替わる。

 

 今度は、柔らかい雰囲気の女性が映った。

 

「次は、私ですね。

 同じくオペレーター担当、伊吹マヤです」

 

 穏やかな微笑みを浮かべながら、続ける。

 

「私が担当するのは、身体づくりについて。

 基礎データの取り方から、効率的なトレーニング内容の組み立て方まで、しっかりサポートします」

 

 さらに画面が変わる。

 

 今度は、長髪の男。

 どこか軽いが、目だけは鋭い。

 

「よろしく。俺は青葉シゲル。

 同じくオペレーター担当だ」

 

 少し肩をすくめるようにして、言う。

 

「俺が教えるのは“声”についてだな。

 声の出し方、通し方、間の取り方……

 それと、状況に応じた“演技”のしかたもやっていく」

 

 ──声。

 

 思わず、喉が鳴った。

 

 そして、再び画面は最初の眼鏡の男へと戻る。

 

「以上が、君をサポートするメンバーだ」

 

 日向マコトは、淡々と告げる。

 

「これ以降の動画は、いくつかの段階に分かれている。

 基礎から応用へ、条件を満たすことで次の段階が解放される仕組みだ」

 

 説明を聞きながら、俺はただ画面を見つめることしかできなかった。

 

(……なんだよ、これ)

 

 対人戦闘。

 身体づくり。

 声と演技。

 

 今の俺が欲しているものが、全部そこに詰まっている。

 

(偶然……じゃないよな)

 

 一応、警戒してスマホの通知履歴や通信状況を確認する。

 変な請求メールも、怪しい着信も──ない。

 

「……ウィルスって感じでもなさそうだな」

 

 少しだけ、肩の力が抜けた。

 

 画面の中のオペレーターたちは、こちらを急かすでもなく、ただ待っている。

 

「だったら……」

 

 俺は、スマホを握り直した。

 

「使ってみるか」

 

 その瞬間、

 画面が静かに切り替わり、

 最初のトレーニング項目が表示される。

 

 ──ここから先は、

 自分次第だ。

 

 そう言われている気がして、

 俺は自然と、背筋を伸ばしていた。

 

 

 ◇◇◇◇

 

 

 自分の弱さを知り、

 その弱さを受け入れたうえで前に進もうと決めてから。

 

 俺は、これまでと同じ日常を送りながら、

 どこかで確実に変わり始めていた。

 

 それからの生活は、正直言って波乱万丈の連続だった。

 

 部活動では、ある日突然、心操くんが

「語り、やってみたいです」

 なんて言い出して、放送部の空気が一瞬止まった。

 

 次の瞬間。

 

 スピーカーから流れてきたのは、

 いつもの気だるげな声とはまるで別物の“声”。

 

 感情の起伏、間の取り方、言葉の重さ。

 聞く者の意識を、否応なく引き込んでいく語りだった。

 

 放送室にいた全員が、思わず息を呑んだ。

 誰も、すぐには言葉を発せなかったほどだ。

 

「……え、心操くん?」

「今の、マジで?」

 

 そんな声が、遅れて漏れ出す。

 

 本人は照れたように頭を掻いていたけど、

 あのときの衝撃は、今でもはっきり覚えている。

 

 ──放送部一同が、心底驚かされた。

 それが、なぜか妙に楽しくて、少し誇らしくて。

 

 今思えば、あれもまた、

 “前に進んでいる証拠”だったのかもしれない。

 

 日常は変わらず続いている。

 けれど、その中身は確実に違っていた。

 

 そして被身子。

 

 彼女は、静かに、しかし確実に“別の領域”へと踏み込んでいった。

 

 ATフィールドの反転。

 本来、防御であるはずのそれを、外へ押し返すのではなく、“内側へ引き込む”という発想。

 

 それによって、彼女は学んだ。

 

 無機物に浸食する戦い方を。

 

 地面。

 壁。

 瓦礫。

 そして、武器。

 

 触れた瞬間、境界が曖昧になり、

 物質は彼女の意思を“受け入れる”。

 

 他者に変身する個性を持つ彼女が、

 今度は──他の“物”すら、自分の一部のように扱い始めた。

 

 形を奪うのではない。

 支配するのでもない。

 

 溶かし、混ぜ、なじませる。

 

 境界は曖昧になり、

 無機物は彼女の意思を拒まなくなる。

 

 それは力の誇示ではなく、

 “理解した結果”としての変化だった。

 

 彼女は、確実に前へ進んでいる。

 

 危ういほどの速度で。

 迷いを振り切るように、躊躇を削ぎ落としながら。

 

 強くなっている。

 

 そう、はっきりと感じてしまうほどに。

 

 そして俺。

 

 初号機の身体を少しずつなじませ、動きを磨き、無駄を削ぎ落としていく。

 

 艶麗、なんて言葉が浮かぶくらいには、

 動きが“自分のもの”になってきた感覚があった。

 

 時々ではあるけれど、タブリスに頼んで量産機とのシミュレーションも続けている。

 

 あの時の恐怖を、今度は目を逸らさずに正面から受け止めるために。

 

 繰り返すうちに、はっきりと変化が現れた。

 

 ATフィールドに頼らない身体の使い方。

 重心の置き方、踏み込みの角度、殴るためじゃなく“崩す”ための動き。

 

 防御に逃げず、自分の肉体そのものを信じて動く感覚。

 それが、少しずつわかってきた。

 

 そして自然と、タブリスと会話する時間も増えていった。

 

 皮肉な話だけど──

 あいつと話している間だけは、

「僕」じゃなくて「俺」でいられる。

 

 飾らなくていい。

 取り繕わなくていい。

 

 弱さも、焦りも、全部さらけ出せる。

 

 たぶん、

 それが一番大きかった。

 

 ……そして。

 

 もうひとつ。

 

 はっきりとした成果がある。

 

 必殺技が、できた。

 

 あれは冬休みのことだ。

 

 被身子や心操くんと、ほぼ毎日のように森で特訓をしていた。

 学校が休みになったぶん、時間はいくらでもあったし、何より止まっている暇がなかった。

 

 特に、心操くんの成長が目覚ましかった。

 

 体つきは一回り引き締まり、

「自信がない」と言っていた格闘戦も、もはや別人みたいな動きになっている。

 

 殴り方、踏み込み、距離の取り方。

 全部が“実戦”を意識したものに変わっていた。

 

 そこに、被身子が加わる。

 

 浸食を会得した彼女の動きは、さらに厄介だった。

 ATフィールドの反転。

 無機物への浸食。

 空間そのものを“味方”にする戦い方。

 

 その二人が組んだ時のコンビネーションは正直、えげつない。

 

 心操くんが動きを縛り、被身子が一気に状況を塗り替える。

 

 2対1の特訓は、熾烈を極めた。

 

(……このままじゃ)

 

 何度目かの攻防の中で、はっきりと思った。

 

(負ける!!)

 

 俺は後退しながら、深く息を吸う。

 

 ──違う。

 

 今、必要なのは初号機じゃない。

 

 俺は、意識を切り替えた。

 

 次の瞬間。

 

 俺の身体が、唐突に光を放ち始める。

 

「え?」

 

「……なに?」

 

 急な変化に、被身子と心操くんが動きを止めた。

 

 光は一気に膨れ上がり、そして、静かに収束する。

 

 そこに立っていたのは──

 

 エヴァンゲリオンM号機。

 

 赤と黄色の配色。

 どこかふざけているようで、でも確実に“異質”な存在。

 

 二人は、ぽかんとした表情で俺を見る。

 

「……えっと」

 

「いまここで?」

 

 よくわからない、という顔。

 

 俺はその反応に少しだけ笑いそうになりながら、二人へ向けて、手をかざした。

 

 意識を集中する。

 

 これは、M号機特有の“生成”の感覚。

 

 ──解放。

 

「……っ!?」

 

「あっつ!?」

 

 次の瞬間、二人が同時に口を押さえた。

 

 慌てて前屈みになり、ごふっ、と何かを吐き出す。

 

 地面に落ちたそれは──

 

 揚げたて、アツアツのポテト。

 

 湯気すら立っている。

 

「……なに、これ!?」

 

 被身子は舌を出しながら、目を丸くしている。

 

 心操くんも、ポテトを見下ろして絶句していた。

 

「……口の中に、直接?」

 

 俺は胸を張って言った。

 

「これが、僕の必殺技だ」

 

 一拍置いて、続ける。

 

「M号機による──遠隔生成」

 

 心操くんが、ゆっくり顔を上げる。

 

「……えぐいことしますね、それ」

 

 冷静すぎるツッコミ。

 

「下手したら、普通に窒息しますよ?」

 

「そこまではしないって!」

 

 俺は慌てて言い返しつつ、ちょっとだけ得意げになる。

 

「狙いは攪乱だよ、攪乱。

 熱いし、予想外だし、反射的に動き止まるだろ?」

 

 被身子はポテトを一瞥してから、俺を見る。

 

「……発想が、完全に福音くんですね」

 

「褒め言葉として受け取っておく」

 

 ふふん、と胸を張る。

 

 その背後で。

 

「……そうきたか」

 

 タブリスの声が、俺にだけ届いた。

 

 驚いたようで、でもどこか楽しそうな声。

 

(だろ?)

 

 心の中でそう返しながら、俺は拳を握る。

 

 ふざけた見た目。

 ふざけた効果。

 

 でも──

 

 確実に、戦況をひっくり返せる一手。

 

 これが、俺の必殺技だ。

 

 弱さを知って、逃げずに考え抜いた末に、

 ようやく辿り着いた俺だけの、答えだった。

 

 

 

 

 

 そんな生活を続けているうちに、

 いつの間にか俺は三年生になっていた。

 

 春の日差しが差し込む、新しい教室。

 まだ少しだけよそよそしい空気の中で、先生が教壇に立つ。

 

「えー、皆も三年ということでだな」

「本格的に、将来を考えていく時期だ」

 

 そう言って、先生は続けた。

 

「今から、進路希望のプリントを配る」

 

 前の列から、白い紙が順番に回ってくる。

 机の上に置かれたその紙を見て、胸の奥が静かに揺れた。

 

 ──将来。

 

 小学校六年生のとき。

 同じような紙を前にして、何も書けなかった自分を思い出す。

 

 悩んで、迷って、立ち止まっていたあの頃。

 そのときに、ジェントルから投げかけられた言葉が、ふと蘇った。

 

「人は“何かしらのきっかけ”があれば、自然と自分の道を見つけるものだよ」

 

 ……今なら、わかる。

 あの言葉の意味が。

 

 俺にも、確かに“きっかけ”があった。

 

 そして今──

 あのときは持てなかったものを、俺はもう持っている。

 

 ペンを取る。

 迷いは、なかった。

 

 進路希望の欄に、はっきりと文字を書く。

 

 ヒーロー

 

 そうだ。

 俺は、ヒーローになる。

 

 もう、逃げない。

 もう、迷わない。

 

 春の光に照らされた教室で、俺は自分の未来を、初めて自分の言葉で選んだ。




ここまで読んでいただき、ありがとうございます。

ここでひとつ、読者の皆さんに聞いてみたいことがあります。

心操くんを最終的にヒーロー科へ進ませるかどうか。

今後の展開を決める参考として、アンケートを取ってみようと思います。

よければ、ぜひ意見を聞かせてください。
次回もよろしくお願いします。

心操人使をヒーロー科に受からせるか悩んでいます。ご意見お願いいたします。

  • ヒーロー科に受かる
  • 原作通り普通科
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