僕のヒーローアカデミア 偽りの福音   作:ペプシ飲みたいマン

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今回より、主人公の一人称が場面によって変わります。

日常では「僕」。
タブリスと二人きりの時だけ、「俺」。

それでは、物語をお楽しみください。


第弐拾九話 兆し 

 放課後の空気は、少しだけ軽かった。

 冬の終わりと春の手前、そのどちらにも足を突っ込んだような、曖昧な匂いがする。

 

 学校の正門を抜けて、帰り道。

 僕は被身子と心操君と、三人並んで歩いていた。

 

 ……正直に言うと。

 

 僕は今、とても浮かれている。

 

 自覚はある。

 あるんだけど、どうにも抑えきれなかった。

 

 口元が緩む。

 気を抜くと、にやにやしてしまう。

 無意識に、何度も。

 

(……まずいな)

 

 そう思って顔を引き締めようとしても、すぐに元に戻ってしまう。

 胸の奥──コアのあたりが、普段より少しだけ温かい。

 トクン、トクンと、機嫌よく脈打っている気がした。

 

 そんな僕の様子を、当然のように見逃さない人物がいる。

 

「……福音くん?」

 

 隣を歩いていた被身子が、首を傾げてこちらを見た。

 いつも通り落ち着いた声だけど、そこにははっきりとした違和感が混じっている。

 

「どうしたんですか? 

 今日は……なんだか、やけに嬉しそうですね」

 

 図星だった。

 

 僕は一瞬だけ視線を逸らし、それから小さく息を吐いた。

 

「そんなに分かりやすかったかな」

 

「分かりやすいです」

 

 即答だった。

 被身子は少し困ったように笑いながら、続ける。

 

「さっきから、ずっと口元が緩んでますし。

 歩き方まで、いつもより軽いです」

 

 思っていた以上に観察されていたらしい。

 僕は苦笑しつつ、観念して言葉を選んだ。

 

「……今日、進路相談があっただろう?」

 

 そう切り出した瞬間、今度は被身子が、少し間を置いてから反応した。

 

「あ……」

 

 一度だけ視線を上に向けて、考えるような仕草。

 

「そういえば、ありましたね。

 私も、個別で受けました」

 

「人によっては、推薦とかの話もでるとか」

 

 その続きを、僕は静かに受け取る。

 

「その推薦の話だよ」

 

 二人の視線が、一斉に僕に向いた。

 

「担任の先生に言われたんだ。

『志望校に、推薦状を出す方向で考えている』って」

 

 一瞬、空気が止まった。

 

 それから。

 

「……え?」

 

 まず声を出したのは心操君だった。

 目を見開いて、完全に思考が追いついていない顔をしている。

 

「ちょ、ちょっと待ってください先輩。

 それって……普通に、すごくないですか?」

 

「……たぶんだけど」

 

 僕は頷いた。

 実感がないわけじゃない。

 むしろ、ありすぎて困っているくらいだ。

 

 被身子は一拍遅れて、はっとしたように息を吸った。

 

「それって……つまり……」

 

「うん」

 

 僕は、はっきりと答える。

 

「一応、評価はされているらしい」

 

 被身子の表情が、ぱっと明るくなった。

 

「……おめでとうございます、福音くん」

 

 心からの声音だった。

 嘘も、遠慮もない。

 

「ありがとう」

 

 そう返しながら、視線を動かす。

 

 心操君も、遅れて笑う。

 

「おめでとうございます。

 先輩が評価されないわけないとは思ってましたけど推薦って聞くと、改めて実感しますね」

 

「大げさだよ」

 

 そう言いながらも、否定はできなかった。

 嬉しい。

 素直に、嬉しい。

 

 この世界で生きてきた時間。

 戦って、悩んで、逃げずに立ってきたこと。

 それらが、確かに“未来”へと繋がっている。

 

 その事実が、今はただ、ありがたかった。

 

 少し歩いてから、心操がふと思い出したように言う。

 

「……あ、そういえば先輩の志望校って、どこなんですか?」

 

 その質問に、僕は一瞬だけ足を止めそうになった。

 

 僕は、少しだけ間を置いてから答えた。

 

「……雄英高校だよ。ヒーロー科」

 

 その言葉が空気に落ちた瞬間、一番分かりやすく反応したのは心操君だった。

 

「えっ──雄英!?」

 

 声が裏返りかけて、慌てて咳払いをする。

 

「す、すご……いや、すごいですね、それ……!」

 

 隣では、被身子が一瞬きょとんとしてから、ぱっと表情を明るくした。

 

「おお……!」

 

 短いけれど、素直な感嘆だった。

 

「やっぱり、目指すところはそこですよね」

 

 心操君は少しだけ興奮を抑えた声で言う。

 

「日本でヒーローを志すなら……雄英は、やっぱり特別ですから」

 

「うん」

 

 僕は頷いた。

 

「せっかくだしね。

 それに、どうせ狙うなら最高峰だ」

 

 自分で言っておいて、少しだけ可笑しくなる。

 昔の僕なら、こんな言い方はしなかっただろう。

 

 でも今は、そう思えた。

 

 心操君は感心したように息を吐く。

 

「雄英に……推薦状を出してもらえるなんて……」

 

 それから、少しだけ言い淀んで、視線をこちらに向けた。

 

「……あの、先輩。

 学びのために聞きたいんですけど」

 

 真面目な顔だった。

 好奇心というより、切実さに近い。

 

「推薦の理由って、なんて言われたんですか?」

 

 僕は歩きながら、言葉を整理する。

 

「先生の話だとね。

 僕がヒーローを目指していることは、なんとなく前から感じていたらしい」

 

 二人は黙って聞いている。

 

「だから、もともと話題には上がっていたみたいなんだ。

 それに加えて──」

 

 少しだけ間を置く。

 

「成績とか、授業態度。

 それから……普段やっている、孤児院や地域へのお返しのボランティア」

 

 心操君の眉が、わずかに動いた。

 

「それらを総合的に見て、推薦状を出す価値がある、って判断したらしい」

 

 心操君は、思わずといった様子で呟く。

 

「……そこまでやって、やっと推薦、なんですね」

 

 重みのある言葉だった。

 羨望よりも、現実を噛みしめるような声音。

 

 被身子が、少しだけ前を向いたまま言う。

 

「でも……よかったですね」

 

 柔らかい声だった。

 

「福音くんが、ちゃんと認められた、ってことですよ」

 

「うん」

 

 僕は素直に頷いた。

 

「そこは……正直、嬉しいよ」

 

 胸の奥が、少しだけ温かくなる。

 

「推薦状のためにやっていたわけじゃない。

 それでも、そういう行動を評価してもらえたのは……正直嬉しい」

 

 空を見上げる。

 

「それに、先生が言っていた…

 奉仕活動は、ヒーローの根幹だって」

 

 助けること。

 見返りを求めないこと。

 誰かのために動くこと。

 

 それは特別な戦場じゃなくても、

 日常の中に、確かに存在する。

 

 心操君は小さく息を吸って、真剣な顔で頷いた。

 

「……なるほど」

 

 

 ◇◇◇◇

 

 

 しばらく歩いたところで、心操君が少しだけ歩調を落とした。

 

「あの……先輩」

 

 声の調子が、さっきまでと少し違う。

 軽さの中に、迷いが混じっている。

 

「話、変わるんですけど……

 ちょっと相談してもいいですか」

 

「もちろん、どうしたの?」

 

 心操君は一度だけ視線を落とし、それから前を見据えたまま話し始める。

 

「……先輩たちと特訓するようになって、もう一年くらい経つじゃないですか」

 

「そうだね」

 

 あっという間だった気もするし、

 ずいぶん長かった気もする、不思議な一年だ。

 

 被身子が心操君の方を見て、少し考えるように言った。

 

「確かに……。

 心操君、体つき、なんだか前よりがっしりした気がします」

 

「え、そうですか?」

 

 心操君は少し照れたように肩をすくめる。

 

「自分では、あんまり実感ないんですけど……」

 

「あるよ」

 

 僕ははっきりと言った。

 

「最初に会った頃とは、別人みたいだ」

 

 それはお世辞じゃない。

 体の軸、立ち方、重心の置き方。

 どれも確実に“戦う人間のそれ”に近づいている。

 

 心操君は少しだけ照れたように、でも真剣な声で続けた。

 

「この一年、

 体作りと、体の動かし方。

 それから……素手での戦い方を、重点的にやってきました」

 

 自分で言葉にして、改めて実感しているようだった。

 

「で……そろそろ、次のステップに進んでもいいのかなって」

 

「次のステップ?」

 

 首を傾げる。

 

「どんなことを考えてるんだい」

 

 心操君は、少しだけ息を吸ってから答えた。

 

「……武器です」

 

「武器?」

 

「はい」

 

 はっきりとした声だった。

 

「そろそろ、武器を使った戦いも学ぼうかなって思ってて」

 

 被身子が、少し目を見開く。

 

「あ……確かに」

 

 それから、少し楽しそうに。

 

「私も、武器とか……あったらいいな、って思うことあります」

 

 僕は二人を見比べながら言った。

 

「武器があれば、戦い方の幅は確実に広がる」

 

 距離の取り方。

 相手との間合い。

 力の使い方。

 

「ただ……」

 

 そこで、少し言葉を選ぶ。

 

「何を使うか、は悩むところだね」

 

 心操君も大きく頷いた。

 

「そうなんですよ」

 

 それから、ふと思い出したように首を傾げる。

 

「……そういえば」

 

 少し遠慮がちに、でも好奇心を隠さずに言った。

 

「先輩たちは、将来どんな武器を使う予定なんですか? 

 参考までに、知りたいなって」

 

「なるほど」

 

 僕は少し考えてから答える。

 

「僕はいろいろ使うつもりだけどメインは、ナイフかな」

 

「おお~!」

 

 被身子が、ぱっと声を上げた。

 

「それ、私と一緒だ!」

 

 嬉しそうにこちらを見る。

 

 心操君は少し驚いた顔をした。

 

「え、意外ですね」

 

「そうかな?」

 

「はい。

 先輩、力もありますし……もっと大きい武器を使うのかと思ってました」

 

 その反応に、僕は小さく笑った。

 

「まあ、分からなくもないね」

 

 それから、少しだけ説明する。

 

「でもさ。

 初号機の姿になると、両肩に縦長のパーツが出るだろ?」

 

「……ああ」

 

 心操君は思い出すように頷く。

 

「確かに、なんかありますね」

 

 肩をすくめる。

 

「あれ実は物を収納できる構造になってるんだ。

 だから、折り畳み式のナイフとかを入れるのに、ちょうどいいと思って」

 

 心操君は目を丸くした。

 

「……なるほど」

 

 感心したように息を吐く。

 

「確かに、そう言われると……

 すごく理にかなってる気がします」

 

「でしょ?」

 

 武器は“見栄え”じゃない。

 自分の体と、能力と、動き方に合っているかどうか。

 

 そこが一番大事だ。

 

 すると心操君が、今度は被身子の方を見た。

 

「そういえば……」

 

 一瞬、言い方を選んでから。

 

「渡我先輩も、ナイフなんですよね?」

 

「……あ」

 

 僕はその一言に、心躍らせる。

 

「そういえば、そうだね。

 僕も、理由気になるな」

 

 被身子は、少しだけ胸を張った。

 

「なら、答えてあげましょう」

 

 いつもの軽やかな声。

 でも、その中には確かな実感がこもっている。

 

「私の場合基本、スピードを生かした戦い方になるから片手で持てる、軽い武器がいいなって思ってて」

 

 歩きながら、自然に続ける。

 

「それに切りつけたときに、血を少しでも回収できれば変身して、かく乱とかもできるかなって」

 

 淡々とした口調だった。

 でも、それは“現実的な戦術”の話だ。

 

 沈黙が、ほんの一瞬だけ流れる。

 

 それを破ったのは、僕だった。

 

「……うん」

 

 小さく頷く。

 

「被身子らしい、合理的な考え方だ」

 

「でしょ?」

 

 被身子は少しだけ笑った。

 

 その表情を見て、僕はふと思った。

 

「……話を戻すけど心操君に合う武器って、なんだろうね?」

 

「うーん……」

 

 被身子は腕を組み、唸るように考え込んだ。

 

「個性前提で考えると……

 自分から積極的に攻撃しに行くのは、あんまり良くない気がします」

 

 それから、心操君の方を見る。

 

「心操君の個性って機械越しの声は、ダメなんでしたっけ?」

 

「はい」

 

 心操君は即答した。

 

「俺の声を、直接聞かないとダメですね」

 

「ですよね」

 

 被身子は納得したように頷く。

 

「じゃあ、メガホンとか、変声機とかは……

 使えなさそうですね」

 

「うん」

 

 俺も同意する。

 

「それを前提にすると盾、っていうのはどうだい?」

 

 二人が、同時にこちらを見る。

 

「盾?」

 

「そう自分や、他の人を守れる。

 それに、面を使った打撃にも応用できる」

 

 攻撃一辺倒じゃない。

 前に出すぎない。

 それでも、戦場に立てる。

 

「……なるほど」

 

 心操君は顎に手を当て、ゆっくりと頷いた。

 

「確かに……それは、ありな気がします」

 

 でも、その声には、まだ引っかかりがあった。

 

 歩きながら、しばらく黙り込む心操君。

 完全に納得している、という感じではない。

 

 僕は内心で思う。

 

 武器は理屈だけじゃ決まらない。

 “しっくりくるかどうか”が、何より大事だ。

 

 ふと自分のことを考え始める。

 

(僕が使うとしたら……)

 

 エヴァの武装。

 思い浮かぶのは、ほとんどが重火器だ。

 

(陽電子砲、パレットライフル……)

 

 いや、参考にならない。

 

(……そうだ)

 

 別の方向から考えてみる。

 

(使徒、ってどうだろう)

 

 使徒も、それぞれ固有の攻撃方法を持っていた。

 

(アダムは……)

 

 ……よく分からない。

 

(リリスは……)

 

 張り付けられている印象しかない。

 論外だ。

 

(サキエルといえば、光のパイル……)

 

 ……あれは無理だな。

 

(シャムシエル)

 

 光のムチ。

 あれなら遠距離攻撃もできるし、拘束にも使える。

 

(ラミエルの加粒子砲は……論外)

 

(ガギエルは……)

 

 牙? 

 水中適性? 

 やたら頭がいい……? 

 

(イスラフェルは分裂……これもダメ)

 

(サンダルフォンは……熱耐性?)

 

 ……よく分からない。

 

(マトリエルは酸性の液体……なしだな)

 

 心の中でため息をついた。

 

(……やばいな)

 

 ほとんどが特殊能力ばかりで、

 全然参考にならない。

 

 使徒という存在は、

 そもそも“武器”という枠に収まるものじゃない気がする。

 

 それでも。

 

(……何か、ないか?)

 

 答えを探すように思考を巡らせた、その瞬間ふいに、ひとつの存在が頭に浮かんだ。

 

 最強の使徒。

 圧倒的な力で、すべてをねじ伏せた存在。

 

 ──ゼルエル。

 

 脳裏に蘇るのは、あの戦闘シーンだった。

 

 弐号機の両腕。

 そして、頭部。

 

 あの特徴的な腕で、容赦なく切り落とした光景。

 

(……あの腕)

 

 帯状に畳まれた、異様な形状。

 巨大な刃として振るわれていた。

 

 けれど。

 

 初号機との戦闘では──

 あれは、確か……。

 

(……掴まれていた、よな)

 

 刃であり、同時に。

 しなやかで、柔軟で。

 

 口から、思わず言葉が零れた。

 

「……布、か」

 

 小さな呟き。

 

 その瞬間、隣を歩いていた被身子が、ぴくりと反応した。

 わずかに、顔をしかめる。

 

「……」

 

 そして、心操君が振り返る。

 

「先輩、今……なんて言いました?」

 

「ああ、ごめん」

 

 僕は少し照れたように笑ってから説明する。

 

「いや、何かないかなって考えててさ。

 こう……特殊な“布”みたいなのがあれば」

 

 二人の視線が集まる。

 

「捕縛にも使えるし、

 高いところへの移動にも応用できるかなって思って」

 

 言いながら、自分でも意外に感じていた。

 思いつきのはずなのに、妙に筋が通っている。

 

 次の瞬間。

 

 心操君の表情が、はっと変わった。

 

 驚き。

 そして──理解。

 

「……!」

 

 それから彼は、急に歩きながらぶつぶつと独り言を始めた。

 

「確かに……

 プロのサポート会社が作る、特殊素材の布があれば戦略の幅、かなり広がりますね。

 布なら、盾ほど重くないし取り回しもいいから、動きの邪魔にもなりにくい……」

 

 被身子が、目を丸くする。

 

「わお……」

 

 心操君は止まらない。

 

「それに、洗脳が効かない相手の動きを止めるのにも使えるし仲間が来るまでの足止めにも、十分……」

 

 完全にスイッチが入っていた。

 

 その様子を見ながら、心の中で素直に感心する。

 

(……おお、すごいな。

 今の思考の回り方……)

 

 ──リツコみたいだ。

 

 分析。

 実用性。

 戦術への即時転用。

 

 アイデアを“形”に変える速度が、尋常じゃない。

 心操君は、はっと我に返ったように口を閉じる。

 それから、少し照れたように、けれど真っ直ぐこちらを見る。

 

「……ありがとうございます、新世先輩」

 

 その声は、さっきまでの分析的な調子とは違っていた。

 どこか、晴れやかだ。

 

「なんだか……光明が見えた気がします。

 帰って、いろいろ検証してみます」

 

「うん」

 

 自然に頷いた。

 

「助けになれたなら、よかったよ」

 

 それだけのやり取りだった。

 特別な言葉も、派手な称賛もない。

 

 けれど。

 

 心操君は、まるで小さなご褒美をもらった子供みたいに、ほんの少しだけ嬉しそうに笑った。

 

 三人で並んで歩く帰り道。

 夕暮れは、もうすぐ夜に変わろうとしていた。

 静かで、穏やかな時間。

 

 ──この一歩が、いつか“戦場”で意味を持つことになるとしても。

 

 今はまだ、放課後の帰り道で生まれた、ささやかな希望の話だった。

 

 

 ◇◇◇◇

 

 

 夜中だった。

 

 街の灯りはまばらで、

 人の気配も、音も、ほとんど消えている時間。

 

 俺は、一人で特訓場へ向かっていた。

 

 ──あの敗北を知った日から、ここへ来なかった夜はほとんどない。

 

 睡眠を必要としないこの体は、人よりも休む時間が少なくて済む。

 

 最初は戸惑った。

 次に、便利だと思った。

 そして今は──当然のように使っている。

 

 眠らなくていい。

 だから、その分だけ、強くなれる。

 

 それを言い訳にしているのかもしれない。

 それでも、立ち止まるよりはずっといい。

 

 特訓場に着くと、夜の空気が一段、冷たくなった。

 

 風に揺れる木々の音。

 地面を踏みしめる、自分の足音。

 

「──やあ」

 

 木の陰から、ゆっくりと姿を現す影があった。

 

 静かで、落ち着いた声。

 聞き慣れた声。

 

 タブリスだ。

 

 月明かりを背に、まるで最初からそこにいたかのように立っている。

 俺は立ち止まらず、そのまま歩きながら言った。

 

「じゃあ……今日も頼む」

 

 返事を待つ必要はなかった。

 

 俺の体が、自然に変化を始める。

 夜の特訓場に、紫の姿が立ち上がった。

 

 タブリスは、それを見て、ほんの少しだけ口元を緩める。

 

「今日は僕たちから、プレゼントがあるんだ」

 

「……プレゼント?」

 

 思わず聞き返していた。

 この場所で、その言葉が出てくるとは思っていなかったからだ。

 

「シミュレーターをアップデートしたからね。

 それを、教えようと思って」

 

 俺は意外な言葉が返ってきたことに、正直驚いた。

 

「へぇ……アップデート、ね」

 

 首をわずかに傾ける。

 

「どんなことが追加されたんだ?」

 

「帰り道、話していただろう?」

 

 タブリスは、まるで最初から知っていたかのように言う。

 

「どんな武器を使うか、って話だ。

 種類は多くないけれど、練習できればと思ってね」

 

 そして、さらりと付け加えた。

 

「試せるようにしたんだ。

 兵装を」

 

「……おお!」

 

 思わず声が上がる。

 

「それはいいな」

 

 胸の奥が、少しだけざわついた。

 純粋な興味と、期待と、わずかな不安。

 

「被身子たちには、ああ言ったけどさ」

 

 俺は正直な気持ちを零す。

 

「実のところ、あんまり分かってなかったんだよな。

 “武器を使う”っていう感覚」

 

 初号機の指が、無意識に開閉する。

 

「ナイフだってさ……

 エヴァが使ってたから、って理由で言っただけだし」

 

 理由としては、あまりにも曖昧だ。

 

 そんな俺の言葉を受けて、タブリスは一拍置いた。

 

「──目をつぶってごらん、その間に最適化するよ」

 

「最適化?」

 

 聞き返す間もなく、俺は言われるがまま目を閉じる。

 

 初号機の目から、光がすっと消えた。

 

 ……俺自身には瞼がない。

 だから実感はないけど、他人が見れば、ちゃんと“目を閉じている”ように見えるんだろうか。

 

 そんな、どうでもいいことを考えていると。

 

「もういいよ」

 

 タブリスの声が、すぐ近くで聞こえた。

 

「……案外早かったな」

 

 そう呟きながら、俺は目を開く。

 

 視線が、自然と地面に落ちた。

 

「……おお」

 

 思わず声が漏れる。

 

「すごいな」

 

 そこには、二つの武器が転がっていた。

 

 拳銃。

 そして、斧。

 

「……これ」

 

 胸の奥が、ざわつく。

 

「レリエル戦で、初号機と弐号機が使ってたやつだ!」

 

 記憶が一気に引き戻される。

 

「なあ、触ってもいいか?」

 

 自分でも驚くくらい、声が弾んでいた。

 

「いいよ」

 

 タブリスはあっさりと言う。

 

「重さなんかも、設定してある。

 リアルに感じられると思うよ」

 

 俺は恐る恐る、拳銃を手に取った。

 

 ひんやりとした感触。

 重さが、はっきりと伝わってくる。

 

「……おお」

 

 思わず、息を吐く。

 

「なんか……感動だな」

 

 見よう見まねで、銃を構えてみる。

 

 腕を伸ばし、視線を合わせて──。

 

「…………」

 

 数秒後、俺は銃口を下ろした。

 

「……俺、銃なんて使ったことない」

 

 しょんぼりと呟き、そのまま腕を下げる。

 

「……どうしよ」

 

 気持ちまで、少し沈む。

 

 そんな俺を見て、タブリスは淡々と言った。

 

「ちょうどいいね」

 

「え?」

 

「MAGIと、リンクしてみるといい。サポートしてくれる」

 

「……やっぱりか」

 

 俺は、半ば納得したように息を吐いた。

 

「おかしいと思ってたんだよ」

 

 拳銃を持ったまま、ぼやく。

 

「俺のスマホにだけあるアプリなんてさ」

 

 タブリスの方を見る。

 

「お前がそれを言うってことは個性が、関係してるのか?」

 

「そうだよ」

 

 即答だった。

 

「君の“エヴァ”という個性の副産物として生まれたものだ。

 君をサポートするためのツール──それがMAGI」

 

 静かな説明が続く。

 

「エヴァはね、アニメ本編のように、電子機器と直接通信することができる」

 

 初号機を一瞥しながら。

 

「でも、人である君には、その感覚が分からない」

 

 だから、とタブリスは言う。

 

「その橋渡しをするために、MAGIがある」

 

 俺は、手の中の拳銃を見下ろした。

 

「……MAGIのサポートって、具体的にどんなことができるんだ?」

 

 素朴な疑問を口にすると、タブリスは淡々と答える。

 

「索敵。電子機器への接続。

 それから、他者との通信と──戦闘のサポートだ」

 

「ってことは射撃なんかも、助けてくれるわけか。

 それは……頼もしいね」

 

 そう言いながら、俺は持ってきた鞄からスマホを取り出した。

 画面を操作する必要はない。

 

 MAGIを、起動する。

 

「頭の中で念じるといい」

 

 見透かしたように、タブリスが言う。

 

「君の“思い”のままだよ」

 

「……やってみるか」

 

 心の中で呟く。

 

 俺は、イメージした。

 ──パソコンの電源を入れる感覚。

 スイッチを押して、画面が立ち上がる、あの一瞬。

 

 すると。

 

『──あなたをサポートします』

 

 突然、頭の内側に“声”が響いた。

 

『オペレーターの伊吹マヤです。

 よろしくお願いします』

 

「うおっ!?」

 

 思わず声が出た。

 完全に不意打ちだった。

 

「び、びっくりした……」

 

 タブリスは、くすりともせずに言う。

 

「君の記憶から再現したものだよ」

 

「へぇ……」

 

 驚きが、すぐに別の感情に変わる。

 

「なんか……嬉しいな。

 すごく“エヴァ”って感じがする」

 

 テンションが、少し上がったのが自分でも分かる。

 

 そんな俺を見て、タブリスは指先で前方を示した。

 

「じゃあ、練習を始めようか」

 

 いつもの、容赦のない声。

 

「まずはやってみないと、改善点も分からないからね」

 

 視線の先。

 

 地面に、一本の剣が突き立っていた。

 

 ──量産機の、両刃の剣。

 

「……あれで、練習するといい」

 

 俺は小さく頷き、拳銃を構える。

 

 その瞬間だった。

 

 視界が、切り替わる。

 

 目の前の世界に、半透明の情報が重なった。

 

 照準円。

 距離表示。

 方位と高度。

 微細な補正ライン。

 

 まるでエヴァのコックピットの中にいるみたいだ。

 

『照準補正、開始します』

 

 伊吹マヤの声が、落ち着いたトーンで響く。

 

『対象を確認。

 風速、反映完了』

 

「……すげえ」

 

 思わず、息を吐く。

 

 初号機の視界が、

 “俺の目”と、“機械の目”で重なっていく。

 

 タブリスが、静かに告げた。

 

「さあ、目標をセンターに入れてスイッチだよ」

心操人使をヒーロー科に受からせるか悩んでいます。ご意見お願いいたします。

  • ヒーロー科に受かる
  • 原作通り普通科
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