僕のヒーローアカデミア 偽りの福音   作:ペプシ飲みたいマン

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第参拾壱話 止めるという選択

 中学校生活も、三年生になればいろいろなことが変わってくる。

 

 校舎の空気も、人の配置も、時間の流れ方さえも。

 二年の頃には「まだ先」と思っていたものが、気づけば目の前に並び始める。

 

 放送部の部長には、声田くんが選ばれた。

 正直、驚きはなかった。

 

 元々、真面目で責任感が強くて、人前に立つことを厭わない。

 それでいて、誰かを押しのけるような強さじゃない。

 放送室に立つ姿は、もうすっかり“部長”だった。

 

 新学期が始まってすぐ、入学したばかりの一年生が何人か放送部に入ってくれた。

 マイクに触れる手がおっかなびっくりで、原稿を読む声もまだ不安定で。

 でも、その様子を見ていると、不思議と胸が落ち着いた。

 

 部活が、ちゃんと続いていくんだ。

 そう思えたから。

 

 二年の心操くんは、いつの間にか“先輩”になっていた。

 新しく入った後輩たちに、距離の取り方を探りながら、言葉を選びながら接している。

 

 昔の彼を知っているからこそ、その姿が少しだけ眩しく見えた。

 人は、ちゃんと変われる。

 そう証明しているみたいで。

 

 俺自身にも、変化はあった。

 

 雄英から、推薦状を送ってもらえることになった。

 それを告げられた日から、生活は目に見えて引き締まった。

 

 以前にも増して、学業に専念するようになった。

 テスト範囲を先取りし、苦手な科目を潰し、夜遅くまで机に向かう日も増えた。

 

 ──だからといって。

 

 戦闘訓練を、忘れたわけじゃない。

 

 むしろ逆だ。

 時間が限られているからこそ、無駄な動きは削り、意味のある訓練だけを選ぶようになった。

 

 体は、順調に強くなっている。

 個性の出力も、制御精度も、確実に向上している。

 

 それでも。

 

 心のどこかで、引っかかり続けているものがあった。

 

 目下の課題。

 それは──

 

 予想外の事態に対する、初動の遅さ。

 

 判断ができないわけじゃない。

 動けないわけでもない。

 

 けれど、ほんの一拍。

 ほんの一瞬。

 

「考えてしまう時間」が、確かに存在していた。

 

 だから俺は、方向を変えた。

 

 戦闘能力や、個性の出力をさらに高めるんじゃない。

 技や力の話でもない。

 

 中身だ。

 

 自分の思考。

 判断の癖。

 恐怖や慢心が、どこで割り込んでくるのか。

 

 そこに、目を向けることにした。

 

 

 ◇◇◇◇

 

 

 暗い森の奥で、激しい衝撃音が連続してこだました。

 

 次の瞬間、一本の巨木が大きく揺れる。

 量産機の身体が、叩きつけられるように幹へと激突したのだ。

 

 装甲が軋み、枝葉が砕け散る。

 量産機は体勢を立て直そうと、ぎこちなく四肢を動かした。

 

 だが──それよりも早く。

 

 灰色の影が、間合いを詰めた。

 

 初号機が、地面を蹴って突撃する。

 伸ばされた右手が、量産機の首を正確に掴み取った。

 

 初号機の目が、鋭く光る。

 

 右腕に力が込められ、そのまま勢いを殺さず──

 

 ぐしゃり、と。

 

 骨格と装甲がねじ切られる音とともに、量産機の首が不自然な角度に折れ曲がった。

 

 同時に、量産機の全身から力が抜ける。

 抵抗を失ったその身体は、初号機の手にぶら下がるだけの“物体”へと変わった。

 

 ──その瞬間だった。

 

 初号機の背後、頭上。

 

 闇を裂くように、二体目の量産機が飛びかかってくる。

 

 初号機は振り返ると同時に、まだ掴んだままの量産機を振り抜いた。

 

 鈍い衝撃音。

 

 空中で激突した二体の量産機は、そのまま絡み合うように弾き飛ばされ、地面へと叩き落とされる。

 

 土と枯葉が舞い上がった。

 

 だが、息をつく暇はない。

 

 間髪入れず、別方向から剣が投げつけられる。

 回転しながら迫る巨大な刃が、空気を切り裂いた。

 

 初号機はそれを身を捻って回避する。

 剣はそのまま地面へ突き刺さり、低く唸るような振動を残した。

 

 初号機は着地と同時に、その剣の柄を掴み、力任せに引き抜く。

 

 ──直後。

 

 別の量産機が、剣を手に突撃してきた。

 

 互いに距離を詰め、刃が振るわれる。

 

 剣と剣が激突した。

 

 甲高い金属音とともに、火花が夜の森に散る。

 衝撃が装甲を通じて伝わり、初号機の体が大きく揺らいだ。

 

 重量の差。

 剣の重さ。

 ぶつかり合った力の総量。

 

 初号機は、そのまま後方へと体を持っていかれる。

 

 地面を削りながら、数歩、後退。

 

「くうぅぅぅ!」

 

 初号機の喉から、押し殺しきれない声が漏れた。

 

 体勢を立て直し、反撃に転じようと剣を振り上げる──その瞬間。

 

 横合いから、影が滑り込んだ。

 

 新たな量産機。

 

 振り抜かれた刃が、迷いなく両脚を捉える。

 

 ざんっ。

 

 抵抗もなく、初号機の両足が切断された。

 

「──っ!」

 

 足を失った衝撃で、初号機の身体はそのまま地面へと叩きつけられる。

 土と枯葉が舞い、視界が一瞬、暗転した。

 

「くそ……まずいっ!」

 

 叫ぶように吐き捨て、初号機は両腕で地面を掻く。

 装甲を軋ませながら、必死に上体を起こした。

 

 その視界の先。

 

 立ち並ぶ影。

 

 四体の量産機が、静かにこちらを見下ろしていた。

 

 次の瞬間。

 

 量産機たちが、一斉に飛びかかる。

 

 鋭い顎が、初号機の装甲に食い込む。

 引き剥がされ、噛み砕かれ、引きちぎられていく。

 

 捕食。

 

 だが──以前とは違う。

 

 一気に息の根を止めることはしない。

 意識が、途切れる寸前。

 

 その“ギリギリ”で、動きが止まった。

 

 視界が白く滲む。

 感覚が、遠のいていく。

 

 

 

 ◇◇◇◇

 

(……ぐぅぅっ!)

 

 激痛とともに、意識が現実へと引き戻された。

 

 今、俺は──

 最近やっている、新しい訓練の真っ最中だった。

 

「ぐうぅ……っ!」

 

 思わず呻き声が漏れる。

 痛みが強すぎて、意識が飛びそうになる。

 

「……相変わらず、きついっ!」

 

 歯を食いしばりながら、俺は状況を自覚する。

 

 今、何をしているのか。

 

 ──特訓だ。

 

 はたから見れば、完全に“やばい光景”だろう。

 量産機に囲まれ、足を失い、装甲を剥がされ、噛み砕かれている。

 

 でも──ちゃんと、意味はある。

 

 俺は、予想外の事態が起きると、どうしても動きが鈍る。

 頭が一瞬、真っ白になる。

 

 だから。

 

 メンタルを鍛えるために、タブリスに頼んだ。

 

 わざと、量産機にボコボコにしてもらう。

 

 何度も、何度も。

 仮想の“死”を体験する。

 

 恐怖。

 痛み。

 焦り。

 判断の遅れ。

 

 それらを、身体に刻み込む。

 

 ちょっとのことじゃ、動揺しないようにするために。

 

 今もそうだ。

 

 意識が途切れる寸前で、止めてもらう。

 そして、その状態から──

 

 自分で、戻る。

 

 切断された身体を、再構成することに意識を集中する。

 痛みを無視し、恐怖を押し潰し、ただ“回復する”ことだけに集中する。

 

 これは、メンタルの訓練であり。

 同時に、再生能力の訓練でもある。

 

 一石二鳥。

 

 ……いや、正確には。

 

 命がいくつあっても足りないような、

 正気じゃない訓練だ。

 

 でも。

 

(それでも、やらなきゃいけない)

 

 次に同じ状況になったとき、

 俺が“止まらない”ために。

 

 

 そんな生活を続けているうちに、心操くんにも変化が現れた。

 

 以前、俺と話した“武器”のこと。

 どうやら、彼なりの答えを見つけたらしい。

 

 心操くんが選んだのは──布だった。

 

 ホームセンターで売られている、災害時にも使える特殊な布。

 丈夫で、軽くて、扱い方次第で用途が大きく変わる代物だ。

 

 彼はそれを、動きの中に取り入れていた。

 

 鞭のようにしならせて間合いを制し、

 至近距離では相手の体を絡め取るように拘束する。

 

 最近では、離れた場所にある物を布で引き寄せる動きまで身につけていた。

 

 まるで──

 

「……手足みたいだな」

 

 思わず、そう呟いてしまったほどだ。

 

 同じ頃、被身子の“中二病”はというと、相変わらず続いている。

 

 日によって包帯を巻いている場所が違う。

 腕だったり、首だったり、時には顔の半分だったり。

 

 しかも。

 

 綾波レイの姿のときですら、包帯姿でいることがある。

 

 そのせいで、どうしても──

 初期の綾波を思い出してしまう。

 

 理由もなく、胸の奥がきゅっとするような、

 そんなノスタルジーに襲われることが、時々あった。

 

 季節は、ゆっくりと移り変わっていく。

 

 夏が過ぎ、

 風が少し冷たくなり、

 木々が色づき始める。

 

 秋。

 

 その頃、先生から推薦書や必要書類を受け取り、

 それらを雄英高校へ送付した。

 

 そして──冬。

 

 十二月。

 

 今、俺は雄英高校の推薦入試・実技試験を受けるため、ここに来ている。

 

 周囲を見渡すと、

 寒さ対策で厚着をした、同い年くらいの子どもたちが歩いていた。

 

 コートやジャケットの下からでも分かる。

 鍛えられた体。

 無駄のない立ち姿。

 

(……鍛えてて当たり前、か)

 

 ここに来る連中は、みんな同じだ。

 

 でも。

 

(俺だって、この数年間、遊んでたわけじゃない)

 

 何度も、死ぬ思いをした。

 体だけじゃない。

 心も、だ。

 

 恐怖も、痛みも、焦りも。

 全部、叩き込んできた。

 

(……やってみるさ)

 

 そう、心の中で決意する。

 

 そして──

 俺は、雄英高校の門をくぐった。

 

 

 ◇◇◇◇

 

 

「リスナーの諸君! 

 俺のライブにようこそー!!!」

 

 派手な声が、会場に響き渡る。

 

 俺は、入試会場の席に座りながら、

 プレゼントマイクの“生の声”を聞いていた。

 

(……本物だ)

 

 スピーカー越しじゃない、直接届く声。

 

(声田くんが知ったら、絶対うらやましがるだろうな)

 

「こいつはシビィぜ! 

 じゃあサクッと、実技試験の概要をプレゼンするぜ!」

 

 その声に合わせて、

 背後のモニターが光り、情報が表示される。

 

 説明によれば、

 受験者はそれぞれ会場に分かれ、模擬市街地での演習を行うらしい。

 

 会場内には仮想敵が配置され、

 敵ごとにポイントが割り振られている。

 

 それを、各自で取り合う形式。

 

(……シンプルな点取り合戦、か)

 

 分かりやすい。

 だからこそ──難しい。

 

 力だけじゃない。

 判断力、立ち回り、状況把握。

 

 全部、見られる。

 

「そして注意点が一つだァ!」

 

 プレゼントマイクの声が、会場を震わせる。

 

「四種類目の敵は──0ポイント! 

 いわゆる“お邪魔虫”だァ!!」

 

 ざわ、と空気が揺れた。

 

「倒したところで点にはならねぇ! 

 だが、所狭しと暴れ回る厄介なギミックよ!!」

 

(……ゲームみたいだな)

 

 思わず、そんな感想が浮かぶ。

 

 すると、俺の後ろで。

 

(面白いじゃないか)

 

 タブリスの声が、静かに重なった。

 

(もしプロになれば、常に合理的な敵とだけ戦えるわけじゃない。

 これは“現実に耐えられるか”を見るための、ふるい分けだろう)

 

(……なるほど)

 

 確かにそうだ。

 ヒーロー活動において、“点になる敵”だけを選べるわけじゃない。

 

「俺からは以上だァ!」

 

 プレゼントマイクは、両手を広げる。

 

「最後にリスナー諸君へ! 

 我が校の“校訓”をプレゼントしよう!!」

 

 会場が静まる。

 

「かの英雄、ナポレオン=ボナパルトは言った! 

 **『真の英雄とは、人生の不幸を乗り越えていく者である』**と!!」

 

 一拍置いて。

 

「──Plus Ultra!! 

 それでは皆! 良い受験を!!!」

 

 歓声とざわめきが入り混じる。

 

 その中で、俺は小さく呟いた。

 

「……やってみるさ」

 

 拳を握り、決意を固める。

 

 

 ◇◇◇◇

 

 

 説明を終えた俺は、

 実技会場へ向かうために用意された更衣室へと歩いていた。

 

 ……と。

 

「……っ、そういえば」

 

 ふと、ある問題が頭をよぎる。

 

(俺の個性……服、どうなるんだ)

 

 嫌な予感がして、周囲を見回す。

 教員か、係員か、事情を聞けそうな人はいないか。

 

 そして。

 

 視界に、ひときわ目立つ人物が入った。

 

 露出度の高い、白と黒を基調としたヒーローコスチューム。

 鞭のような装備。

 どこか挑発的で、舞台衣装のような雰囲気。

 

(……すごい格好だな)

 

 だが、今はそんなことを気にしている場合じゃない。

 

 意を決して、声をかけた。

 

「すみません、一つ質問いいですか?」

 

「あら?」

 

 その人は、こちらを見て微笑む。

 

「なにかしら?」

 

 近くで見ると、雰囲気は意外と落ち着いている。

 目つきも鋭すぎず、観察するような視線。

 

「えっと……自分、個性を使う関係上、戦闘中に服がなくなってしまいまして」

 

 一瞬、間があった。

 

 その人は、ぱちりと目を瞬かせる。

 

「あら……」

 

 驚いたような表情。

 だが、すぐに口元を緩めた。

 

「なるほどね。そういうタイプ。私と、少し似てるわ」

 

「……?」

 

 引っかかる言い方に、俺は思わず聞き返した。

 

「あなたは、もしかして……」

 

「ああ、自己紹介がまだだったわね」

 

 彼女は、くるりとこちらに向き直る。

 

「ここの教員をしている、ミッドナイトよ。よろしくね」

 

「ミッドナイト……」

 

 その名前に、納得がいく。

 

(そういうことか)

 

 確か、彼女の個性は『眠り香』。

 自身の身体から放たれる香りによって、吸い込んだ相手を眠らせる能力。

 

(服があると使いづらい個性……同じタイプ、ってことか)

 

「ちなみに」

 

 ミッドナイトは、興味深そうに首をかしげた。

 

「どういう風に、服が使えなくなるのかしら。

 差し支えなければ、詳しく聞いても?」

 

「はい」

 

 俺は一度、言葉を整理してから答える。

 

「自分は、今の姿から戦闘形態に変身できます。

 その際、着ているものは一緒に維持できなくて……消失してしまうんです」

 

「……なるほど」

 

 彼女は顎に手を当てる。

 

「急にその状態になると、周囲から誤解を招きやすいわね」

 

「はい。なので」

 

 俺は、事前に考えていた案を口にした。

 

「更衣室から訓練場まで、あらかじめ個性を使った状態で移動する許可をいただけないかと」

 

「戦闘形態のまま、ということ?」

 

「はい。

 ただ、その上から服を着る、という方法は取れません」

 

「どうして?」

 

「体に装甲が追加される構造なので、上から着ることも、覆うこともできないんです」

 

 ミッドナイトは、少し困ったように眉を寄せた。

 

「うーん……個性が原因とはいえ、他の受験生に不安や混乱を与えるのは避けたいところね」

 

 少しの沈黙。

 

 そこで、俺は静かに付け加えた。

 

「その点については、問題にならないと思います」

 

「……?」

 

「自分には、性器がありませんから」

 

 一瞬。

 

 ミッドナイトは、言葉を失ったように目を見開いた。

 

 けれど、すぐに教員としての顔に戻る。

 

「……あなた、受験番号と名前を聞いてもいいかしら?」

 

「はい。受験番号17、新世 福音です」

 

「少し待ってね」

 

 そう言って、彼女は手にしていたタブレットを操作し始めた。

 視線は画面に落ち、指先が軽快に動く。

 

 数秒後。

 

「個性は……『人造人間』」

 

 その言葉を、彼女はゆっくりと読み上げた。

 

「造られた存在に、子をなす必要がないということでしょう」

 

 俺の言葉に、ミッドナイトは一瞬、言葉を詰まらせた。

 

「あなた……それは……」

 

 続く言葉を探すように、視線が揺れる。

 だが、すぐに小さく息を吐いた。

 

「……はぁ。分かったわ」

 

 タブレットを閉じ、こちらを見る。

 

「そういう事情なら、事前の個性使用を許可します。

 更衣室から試験会場までは、その形態で移動して構わないわ」

 

「ありがとうございます!」

 

 俺は、深く頭を下げた。

 

「では、自分は──」

 

「ええ。良い受験を」

 

 その言葉に背中を押されるように、俺はその場を離れた。

 

 向かった先は、更衣室。

 

 ロッカーを開け、制服を脱ぎ、丁寧に畳んで中へしまう。

 周囲を見渡すと、他の受験生の姿はもうなかった。

 

 どうやら、全員先に会場へ向かったらしい。

 

「……やりやすいな」

 

 小さく呟き、目を閉じる。

 

 意識を集中させる。

 

 身体の奥で、何かが切り替わる感覚。

 骨格が組み替わり、装甲が展開されていく。

 

 量産機の姿は、静かに失われ初号機の姿へと変わる。

 

「……よし、行くか」

 

 そう呟き、鞄に手を伸ばす。

 

 取り出したのは、一枚のマント。

 それを、装甲の上からふわりと羽織った。

 

 布が揺れ、重さが背に落ち着く。

 

 準備は、整った。

 

 俺はそのまま、更衣室を後にした。

 

 

 ◇◇◇◇

 

 

「なんだよ、アレ……」

「コスチュームありなんて、ずりぃだろ」

「異形型じゃないか?」

 

 試験会場に足を踏み入れた瞬間、ざわめきが広がった。

 初号機の姿が珍しいのか、視線が一斉に集まる。

 

 だが、俺はそれを気にしない。

 外の音を切り捨て、頭の中でスイッチを入れる。

 

「こちら伊吹マヤです。これよりオペレーションを開始します」

 

 澄んだ声が、脳裏に直接響いた。

 

(了解。MAGI、サポートを頼む)

 

「接続確認。各種センサー、正常です」

 

 俺はマントを外し、地面に放った。

 紫色の外骨格が全身を晒す。

 

「うわ……」

「なにあれ……」

 

 再び上がるどよめきの中、俺はスタート位置の白線の前に立つ。

 

「初号機、スタート位置へ」

 

 MAGIの声に応じ、腰を落とす。

 低く、前傾。

 クラウチングスタートの姿勢。

 

「なんだあいつ、始まる前から構えて」

「早すぎないか?」

「変な奴だな……まあラッキーか」

 

 背後から聞こえる声を、呼吸と一緒に切り捨てる。

 

「仮想敵の熱源を確認。会場奥より移動開始、各エリアに分散しています」

 

 情報を聞きながら、心拍を落とす。

 集中。

 今は、外界を遮断する。

 

 動かない俺を、周囲の受験生たちが怪訝そうに見る。

 

 そして──

 

「はい、スタートー!!」

 

(行くぞっ!!)

 

 合図と同時に、地面を蹴った。

 

「へ?」

「え?」

「なに──」

 

 視界が、流れる。

 

『どうした!? 実戦じゃカウントなんざねぇぞ! 

 走れ走れ!』

 

 プレゼントマイクの声が、拡声されて響く。

 

(やっぱりね)

 

 俺はその声を背に、加速する。

 

 前方。

 視界に、三体のロボット。

 

「前方、仮想敵確認! 接触します!」

 

「ATフィールド」

 

 呟きと同時に、展開。

 

 減速は、しない。

 

 弾丸のように突っ込んだ俺の身体が、

 ロボットたちを正面から弾き飛ばした。

 

 衝撃音。

 金属が軋み、宙を舞う仮想敵。

 

 三体まとめて、空中へ。

 

 

 

 

 

 スタート位置付近に配置されていた仮想敵は、あらかた片付いた。

 

「……これ以上、ここにいても意味はないか」

 

 俺は一度だけ周囲を見回し、膝を沈める。

 

 次の瞬間、地面を蹴った。

 

 視界が一気に持ち上がり、目の前のビルの屋上へと飛び移る。

 着地と同時に体勢を整え、そのまま会場全体を見渡した。

 

(俺以外の受験生は……)

 

 視線を後方へ向ける。

 

 スタートが遅れた影響か、まだ初動で手間取っている者が多い。

 仮想敵に囲まれ、あたふたと動きを止めている姿も見える。

 

「……悪く思うなよ」

 

 小さく、独り言のように呟く。

 

「早い者勝ちだからな──」

 

 その瞬間。

 

「……っ!」

 

 一人の受験生の背後。

 死角から、仮想敵が跳びかかろうとしていた。

 

(ちっ)

 

 俺は即座に視線を落とし、足元に転がっていた石を拾い上げる。

 

 力を込め、投擲。

 

 石は一直線に飛び、仮想敵の頭部装甲に直撃した。

 

 ガンッ、と鈍い音。

 バランスを崩した仮想敵が、わずかに動きを止める。

 

「……助けちゃダメ、とは言われてないもんな」

 

 何でもないことのように呟きながら、俺は次へと意識を切り替えた。

 

「後方九時方向、仮想敵の集団を確認。移動してください!」

 

 MAGIの声が、即座に指示を出す。

 

「了解!」

 

 俺は屋上を蹴り、次のビルへ跳ぶ。

 さらに、その先へ。

 

 建物から建物へと渡るように、連続ジャンプ。

 

(やっぱり、この方が早い)

 

 地上を走るより、障害物が少ない。

 視界も広く、状況把握もしやすい。

 

 風を切りながら、俺は会場の上空を駆けていった。

 

 その後MAGIの指示に従い、俺は戦闘を続けた。

 

 殴る。

 蹴る。

 地面の瓦礫を掴み、投げつける。

 

 これまで積み重ねてきた訓練のすべてを、惜しみなく使う。

 個性に頼りきるのではなく、体の使い方、間合い、判断──全部だ。

 

 仮想敵を倒しながら、視界の端で周囲も見る。

 危ない位置にいる受験生がいれば、気づかれないようにフォローする。

 瓦礫を投げて進路を逸らしたり、仮想敵の注意を一瞬だけ引いたり。

 

 助けたことに意味はない。

 点にもならない。

 

 それでも──無視はできなかった。

 

 そんな戦闘を繰り返していると。

 

 ──ドン。

 

 地面が、揺れた。

 

 低く、重い音。

 それが、一定のリズムで続く。

 

 ドン。

 ドン。

 

 まるで──巨大な何かが、歩いているような。

 

「……0Pか!」

 

 プレゼントマイクが言っていた“お邪魔虫”。

 だが、距離があるはずなのに、ここまで振動が伝わってくる。

 

(相当デカいな……)

 

「MAGI、位置はわかるか?」

 

「三時方向、距離400! 接近中です!」

 

「よし……行くか」

 

 俺は即座に進路を変え、0Pの方向へ走り出した。

 

 すると──

 

 前方から、受験生たちが次々と逃げてくる。

 

「なんだよ、あれ……!」

「勝てるわけがないよ!」

「逃げるんだ!」

「おい! そっちは危ないぞ!」

 

 中には、俺を見て声をかけてくる者もいた。

 

 だが、俺はその声を振り切る。

 

 そして──視界に捉えた。

 

「……これは……」

 

 思わず、息を呑む。

 

 十メートルを超える巨体。

 仮想敵0P。

 

 見上げる形で顔を上げると、巨大な影が俺の体を覆った。

 

 その時。

 

「……っ、痛っ!」

 

 足元から、声がした。

 

 見ると、受験生の一人が転倒している。

 足を押さえ、立ち上がれずにいた。

 

(ちっ……!)

 

 迷う暇はなかった。

 

 0Pは、すでに腕を振り上げている。

 その一撃で、踏み潰すつもりだ。

 

 俺は地面を蹴った。

 

 一直線に、0Pの正面へ。

 

 振り下ろされる拳。

 それを──

 

 両腕を前に突き出し、正面から受け止めた。

 

「──っ!!」

 

 衝撃が、全身を貫く。

 

「え……?」

 

 下敷きになるはずだった受験生が、驚いた声を上げる。

 

 俺は歯を食いしばりながら、後ろを振り返った。

 

「無事か?」

 

「……う、うん!」

 

「歩けそうか?」

 

 0Pの拳を押し返しながら、問いかける。

 

「ごめん……足が、動けない」

 

 倒れた受験生が、足を押さえながらそう言った。

 

「……そうか」

 

 短く答え、俺は声を張り上げる。

 

「おい! 誰かいないか! 

 いるなら、この人を避難させてくれ!」

 

 叫びながらも、両腕には重圧がかかり続けていた。

 0Pの腕が、じわじわと押し込んでくる。

 

 この状況で無理に力を入れれば、バランスを崩してこちら側に倒れる。

 ATフィールドを展開すれば、今度は周囲を巻き込んでしまう。

 

「おい! 誰でもいい!」

 

 だが──返事はない。

 

 周囲を見る。

 逃げてきた受験生たちは、すでに声の届かない場所まで離れていた。

 

「……くそ」

 

 歯を噛みしめる。

 

「ヒーロー志望だろ……逃げるの、速すぎだろ……!」

 

 悪態を吐きながら、腕に力を込める。

 一瞬だけ、0Pの腕を浮かせることに成功した。

 

 ──今だ。

 

 体を反転させ、怪我をした受験生のもとへ跳ぶ。

 

「失礼!」

 

 そう声をかけると同時に、相手の体を抱え上げる。

 重さはあるが、問題ない。

 

 次の瞬間、地面を蹴った。

 

 ビル影へ。

 瓦礫を越え、さらに距離を取る。

 

 何度か跳躍し、十分に離れたところで、そっと地面に下ろす。

 

「……ここまでくれば、大丈夫だろう」

 

 受験生は息を切らしながら、俺を見上げた。

 

「え……あ……」

 

 だが、俺はもう振り返っていた。

 

 0Pは、再びこちらに向き直っている。

 

「じゃあ」

 

 それだけ言って、走り出す。

 

「ちょ、まっ──!」

 

 後ろから声が飛んできたが、

 すでに距離は開いていた。

 

 聞こえない。

 

「……せっかく逃げられたのに……」

 

 その呟きも、俺の耳には届かなかった。

 

 俺は、ただ──0Pのもとへ向かっていた。

 

 

 

 

 

 

 巨大な影が、市街地の中央でゆっくりと動いていた。

 

 瓦礫を踏み潰し、建物の間を進むその姿を、俺は近くのビルの屋上から捉える。

 

「MAGI、近くに逃げ遅れた人はいるか?」

 

『周辺に熱源反応なし。受験生の退避を確認しています』

 

「……よし。なら、やるか」

 

 あの巨体だ。

 小細工や細かな攻撃を積み重ねても、意味は薄い。

 

(やるなら──一撃必殺)

 

 そう腹を決め、足に力を込める。

 

 地面を蹴った瞬間、視界が一気に上昇した。

 空気を裂きながら、俺は高く跳び上がる。

 

 落下の勢いをそのまま殺さず、仮想敵へ一直線に向かう。

 

「うおぉぉぉっ!!」

 

 叫びとともに、全体重と加速を乗せた飛び蹴りを叩き込む。

 

 仮想敵の上半身が、鈍い音を立てて揺れた。

 上空からの衝撃をまともに受け、そのまま後方へ倒れ込んでいく。

 

 俺は、倒れるよりも早く着地した。

 

 地面を踏みしめ、仮想敵の真下へ潜り込む。

 

 両腕を上げ、深く息を吸う。

 

「──ATフィールド、全開!」

 

 次の瞬間。

 

 凄まじい衝撃が、全身を打ち抜いた。

 

 空気が震え、地面が唸る。

 だが、フィールドがその質量を受け止め、衝撃を殺していく。

 

 巨体が、俺の腕の上で止まった。

 

(……よし)

 

 周囲を一瞬だけ確認し、問題がないことを確かめる。

 

 そして、後方へ跳ぶ。

 

 支えを失った仮想敵は、そのまま横倒しになり、重い音を立てて地面に横たわった。

 

 次の瞬間。

 

 

『──終了ー!!!』

 

 

 会場全体に、アナウンスが響き渡る。

 

「……終わったか」

 

 俺は肩の力を抜き、腕を大きく伸ばす。

 体の奥に溜まっていた緊張が、ようやくほどけた。

 

 その時。

 

「なあ、おい。あんた」

 

 背中から、声をかけられる。

 

 振り返ると、そこには他の受験生が立っていた。

 息を切らしながら、少し戸惑ったような顔をしている。

 

「どうした?」

 

「……なんで、最後に受け止めたんだ?」

 

 真っ直ぐな視線。

 

「やる意味、なかっただろ。0Pだぞ?」

 

「ああ、あれね」

 

 俺は、少し考えてから答えた。

 

「もしかしたら、逃げ遅れた人がいるかもしれないだろ。念のためだよ」

 

「……は?」

 

 相手は、目を見開く。

 

「そこまで、するか? 普通……」

 

「ああ」

 

 即答だった。

 

「ヒーローになるために、ここに来たんだ。だったら、やるだろ」

 

 言ってから、向こう側を見る。

 

 試験終了の合図とともに、受験生たちが係員に誘導され、移動を始めていた。

 

「じゃあ、俺は行くよ」

 

 それだけ言って、歩き出す。

 

 背後で、相手が立ち尽くしている気配を感じながら。

 

 そして、俺の姿が完全に視界から消えたのを確認すると──

 

 その受験生は、そっと耳に手を当てた。

 

「……とのことです。どうですか、先生方?」

 

 短い沈黙。

 

 それから、どこか楽しそうな声が返ってくる。

 

「へぇ……そういうこと」

 

 そのやり取りを、

 ビルの上から、静かに覗いている影があった。

 

 ──タブリスは、何も言わずにその光景を見下ろしていた。

心操人使をヒーロー科に受からせるか悩んでいます。ご意見お願いいたします。

  • ヒーロー科に受かる
  • 原作通り普通科
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