僕のヒーローアカデミア 偽りの福音   作:ペプシ飲みたいマン

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第参拾弐話 選別の向こう側

 暗い部屋だった。

 

 照明は最低限に落とされ、壁際に並ぶ複数のモニターだけが、淡い光を放っている。

 その光に照らされているのは、机に向かって座る大人たちの横顔だった。

 

「──審査員の配置、完了しました」

 

 オペレーターの声が、静まり返った室内に響く。

 

 次の瞬間、椅子の上で小さく身じろぎした影があった。

 ネズミを思わせる体に、服に身を包んだ、小柄な人物。

 

「では──」

 

 その人物が、穏やかな声で告げる。

 

「今年の推薦入試・実技試験を始めようか」

 

 雄英高校校長、根津。

 その一言で、部屋の空気が切り替わった。

 

 円形に配置された机の周囲には、雄英高校の教員たちが揃っている。

 それぞれがモニターに視線を向け、静かに試験の開始を待っていた。

 

 その中で、一人だけ──明らかに楽しそうな表情を浮かべている者がいた。

 

 モニターを眺めながら、口元に笑みを浮かべている女性。

 ヒーロー名・ミッドナイト。

 

「……ふふ」

 

 小さく漏れた笑い声に、隣の席の男が眉をひそめる。

 

「どうした、ミッドナイト。

 さっきから、ずいぶんニヤニヤしてるじゃないか」

 

 ブラドキングの低い声。

 問いかけられても、ミッドナイトは視線をモニターから外さない。

 

「ええ。ちょっとね。

 受験生の中に……気になる子がいて」

 

「気になる?」

 

「そう。ほら、あそこ」

 

 指先で示された先。

 複数に分割されたモニターの中、その一つ。

 

「Eエリアよ。

 ……あのマントをした子」

 

 ブラドキングは目を細め、指定された画面を見る。

 ミッドナイトは、モニターから視線を外さないまま言った。

 

「……実はね。

 あの子、試験の前に一度、私のところに来てるの」

 

「前に?」

 

 ブラドキングが怪訝そうに聞き返す。

 

「ええ。

 “個性と服装の扱いについて”、相談を受けたのよ」

 

 その言葉に、室内の空気がわずかに動いた。

 

「私に、少し似ていてね」

 

 ミッドナイトは、モニターの中の紫色の装甲を見つめる。

 ブラドキングは腕を組んだ。

 

「それで……印象に残ったと」

 

「ええ。

 “覚悟を隠さなかった”から」

 

 その会話を、少し離れた場所で黙って聞いている男がいた。

 

 全身を黒い服で包み、無精ひげを生やした長身の男。

 相澤消太。

 

 椅子に深く腰掛け、目を細めながらモニターを見つめている。

 

(推薦枠を勝ち取るための実技試験……)

 

 相澤は心の中で思考を巡らせる。

 

(覆面審査員を戦場に紛れ込ませ、受験生の対応を見る。

 点数操作の余地を減らし、確実性を上げる……合理的ではあるが)

 

 ふと、相澤の視線もEエリアのモニターへと移る。

 

 紫の装甲。

 異形型。

 マントを揺らしながら、無駄な動きをしない受験生。

 

(インターンで頭角を現した、あの三人のような逸材がいればいいが……)

 

 そう簡単に見つかるものではない。

 推薦入試とは、そういう場だ。

 

「──これより、実技試験を開始します」

 

 オペレーターのアナウンス。

 

 同時に、モニターの映像が切り替わる。

 エリアごとに配置された敵役、瓦礫、そして受験生たち。

 

 ざわめきはない。

 あるのは、見る側の沈黙だけだ。

 

 相澤は腕を組み、背もたれに身を預ける。

 

(とりあえずは……)

 

 視線をEエリアに固定する。

 

(見てみないとな)

 

 雄英の教師たちは、まだ知らない。

 この実技試験が「評価する側」の価値観を、静かに揺さぶるものになることを。

 

 

 ◇◇◇◇

 

 

 モニタールームの中で、教師たちは試験の様子を見つめていた。

 

 開始の合図と同時に、各エリアの映像が切り替わる。

 急なスタート合図に、わずかに出遅れる受験生たち。

 深呼吸をし、精神を集中させ、覚悟を固めてから動き出す者がほとんどだった。

 

 ──だが。

 

 その中で、ただ一つだけ、明確に違う動きを見せたエリアがあった。

 

「……あれは」

 

 相澤消太の視線が、自然と一点に定まる。

 

(ミッドナイトが言っていた受験生の……)

 

 Eエリア。

 紫色の装甲を纏った異形型の受験生。

 

 開始の瞬間、彼は迷わなかった。

 構えも、逡巡もない。

 すでに“始まることを知っていた”かのように、身体が動いていた。

 

「彼、すごいですね」

 

 モニターを見ていた教師の一人が、思わず声を漏らす。

 

「周りがリラックスするために精神集中してる中で……一人だけ、完全に“出られる準備”を終えていた」

 

 その言葉をきっかけに、数人の教師の視線がEエリアへと集まる。

 

 紫色の受験生は、勢いよく地面を蹴った。

 一直線に走る。

 道を選ぶ迷いはない。

 

 前方、複数体の仮想敵。

 

 ──減速なし。

 

 そのまま突撃。

 

「……!」

 

「仮想敵とはいえ、まとめて吹き飛ばしたぞ」

 

「異形型とは別の個性か?」

 

 衝撃音。

 体当たりで仮想敵を弾き飛ばし、その勢いを殺さないまま走り抜ける。

 

 そして──

 

 走りながら、周囲に配置された別の仮想敵を次々と処理していく。

 無駄のない動き。

 狙いは正確。

 一体ごとに“最短距離”で叩いている。

 

「あらかた倒した……?」

 

 その直後、紫の受験生はその場で踏み切った。

 

 跳躍。

 

 地面が一気に遠ざかり、画面が切り替わる。

 

「……屋上?」

 

「ビルの上だ」

 

 常人離れした跳躍力で、目の前のビルの屋上へ着地する。

 

「あの戦闘能力に加えて……

 それに合わせたフィジカル、すごいな」

 

 感嘆の声。

 

 だが、相澤は黙っていた。

 

(確かに、身体能力は突出している)

 

 目を細め、映像を追う。

 

(……だが、それだけじゃない)

 

 紫の受験生は、屋上で立ち止まらない。

 一瞬だけ周囲を見渡し──

 

(仮想敵が、どこにいるのか分かっている)

 

 次の瞬間、彼は足元の瓦礫──小さな石を拾い上げる。

 

 そして、投げた。

 

 画面が分割される。

 

 別エリア。

 仮想敵に追い詰められていた受験生の足元に、石が命中する。

 

「──!」

 

 仮想敵が怯んだ一瞬の隙。

 

「助けてる……?」

 

 誰かの呟きに、別の教師がすぐ反応する。

 

「例年通りなら、受験生はレスキューポイントの存在は知らないはずです。

 ということは……」

 

 一瞬、間。

 

「素で、やってるってことか」

 

 モニターの中。

 紫の受験生は屋上から次のビルへと跳躍した。

 

 助走は最小限。

 着地と同時に、また跳ぶ。

 

 ビルの上を渡るように移動しながら、首だけで周囲を確認している。

 だが、進行方向は一切ブレない。

 

 一直線。

 

 相澤は、その軌道を見て口を開いた。

 

「……あの受験生が向かっている先には、何がある?」

 

 オペレーターが即座に答える。

 

「後方エリアです。

 スタート地点付近で待機していた、仮想敵の集団がいる場所ですね」

 

 相澤は、静かに息を吐いた。

 

(やはり……)

 

 視線をモニターから外さない。

 

(あいつは、分かっている。

 どこに、どれだけの仮想敵が配置されているか)

 

 偶然ではない。

 勘でもない。

 

 配置を“把握したうえで”、動いている。

 

 試験はそのまま続行される。

 

 スタートで出遅れた受験生たちも、それぞれ点数を稼ぎ始めていた。

 小規模な仮想敵を倒し、瓦礫を避け、慎重に進んでいく。

 

 その中で紫の受験生は異質だった。

 

 格闘戦では、近接で確実に仕留める。

 距離があれば、瓦礫を拾い上げ、投擲で制圧。

 その合間に、他の受験生の死角に回り込む仮想敵を叩き、援護に回る。

 

 無駄がない。

 

 相澤は、心の中で評価を更新していた。

 

(今のところ……ほぼ最適解だ)

 

(だが──)

 

 視線が、あるモニターに引き寄せられる。

 

(真価が発揮されるのは、ここからだ)

 

 その時だった。

 

「──0ポイント仮想敵、起動確認」

 

 オペレーターの声。

 

 空気が、一段階重くなる。

 

 モニターに映し出された、巨大な影。

 受験生たちの動きが、目に見えて変わった。

 

「……来たか」

 

「勝てないって、分かってるな」

 

 受験生たちは、一斉に判断する。

 

 ──逃げる。

 

 進路を変え、距離を取り、散開する。

 

「やっぱり逃げるか」

 

「まあ、ここで無駄に突撃して怪我するよりはマシだな」

 

 その判断は、正しい。

 少なくとも、試験という観点では。

 

 だが──

 

「……おい」

 

 誰かが声を上げる。

 

「見ろ。

 あの紫色の受験生……動くぞ」

 

 モニターの中。

 紫の装甲が、向きを変えた。

 

 逃げる受験生たちの流れに逆らうように、前へ。

 

 今までと同じだ。

 迷いはない。

 

 逃走する受験生の間をすり抜け、

 時には肩を押し、

 時には飛び越えながら──

 

 0ポイント仮想敵へと、一直線に走り出す。

 

 相澤は、知らず拳を握っていた。

 

(……来るか。 

 “勝てない相手”に、どう向き合う)

 

 0ポイント仮想敵に、ただ一人立ち向かう存在。

 

 それに気づいた瞬間、モニタールームの空気が変わった。

 

 教師陣の視線が、一斉に一つのエリアモニターへと集まる。

 

 Eエリア。

 

 紫の装甲を纏った受験生が、0ポイント仮想敵の目前に到達した。

 

「……着いたな」

 

 次の瞬間だった。

 

 紫の受験生は、仮想敵の動きを確認すると、その足元に倒れている存在を見つける。

 

「……怪我人?」

 

 モニターがズームされる。

 

 瓦礫に足を取られ、動けなくなっている受験生。

 逃げ遅れたのだろう。

 

 0ポイント仮想敵が、腕を振り上げる。

 

 ──攻撃。

 

 だが。

 

 紫の受験生は、その前に出た。

 

 両腕を突き出し、真正面から受け止める。

 

「……っ!」

 

「受け止めた!?」

 

 誰かが声を上げる。

 

「重量もある、あの攻撃を……!」

 

 地面が軋み、瓦礫が跳ねる。

 それでも、紫の受験生は踏みとどまっていた。

 

 そして、背後を振り返り、怪我をした受験生に声をかける。

 

 モニター越しでは声は聞こえない。

 だが、身振りで、意図は伝わる。

 

 同時に、周囲へ視線を走らせ、援護を求める動作。

 

「……悲しいが」

 

 ブラドキングが低く呟く。

 

「いないんだよな。

 他のやつらは、もう逃げちまってる」

 

 紫の受験生は、一瞬だけ踏ん張る。

 

 押す。

 

 仮想敵の巨体が、わずかに後退した。

 

「……押し返した?」

 

 息を呑む音。

 

「ってことは、0ポイントと同等……いや、それ以上のパワーがあるってことじゃないか」

 

 だが。

 

「……なのに、倒しに行かない?」

 

 疑問の声。

 

 その時、相澤が静かに口を開いた。

 

「……もしかしたらだが」

 

 視線は、モニターから外れない。

 

「あの怪我人が、巻き込まれるのを嫌ったんだろう」

 

 一瞬の沈黙。

 

 次の瞬間、紫の受験生は行動に出た。

 

 仮想敵を押し返した反動を利用し、

 瞬時に動く。

 

 怪我をした受験生を抱え上げ、距離を取る。

 

「速い……」

 

「判断も早い」

 

 安全圏へ。

 

 瓦礫の影に怪我人を下ろし、

 身振りで“ここにいろ”と伝える。

 

 そして──

 

 紫の受験生は、再び走り出した。

 

 0ポイント仮想敵のもとへ。

 

「……まさか」

 

 誰かが呟く。

 

「倒すつもりか?」

 

「……だが」

 

 別の教師が言葉を継ぐ。

 

「彼なら……もしかしたら……」

 

 紫の受験生は、ビルの屋上へと跳ぶ。

 

 高所から、0ポイント仮想敵を見下ろす形で着地。

 

 その場で、ぴたりと動きを止めた。

 

 そして──

 わずかに、俯く。

 

「……?」

 

 相澤は眉をひそめる。

 

(止まった?)

 

(考えている……いや)

 

 口は、動いていない。

 だが、その姿は──

 

(誰かと、会話しているようにも見える)

 

 相澤は、直感的にそう感じていた。

 

(……何だ?)

 

 次の瞬間──

 紫の受験生は、空中へ跳んだ。

 

 落下ではない。

 狙いを定めた、明確な跳躍。

 

 そのまま

 

 仮想敵の頭部へ、蹴り。

 

「YEAH!!」

 

 思わず、プレゼントマイクの声が室内に響いた。

 

 重い衝撃音。

 0ポイント仮想敵の巨体が、後ろ向きに倒れる。

 

「倒した……?」

 

 だが。

 

「……いや、違う!」

 

 次の映像に、教師陣は息を呑んだ。

 

 紫の受験生は、蹴りを入れた直後、仮想敵の体を足場にするように駆け下りていた。

 

 倒れるより、早く。

 

 落下地点へ。

 

 そして──

 

 両手を、天に掲げる。

 

 その場で、ぴたりと動きを止めた。

 

「……まさか」

 

「受け止めるつもりか!?」

 

「そんな、バカな……!」

 

 次の瞬間。

 

 オレンジ色の光が、空間に走る。

 

 八角形が連なった、壁のようなものが展開される。

 

「──!」

 

 衝突。

 

 だが、爆音はない。

 

 仮想敵の巨体は、

 その光の壁に受け止められた。

 

 衝撃は分散され、瓦礫も、周囲の建物も、ほとんど揺れない。

 

 紫の受験生は、周囲を一瞬だけ確認する。

 

 そして──

 後方へ跳ぶ。

 

 光の壁が解除され、

 仮想敵の巨体は、安全な角度で地面へと落とされた。

 

「……」

 

 一拍の沈黙。

 

「仮想敵による……二次被害を、恐れて?」

 

「それを……即座に判断して、対処?」

 

「……受験生が、やる動きか?」

 

 相澤は、もう黙っていなかった。

 

「オペレーター」

 

 低い声。

 

「今すぐ、あのエリアに審査員を向かわせろ」

 

「は、はい」

 

「受験生を装って、なぜ、あんな行動を取ったのか、直接聞け」

 

 数秒後。

 

 インカムから、現地の音声が拾われる。

 

『なあ、おい。あんた』

 

 雑音の向こうで、紫の受験生が振り向く気配。

 

「……なんで、最後に受け止めたんだ?

 やる意味、なかっただろ。0Pだぞ?」

 

 一瞬の間。

 

 そして、はっきりとした声。

 

『……もしかしたら、逃げ遅れた人がいるかもしれないだろ』

 

 教師陣が、反応する。

 

『念のためだよ』

 

 続けて。

 

『ヒーローになるために、ここに来たんだ』

 

 少しだけ、間を置いて。

 

『だったら──やるだろ』

 

 相澤は、目を見開いた。

 

(……こいつ!)

 

 画面の中の紫の受験生。

 

(“試験”としてじゃない、“現場”として、見てやがる)

 

 モニターの光が、その言葉を裏打ちするように、静かに揺れていた。

 思いもよらない光景に、モニタールームの教師たちは、しばし言葉を失っていた。

 

 誰もが画面から目を離せない。

 驚きでも、興奮でもない。

 

 ──理解が、追いついていない沈黙。

 

 その空気を、軽やかな声が貫いた。

 

「さてさて」

 

 椅子の上で、小さく身じろぎする影。

 雄英高校校長、根津が、にこやかに手を叩く。

 

「推薦枠を勝ち取るための実技試験が、ひとまず終わったわけだけど……」

 

 教師たちの視線が、自然と校長へ向く。

 

「皆が、今まさに言いたいこと。

 私には、ちゃーんと分かるのさ!」

 

 根津は、モニターに映る紫色の受験生をちらりと見てから、続けた。

 

「もちろん、これから正式な審議は行うよ? 

 点数、記録、行動評価……全部ね」

 

 そこで、一拍。

 

 そして、確信に満ちた声で言った。

 

「でも──」

 

 教師たちの息が、わずかに詰まる。

 

「今年の推薦枠の一人は、彼で決まりだろうね」

 

 根津は、はっきりと告げた。

 

「受験番号17番。

 新世 福音」

 

 一瞬の静寂。

 

 次の瞬間、誰かが小さく息を吐いた。

 

 異論は、なかった。

 反論も、出なかった。

 

 こうして雄英高校の推薦入試は、一人の少年を、確かに選び取った。

 

 

 ◇◇◇◇

 

 

 雄英高校の実技試験が終わった、次の日。

 

 放課後の校舎は、いつもと同じ音をしていた。

 部活動を思わせる足音、窓から差し込む夕方の光、少しだけ気の抜けた空気。

 

 僕は教室で、帰り支度をしていた。

 

 机の中を確認して、鞄を肩にかけた、そのときだった。

 

「そういえばさ」

 

 声田君が、何気ない調子で声をかけてくる。

 

「雄英の試験、どうだった? 

 やっぱ、あの雄英だから……相当やばかったのか?」

 

 その一言に、空気が少し変わった。

 

 視線を向けると、被身子も、心操君も、

 まるで待っていましたと言わんばかりの顔をしている。

 

「私も、気になります!」

 

 被身子が一歩前に出て、少し身を乗り出す。

 

「俺も……知りたいです」

 

 心操君も、控えめだけど真剣な声で続いた。

 

 僕は、ほんの少しだけ目を瞬かせた。

 

「……ああ」

 

 そんなに気にしてたんだ、と今さら気づく。

 

「別に、いいよ」

 

 そう言って、鞄の持ち手を握り直す。

 

「でも、そんなに気になるなら、

 午前中に聞いてもよかったんじゃないかな」

 

 すると、被身子が少し困ったように笑った。

 

「いや……その」

 

 一瞬、言葉を探してから続ける。

 

「福音君、今日いつも通りすぎて」

 

 そのまま、正直な声で言った。

 

「なんか……

 試験結果が、やばかったのかなーって思ったりして」

 

 教室の窓から、オレンジ色の光が差し込む。

 僕は、その光の中で少し考えてから、首を横に振った。

 

「いや、たぶん……そんなことは、なかったよ」

 

 それだけを言うと、三人は一瞬、言葉を失った。

 

 声田君が、眉をひそめる。

 

「……たぶん、って何だよ」

 

 僕は、小さく微笑む。

 

「内容としてはね、ロボットを使った点取り合戦だったよ」

 

「まじか」

 

 声田君が、素直に目を丸くする。

 

「金、すげーかかってそうだな……で、強かったのか?」

 

「うーん……」

 

 少しだけ考えてから答える。

 

「あまり、僕自身は苦戦しなかったかな」

 

 三人の視線が集まる。

 

「でもね。

 逆に、周りに気を配りながら戦うのは、結構難しかった」

 

 被身子が、納得したように頷いた。

 

「早い者勝ち、ですもんね。

 倒すスピードも気を付けないといけないのか」

 

「うん」

 

 心操君は、胸の前でそっと拳を握る。

 

「……やっぱり戦闘なんですね。

 鍛えてて、よかった」

 

 その声には、安堵が滲んでいた。

 すると、被身子がふと思い出したように声を上げる。

 

「あ、そういえば……福音君」

 

「どうしたの?」

 

 被身子は、少しだけ言いづらそうに視線を逸らしながら聞く。

 

「服、どうしました? 

 戦闘形態になると……なくなっちゃいますよね?」

 

「ああ」

 

 僕は、あっさりと答える。

 

「事前に教員に相談したらね。

 移動前に変身していいって、許可をもらえたよ」

 

 被身子の表情が、ぱっと明るくなる。

 

「おお……! 

 いいことを聞きました。

 私も、そうしてみます!」

 

 その横で、心操君が思い出したように言った。

 

「そういえば……渡我先輩は、一般入試でしたよね?」

 

「はい!」

 

 被身子は、迷いのない声で答える。

 

「二月に試験があります。

 絶対に、合格してみせます!」

 

「頼もしいな」

 

 声田君が笑ってから、僕の方を見る。

 

「その頃にはさ。

 新世の合格通知、もう来てそうだよな」

 

「推薦って、結果出るの早いんだろ?」

 

 僕は、少しだけ肩をすくめた。

 

「……だと、いいんだけどね」

 

 教室の外から、部活終わりの声が聞こえる。

 夕方の風が、窓を揺らした。

 

 試験は終わった。

 結果は、まだだ。

 

 でも──

 こうして話せている時間が、今は十分だった。

 

 

 ◇◇◇◇

 

 

 それから、時は進んで一月。

 

 学校が終わり、いつもの道を通って孤児院に戻る。

 外はもう薄暗く、冬の空気が少し冷たい。

 

 玄関をくぐる前、何気なくポストを覗いた。

 

 ……一枚、封筒が入っている。

 

「……?」

 

 差出人を見る。

 

 雄英高校。

 

 一瞬、思考が止まった。

 

(まさか……)

 

 次の瞬間、胸の奥で、コアが強く脈打つ。

 

(合格通知……?)

 

 確かめたい気持ちと、

 怖くて開けられない気持ちが、同時に湧き上がる。

 

 そのまま、何も言わず自分の部屋に入った。

 

 鞄を、床に近いところへ乱雑に置く。

 視線は、ずっと封筒に向いたままだ。

 

「……」

 

 一度、深呼吸。

 

 そして、封を切る。

 

 ──中から、黒い機械が出てきた。

 

「……え?」

 

 手のひらサイズの、無機質な装置。

 

「なんだ……これ?」

 

 首を傾げた、その瞬間。

 空中に映像が投影される。

 

「うおっ!?」

 

 思わず声が出る。

 

 映し出されたのはネズミのような、でもどこか違う、なんとも言えない人物。

 

「……ネズミ?」

 

 すると、その人物がにこやかに手を振った。

 

「やぁ! 

 ネズミなのか、犬なのか、熊なのか……隠してその正体は──校長さ!」

 

「……校長?」

 

 思わず、画面を凝視する。

 

(この人が……)

 

「さて、雑談はここまでにして」

 

 根津校長は、楽しそうに続けた。

 

「今、君が一番気になっていることを伝えよう」

 

 自然と、背筋が伸びる。

 

「先日の実技試験の結果が出たよ。

 実技総合計──80ポイント」

 

 一拍。

 

「第1位。すごい成績だ!」

 

 その言葉を聞いた瞬間、

 胸の奥から、熱いものが込み上げてきた。

 

 今までやってきたこと。

 選んできた行動。

 迷って、それでも進んだ時間。

 

 それが結果として、ここにある。

 

 こんなに嬉しいことは、ない。

 

「だけどね」

 

 校長は、人差し指を立てる。

 

「それだけじゃないのさ! 

 私たちが見ていたのは、敵ポイントだけじゃない!」

 

 画面が切り替わる。

 

「その名も──救助活動ポイント!」

 

「……救助?」

 

「審査制なのさ。

 君が行った、石や瓦礫を使った援護、

 そして──0ポイント仮想敵からの救助行動」

 

 思い出す。

 

 考えるより先に、体が動いたあの瞬間。

 

「それらを合わせて──55ポイント追加!」

 

「……そんな」

 

 無意識に、呟いていた。

 

 あれが、採点されていたなんて。

 

「合計──135点」

 

 根津校長は、はっきりと言った。

 

「もちろん、合格さ!」

 

 一瞬、音が消えたように感じた。

 

「新世 福音君」

 

 画面越しに、まっすぐな視線。

 

「推薦枠獲得、おめでとう」

 

 そして、最後に。

 

「雄英が君のヒーローアカデミアだ!」

 

 その言葉を聞いても、涙は出なかった。

 

 でも。

 

 もし、涙を流せる体なら今頃、きっと大号泣していただろう。

 それほど、今の俺は、嬉しかった。

 

「そういえばね」

 

 校長は、少しだけ声の調子を変えた。

 

「君の学校には、一般入試でヒーロー科を受ける生徒がいるだろう?」

 

 心当たりが、すぐに浮かぶ。

 

「その子には救助活動ポイントの存在は、伏せておいてほしいのさ」

 

「……?」

 

「救助活動Pはね、ヒーローとしての“在り方”を見るためのものなんだ」

 

 校長は、穏やかに続ける。

 

「それを最初から知っているのは、公平じゃない。

 だから、頼むよ」

 

 そう言うと、

 機械に映し出されていた映像は、すっと静止した。

 

 次の瞬間、装置は止まり、沈黙が訪れる。

 部屋の中が、静まり返った。

 

 俺は、天井を見上げる。

 

「……ふう」

 

 小さく、息を吐いた。

 

 自然と、今までのことが思い出される。

 

 被身子との特訓。

 心操君との組手。

 

 そして量産機との戦い。

 

 腕を切断され

 

 脚を砕かれ

 

 装甲を噛み砕かれ、捕食される。

 

 右目を、神経ごと引き抜かれた感触。

 

 脳が潰れ

 

 内臓が飛び散り

 

 意識を、何度も手放した。

 

 ……振り返ってみると。

 

「ほとんど、量産機との戦いだな」

 

 思わず、そう呟いていた。

 

 俺は、ゆっくりとスマホに手を伸ばす。

 

 今、一番話したい相手に。

 

 コール音。

 

『……もしもし? 

 福音君ですか? どうしました?』

 

「被身子かい?」

 

 声を聞いた瞬間、胸が少し軽くなる。

 

「今日、帰ったらさ。

 来てたんだ、雄英から合否通知」

 

『……本当ですか!? 

 どうでした、結果?』

 

「合格してたよ」

 

『……』

 

 一瞬の沈黙。

 

『……本当、ですか?』

 

「うん」

 

『やったぁぁぁぁぁ!!』

 

 電話越しに、弾けるような声。

 

 まるで、自分のことのように喜んでくれている。

 

『よかった……! 

 私、福音君が頑張ってるの、ずっと見てたから……』

 

 声が、少しずつ震える。

 

「ありがとう」

 

 自然と、言葉が出た。

 

「合格できたのは、

 被身子が、ずっと一緒に手伝ってくれたからだよ」

 

『……ぐすっ』

 

『そう言われると……嬉しいです』

 

 少し鼻をすする音。

 

『今度は、私の番ですね』

 

 声が、強くなる。

 

『待っててください。

 絶対に、私も合格してみせます!』

 

「うん」

 

 穏やかに、でもはっきりと。

 

「……僕も、そのほうが嬉しい」

 

『はい! 

 パパとママにも伝えなきゃ。

 福音君が、合格したこと!』

 

「うん。

 じゃあ、続きはまた今度」

 

『はい!』

 

 通話が切れる。

 

 静かな部屋に、スマホの画面の光だけが残った。

 

 その後、

 心操君。

 声田君。

 

 知っている人たちに、合格したことを伝えていく。

 

 返ってくるのは、同じ言葉。

 

「おめでとう」

 

 その一つ一つが、胸に沁みた。

 

 俺は、ベッドに腰を下ろす。

 

 今日という日は、

 きっと、忘れない。

 

 雄英高校はもう、遠い場所じゃない。

 

 そこから先へ進むための扉が、今、確かに開いたのだから。

 

 

 ◇◇◇◇

 

 

 その夜、俺は特訓場に来ていた。

 

 空気は冷たく、月明かりだけがコンクリートを淡く照らしている。

 昼間の喧騒が嘘みたいに、ここは静かだった。

 

「……せっかくの日なのに、精が出るね」

 

 背後から、落ち着いた声。

 

 振り返ると、そこにタブリスが立っていた。

 

「確かに、記念する日ではあるけどな」

 

 俺は、軽く肩を回しながら答える。

 

「だからって、ここで気を抜くわけにはいかない」

 

 拳を握る。

 

「やっと、スタート地点に立てただけなんだ。

 俺は」

 

「……そうか」

 

 タブリスは、それ以上は言わず、ただ頷いた。

 

 しばらく、沈黙。

 

 風の音だけが、間を埋める。

 

「あの……その……」

 

 気づけば、俺は口を開いていた。

 

「ん?」

 

 タブリスが、こちらを見る。

 

「どうしたんだい?」

 

 ……まずい。

 

 言おうとすると、妙に緊張する。

 一度、息を吸う。

 

(でも、ここで言わなきゃ、たぶん一生言わない)

 

「俺が、合格できたのはさ」

 

 視線を逸らしながら、続ける。

 

「お前のおかげでもあるんだ」

 

 タブリスは、黙って聞いている。

 

「毎日、特訓に付き合ってくれて。

 戦闘訓練も、何度もやってくれて」

 

 思い出すのは、何度も倒された夜。

 

「だから……その……」

 

 一瞬、言葉が詰まる。

 

「……ありがとう」

 

 俺の言葉に、

 タブリスは一瞬、きょとんとした顔をした。

 

 そして──

 ゆっくりと、笑った。

 

「……そうか」

 

 穏やかな笑顔。

 

「それなら、よかった。

 君の役に立てたのならね」

 

「そんな風に言うなよ」

 

 俺は、思わず言い返していた。

 

「お前がいてくれるだけで、

 俺は……助かってるんだから」

 

 タブリスは、何も言わなかった。

 

 ただ、夜の特訓場に並んで立つ。

 

 その沈黙は、嫌なものじゃなかった。

 

 これから先、どれだけ厳しい道が待っていようと。

 

 ──俺は、一人じゃない。

 

 そう思えた夜だった。

 

 

 

 

 ◇◇◇◇

 

 

 

 

 二月。

 雄英高校一般入試・実技試験当日。

 

 モニター室では、教師たちが複数の画面を前に静かに座っていた。

 先日の推薦入試と同じく、受験生の行動一つ一つを見逃さぬために。

 

 二か月前。

 “とんでもない受験生”がいた。

 

 だが──

 今、モニターに映し出されている光景もまた、信じがたいものだった。

 

「……あの受験生は」

 

 誰かが、思わず呟く。

 

 映像の中心にいるのは、青い髪の少女。

 

 赤い瞳。

 病的とさえ言えるほど白い肌。

 身に着けているのは、動きやすさだけを考えたジャージ姿。

 

 だが、その佇まいは、どこか異様だった。

 

 仮想敵が接近しても、彼女は微動だにしない。

 

 静かに、ただ静かに動く。

 

 仮想敵の攻撃は彼女に届く手前で、弾かれるように止まる。

 

「……?」

 

 見えない“何か”が、そこにある。

 

 その隙に、少女は手にしたナイフを振るう。

 無駄のない軌道。

 的確な角度。

 

 仮想敵は、次々と行動不能になっていく。

 

 時には、身を低く落とし。

 一瞬で距離を詰め。

 背後から、静かに奇襲。

 

 地形を使い、

 瓦礫を使い、

 影を使う。

 

 その動きはヒーローというより、暗殺者だった。

 

「……音が、ない」

 

 そして、その時。

 

 重低音とともに、0ポイント仮想敵が起動する。

 

 モニターの各所で、受験生たちが判断する。

 

 ──逃げる。

 

 推薦入試の時と同じ光景。

 勝てない相手から距離を取る、正しい判断。

 

 だが。

 

 その少女だけは、違った。

 

 青い髪の少女は、歩みを止めない。

 

 走らない。

 構えない。

 

 ただ、静かな足取りで近づいていく。

 

 やがて、仮想敵の巨体の前に立つ。

 

 少女は、片手を伸ばした。

 

 仮想敵に、そっと触れる。

 

 そして──

 何かを、呟く。

 

 マイクが拾った声。

 

『……私の心を、あなたにも分けてあげる』

 

 次の瞬間だった。

 

 仮想敵の装甲表面から、ミミズ腫れのような膨らみが広がっていく。

 

 触れた箇所を起点に、全身へ。

 

「……っ!」

 

 仮想敵は、痙攣するように動き始める。

 内部から、何かが侵食していくかのように。

 

 数秒後。

 

 ──沈黙。

 

 巨大な仮想敵は、完全に動きを止めた。

 

「……何が、起きた?」

 

 誰も、即座には理解できなかった。

 

 その直後。

 

 終了を告げるアナウンスが、無機質に響く。

 

 そして。

 

 10メートルを超える巨体が、まるで水圧で押し潰されるように、へこんでいく。

 

 軋み。

 崩れ。

 自壊。

 

 仮想敵は、内側から壊れていった。

 

 残骸すら、ほとんど残らない。

 

 その場に残ったのは──静かに立つ、青い髪の少女だけ。

 

「……」

 

 モニター室に、沈黙が落ちる。

 

 やがて、誰かが、はっきりと呟いた。

 

「……受験番号16番」

 

 名前を確認する声。

 

「渡我 被身子」

 

 二か月前。

 “ヒーローの在り方”を見せつけた少年がいた。

 

 そして今──

 

 別の形で、雄英を震わせる存在が、ここにいた。

 

 教師たちは、確信する。

 

 今年の雄英は、静かに、だが確実に何かが始まっている。

心操人使をヒーロー科に受からせるか悩んでいます。ご意見お願いいたします。

  • ヒーロー科に受かる
  • 原作通り普通科
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