個性把握テストの帰り道。
僕と被身子は、並んで歩いていた。
空は、まだ少し明るくて。
校舎を出たときの張り詰めた空気が、嘘みたいに静かだった。
「……今日は、びっくりしましたね」
先に口を開いたのは、被身子だった。
「入学式もなくて、いきなりテストなんて……」
その声には、驚きと戸惑いが混じっている。
「うん」
僕も、ゆっくり頷いた。
「正直、僕も予想してなかったよ。
あれが……“最高峰”って言われる所以だったりするのかもね」
言いながら、ふと思い出す。
相澤先生の、あの冷たい視線。
数字や結果よりも、ずっと別のものを見ていた目。
「……それにしても」
被身子は、少し歩調を緩めて、僕の顔を覗き込む。
「福音君」
「はい?」
「除籍の話……
あんまり、驚いてないみたいでしたけど……どうしてですか?」
不思議そうな声だった。
責めるでもなく、ただ純粋な疑問。
「……ああ」
そう言われて、初めて気づく。
確かに、そうだ。
自分でも驚くくらい、落ち着いている。
除籍。
普通なら、頭が真っ白になってもおかしくない言葉なのに。
「そのことね」
少しだけ、言葉を選ぶ。
「……僕の予想なんだけどさ」
歩きながら、前を向いたまま続ける。
「“除籍”って言っても、たぶん一時的なものなんじゃないかって思ってる」
「え?」
被身子が、少し意外そうな声を上げた。
「どうしてですか?」
そう言いながら、歩調を合わせたまま、体を少し前に傾けて、覗き込むように聞いてくる。
「ほら」
僕は、少しだけ視線を上げて言った。
「雄英高校に受かるために、いろいろ調べたことあっただろ。
過去の入試とか、噂とかさ」
被身子は、小さく頷く。
「そのときにさ、生徒が“一クラス全員除籍”になった、なんて話……出てこなかったよね」
被身子は、歩きながら、右手の人差し指を顎に当てる。
少し考え込む仕草。
「……言われてみると」
一拍置いて。
「確かに、そんな情報……見た覚えない気がします」
「でしょ」
僕は、軽く肩をすくめた。
「だから、除籍って言っても本当に追い出されたわけじゃなくて、そのあと何らかの形で復籍したんじゃないかって思うんだ」
言いながら、自分でも考えを整理していく。
その方が、辻褄が合う。
「じゃないとさ、入学初日で除籍される可能性がある学校に、毎年あそこまでの受験生が集まる理由が、説明つかない」
被身子は、はっとしたような顔をする。
「……確かに」
「それに」
僕は、少しだけ苦笑して付け加えた。
「一度“除籍されました”なんて経歴、人気商売のヒーローが、いちいち正直に公表するとも思えないし」
「……ああ」
被身子が、納得したように息を吐く。
「そう言われると……なんだか、それが一番ありそうな気がしますね」
歩きながら、二人して前を見る。
確証はない。
でも、筋は通っている。
「それにさ」
僕は、少しだけ歩調を落として続けた。
「あの相澤先生の感じ……除籍を宣言するのが、初めてって雰囲気じゃなかった気がするんだ」
「……確かに」
被身子は、すぐに頷いた。
「“言い慣れてる”って言うのは変ですけど……なんだか、そんな感じはしました」
「だよね」
僕は、小さく息を吐く。
「だからある意味、校外には出ないけど、雄英の“伝統行事”みたいなものなんじゃないかと思っててさ」
「伝統行事……」
「うん」
自分で言いながら、納得していく。
「たぶん、それが理由かな。僕が、そこまで驚かなかったの」
被身子は、少しだけ目を丸くしてから、ふっと笑った。
「はえー……」
そして、少し考えてから続ける。
「ってことは……今日、除籍になった人たちも、このあと何かして復籍するんですかね?」
「たぶん、そうだと思うよ」
僕は、即答だった。
「確かに、少し気を抜いてた人もいたけど……あの雄英の入試に受かった人たちなんだ」
夕暮れの道を見つめながら言う。
「ここで止まるとは、思えない」
被身子は、静かに耳を傾けている。
「それにね」
僕は、少しだけ声を落とした。
「挫折を経験した人の成長って、すごいものがあるし、きっとそういうのも込みなんじゃないかなって思うんだ」
「……ですね」
被身子は、納得したように頷いた。
「私と福音君、二人だけのクラスっていうのも……さすがに、寂しすぎますし」
小さく笑って、そう言う。
「そのほうが、きっといいですね」
僕も、同じ気持ちだった。
◇◇◇◇
「……どうだった相澤君。今年の生徒たちは?」
校長室。
この部屋で、この質問を受けるのは──もう何度目になるだろう。
机の向こうで、根津校長が穏やかな笑みを浮かべている。
だが、その目はいつも通り鋭い。
「ええ」
俺は、机の前で答える。
「個性も身体能力も、光るものを持った生徒たちでした。
数字だけ見れば、例年以上です」
そこで、一拍置く。
「……ですが、心の方がまだだった」
はっきりと言った。
「だから、一度“死”を経験してもらいました」
「相変わらずだね」
根津校長は、ため息混じりに肩をすくめる。
「でも、今年は少し違う。
二人だけ、残したんだろう?」
「はい」
即答だった。
「見込みあり、と判断しました」
だが──言葉の最後に、自然と間が空く。
「……ですが」
「ほう?」
根津校長が、楽しそうに尻尾を揺らす。
「含みのある言い方だね」
俺は、視線を落とした。
「新世 福音」
その名前を口にした瞬間、今日の光景が脳裏に蘇る。
「……あいつの“歪さ”が、今日なんとなく分かりました」
「歪さ、か」
校長は、静かに聞いている。
「何があったんだい?」
俺は、短く息を吐いた。
「個性把握テストで、記録を伸ばすために、あいつは……自分の腕を切断しました」
一瞬、室内の空気が変わる。
「痛みは、あったようです。
声を漏らしていた」
「つまり」
言葉を選びながら続ける。
「体の切断は、個性の主能力じゃない。
副次的なものだと判断しました」
それを聞いた瞬間。
根津校長の表情は、変わらない。
だが──声色だけが、わずかに低くなった。
「それは……」
探るような声音。
「君から見て、どう感じた?」
俺は、即答しなかった。
あのときの新世の目。
迷いのなさ。
合理性。
そして、自分の身体を“道具”として扱う判断。
「……危険だと思いました」
俺は、そう前置きしてから続けた。
「俺たちプロヒーローともなれば、状況次第では身体を犠牲にする判断もある。
それは否定しません」
一度、言葉を切る。
「もし俺でも、同じ状況なら……腕でも足でも切断するでしょう」
だが。
「問題は、あいつがまだ中学校を出たばかりの子供だってことです」
視線を伏せたまま、言葉を重ねる。
「それなのに、自分の命や身体を第一に考えていないように見えた」
「……“自分を守ることを、価値に含めていない”タイプだね」
根津校長の言葉に、俺は小さく頷いた。
「ええ。
およそ十五歳の少年が持つには、異常な価値観です」
少し、間を置いてから続ける。
「そこで、少し調べました。
新世 福音の経歴を」
校長は何も言わず、耳を傾けている。
「生まれと同時に、孤児院へ預けられています。
親の元で育った記録はありません」
「……」
「生まれた時点で異形型。
人の姿をしていなかったそうです」
淡々と、事実だけを述べる。
「そのまま一年間、ほぼベッドの上で過ごした。
動けなかった」
「だが1歳の時に急成長。
自力で動けるようになる」
「さらに、その一年後。
“福音”という名前を与えられた直後、また急成長」
そこで一度、言葉を区切る。
「現在とほぼ同等の体格になったそうです」
根津校長が、ゆっくりと息を吐いた。
「……改めて聞くと、不思議な個性だね」
「ええ」
俺も、それに同意するしかなかった。
「異形型と言っても、ここまで極端な成長曲線はほとんど例がありません」
正直に言う。
「調べれば調べるほど……常軌を逸しているとしか思えない」
力、成長、自己犠牲への抵抗のなさ。
それらが、一本の線で繋がってしまう。
「……さらに、記録を追っていくと」
俺は視線を落としたまま、続けた。
「その急成長のタイミングで、声を発することができるようになったそうです」
「ほう」
「ですが、問題はここです」
言葉を選ぶ。
「俺は気になって、奴が育った孤児院に直接電話をしました」
根津校長が、わずかに身を乗り出す。
「するとですね……声を発するようになった“直後”から、今とほとんど変わらない話し方をしていたそうです」
一拍。
「つまり、話せるようになった瞬間から、言葉を“理解していた”」
「しかも、大人と同じ話し方で、です」
「……」
「ええ。
それに加えて、精神年齢もその時点ですでに“大人と同等”だったと」
校長が、静かに目を細める。
「それは……なんともすごいね。
およそ二歳児とは思えない」
「同感です」
俺は短く答えた。
「何より異常なのは、そこじゃない」
自然と、声が低くなる。
「自分が他者と違い、“異常な力”を持っていることを理解していた」
「そして、それを──自分で制御していた」
「……」
「一斉個性カウンセリングを受ける前から、です」
普通なら、制御不能になって暴れる。
周囲が止める。
それが当たり前だ。
「ですが、奴は違った。力を使わない判断を、自分で下していた」
そこで、さらに一つ。
「一番驚いたのは、幼稚園に通っていないことです」
「通っていない?」
「ええ。
聞いたところ、自分から通うのを拒否したそうです」
根津校長の耳が、ぴくりと動く。
「理由は?」
「“子供たちの親からの苦情を予想した”からだそうです」
沈黙。
「……二歳の子供が考えることじゃないね」
「ええ」
俺も、そう思う。
「他者からどう見られるか。
自分が存在することで、周囲にどんな影響が出るかを、当たり前のように計算して、身を引いた」
ため息が、自然と漏れる。
「あいつが、何を基準に自分という存在を形成したのかまでは分かりません」
だが、と前置きして続けた。
「このままでは、いつか必ず──自分自身を壊すと判断しました」
根津校長は黙って聞いている。
「なので、特例ではありますが……今回除籍した連中が復籍しても、新世とは同じクラスにはしません」
一拍。
「一年間、留年させるつもりです」
「……それは、どうしてだい?」
穏やかな問いだった。
「新世自身を、雄英に所属している“大人たち”と意図的に接触させるためです」
俺は、視線を上げる。
「教師やプロヒーロー、職員──命を賭けることと、命を粗末にすることの違いを理解している連中に囲ませる。
そうすることで、少しでも……」
言葉を探す。
「自分の命の価値に、気づいてもらおうと思っています」
根津校長は、しばらく黙考していた。
机の上で指を組み、目を伏せる。
そして、一呼吸置いてから、静かに口を開いた。
「……確かに、その方がいいね。彼自身は間違いなく善性だ。だからこそ、命を簡単に切り捨ててしまうのは違うのさ」
俺は、短く頷いた。
「同様に、渡我被身子にも、同じ処置を下す予定です」
「彼女も?」
「ええ」
続ける。
「渡我についても調べました。
もし、何か一つでも歯車が狂っていたら──」
言葉を濁さず、はっきりと言う。
「こちら側ではなく、敵側に行っていた可能性があります」
「……ほう」
根津校長の声が、わずかに低くなる。
「それは、なんとも……」
「ですが」
俺は、即座に否定した。
「それを繋ぎ止めているのが、新世福音の存在です。
彼がいるから、渡我は“こちら側”に立っている。
──だからこそ」
一度、言葉を切る。
「二人は切り離さず、一緒に置いておく。その上で、時間をかけて観察します」
危うい二人。
だが、同時に可能性の塊でもある。
「なにより──」
俺は、視線を落としたまま言葉を続けた。
「0P仮想敵を倒した、あの力です。
あれが、予想通り“無機物”すべてに作用するものだとしたら……」
思考の先を、はっきりと言語化する。
「成長次第では、タルタロスですら陥落させる可能性がある」
冗談じゃない。
希望でもあり、悪夢でもある力だ。
「もし、あれが敵に渡れば、厄介どころの話じゃありません」
根津校長は、静かに頷いた。
「……確かにね」
そして、こちらを見る。
「君に、かなりの負担をかけることになる」
それでも、と続ける。
「やってくれるかい?」
俺は、一瞬だけ考え──そして、苦笑した。
「任せてください」
肩をすくめながら、言う。
「それが、俺たち“大人”の役割ですから」
守るべきものは、もう決まっている。
あとは、折れないように支えるだけだ。
◇◇◇◇
入学式の翌日。
僕は昨日と同じように、被身子と並んで登校していた。
二人きりのクラス。
その事実が、まだ頭の中で完全に噛み砕けていない。
そんなことを考えながら、教室へ向かって廊下を歩いていると
「おはよう、二人とも」
不意に、前方から声をかけられた。
「……」
思わず足を止める。
「相澤先生」
そこに立っていたのは、僕たちの担任教師だった。
昨日とは違い、寝袋姿ではない。
普通に立っているだけなのに、それだけで少し印象が変わる。
「おはようございます!」
被身子が、いつも通りの明るさで挨拶をする。
それにつられるように、僕も口を開いた。
「おはようございます、相澤先生。今日から、よろしくお願いします」
「ん。よろしくね」
相澤先生は、手に持っていたゼリー飲料を一口すすりながら、気のない調子で答えた。
そして、そのまま続ける。
「お前たちには悪いが、これからのことを説明したい」
一拍。
「別室に移動するぞ」
──やっぱり、そう来たか。
昨日、体力テストが終わったあと。
「後日話す」と言っていたのを、はっきり覚えている。
被身子と一瞬、顔を見合わせる。
お互い、同じことを考えているのが分かった。
それから、先生の方へ視線を戻す。
「分かりました」
僕がそう答えると、先生はそれ以上何も言わず、踵を返した。
僕たちは、その後ろについて歩き出す。
案内されたのは、教室から少し離れた場所にある会議室のような部屋だった。
長い机と、いくつかの椅子。
壁にはホワイトボードがあり、窓の外からは校舎の中庭が見える。
扉が閉まる音が、やけに大きく響いた。
「さて、これからのことだが」
会議室の椅子に腰を下ろした相澤先生は、前置きもなく切り出した。
「さすがに二人だけではクラスとは言えない。だから──」
一拍、間を置く。
「お前たちは、一年留年することが決まった」
「……」
一瞬、言葉の意味が理解できなかった。
「留年……ですか」
被身子が、噛みしめるようにそう呟く。
胸の奥が、ぎゅっと締め付けられる感覚。
覚悟はしていたはずなのに、いざ言葉として突きつけられると、やはり重い。
そして、僕は堪えきれずに口を開いた。
「先生。その……僕の場合は、どうなるんでしょうか」
自分でも、声が少し硬くなっているのが分かる。
「学費や寮費の免除を受けていますが、それがなくなるのは……正直、かなり困ります」
僕にとって、それは死活問題だった。
切り離して考えられる話じゃない。
もし、今ここで「出ていけ」と言われたら。
行き先は一つしかない──孤児院に逆戻りだ。
相澤先生は、少しだけ目を細めてから言った。
「その部分は、気にしなくていい」
淡々と、だがはっきりと。
「今回の留年は、お前たちの問題じゃない。雄英側の判断によるものだ」
その言葉を聞いた瞬間、胸の奥に溜まっていた息が、ようやく外に出た。
「……よかった」
思わず、そう呟いてしまう。
少なくとも、そこは考えてくれているらしい。
次に口を開いたのは、被身子だった。
「留年、ということは……授業は受けられないんですか?」
不安と疑問が混じった声。
「一年間、私たちは……何をすればいいんでしょうか」
それは、僕も気になっていた部分だった。
相澤先生は、腕を組んで少し考える素振りを見せてから答える。
「それについても、ちゃんと用意してある」
二人の方を見る。
「お前たちは、教員、もしくは職員の手伝いをしながら、単位を取ってもらう」
「……単位、あるんですね?」
思わず聞き返す。
「ああ」
即答だった。
「さすがに、一年間何もしないで過ごすってのは違うからな」
そして、少しだけ視線を巡らせる。
「それに、ここにいる教職員の多くは、現役のプロヒーローだ」
その言葉に、自然と背筋が伸びる。
「その仕事を、間近で見て、手伝う。
これから先のことを考えれば、無駄にはならないはずだ」
その言葉を聞いた瞬間、僕は素直に驚いていた。
正直、もっと単純に「一年間待て」と言われるものだと思っていたからだ。
それは、嬉しい誤算だった。
確かに一年留年すれば、周りからは一歩遅れる。
同年代の仲間たちは先に進み、僕たちは足踏みをすることになる。
でも──。
(それ以上のものが、手に入るかもしれない)
そんな予感が、はっきりとあった。
「職場体験を、先にやれると思ってくれればいい」
相澤先生が、付け足すように言う。
……確かに。
そう考えると、かなり悪くない話だ。
「それと同時にだ」
先生は続ける。
「お前たちの個性伸ばしも、含めたことをやっていきたいと思っている」
「……個性伸ばし?」
聞き慣れない言葉に、思わず聞き返してしまった。
「お前たちの個性で、業務に使えるもの、あるいはそれ以外でも構わん」
淡々と、だが具体的に説明される。
「何かしら活用できる場を作って、個性の強化をしながら単位を稼いでもらうつもりだ」
なるほど、とは思う。
思うけれど──。
「でも……そんな都合よく、仕事ってありますか?」
被身子が、少し困ったような表情で質問する。
確かに、その通りだった。
いざ「個性を仕事に使う」と言われても、すぐに具体像が浮かぶわけじゃない。
僕も、内心では同じ疑問を抱いていた。
「その質問は、ごもっともだ」
相澤先生は、あっさりと認める。
「だから、この後、個人面談をして決める。
個別に話をして、適性や方向性を見ていくつもりだ」
「……先生も、一緒に考えてくれるんですね」
被身子が、ほっとしたように言う。
目に見えて肩の力が抜けていた。
「よかったです……」
そう言って、胸を撫で下ろしている。
「時間は有限だ」
相澤先生は、そう言って立ち上がる。
「新世から始める。隣が面談室だ」
右手で扉の方を指し示し、そのまま移動しようとした──そのとき。
「……先生、一つだけ質問いいですか?」
自分でも意外なほど、自然に声が出ていた。
「ん? なんだ」
昨日から、喉の奥に引っかかっていたもの。
今聞かなければ、きっと後悔する。
「昨日……除籍になった皆は、このまま退学になってしまうんですか?」
一瞬、沈黙。
でも先生は、すぐに答えた。
「ああ、それか」
どこか軽い口調で。
「心配しなくていい」
はっきりと、断言する。
「あいつらもヒーローの卵だ。ここで終わるような連中じゃない。
処置は、ちゃんと考えてある」
その言葉を聞いて、胸の奥が少しだけ軽くなった。
(……そうだよな)
あの入試を突破してきた人たちが、
あんな形で終わるわけがない。
それを分かったうえで、
相澤先生は“ああいうやり方”を選んだのだ。
「さて」
先生は、面談室の扉に手をかける。
「まずは、お前の話を聞かせてもらおうか」
そう言って、扉を開けた。
◇◇◇◇
面談室に移動した僕は、相澤先生と一対一で向かい合って座っていた。
会議室よりもずっと小さく、簡素な部屋。
机と椅子があるだけで、余計なものは何もない。
先生は椅子に深く腰掛け、腕を組んでこちらを見る。
「じゃあ、まずは、お前の個性について教えてくれ」
淡々とした口調。
「事前に送られてきた書類は読んでるが……正直、それだけじゃ分からないことも多い」
視線が、まっすぐ僕に向く。
「お前自身の言葉で説明してほしい」
「……分かりました」
短く返事をして、僕は一度息を整える。
頭の中で、情報を整理しながら言葉を選んだ。
「個性名は──【人造人間】です」
相澤先生の視線が、わずかに鋭くなる。
「戦闘特化型で、紫色の姿に任意で変身が可能です。
僕はその姿を、呼称として“初号機”と呼んでいます」
言葉を切りながら、続ける。
「戦闘形態時には、身体能力が全体的に向上します。
筋力、速度、反応速度、それと防御力もです」
「デメリットとしては、変身時に、身に着けている衣服が消滅します」
相澤先生は、特に驚いた様子もなく、軽く頷いた。
「今の姿は、僕の中では“量産機”と呼んでいます」
自分の身体に視線を落としながら説明する。
「初号機との一番の違いは、この“口”です」
口元に触れながら。
「初号機の口は、拘束具のような構造で覆われていて、開けることができません。
ですが、この量産機の姿では、口の開閉が可能で……食事など、日常生活ができます」
そこまで話して、一拍。
「それとは別に、発動型の個性があります」
少しだけ、声を落とす。
「僕はそれを、“ATフィールド”と呼んでいます」
相澤先生の視線が、より注意深くなるのを感じる。
「僕を起点に、不可視のバリアのようなものを展開できます。
出力が低いと見えませんが、出力を上げると可視化されて……」
頭の中で、あの光景を思い出す。
「オレンジ色の、八角形状のパターンとして認識できます」
説明を終えて、静かに言葉を締める。
「……僕の認識としては、以上です」
部屋に、短い沈黙が落ちた。
相澤先生はすぐには何も言わず、
腕を組んだまま、じっと僕を見つめている。
その視線は、評価というより“観察”に近いものだった。
「……聞けば聞くほど、謎が多い個性だな」
相澤先生は、率直にそう言った。
数え切れないほどの個性を見てきたはずのプロヒーローですら、即断できない。
それだけ、この“エヴァ”という存在が、規格外なのだとあらためて思い知らされる。
「僕も、そう思います」
それは、取り繕いのない本音だった。
「ちなみにだが」
相澤先生は、話題を切り替えるように続ける。
「お前の入試の実技試験の映像を見た。そこで一つ、気になったことがある」
視線が、わずかに鋭くなる。
「新世。お前は、仮想敵がどこから来るか分かっていたな。
かなり早い段階で、正確に対応していた」
その言葉で、胸の奥がひくりと跳ねた。
(……あ)
完全に失念していた。
いや、正確には──説明し損ねていた。
「それも、お前の個性に関係しているのか?」
一瞬だけ考えてから、正直に答える。
「……すいません。そこ、説明してませんでした」
小さく頭を下げてから、続けた。
「僕のこの“人造人間”の体なんですが……どうも、ロボットみたいな性質もあるみたいで。
機械と、接続できるんです」
「ロボット?」
相澤先生が、わずかに眉をひそめる。
「人造人間なのに、か?」
「はい」
頷く。
「ただ、僕自身には“機械につながっている”っていう感覚が、ほとんど分からなくて、それを補助するためのシステムが、最初から備わっているみたいなんです」
そう言いながら、ポケットからスマホを取り出す。
画面を操作し、先生の方へ向けた。
「これです」
表示された、見慣れないインターフェース。
「僕は、これを“MAGIシステム”と呼んでいます」
相澤先生は、少し身を乗り出して画面を覗き込んだ。
「入試のときは、会場の監視カメラなんかに接続して、仮想敵の位置や行動パターンを解析して、僕をサポートしていたみたいです」
最後にそう付け足したのは、正直なところだ。
僕自身も、完全に理解できているわけじゃない。
「……なるほど」
相澤先生は、小さく息を吐き、納得したように頷いた。
「そういうからくりだったわけか。
それなら、あの対応力にも説明がつく」
そう言って、相澤先生は椅子に深く腰を下ろした。
「……いろいろ聞いてみたわけだが」
一拍置いてから、こちらを見る。
「新世。お前本人は、その個性を戦闘以外で使えると思うか?」
その問いに、すぐには答えなかった。
エヴァは、本来“兵器”だ。
使徒に唯一対抗できる存在。
ロボットではなく、アダムやリリスを基にした、戦うための存在。
──でも。
僕にとってのエヴァは、それだけじゃない。
一番に思い浮かんだのは、M号機の存在だった。
戦うためのエヴァが、食べ物を生み出せる。
それはもう、戦闘以外に使える機能だと言っていい。
(……M号機、あれが、あるじゃないか)
考えがまとまったところで、顔を上げる。
「先生」
「なんだ」
「雄英高校くらい大きな施設だと、毎月の電気代って、相当かかってますよね?」
唐突な質問だったのだろう。
相澤先生は、一瞬だけきょとんとした表情を浮かべる。
「……まあ、そうだな。
それが、どうした?」
意味が掴めていない様子だ。
僕は、少しだけ前のめりになって続ける。
「僕の背中には、コンセントみたいに使える部分があるんです。
アンビリカルケーブルって呼んでるんですが、それを外部電源に繋ぐと──」
一呼吸。
「僕から、電力を供給できます」
一瞬、空気が止まった。
「……っ」
相澤先生の目が、わずかに見開かれる。
「つまり……」
低く、確かめるような声。
「お前は、電気を“売ろう”って言ってるのか?
雄英高校に」
「はい」
はっきりと頷く。
「さすがに、いきなり施設全体を賄えるとは思っていません。
でも、先生の言う“個性伸ばし”次第では、今以上の出力も可能になるかもしれません」
自分で言いながら、少しだけ緊張していた。
荒唐無稽に聞こえるかもしれない。
けれど──
相澤先生は、すぐには否定しなかった。
腕を組み、視線を落とし、黙って考え込む。
その沈黙は、拒絶ではなく、検討の時間だった。
「……大体、分かった」
しばらくしてから、そう言った。
「どう使ってもらうかは、今日聞いた話を整理してからだ。
校長とも相談する」
視線が、再びこちらに向く。
「検討してみる」
「……お願いします」
「じゃあ、次は渡我を呼んできてくれ」
相澤先生の言葉に、僕は素直に頷いた。
「分かりました」
そう返事をして、椅子から立ち上がる。
ドアへ向かいながら、ふと胸の奥を確かめる。
(……うん。ちゃんと、話せた気がする)
◇◇◇◇
新世がドアを開け、静かに部屋を出ていく。
「……ふぅ」
意識せずとも、ため息が漏れた。
(MAGIシステムに、アンビリカルケーブルによる電力供給……)
頭の中で、さっき聞いた内容を反芻する。
(また、とんでもないのが出てきたな)
新世本人は淡々と話していたが、内容はどれも規格外だ。
一つ一つがヒーロー社会の前提を揺さぶりかねない。
情報量が多すぎる。
正直、整理するだけでも時間が要る。
そんなことを考えていると、
コンコン、と控えめなノック音。
(……切り替えろ)
今は、もう一人の方だ。
「入ってくれ」
「失礼します」
扉が開き、渡我被身子が入ってくる。
姿勢は良いが、どこか緊張が見える。
「じゃあ、始めるぞ」
俺は真正面から彼女を見る。
「まずは、お前の個性について教えてくれ」
「はい」
渡我は一拍置いてから、はっきりと答えた。
「私の個性は《変身》です。対象の血液を摂取することで、一定時間、その人物の容姿に変わることができます」
簡潔で、要点を押さえた説明。
「……入試のときの姿」
俺は、あの光景を思い出す。
「青い髪の少女。あれは、新世の血を飲んでいたことと関係があるのか?」
事前に調べた。
あの姿に該当する人物は、渡我の交友関係にも、戸籍にも存在しない。
つまり──
「……っ」
一瞬、渡我の肩がわずかに跳ねる。
「はい。あの姿は……福音君の血を飲んだ時にだけ、変身できる姿です」
血、という言葉が出た瞬間、彼女の表情が曇る。
(……やはり、血か)
だが、それで切り捨てるほど、話は単純じゃない。
「心配するな」
俺は、先に釘を刺す。
「お前が新世から定期的に血をもらっていることは、事前に把握していた」
渡我の目が、わずかに見開かれる。
「病院を通して、正式に許可を取っている行為だ。
無断でも、違法でもない」
そう告げると、彼女の肩から力が抜けたのが分かった。
「……なら、よかったです」
渡我は小さく息を吐き、胸を撫で下ろす。
(やはり、ここは一番気にしていたか)
血液。
それだけで色眼鏡をかけられるのが、この社会だ。
「……あの姿についてだが」
俺は視線を渡我に向けたまま、問いを投げる。
「新世と、きちんと話したことはあるか?」
「はい、あります」
即答だった。
「あの姿は、私が福音君そのものの姿には変身できないから……
その代わりに、“血から変身できる姿”を、個性が見つけ出したものだと考えています」
……なるほど。
だが、話を聞けば聞くほど、腑に落ちない。
(普通なら、変身できない=変化なし、がセオリーだ。
それが、新世の血だと“別解”が出てくる……か)
人造人間でありながら、
その血には、確かに“人間の情報”が含まれている。
いや──
人間と、それ以外の何かが、同時に存在していると言うべきか。
「じゃあ次だ」
話題を切り替える。
「0P仮想敵に使っていた、あの攻撃。あれは何だ?」
「……あれですか?」
渡我は一瞬考えてから答えた。
「私は、《浸食》って呼んでます」
「浸食……」
「触れたものを、私の一部にできるんです。
そうすると、意のままに操れたりします」
淡々とした説明だが、内容は物騒そのものだ。
(触れたら終わり、か)
しかも──
「ちなみに」
渡我は、少し言いにくそうに付け加える。
「その力、福音君の血で変身している時にしか、全力では使えません」
(……やはり、鍵は新世か)
予想はしていたが、確信に変わる。
触れたら一撃必殺。
条件付きとはいえ、危険度は極めて高い。
「その《浸食》以外に、あの姿での変化はあるか?」
そう尋ねると、渡我は腕を組み、少し考え込んだ。
「うーん……」
数秒の沈黙のあと、はっきりと言う。
「身体能力が上がります。
それと、一番大きいのは……再生能力ですね」
……おいおい。
浸食。
身体能力強化。
再生能力。
(大盤振る舞いにもほどがある)
「……いろいろ聞いてみたが」
俺は、渡我を正面から見据えたまま問いを投げる。
「お前自身は、その個性を“戦闘以外”で、何に使えると思う?」
新世にしたのと、同じ質問だ。
渡我は少し考え込むように視線を上へ向け、指先を顎に当てた。
「んー……」
そして、待たせすぎない程度の間を置いて口を開く。
「待っている間に考えたんですけど……
変身した後って、たぶん体の中も変わってると思うんですよ」
「……ほう」
「だったら、その状態で出る血液って、普通とは違うものかもしれなくて」
少し慎重に言葉を選びながら、続ける。
「医療で使えたり……とか、どうかなって」
「輸血用、か」
自然とその結論に行き着く。
「特別な血液を、意図的に作れるってことだな?」
「はい!」
渡我はぱっと表情を明るくした。
「それに、血を使っても、福音君の血を飲んで変身すれば、再生能力で体内の血液が戻るので……」
さらっと言うが、内容は相当だ。
「何度でも、できると思います!」
……本当に、悪びれもなくとんでもないことを言う。
(自覚が薄いのか、そこまで考えていないのか……)
俺は内心でそう思いながらも、冷静に評価する。
「ヒーロー科の授業じゃ、時々だが怪我人も出る」
実際問題としてだ。
「その場で使える輸血用の血液を常に用意できるなら、
プラスになるのは間違いないな」
「ですよね……!」
ほっとしたように、渡我は息を吐いた。
「……あと、先生。一ついいですか?」
今度は、少し様子が違った。
恐る恐る、といった感じで、渡我は手を上げる。
「どうした」
「さっき、《浸食》の話をしたじゃないですか」
「ああ」
「その……浸食したものって、
変身した私と“同じ状態”になるってことですよね?」
俺は、言葉を挟まずに続きを待つ。
「だとすると……」
渡我は、意を決したように言った。
「浸食したものも、再生能力を持つってことになると思うんです」
……なるほど。
言いたいことは、分かった。
「それで、例えばですけど」
渡我は一歩踏み込む。
「人に使って、傷を治してから……浸食を解除できたら」
「治療だけして、元に戻せるんじゃないかって?」
「はい……!」
俺は、思わず小さく息を吐いた。
「……そう来たか」
正直、予想外だった。
(攻撃じゃなく、治療への応用か)
発想自体は、極めてヒーロー的だ。
だが──
「ちなみに聞くが、浸食したものを、解除したことはあるのか?」
その問いに、渡我は少し苦い顔をした。
「……今のところ、できたことはありません」
そして、続ける。
「それに……生物に浸食を試したことも、なくて」
「……なるほどな」
つまり。
「この一年間で、“個性伸ばし”をやれば、できるようになる可能性はある、ってことか」
「……はい」
小さく、でもはっきりとした返事。
(危ういが、可能性は大きい)
新世と同じだ。
力が強すぎる。
選択肢が、多すぎる。
だからこそ──
(きちんと、導く必要がある)
俺は、改めてそう確信していた。
◇◇◇◇
(……とりあえず、リカバリーガールに相談か)
頭の中でそう当たりをつけながら、俺は話題を切り替えた。
「さて、ここからは別の話をしようと思う」
「……別の?」
渡我はきょとんとした顔で首を傾げる。
「新世についてだ」
その一言で、空気が変わった。
「あいつに対して、俺たち雄英の職員は危惧していることがある」
「……福音君に、ですか?」
声が、少しだけ硬くなる。
「お前なら分かると思うが」
俺は視線を逸らさずに続ける。
「あいつは、自分の命を二の次にしている」
渡我の顔から、表情が消えた。
目だけが、はっきりと鋭くなる。
(……やっぱりな)
「その顔を見れば大体分かる」
淡々と事実を並べる。
「昨日のテストでもそうだ。
躊躇なく、自分の手を切断した」
あの光景を、忘れる方が無理だ。
能力の副作用でもなければ、不可避でもない。
高校生が、自分の意思で、自分の身体を切り落とす。
それ自体が、異常だ。
「新世は……昔から、ああなのか?」
問いかけると、返事はすぐに来なかった。
だが──
「……はい」
消え入りそうな、小さな声。
「昔から、そうなんです」
渡我は視線を落としたまま、続ける。
「自分が傷つくことを、全然気にしないで人を助けるんです」
一拍。
「……今の私があるのは、福音君のおかげです」
顔を上げたとき、その目には迷いがなかった。
「だからこそ、私は……
福音君を守るヒーローになるために、ここに来ました」
強い意志。
覚悟を秘めた目だ。
(……なるほどな)
「そうか」
俺は、静かに頷いた。
「俺たちもだ、新世を、このまま壊したくはない」
だからこそ。
「この一年を使って、助けたいと思っている」
その瞬間。
「……!」
渡我の表情が、驚きに変わる。
「先生たちが……? ……留年も、そのために?」
……さすがに、気づくか。
新世の一番近くにいた存在だ。
察しがいいのも当然だろう。
「……何のことかは、よく分からないが」
俺は肩をすくめる。
「そう思ってくれても、構わない」
とりあえず、否定はしておく。
だが、肯定もしない。
そのくらいが、今はちょうどいい。
「……先生たちが……」
渡我は、ほっとしたように息を吐いた。
「……よかったです」
その表情は、心から安堵したものだった。
(……なるほど)
こいつにとって、新世 福音は
守るべき“仲間”であり、
同時に“生きる理由”に近い存在なんだろう。
危うい二人。
(放っておけないな)
俺は、そう強く思っていた。
「……これは、俺の一人言みたいなものだが」
そう前置きして、渡我を見る。
「ん?」
首を傾げるその仕草は、年相応だ。
だからこそ、ここははっきり言っておく必要がある。
「もし、新世を本気で助けたいならあいつの“人形”になるな」
「……人形?」
「そうだ」
言葉を選ばずに続ける。
「ときには、自分が傷ついてでも、あいつの行動を否定しなきゃいけない場面が来る」
新世は強い。
だが、その強さは常に自分を削る方向へ向いている。
「従順に後ろをついていくだけじゃ駄目だ」
視線を合わせる。
「お前は、お前の意志を持て」
一拍置いて、続けた。
「もしそれで、新世が反発したとしても……余計なお世話を焼くのが、ヒーローの本質だからな」
渡我はすぐには答えなかった。
だが、数秒後。
「……はい」
小さく、しかしはっきりとした声。
自分に言い聞かせるような、強い返事だった。
(……分かってるな)
それでいい。
「さて」
俺は椅子から立ち上がる。
「そろそろ戻るか。
新世も待ってるだろうしな」
「はい! 戻りましょう!」
渡我は、さっきまでの沈んだ様子が嘘みたいに、元気よく頷いた。
面談室を出て、歩きながら、自然と思考が先へ進む。
(……やることが、山ほどあるな)
教育。
監督。
個性の制御。
精神面のケア。
目頭に、じんとした痛みを感じる。
だが──
(それでも、やってみせるさ)
なんたって。
(俺は、ヒーローだからな)
今回は留年に関する扱いや、その後の在籍形態など、独自設定を多く含んでいます。
あらかじめご容赦ください。
また、今回より新たなアンケートを実施予定です。
内容は「トガヒミコに代わる敵キャラクターを増やすかどうか」について。
今後の展開を考える参考にさせていただきますので、
ご協力いただけると嬉しいです。
トガヒミコに変わる、敵の追加
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