僕のヒーローアカデミア 偽りの福音   作:ペプシ飲みたいマン

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評価バーが赤色になっていて大変ビックリしました。
評価入れてくださった方々ありがとうございます。
やはりトガちゃんが登場したからでしょうか、トガちゃんはダークマイトだった?

今後も楽しんでいただければと思います。


第五話 はじめての選択

放課後のチャイムが鳴って、教室の空気が一気にゆるむ。

太陽が窓ガラスを照らし、教卓の影が長く伸びていた。

僕は包帯の端を整え、静かに立ち上がる。

――昨日の、あの河川敷。

仮面の笑顔を外した少女。

“血が好き”と呟いた、トガ ヒミコ。

あの日、初めて彼女の“本当の笑顔”を見た。

それは、どんな光よりも柔らかくて、少し切なかった。

 

校門を出て、ランドセルを背負ったまま夕風を受ける。

胸の奥のコアが、鼓動のように淡く光った。

――もう一度、会いたい。

その想いに導かれるように、足が自然と川へ向かう。

高架の下、風が草を揺らし、川面をオレンジに染めていた。

やっぱり、そこにいた。

彼女は草の上に座って、空を見上げていた。

昨日よりも少しだけ、顔が穏やかに見えた。

 

「やあ」

 

声をかけると、トガがぱっと振り向いた。

 

「……あなた、また来たの?」

「昨日の“また明日”って言葉を信じたからね」

「ふふっ、変なひと」

 

笑ったその顔が、昨日よりも自然だった。

 

「昨日の話、覚えてる?」

「うん……。なんかね、あなたが言った言葉、ずっと頭に残ってるの」

「どんな言葉だい?」

「“ここでは呼吸していい”ってやつ。

 あれね、胸があったかくなったの。久しぶりに、息してもいいんだって思えた」

 

僕は静かに頷く。

 

「それは、嬉しいことだね。息をすることは、生きることだから」

「でもね……やっぱり、怖いの」

「怖い?」

「“普通じゃない”って言われるの、イヤなの。

 あたし、みんなに嫌われたくないの」

 

僕はその言葉に少し息を詰めた。

脳裏に、幼い頃の記憶がよぎる。

――あの視線。

声も出せず、目しか動かせなかった僕を見た、両親の冷たい目。

あの“拒絶”の感情。

それはきっと、彼女の言う“怖さ”と同じものだった。

 

「……分かるよ。僕も、怖かった。

 初めて自分を見た人たちの顔が、悲鳴と同じだったから」

 

トガが小さく目を見開く。

僕は続けた。

 

「嫌われるのは、怖い。

 でもね――自分を隠しつづけたら、君の中の“君”が消えてしまう。

 それは、もっと怖いことなんだ」

 

トガは口をぎゅっと結んで、足元の草を指でつまむ。

 

「……むずかしいけど、なんかわかる」

「焦らなくていい。わかろうとすることが、もう一歩だから」

 

「僕のこと、少し話してもいい?」

「うん、聞きたい」

「僕はね、生まれたとき“人の形”をしてなかった。

 声も出せなかったし、目だけが動いた。

 それを見た両親は、怖がって僕を捨てたんだ」

 

トガは目を丸くして、そっと息を呑む。

 

「……そんなの、ひどいよ」

「うん。でも今は孤児院で暮らしてる。

 みんな優しくてね、“人じゃない”僕に、毎日話しかけてくれた。

 “おはよう”とか、“今日はいい天気だね”とか」

 

トガの唇が、かすかに震える。

 

「……それ、すてき」

「だろう? だから、もし君が望むなら、今度一緒に来る?」

「えっ、いいの?」

「もちろん。孤児院にはね、僕みたいな”子がたくさんいる。

 でもみんな、笑ってる」

 

トガは下を向いて、小さな声で言った。

 

「……行ってみたい。そういうとこ」

「じゃあ、決まりだね」

 

僕は小さく微笑む。

 

「ねえ、学校では……あんまり話しかけないほうがいいと思うんだ」

「なんで?」

「君、学校ではご両親の“普通”のを頑張ってるだろう。

 僕が話しかけたら、頑張ってる時間を壊してしまうかもしれない」

 

トガは目をぱちぱちさせて、それからくすっと笑った。

 

「なにそれ、変な気づかい。でも、やさしいね」

「君が落ち着ける“壁”になれて、よかったよ」

「かべ?」

「うん。外の風が冷たくなっても、君を守る壁。

 ぶつかってもいいし、休んでもいい」

 

トガは少し考えて、それから照れくさそうに笑った。

 

「……あったかい壁だね」

「ありがとう」

 

夕陽が沈み、川が紫に染まる。

トガが立ち上がり、スカートを軽く払った。

 

「じゃあ、また明日も来てもいい?」

「もちろん。君といると、ここが明るくなる気がする」

「ふふっ、やっぱ変なひと」

「よく言われるよ」

 

トガが笑って歩き出す。

僕はその背に声をかけた。

 

「ねえ、もしよかったら――君のこと、“トガさん”って呼んでもいい?」

「……えっ?」

「いつまでも“君”だけだと、少し距離がある気がしてね」

 

トガは振り返り、口元に指を当てて小さく首を傾げた。

 

「……いいよ。でも“さん”は、カァイイくないです」

 

僕は思わず吹き出した。

 

「じゃあ、“トガちゃん”はどう?」

「……そっちのほうが、カァイイです!」

「じゃあ、決まりだね。……また明日、トガちゃん」

 

彼女は少し照れたように、でも嬉しそうに頷いた。

 

「……うん、また明日!」

 

風が草を撫で、川が光を返す。

その背を見送りながら、僕は胸の奥のコアが静かに脈打つのを感じた。

 

 

次の日の放課後。

教室を出た僕は、昨日と同じ道を歩いていた。

ランドセルの中には、今日こそ話したい“ひとつの提案”が入っている。

川沿いの風が頬を撫でる。

高架の下――昨日と同じ場所に、トガがいた。

スカートの裾を押さえながら、草の上で足をぶらぶらさせている。

 

「やあ、トガちゃん」

「あ、あなた……じゃなかった、えっと……ふくいん君!」

「その呼び方、ちょっと照れるね」

「ふふっ、変な顔~」

 

彼女の笑顔は、昨日よりもずっと柔らかい。

包帯の奥の僕の頬にも、自然と熱が差した。

 

「ねえ、今日はね――もしよかったら、僕の“家”に来ない?」

「おうち?」

 

トガは首をかしげて、ぱちぱちと瞬きをする。

 

「うん。前に話した場所だよ」

 

僕は微笑んだ。

 

「みんなが待ってる。君にも、会わせたい人たちがいるんだ」

 

 トガは少しだけ戸惑ったように視線を泳がせ、それから顔を上げた。

 

「……いいの? わたしなんかが行っても」

「もちろんだよ。君が来てくれたら、きっとみんな喜ぶ」

「……じゃあ、行く。行ってみたい」

 

トガは唇の端を上げて、少し照れくさそうに笑った。

 

「だって、ふくいん君の“だいじ”な場所なんでしょ?」

「うん。君にも見てほしい」

 

僕は立ち上がり、手を軽く差し出す。

彼女は一瞬だけ迷って――そっと僕の手を取った。

小さな掌は、少し冷たくて、でも確かに温かかった。

 

「じゃあ、行こうか」

 

並んで歩き出す。

川沿いの夕風が二人の包帯と髪を撫で、草の音が足元でやさしく鳴った。

その音が、まるで“新しい日常”の始まりを告げるように響いていた。

 

 

 

孤児院は、町の外れにある緩やかな丘の上に建っている。

住宅街から少し離れた静かな区域で、周囲をぐるりと高いコンクリートの塀が囲んでいた。

入口には防犯用のゲートと監視カメラ。けれど、建物の外壁は淡いベージュで、どこか優しさを感じさせる。

 

大きな施設だった。

二階建ての鉄筋造りで、屋根の上には避雷針。

庭は広く、芝生のほかに砂場や小さな温室がある。

塀の向こうからでも、子どもたちの笑い声が風にのって聞こえてきた。

 

「ここが、僕の“家”だよ」

 

僕は足を止めて、トガの方を振り返った。

彼女は目を丸くして、塀の向こうをじっと見つめる。

 

「……おっきい。なんか、学校みたい」

「よく言われるよ。でも、ここは学校よりも“優しい”場所だ」

 

僕はゲートの認証パネルに手をかざした。

ピッという音が鳴り、鉄の門がゆっくり開く。

外の街とはまるで別世界のように、敷地の中は穏やかで、空気が柔らかい。

花壇の隅には、小さな風車がいくつも並び、風に回っていた。

 

「……なんか、あったかい匂い」

 

トガがぽつりと呟く。

 

「うん。たぶん、台所で焼き菓子を作ってるんだ。

 中に入ろう。みんな、きっと驚くよ」

 

僕が靴を脱ぎながら言うと、廊下の奥から声がした。

 

「――あれ? 福音くん、おかえり!」

「ただいま」

「って……えぇっ!? 女の子連れてる!? マジで!?」

 

廊下の向こうから、わらわらと子どもたちが飛び出してきた。

全員の目がトガに向かう。

 

「うそー! 可愛い女の子!?」

「マジ? “ボッチ・ザ・ボッチ”の新世兄ちゃんが!?」

「おい見ろよ、包帯の下の口! めっちゃ嬉しそうに動いてる!!」

「笑ってるー!! 写真撮れ! あっカメラねえ!!」

「クラスメイトの女の子連れてるぅぅぅ!!」

 

孤児院の廊下が一瞬で笑い声の渦になる。

トガは少し戸惑いながら、僕の袖をつまんだ。

 

「……なんか、すごくにぎやかです」

「うん、ここはいつもこうなんだ」

「でも……どうして、みんなそんなにびっくりしてるの?」

 

僕は肩をすくめて、少し苦笑する。

 

「僕ね、学校じゃあんまり話しかけられないんだ。

 見た目のせいで怖がられちゃって。

 だから、友達を連れてくるの、初めてなんだよ」

 

トガはきゅっと唇を結んで、僕を見上げた。

小さな眉が少しだけ寄っていた。

 

「……それ、イヤだね」

「うん。でも、今は嬉しいよ。君が来てくれたから」

 

そう言うと、トガは少しだけ照れて笑った。

その笑顔に、僕の胸の奥のコアが小さく光る。

 

「みんな、この子は僕の友達。トガちゃんだよ」

「トガちゃん!? 名前まで可愛い!」

「トガちゃん、こっちおいでー!」

「一緒におかし食べよう!」

「ヒーローごっこできる?」

 

みんなが一斉に話しかけてくる。

トガはその明るさに押されて、少しだけ後ずさる。

そんな中、ひとりの女の子が手を挙げた。

背が小さく、耳がとがっていて、腕に薄い膜のような羽がある。

 

「ねえねえ、トガちゃんはさ、なにか好きなものある?」

 

その言葉に、トガの体がぴたりと固まった。

指先が小刻みに震える。

僕はすぐに気づいて、そっと声をかけた。

 

「大丈夫。ここでは、怖がらなくていい。

 君の“好き”は、君だけのものだよ。

 無理に隠さなくていい」

 

トガは一瞬、僕を見た。

そして、小さく息を吸って、恐る恐る口を開く。

 

「……わたしね……血が、好きなの」

 

部屋が一瞬静まる。

その沈黙は、たった数秒――でも、トガにとっては永遠にも感じただろう。

そのときだった。

 

「えっ! 血!? あたしもだよ!!」

 

さっきの女の子――ナミがぱぁっと笑顔を広げた。

翼のような腕を広げて、トガの前に駆け寄る。

 

「わたしね、ナミチスイコウモリの個性なの!

 血を吸うのが生きるためなの! だから、トガちゃんとおんなじだね!」

「……えっ……おんなじ?」

「うん! わたしも血が好きだよ! だってね、あったかくて元気になるんだもん!」

 

トガの目が見開かれ、瞬きを忘れたみたいに固まる。

信じられない、という顔。

その頬に、ゆっくりと笑みが浮かんでいった。

 

「……そっか。わたしと同じ子、いたんだ……」

 

小さな声が震えた。

涙ではなく、笑顔が滲んでいた。

周りの子どもたちがすぐに笑い出す。

 

「なーんだ! じゃあ二人は“血チーム”だな!」

「おー! ちーチーム! ちーチーム!」

「やったねトガちゃん、仲間入り!」

 

トガはその輪の中に引き込まれ、つられるように笑った。

――まっすぐで、自然な笑顔。

昨日より、今日のほうがずっと自由だ。

 

僕はその光景を少し離れた場所で見ていた。

胸の奥のコアが、またやさしく明滅する。

“血が好き”という言葉を、誰も否定しない。

それどころか、笑って受け入れる。

 

――それが、この孤児院の“普通”だ。

 

僕は小さく呟いた。

 

「……ようこそ、トガちゃん。ここは君のいていい場所だよ」

 

トガヒミコは初めて“世界に受け入れられた子ども”の顔をしていた。

 

 

夕方の孤児院は、やわらかな橙色に包まれていた。

 

窓の外では風が木々を揺らし、廊下の奥からは子どもたちの笑い声が絶えない。

僕は食堂の隅の木の椅子に腰を下ろし、その輪の中心を静かに見つめていた。

 

 ――トガヒミコ。

 

昨日まで仮面のような笑顔しか浮かべられなかった少女が、いま、子どもたちと話している。

まだ少しぎこちない。でも、その笑顔は確かに“生きていた”。

それは心臓よりも正直に、僕の“幸福”を教えてくれる灯りだった。

 

「……ふふ、笑顔が似合うね」

 

独り言のように呟いた時、背後から穏やかな声がした。

 

「可愛い子ね。あの子、あなたの友達?」

 

振り向くと、孤児院の先生が立っていた。

 

柔らかな髪を後ろで束ねた、優しい人だ。どんな子にも分け隔てなく話しかけてくれる。

 

「ええ。彼女は――僕の大切な友達です」

 

僕は自然と口元を緩めた。

 

「彼女の笑顔は、本当に嬉しそうなんです」

 

先生は目を細めて頷いた。

 

「でも最初は少し怖がってたみたいね。あんなに明るい子なのに」

「……彼女は、“血”が好きなんです」

 

先生の表情が一瞬止まる。けれど次の瞬間、いつもの優しい目に戻った。

 

「そう。……それでも、あの子の笑顔は本物ね」

 

僕は静かに息を吐いた。

――誰かが“違い”を恐れずに受け入れてくれる。

その当たり前が、こんなにも尊いものだと知る。

 

「先生。もしよければ、これから時々……彼女をここに連れてきてもいいですか?」

 

先生は少し驚いたように目を瞬き、それからふわりと笑った。

 

「ええ、もちろん。あなたがそう思える子なら、いつでも歓迎するわ」

「ありがとうございます」

 

僕は深く頭を下げた。

 

ふと見ると、トガがこちらを見ていた。

子どもたちに囲まれながら、何か楽しそうに話している。

そして僕に気づくと、小走りでこちらにやってきた。

 

「ふくいん君、見てたでしょ!」

 

息を弾ませながら、頬をふくらませる。

 

「ふふ、見てたよ。みんなと仲良くできてるね」

「うん……まだちょっとドキドキするけど、でも楽しい!

 みんな笑ってくれるし、優しいの。びっくりしちゃった」

「そうか。それでいいんだ」

 

僕は優しく言う。

 

「急がなくていいよ。君の“速さ”でいい。焦らなくても、ちゃんと届くから」

 

 トガは首を傾げて、少し笑った。

 

「ふくいん君って、ほんと変なこと言うね。

 でも……なんか、聞いてるとホッとするの」

「よかった」

 

僕は静かに微笑む。

 

「でも、もうそろそろ帰らないといけない時間だ。

 流石にこれ以上遅くなると、ご両親が心配するよ」

 

 その言葉に、トガの表情が少ししょんぼりと沈む。

 

「……そっか。うん、そうだね」

 

僕は小さく首を横に振って、やわらかく言葉を続ける。

 

「心配しなくていい。明日も、明後日も……また来よう」

 

トガの目がぱっと明るくなった。

 

「ほんとに? また来ていいの!?」

「ああ。君が望むなら、何度でも」

「やったぁ!」

 

トガは両手を胸の前でぎゅっと握り、満面の笑みを浮かべた。

その笑顔に、僕は自然と微笑みを返す。

 

「……じゃあ、途中まで送るよ」

「え、いいの?」

「もちろん。僕の“友達”を夜道で一人にはできないからね」

 

 トガは小さく頷き、顔を赤くしながら笑った。

 

「ふくいん君、やさしいね。……なんか、変な気分」

「それはきっと、“安心”っていうんだよ」

「へぇ……“あんしん”……」

 

トガは小さくその言葉を繰り返すように呟き、

まるで味わうみたいに、ゆっくりと笑った。

窓の外、沈みゆく夕日が街を紅く染めていく。

彼女の笑顔をその光が包み、包帯越しの僕の頬にも、同じぬくもりが触れた気がした。

 

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