僕のヒーローアカデミア 偽りの福音   作:ペプシ飲みたいマン

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感想ありがとうございます!
アドバイスを参考にして、今回は文章の見やすさをちょっと意識してみました。
少しでも読みやすく感じてもらえたら嬉しいです!


第六話 覚醒

 トガが孤児院に通うようになってから、一週間が過ぎた。

 最初の頃はおっかなびっくりだった彼女も、今では子どもたちと笑いながら遊んでいる。

 ナミや他の子どもたちと並んで絵を描いたり、台所の手伝いをしたり。

 ──その笑顔はもう、仮面じゃない。

 僕は食堂の椅子に腰かけて、その光景を穏やかに眺めていた。

 

「ねえ、ふくいん君」

 

 トガが近づいてくる。手には折り紙で作った赤い花。

 彼女は首をかしげながら、僕の包帯の顔を覗き込んだ。

 

「ずっと聞きたかったんだけど……ふくいん君の“個性”って、なんなの?」

 

 僕は一瞬だけまばたきをした。

 

「ん? 前に話さなかったっけ。僕は──人造人間、だよ」

「それは聞いたよ。でもね、どうして“人造人間”なの?」

 

 ──どうして。

 言われてみれば、確かに説明をしたことはない。

 僕はゆっくり考え込む。

 

(エヴァを知らない人間から見たら、“僕”の姿を見て人造人間だと結びつけるのは難しい……)

 

 自分の包帯の下にある灰色の肉体を思い出す。

 エヴァのパイロットのように声を出せる。

 ATフィールドも展開できる。

 けれど、エヴァとして“戦闘”したことは一度もない。

 

(……僕は、何号機なんだろう)

「ふくいん君……? どうしたの?」

 

 トガの声で、思考が現実に引き戻される。

 僕は軽く息を吐き、微笑んだ。

 

「いや……今、改めて考えてみたらね。確かに僕は“人造人間”って言えるけど、どうしてそうなのかを説明するのは難しいなって思ってさ」

「なんか、むずかしそうですね」

「うん。たぶん、僕自身にもまだわかってないんだと思う」

 

 トガは少し考えて、指を頬に当てながら言った。

 

「わたしみたいに簡単だったらよかったね」

「君みたいに?」

 

 僕は首を傾げる。

 

「そういえば、君の“個性”ってなんなんだい?」

 

 トガは胸の前で手を組み、少し誇らしげに言った。

 

「“へんしん”。血をちょっとだけもらうと、その人に変身できるの!」

 

 その瞬間、僕の中でなにかが弾けた。

 気づいたときにはもう、声が出ていた。

 

「うぉぉぉぉ──すっげぇぇぇぇ!!!」

 

 孤児院の食堂に響く、変な叫び。

 トガはびくっと肩を上げ、目を丸くして僕を見る。

 

「えっ、えっ!? ど、どうしたの!?」

「ごめん、つい……! “変身”って言葉を聞いたら、体が勝手に反応して!」

 

 僕は頭をかきながら、照れくさそうに笑う。

 

「僕のいたところではね、ヒーローって言ったら“変身”なんだ。

 姿を変えて、自分の弱さを越える……──その言葉を聞くと、胸が熱くなるんだよ」

「へんしん……が?」

 

 トガは不思議そうに呟く。

 そのときだった。

 脳の奥で、再び“閃光”が走る。

 

 ──変身? 

 

 そうだ。僕はこれまで、ATフィールドしか使っていなかった。

 でも、もし“エヴァ”という存在が僕自身なら──

 ヒーローたちのように、“戦闘形態”に変身できるんじゃないか? 

 身体が勝手に立ち上がっていた。

 包帯がかすかに揺れる。

 

「……ふ、ふくいん君?」

 

 僕は深く息を吸い、両腕を顔の前で交差させる。

 そして──一拍の静寂のあと、力強く叫んだ。

 

「──変身ッ!!!」

 

 腕を腰のあたりまで下ろし、拳を握る。

 空気が微かに震え、包帯の下のコアがわずかに光を放つ。

 しかし──何も起こらなかった。

 沈黙。

 風が窓の外を抜けていく音だけが響く。

 僕はゆっくりと肩を落とし、照れくさそうに頭をかいた。

 

「……やっぱり、できないか」

 

 トガはぽかんと僕を見ていたが、やがてふっと吹き出した。

 

「ふくいん君って……やっぱり、変なひと」

「よく言われるよ」

 

 僕が苦笑すると、トガは頬を赤くして笑った。

 

「でも……なんか、楽しそうだったよ」

 

 僕は思わず目を瞬かせる。

 トガは少し照れくさそうに視線をそらしながら続けた。

 

「へんな動きだったけど……ふくいん君、笑ってたもん。

 だから、見ててちょっと嬉しかったの」

 

 その言葉に、胸の奥のコアがまた小さく脈を打つ。

 包帯の下で、自然と微笑みが浮かんだ。

 

「……ありがとう。そう言ってもらえると、変な動きも報われるよ」

 

 トガは肩をすくめて、くすっと笑う。

 

「ふふっ、やっぱり変なひと」

 

 二人の笑い声が、夕暮れの食堂に柔らかく広がった。

 その響きは、まるで“新しい日常”が静かに始まった合図のようだった。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 別の日。

 窓の外では、早朝の光がまだやわらかく漂っていた。

 今日は土曜日。学校は休みだが、孤児院の中は朝から少し慌ただしい。

 廊下を行き交う子どもたちの足音、荷物をまとめる音、先生の呼びかけ。

 その賑やかさの中で、僕は玄関の前でトガと並んで靴を履いていた。

 

「なんか、みんなソワソワしてるね」

 

 トガが首を傾げながら言う。

 僕は靴ひもを結びながら、少し笑って答えた。

 

「今日はね、みんなで“海岸清掃”のボランティアに行くんだ」

「ボランティア?」

「うん。この孤児院に食料や日用品を寄付してくれる町の人たちへのお返しだよ。

 いつも助けてもらってるからね」

 

 トガはぱちぱちと瞬きをした。

 

「へぇ……海、行くの?」

「そう。バスで少し行ったところ。大きな浜辺なんだ」

「……いいなぁ」

 

 トガは小さく呟き、それから顔を上げる。

 

「ねえ、わたしも行っちゃダメ?」

 

 その瞳がまっすぐで、思わず返事が遅れた。

 僕は少し笑って肩をすくめる。

 

「別にダメじゃないけど……いいのかい? せっかくの休日なのに」

 

 トガは即座に首を振った。

 

「いいの! だって、ここが好きなんだもん。

 この場所があったかいの、わたし知ってる。

 だから──そのあたたかさをくれる人たちに、ちょっとでも“ありがとう”したいの」

 

 その言葉に、僕の胸の奥でコアがかすかに光る。

 包帯の下の唇に、思わずやわらかな笑みが浮かんだ。

 

「……そうか。じゃあ、一緒に行こうか」

「うんっ!」

 

 トガは勢いよく頷き、立ち上がる。

 その背中には、昨日よりも少し大きな“勇気”が見えた気がした。

 外ではバスが止まっており、子供たちが順に入っていく。

 

「行こう、トガちゃん」

「うん! ふくいん君、待ってー!」

 

 彼女が駆け出す。

 僕の背を追って、光の中へと歩き出した。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 バスが停まり、扉が開いた瞬間──潮の香りがふわっと鼻をくすぐった。

 風が髪と包帯を揺らし、遠くでカモメの声が響く。

 空は広く、どこまでも青かった。

 

「わぁ……!」

 トガが目を輝かせ、砂浜へ駆け出した。

 裸足になりたい衝動を抑えながら、彼女はきらきらと海面を見つめていた。

 

「ひえぇ……思ってたよりずっと大きい!」

「そうだね。最初に見たとき、僕も圧倒されたよ」

 

 他の子どもたちは先生の指示でゴミ袋とトングを受け取り、思い思いに散らばっていく。

 僕は袋を二枚取り、トガの方に歩み寄った。

 

「トガちゃん、初めてだろう? 最初は一緒に回ろうか」

「うん! ふくいん君と一緒がいい!」

 

 トガは笑顔で頷き、僕の隣に並んだ。

 波打ち際を歩きながら、プラスチックの破片や空き缶を拾い、袋に入れていく。

 風が強く、時々袋が膨らんで転がりそうになるのを、トガが慌てて押さえる。

 

「ふふっ、ゴミって逃げるんだね」

「そうだね。風のいたずらだよ」

 

 しばらくして、トガが砂の上にしゃがみ込み、小さなガラスの欠片を見つけた。

 光を受けて、赤く透けている。

 

「きれい……これも拾っていいの?」

「うん、危ないから拾っておこう。怪我をしたら大変だ」

 

 僕はその手をそっと包んで、ガラス片を受け取った。

 ほんの一瞬、彼女の指がびくりと震えたけれど、すぐに小さく笑った。

 潮風が髪を撫で、波の音が静かに寄せては返す。

 空は青く、砂浜の白さがやさしく目にしみた。

 

「ねえ、トガちゃん」

「ん?」

 

 僕は少しだけ視線を落とし、柔らかく問いかける。

 

「この前、“血を飲むのが好き”って言ってたよね。

 その……“飲みたい”って思うとき、どれくらい強い衝動なんだい?」

 

 トガは小さく瞬きをして、少し考えるように唇を結んだ。

 そして、指で砂をすくいながらぽつりと話し始める。

 

「……うん。強くなるときがあるの。

 たとえば、好きなものが血を流してるとき。

 すごく“きゅうっ”て胸が苦しくなって、頭の中が真っ赤になって……

 その血をチウチウ飲みたいって、思っちゃうの」

 

 風が彼女のスカートを揺らし、波が足元を濡らす。

 彼女は俯きながら、砂の上に小さな指で円を描いた。

 

「でも、飲んじゃだめだって思っても……体がうずいちゃうの」

 

 僕は小さく頷き、静かに言葉を紡ぐ。

 

「……なるほど。前に言っていた“個性”と、少し関係しているのかもしれないね」

「え?」

「君の個性は“変身”だろう? 

 飲んだ血によって姿を変える──それが能力の一部なら、

 “好きなもの”の血を飲みたいって衝動は、

 ただの好みじゃなくて、“個性の反応”かもしれない」

 

 トガはきょとんとした顔で僕を見上げた。

 

「……そうなのかなぁ?」

「たぶんね。心と体が、一緒に“好き”って反応してるんだと思う」

 

 トガは小さく頷いて、それでも少しだけ沈んだ声で呟いた。

 

「……でも、どうしたらいいんだろ。

 ずっと我慢してるけど、いつか“がまん”が壊れちゃう気がするの」

 

 その言葉に、僕の胸の奥のコアが静かに脈打つ。

 ──きっと、彼女はこの“衝動”に怯えながら生きてきたのだ。

 好きなのに、それを口にした瞬間、世界が冷たくなる。

 僕は少し間を置いて、言葉を探した。

 そして、静かに漏らす。

 

「……もし僕の血があげられたらな」

 

 トガの目が大きく見開かれる。

 

「……え!? くれるの!?」

 

 驚きと喜びが入り混じった声。

 僕は苦笑して、首を横に振った。

 

「……ごめん。あげられないんだ」

「ど、どうして?」

「僕の血が、君に合う保証がないからだよ。

 もしかしたら、君の体にとって毒になるかもしれない。

 ……あるいは、病気をうつすことだってある」

 

 トガの肩が小さく落ちる。

 海の音が少しだけ寂しく聞こえた。

 

「……やっぱり、あたし、生きづらいなぁ」

 

 その言葉には、諦めと、少しの寂しさが混じっていた。

 僕は砂の上にしゃがみ、彼女の視線の高さに合わせる。

 

「でもね、ナミちゃんみたいに、“血をもらう”方法もあるかもしれない」

 

 トガは顔を上げた。

 

「……どういうこと?」

「彼女の個性も“血”に関係しているんだ。

 定期的に血を摂らないと体が弱る。

 だから病院の許可をもらって、輸血パックを定期的にもらってるんだよ」

「……そんなこと、できるの?」

「できるよ。少なくとも、ナミちゃんはそれで生きてる」

 

 トガは驚いたように目を見開き、ゆっくりと頷いた。

 

「……あたしも、そうできたらいいのにな」

 

 彼女の声は、小さくかすれていた。

 けれど、その瞳には確かに“希望”が宿っていた。

 

「でも……パパとママが、許してくれるかな。

 “血を飲む”って言ったら、また変な顔されるかも」

 

 トガは小さな声で言って、指先で砂をつついた。

 波が寄せてきて、その跡をあっさりとさらっていく。

 僕はしばらく黙って、その光景を見つめていた。

 ──どうすれば、彼女の“生きづらさ”を少しでも軽くできるだろう。

 

「……そうだね。今すぐに理解してもらうのは、きっと難しい」

「うん……」

「でも、方法はあるかもしれないよ」

 

 トガが顔を上げる。

 

「たとえば、ナミちゃんみたいにお医者さんや先生を通して話してみるとか。

 “血を飲みたい”じゃなくて、“必要だから”って伝える。

 言葉を少し変えるだけでも、パパとママの反応は違うかもしれない」

 

 トガは目をぱちぱちさせて、首を傾げる。

 

「……そんなことで、変わるの?」

「変わるかもしれない。大人は、“言い方”で受け取り方が変わる生き物だから」

 

 僕はやわらかく笑って、砂の上に指で小さな円を描く。

 

「今すぐは無理でも、いつかきっといい考えが浮かぶ。

 そのときは一緒に考えよう、トガちゃん」

 

 トガはしばらく黙って僕を見つめていた。

 そして、ふっと口元を緩める。

 

「……ふくいん君って、やっぱり変な人だね」

「よく言われるよ」

「でも、ありがと。なんかね、胸の中がちょっと軽くなった」

 

 潮風が吹き抜け、彼女の髪が頬にかかる。

 それを指で押さえながら、トガは空を見上げて笑った。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 海岸の清掃が終わるころ、空はオレンジから紫に変わりかけていた。

 袋いっぱいのゴミを片づけ、手を洗った子どもたちは達成感に包まれていた。

 潮風の中で笑う声。僕の包帯の奥の頬も、自然とゆるんでいた。

 

「よくがんばったね、みんな。今日はこのあと、ご褒美があるわよ!」

 

 先生が明るく言うと、子どもたちは一斉に歓声を上げた。

 

「えーっ!? なになに!?」「ご褒美ってなにー!?」

「せっかく遠くまで来たからね。近くのレストランで外食して帰りましょう」

 

 子どもたちが歓声をあげ、僕も思わず笑った。

 トガちゃんは目を輝かせて僕の袖を引く。

 

「ねえ、ふくいん君! 外食って、すっごく久しぶり!」

「うん、今日は特別だ。いっぱい食べよう」

「やったぁ!」

 

 その笑顔が、まるで小さな太陽みたいだった。

 ──そう、あの瞬間までは、平和だったんだ。

 

 ◇◇◇

 

 

 夕暮れの帰り道。

 海沿いの大通りを、子どもたちと先生、そして僕とトガちゃんで歩いていた。

 潮の香り。街の灯りがぽつぽつと点き始め、遠くのビルに反射している。

 

「ふくいん君、今日は楽しかったね」

「うん。君の笑顔が見られて、何よりだよ」

「……また変なこと言ってる」

 

 トガは笑って、でもその声には少しだけ照れが混じっていた。

 そのとき──

 ドォンッ!!! 

 突然、鋭い破裂音が響いた。

 空気が裂け、地面が震える。

 視界の端で、ビルの壁が崩れ落ちていくのが見えた。

 

「──っ!!!」

 

 反射的に、僕は右手を掲げた。

 胸のコアが脈打ち、空間が波のように歪む。

 次の瞬間、透明な光の壁──A.T.フィールドが展開された。

 落ちてきたコンクリートの破片が壁に当たり、火花のような衝撃を散らす。

 それでもフィールドは破れず、僕と周囲の子どもたちを包み込んだ。

 

「みんな、ケガはない!?」

 

 息を詰めながら声を上げる。

 

「だ、大丈夫っ!」「すげぇ……!」

 

 みんなの無事を確認して、ようやく息を吐いた瞬間──

 ビルの割れた壁の奥から、黒い影が現れた。

 ゆっくりと、崩れた瓦礫の上を歩くその影。

 顔を覆う仮面の下から、歪んだ笑い声が響く。

 

「やはり……この時間はいいなぁ。

 “日常”の時間だ。

 人々が安心して、笑って、油断している……」

 

 ヴィランはゆっくりと腕を広げた。

 周囲の光を吸い込むような、濁った闇が肌を這う。

 

「そんな“日常”を、自分が壊す瞬間──あぁ、最高だ!」

 

 その声に、背筋が凍る。

 狂気の音色。理屈の通じない破壊者の言葉。

 

「みんな、逃げるのよ!!」

 

 先生の声が響く。

 子どもたちは慌てて駆け出し、数人の大人が通報に走る。

 僕はフィールドを傾け、残っていた瓦礫を安全に下ろした。

 

「早く、こっちへ──!」

 

 僕も子どもたちを誘導しようとした、その瞬間。

 ……いない。

 トガちゃんの姿が、どこにも見当たらない。

 心臓が跳ねた。

 振り向いた先、道路の中央。

 ──立ち尽くすトガの姿。

 顔は真っ青で、全身が震えていた。

 恐怖で、声も出せず、足も動かない。

 

「トガちゃん!!」

 

 叫ぶと同時に、ヴィランがゆっくりと首を傾け、トガを見た。

 歪んだ笑み。

 彼は瓦礫を蹴散らし、ゆっくりと彼女に歩み寄っていく。

 

「……いいねぇ。怯えた瞳。

 幸せな“日常”が壊れる瞬間ほど、美しいものはない」

 その言葉が聞こえた瞬間、僕の頭の中が真っ白になった。

 

 ──助けなきゃ。

 

 考えるより早く、体が動いた。

 僕は全力で走り出し、叫んだ。

 

「トガちゃん──ッ!!!」

 

 ヴィランの腕が振り上がる。

 その先に、鈍い光が走った。

 世界がスローモーションのように歪む。

 トガの瞳が恐怖で見開かれ、僕の名を呼ぼうとする。

 叫び声と衝撃が交錯する瞬間──

 僕の胸の奥で、何かが弾けた。

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 ──罰が当たったんだと思う。

 ふくいん君と出会って、ナミちゃんたちと遊ぶようになって、

 “幸せ”ってものを少しずつ覚えていった。

 私は“普通の子供”じゃないのに。

 それなのに、それを忘れて、笑って、楽しんで。

 ──だから、罰が当たったんだ。

 あの日の帰り道。

 みんなでご飯を食べて、笑いながら歩いていた時だった。

 突然、空気が裂けるような音がして、

 ビルの壁が崩れ落ちた。

 砕けたガラスとコンクリートが空から降ってきて、

 その音が──わたしの“幸せ”を壊す音に聞こえた。

 

「……え?」

 

 体が動かない。

 頭が真っ白になる。

 先生が叫ぶ声。

 子どもたちの悲鳴。

 けれど、足が……足が動かない。

 怖い。

 目の前の世界が、灰色に変わっていく。

 ──そのとき、瓦礫の向こうから“それ”が出てきた。

 黒い服。笑っているのに、目が笑ってない。

 ヴィラン。

 テレビの中でしか見たことのなかった“悪意”が、現実にいた。

 

「やはりこの時間はいい。

 日常の時間だ……! 人々が油断し、笑っている……!」

 

 わけのわからないことを言いながら、

 ゆっくり、ゆっくりと歩いてくる。

 その視線が、わたしに向いた。

 ──動けない。

 ──逃げられない。

 足が、地面に縫い付けられたみたいに動かない。

 ヴィランの足音が近づく。

 笑い声が耳を刺す。

 息ができない。

 怖い。怖い怖い怖い──! 

 喉が焼けるように痛くて、それでも声を振り絞った。

 

「……たすけて……ふくいん君……!」

 

 その瞬間、ヴィランの腕が振り上がる。

 殺意の塊のような影が、わたしを覆い尽くした。

 ああ、終わる。

 そう思って、目をぎゅっと閉じた。

 もう何も見たくなかった。

 ──でも。

 いつまで経っても、痛みは来なかった。

 代わりに、風が吹いた。

 体の前を通り抜ける、熱い、力のある風。

 恐る恐る、目を開ける。

 視界いっぱいに──“それ”がいた。

 巨大な背中。

 光を反射する装甲のような外殻。

 包帯の代わりに、淡い紫の光が全身を走っていた。

 見上げるほどの高さ。

 けれど、その背は──どこか、懐かしかった。

 

「この子に──手は出させない!」

 

 低く、響く声。

 包帯の奥から聞こえていた、あの優しい声と同じ。

 それが誰なのかを、わたしはすぐに理解した。

 ──ふくいん君。

 でも、その姿は、もう前と違った。

 まるで、ロボットの“守護者”。

 それでも、怖くなかった。

 むしろ、胸の奥が熱くなって、涙が溢れそうになった。

 だってその背中は、わたしを守るためだけに、立っていたから。

 

 

 ◆◆◆

 

 

「トガちゃん!!」

 

 叫びと同時に、僕は彼女の前に飛び出す。

 ヴィランの拳が光を裂く。

 咄嗟に腕を交差させ、構えを取る。

 衝撃が体を揺らす。

 視界の端で、紫色の光が閃いた。

 

「……紫色の一本角? なんだその姿は……ヒーローか?」

 

 ヴィランが呟く。

 でも僕は答えない。言葉よりも、守らなければならない命がある。

 ヴィランが舌打ちをし、仮面の下で笑った。

 

「この時間、この区域にヒーローはいなかったはずだ……

 まあいい。守り手が強いほど、その先の絶望は甘美だ!」

 

 胸の奥のコアが震える。

 全身の神経が一本の光に変わる。

 呼吸が、音になる。

 

「この子に──手は出させない!!」

 

 声が空気を切り裂く。

 ヴィランの瞳が爛々と輝き、腕を構える。

 

「なら、守ってみせろよォ!!」

 

 次の瞬間、地面が爆ぜた。

 衝撃波が押し寄せる。僕は本能で両手を広げ──叫ぶ。

 

A.T.フィールド全開……ッ!! 

 

 周囲の空気がねじれた。

 オレンジ色の光が弾け、八角形の紋様が幾重にも重なって空中に浮かび上がる。

 それはまるで世界そのものが拒絶の形をとったような光の壁だった。

 連なった層が波打ち、ヴィランの拳を弾き返す。

 衝撃の余波で地面が裂け、風圧が渦を巻く。

 ヴィランの拳が止まるたび、世界が震える。

 

 ──攻め方が分からない。

 

 防御はできても、どうすれば“倒せる”のか分からない。

 僕はトガのほうを見た。

 彼女は立ち尽くしたまま、震える指先で僕を見ていた。

 

(大丈夫だ……守る)

 

 しかしヴィランは、狂気の笑いをあげてさらに突っ込んできた。

 

 

「守るだけか!? じゃあいつか潰されるぞォ!!」

 次の瞬間。

 空気が破裂した。

 轟音。爆風。

 そして、風の中に──一筋の影が降り立った。

 

──君たち、もう大丈夫!! 

 

 低く響く声。

 空気の圧が変わる。

 瓦礫の上に立つ金髪の男。筋肉の塊。背中に太陽を背負ったような存在。

 

私が来た!!! 

 

 人々が歓声を上げる。

 ヴィランの動きが一瞬止まった。

 

「おいおい……マジかよ……“オールマイト”……!?」

 

 その隙に、彼は一瞬で距離を詰める。

 空気が裂け、拳が閃く。

 

「よく足止めしてくれた、少年!! ──この一撃で終わらせる!!」

「デトロイト──スマァァァッシュ!!!」

 

 音が、爆発した。

 ヴィランの体が風圧で宙を舞い、建物の壁を貫いて消える。

 残ったのは、焦げた地面と、静寂。

 ……終わった。

 フィールドがゆっくりと解ける。

 緊張が途切れた瞬間、膝が勝手に折れた。

 体が重い。

 視界が揺れる。

 

「ふくいん君!!」

 

 トガの声が聞こえた。

 次の瞬間、腕の中に柔らかな重み。

 彼女が僕の胸に顔をうずめて泣いていた。

 

「よかった……生きてる……! ほんとに、生きてるんだ……!」

 

 その声が震えている。

 涙が包帯に落ちて、温かかった。

 僕はゆっくりと彼女の背に手を置いた。

 指先が震える。

 

「……君こそ、ケガはない?」

「ないよ……! でも……怖かった……!」

「そうか。なら……よかった」

 

 息を吐く。

 胸の奥のコアが、穏やかに光を放つ。

 

 ──守れた。

 

 この手で、ちゃんと。

 空には夕陽。

 その光の中で、トガの涙が宝石のように光っていた。

 遠くで、オールマイトが救助隊に指示を出している。

 その背中は──まさに“象徴”の名にふさわしかった。

 僕は、少しだけ笑う。

 そして、静かに目を閉じた。

 ──また、明日も。

 君と笑えますように。

 




最後まで読んでくれてありがとうございます!
今回はやっとエヴァの姿を出せました。
先の展開を考えずに一話目から突っ走った結果、だいぶ遅くなっちゃいました。

主人公には味方もヒーローの知り合いもいないので、
どう“エヴァになる”のかを悩んだ末に「変身」という形にしました。
ちょっと勢い任せなところもありますが、
楽しんでもらえたら嬉しいです!
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