瓦礫の中を、潮風が吹き抜けていった。
崩れたビルの破片が散らばり、焦げた匂いがまだ漂っている。
世界は確かに“日常”へと戻りつつあった。
ヴィランはすでに警察に取り押さえられ、オールマイトの姿がその中心にある。
夕日を背に立つ“象徴”のシルエット。
誰もがその存在に安堵していた。
だが──その輪の少し外で、僕は立ち尽くしていた。
紫の装甲に覆われた体。
両腕を下げ、まだ呼吸の仕方さえわからない。
波打つように胸の奥が重く、熱い。
少し離れた所に、トガちゃんがいた。
先生に寄り添われながら、何度も僕の方を振り返っている。
怯えてはいない。けれど、どこか心配そうな目だった。
「……君が、あの防御壁を出したのかね?」
警察官が近づいてくる。
僕はうなずいた。声が少し低く響く。
「はい。皆を守るために」
警察官は腕を組み、小さく息をついた。
「今回は子どもを守るためとはいえ、危険な行為だった。
次からは気をつけるんだよ。ヒーローや警察を呼ぶだけでもいい」
「……はい」
それだけ答えると、妙に心が軽くなった。
叱られたのに、不思議と“現実”に戻った気がした。
警察官が去ると、オールマイトが歩み寄ってくる。
風が吹き、マントがはためいた。
至近距離で見ると、彼の存在は圧倒的だった。
「よくやってくれた、少年」
その声は、やさしく、どこか父親のようでもあった。
「君のおかげでけが人はゼロだった。勇気ある行動に、心から感謝する」
「……いえ。僕は、ただ──目の前の子を助けたかっただけです」
「それで十分だよ。人を守ろうとする気持ちが、ヒーローの原点だからね」
そう言って笑うオールマイトの顔に、
僕は少しだけ救われた気がした。
だが、彼の視線がゆっくりと僕の全身に移る。
全身は深い紫の装甲に包まれ、所々に黒と緑のラインが走っている。
肩の上には突き出た二枚の装甲板。
両腕と脚には、筋肉のようにしなやかに動く装甲が密着していた。
頭部には一本の角。
その奥、二つの緑に輝く双眸が淡く光っている。
まるで金属と肉体の境界が溶け合ったような異形。
機械のようでいて、生きている。
呼吸のたび、装甲の隙間から白い蒸気が漏れ出ていた。
その姿を、オールマイトは真剣な目で見つめていた。
僕はただ黙って、その視線を受け止めた。
「ところで、その姿……それも“個性”なのかい?」
「……たぶん、そうです」
「そうか。だが、そろそろ元に戻ったほうがいい。
いつまでも君が“戦闘態勢”をとっていたら、周りが心配するからね」
その言葉に、僕は一瞬黙り、頭をかいた。
「……実は、戻り方が分からなくて」
「なに?」
オールマイトの表情が固まった。
警察官もこちらを振り返る。
「えっと……これ、初めて“こうなった”んです。
どうすればいいのか、僕にも分からない」
オールマイトは少し考え込み、
「うむ……」と顎に手を当てた。
「トガちゃん!」
声が聞こえて振り向くと、彼女が駆け寄ってきた。
泣きはらした目のまま、僕を見上げる。
「ふくいん君……大丈夫なの?」
「うん、大丈夫。……たぶん、ね」
なるべく優しい声を出したつもりだった。
でも、その巨大な指がわずかに震えているのを自分で感じていた。
「……どうしようか」
つぶやくと、オールマイトは少しだけ微笑んだ。
「まずは落ち着こう。医療チームに診てもらうのがいい。
それに、もし戻れなくても──君は君だ。心が乱れていなければ大丈夫だ」
その言葉に、胸の奥が少しあたたかくなる。
装甲の下で、心臓の音が静かに響いた。
──大丈夫。きっと、戻れる。
そう思いながら、僕は遠くの海を見た。
夕暮れの光が、灰紫の外殻に淡く反射していた。
◇◇◇◇
警察の事情聴取が終わったあと、現場の片づけが少しずつ進み始めていた。
空には夜の気配が濃く、街灯がちらちらと明滅している。
オールマイトは救助隊と共に最後の確認をしており、
僕はその少し離れた場所で、引率の女性の先生と話していた。
「ふくいん君、本当に大丈夫? あんなに動いて、体に異常はない?」
心配そうな先生の声。
僕は少しうなずいて、穏やかに答えた。
「ええ、平気です。ただ……この姿から戻れなくて」
「戻れない?」
先生が目を見開く。僕は苦笑した。
「ええ、初めてこうなったんです。どうすれば元に戻るのか、僕にも……」
先生はしばらく考え込んだあと、腕を組んだ。
「そうね……病院で診てもらった方がいいかも。けど、夜だし……」
その時、ふと記憶の奥からひとつの光景が浮かぶ。
白い部屋、機械の音、個性を調べてもらったあの日のこと──。
「あっ、そうだ。先生、この近くに“個性診断”をしてもらった診療所があります。
僕の個性の記録が残ってるはずです。
もしかしたら、今のこの状態を説明できるかもしれません」
女性の先生は目を輝かせて言った。
「それはいい考えね。すぐに連絡してみるわ」
スマホを取り出し、慌ただしく電話をかける先生。
通話の向こうに驚いた声が聞こえ、事情を手短に説明している。
少しして、先生が振り返った。
「よかった。休日だけど今日はやってるみたい。
事情を話したら、“今から診てくれる”って」
安堵の息が漏れた。
「助かりました……ありがとうございます」
「歩けそう?」
「ええ、問題ありません」
先生がうなずいたところで、後ろから声がした。
「ふくいん君……」
振り向くと、トガちゃんがいた。
毛布を羽織り、小さな手でぎゅっと裾を握りしめている。
「行っちゃうの?」
「うん、少しだけ診てもらうよ」
彼女は不安そうに眉を寄せた。
「じゃあ、あたしも行く」
その言葉に、僕はそっと首を振った。
「だめだよ。今日はみんなと一緒に先生と帰って。
遅くなると、君のご両親が心配する」
トガは唇をかみ、しばらく黙っていたが、
やがて小さくうなずいた。
「……わかった。でも、ちゃんと帰ってきてね」
その瞳が、涙をこらえるように揺れる。
僕は少し笑って、頷いた。
「約束するよ。だから、トガちゃんも気をつけて」
「うん……」
彼女は先生のもとへ戻り、振り返って小さく手を振った。
僕はその手に、ゆっくりと手を上げて応えた。
──必ず、戻る。
そう心の中で呟きながら、僕は先生とともに診療所の方へ歩き出した。
街灯の明かりが装甲に反射して、冷たい夜の道を照らしていた。
◇◇◇◇
診療所の前に立つと、夜の冷たい風が頬を撫でた。
「赤木クリニック」──白い看板の下に淡いライトが灯っている。
この場所に来るのは、もう四年ぶりだった。
扉を押して中へ入ると、受付の女性が顔を上げた。
「いらっしゃいませ。ご予約は……?」
「以前こちらで“個性診断”を受けた新世福音です。
先ほど先生にお電話しました。急で申し訳ありませんが、診ていただけますか?」
受付の女性は驚いたように目を見開いた。
画面を確認し、少ししてから顔を上げる。
「新世くんですね。──赤木先生が“すぐに通してほしい”とのことです。どうぞ奥へ」
案内されて、廊下を進む。
清潔な消毒液の匂い。
扉の向こうに、どこか懐かしい電子音が響いていた。
僕はドアをノックし、静かに開けた。
「失礼します」
──そこにいたのは、“あの時”と同じ人。
白衣を着た女性が、端末を見つめながら椅子に腰掛けていた。
金色の髪を後ろで束ね、冷静な眼差しでこちらを見る。
その姿は──“エヴァンゲリオン”の赤木リツコそのもの。
けれど、僕は知っている。
この人の本当の性別は男性だということを。
普段は男性体だが、子ども相手の診療ではこの姿で接している。
「……お久しぶりね、新世くん」
柔らかな声。
それでも、どこか理性的で冷たい響きがあった。
「お久しぶりです、赤木先生」
僕がそう言うと、先生は微笑んだ。
「その恰好は……驚いたわね。でも気にしなくていいわ。
今日は子どもの診察が多くて、私もこの姿で“個性”を使ってるだけ。気楽にして」
「大丈夫です。むしろ……その方が、話しやすいですから」
「そう。ならよかったわ」
彼女──いや、彼──は端末を閉じ、僕に視線を向ける。
そして事務的な口調で言った。
「本人確認をさせてね。名前、年齢、個性名をもう一度」
「名前は新世福音。年齢は、今年で八歳になります。
個性名は“人造人間”です」
先生の指が止まった。
数秒の沈黙ののち、懐かしむように微笑む。
「もう四年になるのね。あなたが初めてここに来た時は、泣きも笑いもしない子だった。
……ずいぶん、変わったじゃない」
「その節はお世話になりました。先生のおかげで、こうして生きています」
赤木先生はくすりと笑った。
「相変わらず“子ども離れした”口ぶりね。
でも今日は──その姿、どうしたの?」
彼の瞳が、僕の腕、胸、そして装甲の継ぎ目を丹念に追う。
その眼差しは研究者のそれだった。
僕は軽く息を整え、今日の出来事を順に話し始めた。
「今日、孤児院のボランティアで海岸の清掃に行ったんです。
帰り道、ヴィランに襲われました。
そのとき、子どもたちと……トガちゃんを守らなきゃと思って。
気づいたら、この姿になっていました」
先生の表情が、わずかに引き締まる。
端末に指を走らせ、静かに呟いた。
「……無意識で発動、ね。意図的ではなく、自己防衛反応としての変化」
目を細め、顎に手を当てて考え込む。
そして、冷静な声で言った。
「……なるほど。ヴィランとの交戦時に、精神的な衝撃が引き金になった可能性が高いわね。
ただ、正確な判定をするには、もう少しデータが必要。
──普段との違いを“感覚的”でいいから教えてくれる?」
僕は少し考え、息を整えた。
言葉を選びながら、順に答えていく。
「まず……この姿、外から見れば装甲のように見えると思います。
でも、感触としては“着ている”というより、“体そのものが硬化している”感じです。
自分の皮膚が金属と同化したみたいで……動かしても違和感はない。
むしろ、軽いくらいです」
赤木先生は無言で頷き、端末にメモを打ち込む。
「身体能力は?」
「上がっています。
まるで、これまで“セーブ”されていた力が解除されたような感覚です。
反応速度も明らかに上がっていて、ヴィランの攻撃にも“考える前に”フィールドを張ることができました」
「ふむ……エネルギー効率そのものが上がっているのね。
では、“フィールド”は?」
「はい。
A.T.フィールド──防御の力ですが、今回は“目に見える形”で現れました。
これまでは感覚的に展開していたんです。
でも、今はオレンジ色の八角形の光として“構造”を保ってる。
しかも、出力が上がっているのが分かるんです。
まるで、意志そのものが形になったような……そんな感じで」
自分で言いながら、胸の奥が静かに熱を帯びていく。
赤木先生はその言葉を一つひとつ噛みしめるように聞いていた。
そして、低い声で呟く。
「……興味深いわね。
外部からの補助なしに、ここまで安定した出力を出せる子どもは、聞いたことがない。
つまり──あなたの“個性”は、進化した可能性がある」
彼の目が、端末のモニターから僕に向く。
その瞳の奥には、研究者特有の冷たい好奇心が宿っていた。
彼の目が、端末のモニターから僕に向く。
その瞳の奥には、研究者特有の冷たい好奇心が宿っていた。
「……今一番困っているのは、“戻り方”がわからないこと、であっている?」
「はい。気づいたらこの姿になっていて、どうやって戻ればいいのかまったく……」
赤木先生は小さく頷き、椅子の背に寄りかかった。
白衣の袖を組み、少し思案するように顎に手を当てる。
「精神的な要素が関係しているのかもしれないわね」
「精神的な、ですか?」
「ええ。急なヴィランとの遭遇、命の危機。
あなたの“本能”が、自分と仲間を守るためにその姿を選んだ可能性がある。
──そして、いまは“体の変化”に“心”が追いついていない。
そのアンバランスが、“戻れない”という状態を生んでいるのかもしれないわ」
僕は少し驚いて、無意識に胸のコアに手を当てた。
脈打つ光は、確かに心臓の鼓動と重なっているように感じる。
「……たしかに、そんな気がします。
守らなきゃ、って思った瞬間、何も考えずに体が勝手に……」
「ええ。そういう“暴走”は、子どもにはよくあることよ」
先生はわずかに微笑んだ。
それは慰めではなく、医師としての穏やかな言葉だった。
「心配しすぎると、かえって状態を悪化させてしまう。
今は“心を落ち着ける”ことが一番大事よ」
僕は首を傾げた。
「……心を、落ち着ける?」
「ええ。
あなたにとって“心が休まる瞬間”を思い浮かべてみて。
その情景を、できるだけ鮮明に思い出すの」
「どうしてですか?」
「“個性”は、感情や精神と深く結びついているの。
普段の状態に心を近づければ、体もそれに合わせて“戻ろう”とする。
暴走型の個性の場合、心の安定が解除のきっかけになることもあるのよ」
彼の声は静かだったが、どこか安心を与える響きがあった。
研究者の冷徹さの奥に、確かな“人”の温度があった。
僕は深く息を吸い、目を閉じる。
心が休まる場所──
浮かんだのは、孤児院のみんなが笑っていたあの食堂。
焼き菓子の甘い匂い、夕陽に照らされたテーブル、柔らかな木の床。
そして、その中で僕の目の前にいる“彼女”。
僕を見て、笑ってくれる少女。
──トガちゃん。
その笑顔を思い浮かべるだけで、胸の奥のコアがゆっくりと脈打った。
あれが、僕の“幸せな日常”だ。
……そう、心の中で強く願った瞬間。
体の奥から、温かな光があふれ出した。
それは眩しいほどに柔らかく、けれど確かに“力”を感じる輝きだった。
赤木先生が一歩、椅子を引く音。
視界が白に染まり、次の瞬間──
全身を覆っていた装甲が、光の粒になって静かに消えていった。
重さが抜ける。
まるで長い夢から目覚めるように、体が軽くなる。
僕は息を整えながら、自分の手を見下ろした。
──装甲は消えている。灰色の肌も戻り、普段の体に。
けれど。
「……あれ?」
思わず声が漏れる。
何かが、違う。
いや、違いすぎる。
視線を落とすと、着ていた服も包帯も──どこにもなかった。
全身は完全に素肌。
あわてて体を隠す僕を見て、赤木先生はまったく動じず、端末を操作していた。
「ふむ……予想通りね」
「……よ、予想通り!?」
「ええ。装甲をまとう際、皮膚の上に直接“再構成”される構造になっているようね。
つまり、体表の布や繊維は干渉して消滅してしまう。
──簡単に言えば、“服ごと換装”するタイプの個性ってことよ」
「……冷静ですね、先生」
僕が呆れたように言うと、赤木先生は淡々と答えた。
「よくあることだから。
同系統の“生体装甲型”の個性では、ままある現象よ」
「そう……ですか……」
頬を赤くしながら、僕はそっと視線を逸らす。
先生は端末を閉じ、ふっと表情をやわらげた。
「なにはともあれ、無事に戻れてよかったわ。
“戻れる”ということが確認できたのは大きいわね」
「はい……本当に、ありがとうございます」
「お礼なんていらないわ。医者として、役に立てたならそれで十分よ。
──ああ、それと」
先生は棚から何かを取り出し、僕に差し出した。
「帰り用の服。サイズはあなたに合わせてあるわ。おまけのプレゼントってことで」
「助かります……」
僕は深く頭を下げた。
袖を通しながら、胸の奥に小さな安堵が灯る。
──戻れた。
人としての“僕”に。
赤木先生はそれを見届けると、少し笑って言った。
「今日のことはすぐ記録して、役所に申請しておくわ。
君の個性“人造人間”が、正式に新段階に入った証拠としてね」
「……ありがとうございます」
「ふふ。ほんと、しっかりしてる子ね。
でも、今日はもう帰ってゆっくり休みなさい。
心と体、両方の充電を忘れないように」
その言葉に、僕は素直に頷いた。
診療所を出ると、夜風が包帯のない頬を撫でた。
──あたたかい。
光の余韻がまだ残る体を感じながら、僕はそっと空を見上げた。
◇◇◇◇
翌日。
連休二日目の孤児院は、朝からにぎやかだった。
食堂からはスープの香り、庭からは笑い声。
けれど今日は、いつもより少し“熱”を帯びた空気が流れていた。
「なぁ、新世兄ちゃん!」
「頼みたいことがあるんだ、ちょっと!」
「一度でいいから、もう一回“あの姿”を見せてくれよ!」
朝食を片付けようとしていた僕は、振り返って固まった。
目の前には、興奮気味の子どもたちがずらりと並んでいた。
「昨日の“アレ”、めっちゃカッコよかったもん!」
「紫のやつ! バリアのやつ!」
「オールマイトと一緒に映ってたんだよ! SNSでも話題になってるんだ!」
どうやら昨夜のニュースとSNSが火種らしい。
オールマイトがヴィランを撃退する映像の中に、“紫色の人間”──僕の姿が映っていたのだ。
映像を見た人たちは口々にこう言っていた。
『オールマイトの隣に、見たことのないヒーローがいる』
『あれ、誰? 新しいヒーロー?』
だがその正体は、ただの孤児院の子ども。
ヒーローでも、プロでもない。
それでも、同じ屋根の下に“時の人”がいると思ったらしい子どもたちは、もう大はしゃぎだった。
「兄ちゃんがニュースに出てたとか、スゴすぎ!」
「オレンジの“壁”もう一回出してよ!」
わいわいと囲まれる中、僕はただ苦笑するしかなかった。
「いや、その……今はちょっと、できないかもしれないんだ」
「えー! なんでよー!」
「もう一回だけでいいから!」
子どもたちの声が重なる中、玄関の方から声が響いた。
「──ふくいん君!」
振り向くと、トガちゃんが立っていた。
小さなリュックを抱え、髪を結んだまま走ってきたらしく、頬は少し赤い。
「よかった、帰ってきてた……!」
そう言って笑う顔に、少し安堵の色が見えた。
「トガちゃん。来てくれたんだね」
「うん! 昨日のこと、ニュースでもやってたの! みんなすごく心配してたけど……ほんと、よかった」
そう言って周りの騒ぎに目を向ける。
「……で、この騒ぎはなんですか?」
僕は肩をすくめた。
「みんなね、昨日の僕の姿をもう一度見たいんだって」
「ふくいん君の“あのカッコイイやつ”?」
「まぁ、そうなるね」
トガは首をかしげた。
「でも、なんでそんな困った顔してるの?」
僕は少し照れたように笑う。
「……今度は、なり方がわからないんだ」
トガはきょとんとしたあと──
「わお」
と小さく声を漏らした。
◇◇◇◇
子どもたちに押し出されるようにして、僕とトガちゃんは庭の奥に出た。
彼らは口々に「練習してくるといい!」と言いながら、笑って背中を押してくれた。
まるでヒーローショーの再演でも待っているかのようだ。
僕は芝生の上に立ち、腕を組んで考え込む。
「さて……どうしたものか」
トガちゃんは両手を腰に当てて、うーんとうなっていた。
「昨日は、どうやって元に戻ったの?」
僕は少し考えてから答えた。
「うん……診療所で、赤木先生に“心の落ち着く場所”を思い浮かべるように言われてね。
そのとき、孤児院のみんなや……トガちゃんの笑顔を思い出したんだ。
そしたら体が光に包まれて──気づいたら戻ってた」
「ほえぇ~」
トガちゃんは目を丸くして感心したようにうなずく。
僕もつられて苦笑しながら、腕を組んだまま空を見上げた。
「でも、あれは“戻る”イメージだった。
今度は“なる”方を思い出さないと……」
トガちゃんは小首をかしげながら言った。
「でもさ、ふくいん君。服とかなくなっちゃうんでしょ? それ、ちょっとおもしろいね!」
僕は苦笑して問い返す。
「どうしてそんなに嬉しそうなんだい?」
トガちゃんは、にへっと笑って答えた。
「だって、わたしの“個性”と似てるもん。
わたしもね、変身するとき、服なくなっちゃうの。だからちょっと、わかる気がするの」
その言葉を聞いた瞬間、僕の中で何かが“繋がった”。
──変身。
トガちゃんの個性の名。
姿が変わるという行為。
あれはまさに、昨日自分が体験した“形を変える瞬間”そのものだった。
(……そうか。僕の“なり方”も、変身なんだ)
僕は目を閉じ、呼吸を整える。
昨日のように“戻る”ためではなく──“なっていく”ために。
脳裏に、遠い記憶がよみがえる。
エントリープラグが後方から機体の背中に滑り込む。
肩部のロックが外れる音。
腕、脚、胸の拘束が次々に解除されていく。
格納庫の無機質な光がちらつく。
足元のレールが動き出し、巨大な体がゆっくりと前へ──射出口へと移動を始める。
その静寂を破るように、明るくも力強い女性の声が響く。
「エヴァンゲリオン、発進!」
その合図と同時に、機体が上へと押し上げられる。
轟音。
光。
視界が一気に白に染まり、次の瞬間、上昇のGが全身を包み込む。
──上昇。
舗装された地面が四角く割れ、煙を上げて開く。
真下から光が溢れ、エヴァ初号機が勢いよく射出され急停止する。
そして──その衝撃で、顔が自然と上を向く。
気づけば僕は、あの懐かしい映像の中にいた。
「……ふくいん君!」
トガちゃんの声が現実へ引き戻す。
目を開けると、彼女が一歩後ずさっていた。
目を大きく見開き、指をさしている。
「また……かわってるよ!」
僕は反射的に近くの鏡へ駆け寄った。
そこに映っていたのは──紫の装甲、鋭い肩、光る双眸。
昨日と同じ、いやそれ以上に“鮮やかな”初号機の姿。
トガちゃんは息をのんだあと、小さく呟いた。
「……かっこいい」
僕は拳を握りしめ、深く息を吐いた。
「──これだ」
今回も少しゆったりめの進行になりました。
テンポはゆっくりですが、着実に物語が動いているので、気長に楽しんでいただけたら嬉しいです。