僕のヒーローアカデミア 偽りの福音   作:ペプシ飲みたいマン

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第七話 笑顔が導いた変身

 瓦礫の中を、潮風が吹き抜けていった。

 崩れたビルの破片が散らばり、焦げた匂いがまだ漂っている。

 世界は確かに“日常”へと戻りつつあった。

 

 ヴィランはすでに警察に取り押さえられ、オールマイトの姿がその中心にある。

 夕日を背に立つ“象徴”のシルエット。

 誰もがその存在に安堵していた。

 

 だが──その輪の少し外で、僕は立ち尽くしていた。

 紫の装甲に覆われた体。

 両腕を下げ、まだ呼吸の仕方さえわからない。

 波打つように胸の奥が重く、熱い。

 

 少し離れた所に、トガちゃんがいた。

 先生に寄り添われながら、何度も僕の方を振り返っている。

 怯えてはいない。けれど、どこか心配そうな目だった。

 

「……君が、あの防御壁を出したのかね?」

 

 警察官が近づいてくる。

 僕はうなずいた。声が少し低く響く。

 

「はい。皆を守るために」

 

 警察官は腕を組み、小さく息をついた。

 

「今回は子どもを守るためとはいえ、危険な行為だった。

 次からは気をつけるんだよ。ヒーローや警察を呼ぶだけでもいい」

 

「……はい」

 

 それだけ答えると、妙に心が軽くなった。

 叱られたのに、不思議と“現実”に戻った気がした。

 

 警察官が去ると、オールマイトが歩み寄ってくる。

 風が吹き、マントがはためいた。

 至近距離で見ると、彼の存在は圧倒的だった。

 

「よくやってくれた、少年」

 

 その声は、やさしく、どこか父親のようでもあった。

 

「君のおかげでけが人はゼロだった。勇気ある行動に、心から感謝する」

 

「……いえ。僕は、ただ──目の前の子を助けたかっただけです」

 

「それで十分だよ。人を守ろうとする気持ちが、ヒーローの原点だからね」

 

 そう言って笑うオールマイトの顔に、

 僕は少しだけ救われた気がした。

 

 だが、彼の視線がゆっくりと僕の全身に移る。

 

 全身は深い紫の装甲に包まれ、所々に黒と緑のラインが走っている。

 肩の上には突き出た二枚の装甲板。

 両腕と脚には、筋肉のようにしなやかに動く装甲が密着していた。

 頭部には一本の角。

 その奥、二つの緑に輝く双眸が淡く光っている。

 

 まるで金属と肉体の境界が溶け合ったような異形。

 機械のようでいて、生きている。

 呼吸のたび、装甲の隙間から白い蒸気が漏れ出ていた。

 

 その姿を、オールマイトは真剣な目で見つめていた。

 僕はただ黙って、その視線を受け止めた。

 

「ところで、その姿……それも“個性”なのかい?」

 

「……たぶん、そうです」

 

「そうか。だが、そろそろ元に戻ったほうがいい。

 いつまでも君が“戦闘態勢”をとっていたら、周りが心配するからね」

 

 その言葉に、僕は一瞬黙り、頭をかいた。

 

「……実は、戻り方が分からなくて」

 

「なに?」

 

 オールマイトの表情が固まった。

 警察官もこちらを振り返る。

 

「えっと……これ、初めて“こうなった”んです。

 どうすればいいのか、僕にも分からない」

 

 オールマイトは少し考え込み、

「うむ……」と顎に手を当てた。

 

「トガちゃん!」

 

 声が聞こえて振り向くと、彼女が駆け寄ってきた。

 泣きはらした目のまま、僕を見上げる。

 

「ふくいん君……大丈夫なの?」

 

「うん、大丈夫。……たぶん、ね」

 

 なるべく優しい声を出したつもりだった。

 でも、その巨大な指がわずかに震えているのを自分で感じていた。

 

「……どうしようか」

 

 つぶやくと、オールマイトは少しだけ微笑んだ。

 

「まずは落ち着こう。医療チームに診てもらうのがいい。

 それに、もし戻れなくても──君は君だ。心が乱れていなければ大丈夫だ」

 

 その言葉に、胸の奥が少しあたたかくなる。

 装甲の下で、心臓の音が静かに響いた。

 

 ──大丈夫。きっと、戻れる。

 

 そう思いながら、僕は遠くの海を見た。

 夕暮れの光が、灰紫の外殻に淡く反射していた。

 

 

 ◇◇◇◇

 

 

 警察の事情聴取が終わったあと、現場の片づけが少しずつ進み始めていた。

 空には夜の気配が濃く、街灯がちらちらと明滅している。

 オールマイトは救助隊と共に最後の確認をしており、

 僕はその少し離れた場所で、引率の女性の先生と話していた。

 

「ふくいん君、本当に大丈夫? あんなに動いて、体に異常はない?」

 

 心配そうな先生の声。

 僕は少しうなずいて、穏やかに答えた。

 

「ええ、平気です。ただ……この姿から戻れなくて」

 

「戻れない?」

 

 先生が目を見開く。僕は苦笑した。

 

「ええ、初めてこうなったんです。どうすれば元に戻るのか、僕にも……」

 

 先生はしばらく考え込んだあと、腕を組んだ。

 

「そうね……病院で診てもらった方がいいかも。けど、夜だし……」

 

 その時、ふと記憶の奥からひとつの光景が浮かぶ。

 白い部屋、機械の音、個性を調べてもらったあの日のこと──。

 

「あっ、そうだ。先生、この近くに“個性診断”をしてもらった診療所があります。

 僕の個性の記録が残ってるはずです。

 もしかしたら、今のこの状態を説明できるかもしれません」

 

 女性の先生は目を輝かせて言った。

 

「それはいい考えね。すぐに連絡してみるわ」

 

 スマホを取り出し、慌ただしく電話をかける先生。

 通話の向こうに驚いた声が聞こえ、事情を手短に説明している。

 少しして、先生が振り返った。

 

「よかった。休日だけど今日はやってるみたい。

 事情を話したら、“今から診てくれる”って」

 

 安堵の息が漏れた。

 

「助かりました……ありがとうございます」

「歩けそう?」

「ええ、問題ありません」

 

 先生がうなずいたところで、後ろから声がした。

 

「ふくいん君……」

 

 振り向くと、トガちゃんがいた。

 毛布を羽織り、小さな手でぎゅっと裾を握りしめている。

 

「行っちゃうの?」

「うん、少しだけ診てもらうよ」

 

 彼女は不安そうに眉を寄せた。

 

「じゃあ、あたしも行く」

 

 その言葉に、僕はそっと首を振った。

 

「だめだよ。今日はみんなと一緒に先生と帰って。

 遅くなると、君のご両親が心配する」

 

 トガは唇をかみ、しばらく黙っていたが、

 やがて小さくうなずいた。

 

「……わかった。でも、ちゃんと帰ってきてね」

 

 その瞳が、涙をこらえるように揺れる。

 僕は少し笑って、頷いた。

 

「約束するよ。だから、トガちゃんも気をつけて」

 

「うん……」

 

 彼女は先生のもとへ戻り、振り返って小さく手を振った。

 僕はその手に、ゆっくりと手を上げて応えた。

 

 ──必ず、戻る。

 

 そう心の中で呟きながら、僕は先生とともに診療所の方へ歩き出した。

 街灯の明かりが装甲に反射して、冷たい夜の道を照らしていた。

 

 

 ◇◇◇◇

 

 

 診療所の前に立つと、夜の冷たい風が頬を撫でた。

「赤木クリニック」──白い看板の下に淡いライトが灯っている。

 この場所に来るのは、もう四年ぶりだった。

 

 扉を押して中へ入ると、受付の女性が顔を上げた。

 

「いらっしゃいませ。ご予約は……?」

 

「以前こちらで“個性診断”を受けた新世福音です。

 先ほど先生にお電話しました。急で申し訳ありませんが、診ていただけますか?」

 

 受付の女性は驚いたように目を見開いた。

 画面を確認し、少ししてから顔を上げる。

 

「新世くんですね。──赤木先生が“すぐに通してほしい”とのことです。どうぞ奥へ」

 

 案内されて、廊下を進む。

 清潔な消毒液の匂い。

 扉の向こうに、どこか懐かしい電子音が響いていた。

 

 僕はドアをノックし、静かに開けた。

 

「失礼します」

 

 ──そこにいたのは、“あの時”と同じ人。

 

 白衣を着た女性が、端末を見つめながら椅子に腰掛けていた。

 金色の髪を後ろで束ね、冷静な眼差しでこちらを見る。

 その姿は──“エヴァンゲリオン”の赤木リツコそのもの。

 けれど、僕は知っている。

 

 この人の本当の性別は男性だということを。

 普段は男性体だが、子ども相手の診療ではこの姿で接している。

 

「……お久しぶりね、新世くん」

 

 柔らかな声。

 それでも、どこか理性的で冷たい響きがあった。

 

「お久しぶりです、赤木先生」

 

 僕がそう言うと、先生は微笑んだ。

 

「その恰好は……驚いたわね。でも気にしなくていいわ。

 今日は子どもの診察が多くて、私もこの姿で“個性”を使ってるだけ。気楽にして」

 

「大丈夫です。むしろ……その方が、話しやすいですから」

 

「そう。ならよかったわ」

 

 彼女──いや、彼──は端末を閉じ、僕に視線を向ける。

 そして事務的な口調で言った。

 

「本人確認をさせてね。名前、年齢、個性名をもう一度」

 

「名前は新世福音。年齢は、今年で八歳になります。

 個性名は“人造人間”です」

 

 先生の指が止まった。

 数秒の沈黙ののち、懐かしむように微笑む。

 

「もう四年になるのね。あなたが初めてここに来た時は、泣きも笑いもしない子だった。

 ……ずいぶん、変わったじゃない」

 

「その節はお世話になりました。先生のおかげで、こうして生きています」

 

 赤木先生はくすりと笑った。

 

「相変わらず“子ども離れした”口ぶりね。

 でも今日は──その姿、どうしたの?」

 

 彼の瞳が、僕の腕、胸、そして装甲の継ぎ目を丹念に追う。

 その眼差しは研究者のそれだった。

 

 僕は軽く息を整え、今日の出来事を順に話し始めた。

 

「今日、孤児院のボランティアで海岸の清掃に行ったんです。

 帰り道、ヴィランに襲われました。

 そのとき、子どもたちと……トガちゃんを守らなきゃと思って。

 気づいたら、この姿になっていました」

 

 先生の表情が、わずかに引き締まる。

 端末に指を走らせ、静かに呟いた。

 

「……無意識で発動、ね。意図的ではなく、自己防衛反応としての変化」

 

 目を細め、顎に手を当てて考え込む。

 そして、冷静な声で言った。

 

「……なるほど。ヴィランとの交戦時に、精神的な衝撃が引き金になった可能性が高いわね。

 ただ、正確な判定をするには、もう少しデータが必要。

 ──普段との違いを“感覚的”でいいから教えてくれる?」

 

 僕は少し考え、息を整えた。

 言葉を選びながら、順に答えていく。

 

「まず……この姿、外から見れば装甲のように見えると思います。

 でも、感触としては“着ている”というより、“体そのものが硬化している”感じです。

 自分の皮膚が金属と同化したみたいで……動かしても違和感はない。

 むしろ、軽いくらいです」

 

 赤木先生は無言で頷き、端末にメモを打ち込む。

 

「身体能力は?」

 

「上がっています。

 まるで、これまで“セーブ”されていた力が解除されたような感覚です。

 反応速度も明らかに上がっていて、ヴィランの攻撃にも“考える前に”フィールドを張ることができました」

 

 

「ふむ……エネルギー効率そのものが上がっているのね。

 では、“フィールド”は?」

 

「はい。

 A.T.フィールド──防御の力ですが、今回は“目に見える形”で現れました。

 これまでは感覚的に展開していたんです。

 でも、今はオレンジ色の八角形の光として“構造”を保ってる。

 しかも、出力が上がっているのが分かるんです。

 まるで、意志そのものが形になったような……そんな感じで」

 

 自分で言いながら、胸の奥が静かに熱を帯びていく。

 赤木先生はその言葉を一つひとつ噛みしめるように聞いていた。

 そして、低い声で呟く。

 

「……興味深いわね。

 外部からの補助なしに、ここまで安定した出力を出せる子どもは、聞いたことがない。

 つまり──あなたの“個性”は、進化した可能性がある」

 

 彼の目が、端末のモニターから僕に向く。

 その瞳の奥には、研究者特有の冷たい好奇心が宿っていた。

 

 彼の目が、端末のモニターから僕に向く。

 その瞳の奥には、研究者特有の冷たい好奇心が宿っていた。

 

「……今一番困っているのは、“戻り方”がわからないこと、であっている?」

 

「はい。気づいたらこの姿になっていて、どうやって戻ればいいのかまったく……」

 

 赤木先生は小さく頷き、椅子の背に寄りかかった。

 白衣の袖を組み、少し思案するように顎に手を当てる。

 

「精神的な要素が関係しているのかもしれないわね」

 

「精神的な、ですか?」

 

「ええ。急なヴィランとの遭遇、命の危機。

 あなたの“本能”が、自分と仲間を守るためにその姿を選んだ可能性がある。

 ──そして、いまは“体の変化”に“心”が追いついていない。

 そのアンバランスが、“戻れない”という状態を生んでいるのかもしれないわ」

 

 僕は少し驚いて、無意識に胸のコアに手を当てた。

 脈打つ光は、確かに心臓の鼓動と重なっているように感じる。

 

「……たしかに、そんな気がします。

 守らなきゃ、って思った瞬間、何も考えずに体が勝手に……」

 

「ええ。そういう“暴走”は、子どもにはよくあることよ」

 

 先生はわずかに微笑んだ。

 それは慰めではなく、医師としての穏やかな言葉だった。

 

「心配しすぎると、かえって状態を悪化させてしまう。

 今は“心を落ち着ける”ことが一番大事よ」

 

 僕は首を傾げた。

 

「……心を、落ち着ける?」

 

「ええ。

 あなたにとって“心が休まる瞬間”を思い浮かべてみて。

 その情景を、できるだけ鮮明に思い出すの」

 

「どうしてですか?」

 

「“個性”は、感情や精神と深く結びついているの。

 普段の状態に心を近づければ、体もそれに合わせて“戻ろう”とする。

 暴走型の個性の場合、心の安定が解除のきっかけになることもあるのよ」

 

 彼の声は静かだったが、どこか安心を与える響きがあった。

 研究者の冷徹さの奥に、確かな“人”の温度があった。

 

 僕は深く息を吸い、目を閉じる。

 

 心が休まる場所──

 

 

 浮かんだのは、孤児院のみんなが笑っていたあの食堂。

 焼き菓子の甘い匂い、夕陽に照らされたテーブル、柔らかな木の床。

 そして、その中で僕の目の前にいる“彼女”。

 

 僕を見て、笑ってくれる少女。

 

 ──トガちゃん。

 

 その笑顔を思い浮かべるだけで、胸の奥のコアがゆっくりと脈打った。

 

 あれが、僕の“幸せな日常”だ。

 

 ……そう、心の中で強く願った瞬間。

 

 体の奥から、温かな光があふれ出した。

 それは眩しいほどに柔らかく、けれど確かに“力”を感じる輝きだった。

 

 赤木先生が一歩、椅子を引く音。

 

 視界が白に染まり、次の瞬間──

 全身を覆っていた装甲が、光の粒になって静かに消えていった。

 

 重さが抜ける。

 まるで長い夢から目覚めるように、体が軽くなる。

 

 僕は息を整えながら、自分の手を見下ろした。

 ──装甲は消えている。灰色の肌も戻り、普段の体に。

 

 けれど。

 

「……あれ?」

 

 思わず声が漏れる。

 

 何かが、違う。

 いや、違いすぎる。

 

 視線を落とすと、着ていた服も包帯も──どこにもなかった。

 

 全身は完全に素肌。

 あわてて体を隠す僕を見て、赤木先生はまったく動じず、端末を操作していた。

 

「ふむ……予想通りね」

 

「……よ、予想通り!?」

 

「ええ。装甲をまとう際、皮膚の上に直接“再構成”される構造になっているようね。

 つまり、体表の布や繊維は干渉して消滅してしまう。

 ──簡単に言えば、“服ごと換装”するタイプの個性ってことよ」

 

「……冷静ですね、先生」

 

 僕が呆れたように言うと、赤木先生は淡々と答えた。

 

「よくあることだから。

 同系統の“生体装甲型”の個性では、ままある現象よ」

 

「そう……ですか……」

 

 頬を赤くしながら、僕はそっと視線を逸らす。

 

 先生は端末を閉じ、ふっと表情をやわらげた。

 

「なにはともあれ、無事に戻れてよかったわ。

 “戻れる”ということが確認できたのは大きいわね」

 

「はい……本当に、ありがとうございます」

 

「お礼なんていらないわ。医者として、役に立てたならそれで十分よ。

 ──ああ、それと」

 

 先生は棚から何かを取り出し、僕に差し出した。

 

「帰り用の服。サイズはあなたに合わせてあるわ。おまけのプレゼントってことで」

 

「助かります……」

 

 僕は深く頭を下げた。

 袖を通しながら、胸の奥に小さな安堵が灯る。

 

 ──戻れた。

 

 人としての“僕”に。

 

 赤木先生はそれを見届けると、少し笑って言った。

 

「今日のことはすぐ記録して、役所に申請しておくわ。

 君の個性“人造人間”が、正式に新段階に入った証拠としてね」

 

「……ありがとうございます」

 

「ふふ。ほんと、しっかりしてる子ね。

 でも、今日はもう帰ってゆっくり休みなさい。

 心と体、両方の充電を忘れないように」

 

 その言葉に、僕は素直に頷いた。

 診療所を出ると、夜風が包帯のない頬を撫でた。

 

 ──あたたかい。

 

 光の余韻がまだ残る体を感じながら、僕はそっと空を見上げた。

 

 

 ◇◇◇◇

 

 

 翌日。

 連休二日目の孤児院は、朝からにぎやかだった。

 食堂からはスープの香り、庭からは笑い声。

 けれど今日は、いつもより少し“熱”を帯びた空気が流れていた。

 

「なぁ、新世兄ちゃん!」

「頼みたいことがあるんだ、ちょっと!」

「一度でいいから、もう一回“あの姿”を見せてくれよ!」

 

 朝食を片付けようとしていた僕は、振り返って固まった。

 目の前には、興奮気味の子どもたちがずらりと並んでいた。

 

「昨日の“アレ”、めっちゃカッコよかったもん!」

「紫のやつ! バリアのやつ!」

「オールマイトと一緒に映ってたんだよ! SNSでも話題になってるんだ!」

 

 どうやら昨夜のニュースとSNSが火種らしい。

 オールマイトがヴィランを撃退する映像の中に、“紫色の人間”──僕の姿が映っていたのだ。

 

 映像を見た人たちは口々にこう言っていた。

『オールマイトの隣に、見たことのないヒーローがいる』

『あれ、誰? 新しいヒーロー?』

 

 だがその正体は、ただの孤児院の子ども。

 ヒーローでも、プロでもない。

 

 それでも、同じ屋根の下に“時の人”がいると思ったらしい子どもたちは、もう大はしゃぎだった。

 

「兄ちゃんがニュースに出てたとか、スゴすぎ!」

「オレンジの“壁”もう一回出してよ!」

 

 わいわいと囲まれる中、僕はただ苦笑するしかなかった。

「いや、その……今はちょっと、できないかもしれないんだ」

 

「えー! なんでよー!」

「もう一回だけでいいから!」

 

 子どもたちの声が重なる中、玄関の方から声が響いた。

 

「──ふくいん君!」

 

 振り向くと、トガちゃんが立っていた。

 小さなリュックを抱え、髪を結んだまま走ってきたらしく、頬は少し赤い。

 

「よかった、帰ってきてた……!」

 そう言って笑う顔に、少し安堵の色が見えた。

 

「トガちゃん。来てくれたんだね」

 

「うん! 昨日のこと、ニュースでもやってたの! みんなすごく心配してたけど……ほんと、よかった」

 

 そう言って周りの騒ぎに目を向ける。

「……で、この騒ぎはなんですか?」

 

 僕は肩をすくめた。

「みんなね、昨日の僕の姿をもう一度見たいんだって」

 

「ふくいん君の“あのカッコイイやつ”?」

「まぁ、そうなるね」

 

 トガは首をかしげた。

「でも、なんでそんな困った顔してるの?」

 

 僕は少し照れたように笑う。

「……今度は、なり方がわからないんだ」

 

 トガはきょとんとしたあと──

 

「わお」

 

 と小さく声を漏らした。

 

 

 ◇◇◇◇

 

 

 子どもたちに押し出されるようにして、僕とトガちゃんは庭の奥に出た。

 彼らは口々に「練習してくるといい!」と言いながら、笑って背中を押してくれた。

 まるでヒーローショーの再演でも待っているかのようだ。

 

 僕は芝生の上に立ち、腕を組んで考え込む。

 

「さて……どうしたものか」

 

 トガちゃんは両手を腰に当てて、うーんとうなっていた。

 

「昨日は、どうやって元に戻ったの?」

 

 僕は少し考えてから答えた。

 

「うん……診療所で、赤木先生に“心の落ち着く場所”を思い浮かべるように言われてね。

 そのとき、孤児院のみんなや……トガちゃんの笑顔を思い出したんだ。

 そしたら体が光に包まれて──気づいたら戻ってた」

 

「ほえぇ~」

 トガちゃんは目を丸くして感心したようにうなずく。

 

 僕もつられて苦笑しながら、腕を組んだまま空を見上げた。

 

「でも、あれは“戻る”イメージだった。

 今度は“なる”方を思い出さないと……」

 

 トガちゃんは小首をかしげながら言った。

 

「でもさ、ふくいん君。服とかなくなっちゃうんでしょ? それ、ちょっとおもしろいね!」

 

 僕は苦笑して問い返す。

 

「どうしてそんなに嬉しそうなんだい?」

 

 トガちゃんは、にへっと笑って答えた。

 

「だって、わたしの“個性”と似てるもん。

 わたしもね、変身するとき、服なくなっちゃうの。だからちょっと、わかる気がするの」

 

 その言葉を聞いた瞬間、僕の中で何かが“繋がった”。

 

 ──変身。

 

 トガちゃんの個性の名。

 姿が変わるという行為。

 あれはまさに、昨日自分が体験した“形を変える瞬間”そのものだった。

 

(……そうか。僕の“なり方”も、変身なんだ)

 

 僕は目を閉じ、呼吸を整える。

 昨日のように“戻る”ためではなく──“なっていく”ために。

 

 脳裏に、遠い記憶がよみがえる。

 

 エントリープラグが後方から機体の背中に滑り込む。

 肩部のロックが外れる音。

 腕、脚、胸の拘束が次々に解除されていく。

 

 格納庫の無機質な光がちらつく。

 足元のレールが動き出し、巨大な体がゆっくりと前へ──射出口へと移動を始める。

 その静寂を破るように、明るくも力強い女性の声が響く。

 

「エヴァンゲリオン、発進!」

 

 その合図と同時に、機体が上へと押し上げられる。

 轟音。

 光。

 視界が一気に白に染まり、次の瞬間、上昇のGが全身を包み込む。

 

 ──上昇。

 

 舗装された地面が四角く割れ、煙を上げて開く。

 真下から光が溢れ、エヴァ初号機が勢いよく射出され急停止する。

 

 そして──その衝撃で、顔が自然と上を向く。

 

 

 気づけば僕は、あの懐かしい映像の中にいた。

 

「……ふくいん君!」

 

 トガちゃんの声が現実へ引き戻す。

 目を開けると、彼女が一歩後ずさっていた。

 目を大きく見開き、指をさしている。

 

「また……かわってるよ!」

 

 僕は反射的に近くの鏡へ駆け寄った。

 そこに映っていたのは──紫の装甲、鋭い肩、光る双眸。

 昨日と同じ、いやそれ以上に“鮮やかな”初号機の姿。

 

 トガちゃんは息をのんだあと、小さく呟いた。

 

「……かっこいい」

 

 僕は拳を握りしめ、深く息を吐いた。

 

「──これだ」

 

 




今回も少しゆったりめの進行になりました。
テンポはゆっくりですが、着実に物語が動いているので、気長に楽しんでいただけたら嬉しいです。
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