僕のヒーローアカデミア 偽りの福音   作:ペプシ飲みたいマン

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第八話 覚悟のかたち

「福音くん! また服を消したでしょう!」

 

 窓の外はもう暗く、外灯の光がテーブルの上を照らしている。

 僕はその前に立たされ、縮こまりながら返事をした。

 

「……すみません。試したら、また消えてしまって」

 

 先生は腰に手を当て、深くため息をついた。

 母親のような顔で、それでいて本気で心配している。

 

「危ないでしょ。もし誰か見てたらどうするの? 夜中にそんな姿で歩いてたら、通報されちゃうわよ」

 

「……はい。気をつけます」

 

「もう、“はい”じゃなくて、本当に気をつけてね。

 福音くんの“個性”はすごいけど、同時に危険でもあるんだから」

 

 叱る声は厳しいけれど、その奥には確かな優しさがあった。

 僕が何者であっても、ちゃんと“子ども”として叱ってくれる人。

 だからこそ、余計に胸が痛む。

 

「今日はもう寝なさい。反省は明日でもできるから」

 

 そう言われ、僕は静かに頭を下げた。

 背後で先生が片付ける音を聞きながら、廊下を抜けて自分の部屋に戻る。

 

 

 ◇◇◇◇

 

 

 部屋の灯りを落とすと、薄暗い天井が静かに浮かび上がった。

 僕が使っている小さな個室。

 年齢も体の大きさも成長速度も、他の子どもたちとは違うから──自然と、こうなった。

 

 夜は静かだ。

 廊下の奥からは、微かに寝息が聞こえるだけ。

 ここだけが、世界から切り離されたような空間だった。

 そんな中僕は、まだ目を閉じられずにいた。

 

 ──“エヴァの姿になれた”。

 

 思い出すたび、胸の奥が熱くなる。

 かつてスクリーンやテレビの中でしか見たことのなかった存在に、自分が“なった”のだ。

 夢のような、現実離れした出来事。

 けれど、その喜びは長く続かなかった。

 

 昨日──あの街中で見た光景が、脳裏に蘇る。

 崩れる建物。叫ぶ人々。

 そして、子どもたちのすぐそばで笑っていた“ヴィラン”の顔。

 

 あれまで、テレビの向こうの話だった。

 ヒーローとヴィランは遠い存在で、どこか作られた物語のように感じていた。

 でも、違った。

 あの凶器のような笑顔も、血の臭いも、現実だった。

 

 ──僕は、わかっていなかったのかもしれない。

 この世界が、“本当に生きる場所”だということを。

 

 オールマイトがいなければ。

 ほんの数秒、遅れていたら。

 トガちゃんは──いや、僕自身も──どうなっていたか分からない。

 

 その“もしも”を思うだけで、体がわずかに震えた。

 胸の奥で、鼓動が痛いほど響く。

 

「……怖い、のか、僕は」

 

 ぽつりと呟く声が、暗い天井に吸い込まれていく。

 怖い。けれど、あの瞬間──守りたいという気持ちは、確かにあった。

 その気持ちが、今の僕を動かしている。

 

 それでも、不安は消えなかった。

 “次”があったらどうする? 

 オールマイトがいなかったら? 

 僕は、もう一度“守れる”のか? 

 

 考えるほどに、胸の奥が冷たくなっていく。

 

 やがて思考が霧のように薄れていき、意識が遠のいていく。

 

 

 ◇◇◇◇

 

 

 意識が、ふと浮上した。

 耳鳴りのような静寂。

 波の音が、遠くでくぐもって響いている。

 

 ──目を開ける。

 

 そこは、見知らぬ場所だった。

 白い砂浜。

 地平線の果てまで続く、真っ赤な海。

 空は暗くで、光が差しているのにどこか冷たい。

 

 足元を波がなでる。

 その水はぬるく、指先を染めるように赤かった。

 

(……どこだ、ここは)

 

 声を出しても、返事はない。

 ただ、風と波の音だけが交互に揺れていた。

 

 その時。

 

「──ようやく、ここで会えたね」

 

 背後から、穏やかな声がした。

 振り向くと、そこに“彼”が立っていた。

 

 白いシャツに灰色のズボン。

 整った銀髪が風に揺れ、紅の瞳が静かにこちらを見つめている。

 

「……渚カヲル?」

 

 思わず口に出た。

 だが次の瞬間、自分でその違和感に気づく。

 彼は確かに“カヲル”の姿をしている。

 けれど、その表情にはどこか自分と同じ匂いがあった。

 

「違う……君は、誰なんだ?」

 

 銀髪の少年は、ゆっくりと微笑んだ。

 

「僕は君だよ。

 君の“心”が形をとった存在なんだ」

 

「俺の……心?」

 

「そう。君が日々模倣している“渚カヲル”という存在。

 その話し方、その在り方。

 それは君が“こうありたい”と願っている理想の形なんだ。

 だから僕は、その姿を借りているだけ」

 

 俺は無意識に自分の胸に手を当てる。

 温もりはある。鼓動もある。

 でも、世界の色がどこか現実よりも淡い。

 

「……ここは、夢の中なのか?」

 

「そうだね。けれどただの夢ではない。

 これは君の“無意識の世界”──

 君自身が、ようやく“心”で立った場所だよ」

 

「心で、立った……?」

 

「初めて成長したとき、君はまだ言葉を持たなかった。

 感情も、痛みも、輪郭のない世界にいた。

 けれど今の君は違う。

 言葉を覚え、出会いを重ね、大切なものができた。

 守りたいものも、ね」

 

 赤い海の波音が、少しだけ強くなった。

 遠くで海鳥のような影が横切る。

 

「……あの時、君は踏み出したんだ。

 “自分の意志”で。

 君の言葉で言うならば──」

 

 少年は目を細め、微笑を浮かべて言った。

 

「“新世 福音のシナリオ通りに”、だね」

 

 その言葉に、思わず小さく笑ってしまう。

 

「シナリオ、か……そうだったらよかったんだけどな」

 

「ふふ、やっぱり君は優しい。

 けれど同時に、怖がりでもある」

 

「……怖がり?」

 

「そう。

 君は怖いんだ。

 大切な人たちが“いなくなる”ことが。

 守ろうとするほど、失うことが怖くなる。

 それは誰にでもある自然な感情だけど──」

 

 そこで、少年は一歩近づいた。

 赤い波が足首を打ち、風が二人の間をすり抜ける。

 

「君の場合、その“恐れ”が力の根源にもなっている。

 だから、君の“進化”はここから始まるんだ」

 

「進化……?」

 

 少年──“もう一人の俺”は、淡く微笑んだ。

 そして海を見つめながら、静かに言った。

 

「君が本当に願うなら、形は変わる。

 君の心が“戦うこと”を選ぶなら、その姿もそれに応じて変わるんだ」

 

 赤い海の波が、ひときわ強く打ち寄せる。

 波音が胸の奥を叩くように響く。

 

「……戦うこと、を……選ぶ?」

 

 俺の言葉に、銀髪の少年はゆっくりとうなずいた。

 

「そう。君は“守る”ために力を求めた。

 けれど、力はただの手段にすぎない。

 戦う覚悟がなければ、大切なものは守れない。

 ……だが、恐れすぎても壊れてしまう」

 

「俺が……戦う?」

 

 問い返す俺の声は、波にかき消されそうに小さかった。

 少年は目を細め、どこか優しげに微笑む。

 

「そう。君はすでに“戦士”の形を持っている。

 あとは、心がその力に追いつくだけだよ」

 

 “戦士”──その言葉が、胸の奥に刺さる。

 思わず俯いた俺に、少年は静かに言葉を重ねた。

 

「君はもう知っているはずだ。

 テレビの向こうで、何度も見てきただろう? 

 彼らの戦いを。

 彼らの姿を。

 ……そして、心で感じていたはずだ。

 “自分も、そうなりたい”と」

 

 脳裏に、数えきれない映像がよぎる。

 

 ──逃げちゃダメだ、逃げちゃダメだ、逃げちゃダメだ。

 震える声でそれでも立ち上がる少年。

 

 ──負けてらんないのよ、あんたたちに! 

 コックピットの中で叫ぶ少女。

 

 ──あなたは、私が守るもの。

 蒼い髪を揺らしながら、歩く少女。

 

 ──ありがとう。君に逢えて、嬉しかったよ。

 そう言って微笑み、巨大な手に握りつぶされる少年。

 

 そして──絶叫するエヴァ初号機。

 

 胸の奥が熱くなる。

 

「夜が明ける頃、君は選ぶだろう」

 

 少年の声が、赤い空に溶けていく。

 

「力に呑まれるか。

 それとも、力と共に歩むかを」

 

 風が止んだ。

 波音も消える。

 

 沈黙の中、俺は小さく息を吸った。

 その胸の奥で、何かが静かに“芽吹く”音がした。

 

 

 ◇◇◇◇

 

 

 ──波の音が、遠ざかっていく。

 

 光が差し込んだ。

 まぶたの裏を焼くような、やさしい朝の光。

 

 俺はゆっくりと目を開けた。

 天井が見える。見慣れた孤児院の部屋だ。

 

 ……夢、だったのか? 

 

 息を吸うと、乾いた布団の匂いがした。

 現実の感触。ぬくもり。

 けれど、胸の奥に残るあの言葉の余韻だけは、まだ消えない。

 

 ──力に呑まれるか、力と共に歩むか。

 

 その声が、まるでまだ耳元に残っているようだった。

 

 

 夢の中の言葉。

 あれはいったい、どういう意味だったんだろう。

 

 いくら考えても答えは出ないまま、時間だけが過ぎていった。

 気づけば、いつも通りの朝食、いつも通りの登校、いつも通りの授業。

 だけど心の奥だけは、昨日までとは違っていた。

 

 放課後、孤児院へ戻る途中。

 夕日を背に歩いていると、横から声がした。

 

「ふくいん君、悩み事?」

 

 トガちゃんだった。

 両手を後ろで組み、覗き込むように見上げてくる。

 

「ん……まあ、ちょっと変な夢を見ただけだよ」

 

「夢?」

「うん。よくわからないけど……誰かに、何かを言われた気がするんだ」

 

 そう答えると、トガちゃんはほっとしたように息をついた。

 

「なんだ、怖い夢かと思った。

 よかったぁ、ふくいん君が元気なら、それでいいの」

 

 そう言って、今日あった出来事を楽しそうに話し始める。

 学校でのこと、先生にほめられたこと、昼休みの笑い話──。

 その声が、やけにあたたかく響いた。

 

 僕はその横顔を見ながら、ふと唐突に思った。

 

 ──この笑顔を、守りたい。

 

 胸の奥で、昨日の夢の言葉が再びよみがえる。

 

「君は、力と共に歩むか」

 

 ……そうか。

 僕はもう決めてる。

 

 トガちゃんや、孤児院のみんな。

 あの優しい時間を守るために、強くなりたい。

 

 その日はトガちゃんと別れ、孤児院へ戻った。

 部屋に入り、ベッドに腰を下ろす。

 窓の外では虫の声が響いている。

 

「……どうすれば、守れるんだろうな」

 

 ぽつりと呟いた声は、誰にも届かない。

 

 少しの沈黙のあと、僕は小さく息を吸った。

 

「……よし、鍛えよう」

 

 そう決めた瞬間、胸の奥の迷いがすっと消えた気がした。

 

 ◇◇◇◇

 

 

「鍛える」と言っても……どうすればいいのだろう。

 

 腕立てや走り込みでは、きっと意味がない。

 僕の体は普通の人間と違う。

 だからこそ、“僕自身”の個性を理解しなければならない。

 

 ──僕の個性は、エヴァになれること。

 

 身体能力は常人を遥かに超え、

 A.T.フィールドを展開することもできる。

 しかもエヴァと違い、アンビリカルケーブルによる電力供給も必要としない。

 自分だけのエネルギーで稼働できる、それは大きな強みだ。

 

 けれど、欠点もある。

 ネルフの支援は存在しない。

 武器も、補助装備も、誰かが整えてくれる整備施設もない。

 肩のウェポンラックはあっても、その中は空っぽ。

 それに、エヴァの姿でいるだけで体力を消耗してしまう。

 人間の形を保っているより、ずっと重く、ずっと息苦しい。

 

「……どうしたものかな」

 

 静かな部屋で、僕の声だけが響く。

 

 けれど、すぐに一つの考えが浮かんだ。

 

 ──慣れれば、いいんじゃないか? 

 

 エヴァの姿でいることに“慣れる”こと。

 もしそれができれば、活動限界も自然と延びるかもしれない。

 この形を“自分の自然な姿”として受け入れれば、

 力の制御も、ずっと容易になるだろう。

 

「よし……できるだけ、エヴァの姿でいる時間を増やそう」

 

 そう呟くと、胸の奥でコアがかすかに脈を打った。

 この姿を“デフォルト”にしてしまえばいい。

 それが、僕の“次のステップ”だ。

 

 ──ただ、一つだけ問題がある。

 

 エヴァの姿になると、服が消滅してしまう。

 まぁ……事前に脱いで変身すればいい話なのだけど、

 肩のウェポンラックがどうにも邪魔だ。

 日常生活を送るには、あの突起は不便すぎる。

 

「……もう少し、動きやすい形がいいな」

 

 僕はベッドの上で、腕を組みながら思考を巡らせた。

 

 頭の中に、いくつもの“エヴァ”が浮かぶ。

 山吹色の零号機。

 青く改修された零号機・改。

 一本角の初号機。

 赤く、四つ目を持つ弐号機。

 黒い装甲に覆われた参号機。

 そして──爆発して消えた四号機。

 

 その光景の先に、もう一つの姿がよぎる。

 

 白い体。

 細身で、装甲の少ないシルエット。

 肩のウェポンラックもなく、自由に動ける形。

 顔には拘束具がなく、口を持つ異様な体。

 エントリープラグを差す部分が背中から少し突き出している。

 

 ──ああ、そうか。量産機だ。

 

 あの姿こそ、僕の求める“理想”に近い。

 軽く、自由で、余計な装備がない。

 それに……劇中では、食事だってしていた。

 弐号機を“食べて”いたくらいなのだから、

 僕もあの姿なら、食事も自然にとれ日常も送れるかもしれない。

 

「……量産機、か」

 

 その名を口にした瞬間、胸の奥が微かに熱を帯びた。

 もしかしたら、それが“次の形”なのかもしれない。

 

 僕は窓の外に目を向けた。

 夜風が静かに流れ、遠くの森がざわめいている。

 窓から差し込む月明かりが、部屋の床を淡く照らしていた。

 

 僕はゆっくりと立ち上がり、服を脱いだ。

 包帯も、一枚の布も──すべて外していく。

 この夜ばかりは、何かを隠していてはいけない気がした。

 

 冷たい空気が肌を撫でる。

 呼吸を整え、静かに目を閉じる。

 意識を、深く深く沈めていく。

 

 ──思い出すのは、あの映像。

 

 雲を切り裂いて飛ぶ、空輸機。

 空に吊られたエヴァの巨体。

 背中の部分だけが露出し、そこへエントリープラグが差し込まれる。

 機体が震え、空へと放たれる。

 

 次の瞬間、翼が展開される。

 陽の光を浴びて、空を滑るように飛ぶ量産機たち。

 量産機たちが、弐号機の上空を旋回し、翼をたたみ、地上へと降り立つ。

 白い巨体が静かに立ち尽くすその姿は、どこか“人”のようでもあった。

 

 僕は、そっと意識を現実に戻す。

 

 ──手を見る。

 

 そこには、白く滑らかな装甲に覆われた腕があった。

 細くしなやかで、しかし確かな力を感じる形。

 

 ゆっくりと顔を上げ、鏡の前に立つ。

 そこには──真っ白な量産機の姿が映っていた。

 目はない。ただ滑らかな装甲の面が、月明かりを反射している。

 口のように割れた裂け目が、かすかに動き、呼吸とともに音を立てた。

 その“顔”は表情を持たないはずなのに、どこか微笑んでいるようにも見えた。

 

 思わず笑みがこぼれた。

 すると、鏡の中の自分も同じように笑った。

 

 包帯で隠す必要のない“顔”。

 感情を隠さずにいられる表情。

 そのことが、ただ純粋に嬉しかった。

 

「これで……少しは、前に進める」

 

 静かに呟くと、胸の奥のコアが淡く光を放った。

 

 ──僕は強くなる。

 大切なものを守れるように。

 

 そう誓う声が、夜の空気に溶けていった。

 

 




今回も読んでいただきありがとうございます。
感想欄で、主人公の個性の鍛え方を見事に当てていた方がいましたね。
予想していた方もいたかもしれませんが――
福音の特訓方法は「過剰変身による訓練」でした。

次回もお楽しみに!
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