この都市で生きている   作:nashi08

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*戦闘場面に矛盾があったので修正しました。


反響

「どうする、もう始めるか」

 代表からかけられた言葉に、建物へ向かっていた意識が帰ってくる。

代表は右腕に腕を覆うほどの杭打ち機を着け、左腕に黒の剣身に赤と橙色の刻印が施された長剣を握り締めている。

 

 対して私は、まだ得物を背負ったままだった。冷たい風が私の体を吹き抜けていく。

腰につけてある留め具を外す。私の右斜め後ろに剣が倒れ込み、柄が視界の端に映る。身を翻し、剣を視界の中へ確実に収めて柄を握り締める。

不慣れな手順を終えて息が漏れた。再び代表に向き直る。

「見苦しいものをお見せしました。では、始めましょうか」

心の中の鈍い熱さを抑えながら、声を発した。

 代表は柱の下に落ちていた拳骨くらいの小石を拾い私の方を向いた。

「これを投げて、床に落ちたら始めとしよう」

 私はそれに対し、無言で首肯するだけだった。

風が止みいつもの臭い。振動する息の音と、拍動音のみが体の中で響き渡る。

手に持たれた石を見つめる目に力が加わった。

 

 代表が石を投げる。

ただ、落ちていく。その光景をしかと見届ける。

石が同じ仲間の元へ落ちていった。小さい、だがしっかりとした音が響く。

 

 足が動く。段々と速度が増していき、限界手前まで行く。

接近。それを認識して私の意識は切り替わる。

 

 眼前の人を両断される光景が脳内で描かれる、それをなぞるように振るう。だが、その意思は彼の右腕の壁に阻まれてしまう。大剣の重みの衝撃を物ともせず、空いた左腕から剣が振るわれる。

今までの勘に従い、重さに重心を置いてしまった。体が前傾してしまう。足が浮く。

振られないように一度大剣を手から離し、地面を踏み潰すつもりで足に力を加え、後方への回避を試みる。一刀身程度離れ、次の行動へ移す。

 

 しかし、振るわれた剣は赤い光を纏って私の方へ飛んできていた。肩の上方を切っ先を掠めた。赤熱した剣身から伝わる温度が外装越しに伝わり、息が殺される。

 彼が壁を一瞥したと思った瞬間。私の後方から聞こえる音と共に、目の前の外套が翻り人影が動く。瞬き。目の前、腕よりも短い距離。

杭が仕舞われた、腕ほどの大きさの金属面が私に迫ってくる。足の接地は。間に合った。体を仰け反らせると、切られた空気と共に金属塊が視界を支配する。

 体を起き上げる勢いのまま、体を右に反らせて勢いを乗せる。彼の胸を殴り飛ばした。瞬刻の間に合わさった目には、憐憫に似たものが込められていた。反射的に歯が軋む。

 

 グローブ越しから伝わる響きでも自分の拳にひびが入ると錯覚してしまう。少し無理な動きで、胸を圧迫され息が無理矢理吐かされた。舌が慣れ親しんだ味で包まれる。酸欠の脳でうまく考えられない、でも武器を拾わなくては。足を打って動くよう言い聞かせる。逃げ惑うように一心不乱に大剣へ向かう自分に、心の中で舌打ちが溢れる。青黒い得物へと手を伸ばし掴み取り、彼へ向き直る。

 

 また、金属塊が迫って来ていた。先程とは違い、大剣の面で受ける。衝撃は腕に伝わることなく、あちら側へと反響していく。

しかし、その衝撃も彼の右腕の匣は吸い込んでしまう。この打ち合いは音も響かず、ただ振るい合いの最中に空気が揺れるだけだ。

相変わらず、狡い武器だ。必死に隙を縫って打撃を与えようとしても、それを踏み躙る。でも、これを乗り越えられないようでは私はいつまでも弱いままだ。

 

 勢いを殺した金属塊を側面に置いたままに、また大剣を防御の薄い左腕を切り飛ばすことを空想して振るう。今度はちゃんと腕力を利用する。だが、先に振ったものよりも鋭い筈の軌跡は、地面に落ちてしまっていた。

 何が起こった。自分では確実に切ったと感じたのに。一瞬、思考が錆びつく。

 左側面から衝撃が伝わる。

 

「ごっ……がはっ」

内臓を揺さぶられるような感覚と共に、情けのない声が口から溢れる。でも、まだ柄を握り締めたままでいられている。

 ああ、そうか。さっきの打ち合いか。すっかり失念していた。あの時受けてしまったから、衝撃を溜められた。そしてそれを使われたんだ。

恐らく、衝撃を勢いに変換して移動したんだろう。それで視界からも消え、私はやられた。

 くそ、武器の差でもあるけど、それ以前にそのことを頭に留めておけなかった自分に一番腹が立つ。昔から見ていただろうに。

彼の体勢はまだ、整然と直立したまま。対し、私は先の攻撃の痕がまだ残っていて、少しふらついている。

 

 どうやって攻めれば、そんな思案を傍に、彼は長剣を鞘へと収めた。そして、右腕を前に出し、左腕で殴れる肉弾戦への体勢へと移行した。

舐めている、ということではないと思う。彼も私が衝撃に反応していない様子から、武器の性能をある程度は理解しているはず。なら、衝撃を加える拳を選ぶ理由はない。何を狙っているのか。

少しの逡巡。それを払い決断を終える。

 

 こちらから行こう。相手が立ち尽くしているなら、攻めるのみだ。やられる前にやる、それがこの世界の基本なのだから。

そうして私は彼の元へと走りまた剣を振るう。今度は、衝撃を受けられないように匣ごと切るつもりで。

 それでも、後方へ避けられる。ならば。

 剣を振るう勢いはそのままに、足を地面にめり込ませるように一回転。狙いを定めて刃を彼に向け、剣を放る。

空気を割り、彼の右腕の匣を切り裂いてもなお進む剣は、ついに代表の胴体に切り傷をつけた。しかし、勢いを殺されたのか降参の言葉を引き出すには至らなかった。

 

 それを確認したと同時に、足が駆け出す。今叩き込まなければ、もう同じ手はきっと通じない。

金属が擦れ合うような不快な音が切り裂いた匣から生じる。まずい、もう共鳴している。さっきまでと同じように一つになってしまう。

足に力がより加わる、心臓が焦る。

 

 床に転がる剣を拾い、右足を軸にする。腕力でも振り、重さにもわざと振られる。その勢いで剣を薙ぐ、が匣の破片を面に叩きつけられ、無理矢理面と面が打ち合う形へと持っていかれた。吸収はされない、でも確実に勢いは死んでいっている。

 あえて、力を反対側へ加え、体が左に回るように誘導し軸足を変える。その間に共鳴により匣の破片が彼の右腕に戻り一つになってしまった。

剣なら遅れる。なら、足で蹴り飛ばす。

 

 右足が彼の左腕に突き刺さり、骨が軋む感覚が足に伝わる。彼が初めて痛みに顔を歪ませた。

 しかし、彼はそこで静止していた。そして、左手で足を掴まれ彼の側へ引っ張られた。バランスが崩れ、足が地面から離れていく。

彼の右腕が振るわれ、さらに速度が増していく。直撃の瞬間に杭が出され、私の鳩尾を打ち抜いていった。

 

「かふっ……」

 声にもならない息が肺から絞り出され、壁へと吹き飛ばされた。

 ここで終われない。胸の気持ち悪さでえづきたくなるのを抑え、一か八か壁に対して大剣の面を叩きつける。よし、これで衝撃はなんとか。そんな甘い考えも束の間、私の腕は大剣に引っ張られ自分の足よりも遥かに速い速度で、元いた場所へと飛ばされる。なんで、その向きじゃないでしょ。制御ができない。死ぬ。

馬鹿げた真似で死ぬなんて、本当にこの世界らしい。そんな自嘲が込み上げる。

 その瞬間、何かに抱えられるのを感じた。直後、雷が落ちたような音が耳を貫いた。

何故か私の意識がまだ残っている。見上げると、代表が眉を顰めて私を見ていた。私の身長以上あろう厚さの壁が代表を中心にして砕けている、そして私は気づいた。また助けられてしまったのだ。

「馬鹿な真似はするなと言っているだろう。あまりこういう物言いは好きではないが、俺がいなかったらどうするつもりだった」

壁の欠片がこぼれ落ちる音と重なって代表の言葉が響く。

私の心は、自分が助けられた悔しさと、生き残っている安堵が混濁していた。体の奥はまだ震えて、心臓は早鐘を打ち続けている。

戦っている時よりも冷たく、刺すような目をしていた代表に対して、冷たい言葉が漏れる。

「どうするつもり、ですか」

あの時の感情が掘り起こされる。

「多分、死ぬつもりでしたね」

 声は自分でもわかるくらい平坦で、気味が悪かった。こんな声を出すことができるのだということに驚いた。

「そうやって諦めるのなら、初めから無茶をするな。博打は勝てる時にするものだ」

 代表は、私のことを考えて色々言ってくれているのは理解ができる。声には怒気による強さではなく、訴えるための強さがあった。

 それでも、自分の顔の強張りを抑えられない。その憐れみが胸を握り潰そうとしてやまない。苦しくて、俯かずにいられない。

自分の汚点なんだ、受け入れろ。

教えを取り入れろ。弱者から逃れるための苦難だ。

こんなものを乗り越えられないなら何故訓練をしているのか。

 

 突きつけられる現実を必死に咀嚼する。未熟を思い知らされて、自分が嫌いになる事が何度あったか。でも、慣れることはできない。そして、それを認めたくない愚かな自尊心。それが、まだ消えていない。

 

 風が頬を撫でる。その感触で私は覚める。

肩を叩かれる。顔が吸い込まれるように、持ち上がった。

代表は何も言わない。顔は笑っていない、けど目は頑是ない子供を見るような暖かい目だった。

その目を見て、不意に立ち上がる。無音の静寂が私たちを覆った。

「すみません。弱くて」

吐き出せる言葉はこれしか見つからなかった。私の殻を取り繕うために、必要な逃げだった。

「そう悲観するな。3級、いや2級にも迫る戦闘だった」

 そんなことを意にも介さず、代表は冷静に所感を述べる。前よりも強くなっているという私の確信の隅に、結局これは施術による外付けの強さだという情けなさが吹き溜まる。

「ありがとうございます。1級に直接言われると自信になりますね」

 私は、いつものように喋れているのだろうか。まだまだ足りない、そんな行き場のない燃料が胸を満たしている。

 

 その後、代表なら私の武器の特性をどう扱うかを問い、自分の中で足りなかったものを埋めていく。

曰く、予備の短剣を用意して、それを打ち払い、投げるよりも速く飛ばす。制御できる衝撃を体に覚え込ませ、自分の体を大剣の面で打ち、自分を発射させる。

戦闘時にできていたことを、より拡張的にできるように代表なりの戦術を教えてくれた。丸のみにするなという忠告も添えて。

 

 模擬戦を終えて、建物から出る。路地に戻ると建物の中では薄れていた血の臭いが、再び鼻へと帰ってきた。ここに来ると、慣れたはずの臭いが少し辛くなる。ふと、後ろ手を引かれたように建物へと視線が移る。裏路地の灰と青白さの混じった色が建物を中心として渦になっているように見えた。どこか象徴的な、人工的な静謐を訴えるそんな雰囲気だった。

 

 事務所への帰り道、慣れた足取りで進むその道にはどこか違和感が生じていた。色彩が夜に包まれてしまっているような、周り全てが闇に溶けてしまったような。どこか違う世界への入り口に入ったのではないかと錯覚する。

そうした考えを巡らしていると、こちらへ向かって揺れる人影が見えた。妙だ、こんな所に人が来るのか。そんな疑問は、やじろべえが歩いているような光景で霧散した。10歳程度だろうか。所々が破け、袖の役割をしていない長袖だったはずの上着とズボンを身に着けている。そして、血や土が傷口、服の至る所にこびり付き、汚れていた。

 隣で歩いていた代表が駆け寄り、顔を子供の視点へと合わせ話しかけた。

「大丈夫か。どこの地域から来た」

「わ、わからないです」

ただ一言、子供は震えた声でただ、それだけを返す。代表は顔を逸らし、何か考えていたのか、少しの間沈黙した。

「分かった。とりあえず俺たちの事務、いや家に行こう」

そう話す、代表の姿は昔の私たちの出会い、そして私の終わりからの始まりを想起させた。




J社、U社の独自解釈です。特異点使用の武器って一般フィクサーが金を積んだら使えるのでしょうか。
藍色の老人はX社のボートを持っていますが、あれは特色の特権なんですかね。だとしたらマズイですね。
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