この都市で生きている   作:nashi08

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私の作品を好んでいる人がいるのかどうかは知り得ないのですが、私はこの作品をきちんと終わらせます。
もう一つ。私は成長できているのでしょうか、少しでも改善しているのなら良いのだけれど。


崩壊

 重かった扉を開けると、私の胸をいつも吸い込んでいた空気が満たした。

私の体は未だ微動して、進むことができないでいた。空気と共に恐怖も吸い込んでしまったのかもしれない。

背中を押す力を感じて私はようやく前に進むことができた。

「リィン、リィンなのか」

 私の前進と共に父の声が向かってきた。

私の認識だけが捻れ切っていたことを、押し付けてくる声だった。

「どこに行っていたんだ。すぐに帰ってくると思っていたのに、一体」

 思考をそのまま声の型に注ぎ込んだ言葉の羅列と共に、彼の姿が見えた。

彼の顔は私を見て、歪んでしまった。私の心は今までと反対に。

 

「私のところで休ませてたよ。この馬鹿」

 後ろから飛んでくる声に私と父の意識は現に戻された。彼女は私の前に出てきて、私の肩を掴みながら言葉を続けた。

「この子がうちに来て、フィクサーになりたいと言ったまでは良かったよ。でも、理由は聞き捨てならなかった。どんな教育してたんだい」

 彼女は自分の事のように怒りを父に突き立てていた。私の言えなかったこと、頭の中で泡沫のように浮かんで消えてしまったことまで言ってもらっている気分だった。

「どんな、か。リィンにはとにかく強くなって欲しかった。この世界で生きるのに必要なのは金や情なんかよりも武力だ。お前もそれを分かっている筈だ、クレス」

父は苦々しい顔つきで彼女を睨みつけた。

「どんな、の答えになっていないよ。アクト」

 クレスはただ、整然と父の言葉の腰を折った。その言葉で父の睨みは思考の為に、真顔になり黙り込んでしまった。

 私が数度息を吸った後、父は告白した。

「私はリィンに何年も訓練を施した。そこで剣での打ち合いや、動き方、戦いにおいての思考法を教えた。後は裏路地のネズミ共と実戦をさせたことくらいだ。もちろん、外は危険だから殆どは敷地内や穴場で行ったさ。さあ、白状した。私は間違えてしまったようだ、遠慮なく指摘、批判をしてくれ」

 彼はあっけらかんと言い放った。

 気味が悪かった。

 私の口はその気持ち悪さを吐き出そうと、言葉を腹から持ち上げてきた。

 

「私は、怖かったよ。あんな風に他人を簡単に殺して、平然としてる貴方のことが。本当に、逃げたくて、仕方がなかったよ」

 後ろ盾に支えられてようやく照準は定まり、私は銃弾を放てた。

「そうか、それは済まなかった。あれが理想だと示せたと思っていたんだがな」

 彼はそれに対して声を荒げるでもなくただの反省を示した。

「済まなかった、本当に。父親として駄目だったな。君の暴力への耐性の考慮が甘かった。そのせいで怖がらせてしまったんだな」

 頭を下げてその後に見えた顔は酷く顰めていて、今までに見た事のない顔をしていた。

私は数瞬息を吸うことができなかった。

 

「そう、で?あんたもただで済むとは思ってないんだろう」

「ああ、友人としての誼で殴ってくれ。それで済むとは思わないが」

そのやり取りの後二人は家の外へ出て、数度の言葉を交わしていた。

彼女はため息をついた後、右腕に黒い何かを纏わせ始めた。氷が砕けるような音と共にそれの動きが止まり、黒い何かはガントレットの形に落ち着いた。

「さあ、娘泣かせたけじめをちょっとはつけな」

彼女の腰までの髪が翻った事をやっと認識した後には、突風と共に轟音が耳を貫いた。

 壁にもたれかかっている父親と、拳を振りかぶった彼女の関係性はどちらが悪かったのか側から見れば分からない。

 

父は、並の人間なら即死していたであろう衝撃を受けていた。だが、肩が外れてしまっただけだったそうだ。少しの血が混じった唾を吐いて自分で肩を直していた。

「改めて、申し訳なかった。これからも改善を図り、きちんと父親として君に指南、教育をしよう」

そう言って頭を下げた父からは先程感じた悍ましさは無かった。それでも、枯らしきれない違和感が根を張ったままだった。

 

 それから数年の間、私は底辺フィクサーから少しずつ依頼を受けて階級を上げていった。都市伝説やそれに満たない近所の噂話にしかならない事件。危険度の低い依頼ばかりを受けて自分はこの都市のぬるま湯に浸かりすぎていた。そんなものは力を持った、強さを持った人間の庇護下にいることができてようやく浸れるものだったのに。クレスさんや両親の脛を齧り過ぎてしまったのだ。ボロ屑にして、そして腐らせてしまった。私が弱いままでいたから。

 クレスさん、あの時の言葉は間違いだったよ。そんなことをして生まれるのは、自分に対する無力感だけ。利益になる事なんて何一つなかったよ。

限りある肉を拾い食いする獣であることをあなたは認めてしまったんだよ。あなたがそれを意図していなかったとしても。

 

 私が7級フィクサーになった頃。

 

 母親が死んだと聞かされた。

その言葉を吐いたのは父だった。

何故。何故、父として母を守らなかった、あれほどまでに父として固執していた癖に。

そういった刃物を振りかざすことはできなかった。その事を私に伝えた後でも、彼は私にいつもの様に訓練を施した。だが、私の記憶違いか否か分からないが、彼の剣筋は少し鈍っていた気がする。でも、その違和感はその日だけだった。

 

 それから数ヶ月ほど経った頃だった。

私は依頼があるか確認しに、ハナ協会に向かっていた。その時だった。目の前から見慣れた長髪の女性が風のように走って来たのだ。

「丁度良かった、本当に。今、あんたの家の近くで高位の血鬼の目撃情報があったんだ。協会の人間にはあんたの事は伝えてあるから、早く行きな」

 

血鬼、高位、家の近く。その単語の羅列が頭の中で渦を巻いていた。血鬼なんて御伽話の類だと思っていたのに、目の前の女性の顔を見ればそれが現実だと嫌でも分かった。

でも、何でハナ協会の人間が裏路地に出た化け物の対処に。

「疑問は分かった。協会支部が近いからだ。早く、早く行きなさい」

 彼女は持ち前の直感によるものなのか、私の疑問を汲み取って素早く言伝した。

それを言い切ると同時に彼女の姿は立ち消えた。私は言われた通りに目の前の建物に足を進めた。

 

 建物の中には、彼女と同じ服装をした人間たちが十人程度見え、現在の状況について話していた。その他にも偶々居合わせた顔見知りのフィクサー達が会話から遠いところに集まっていた。

「誰か、どうして血鬼が現れたのか知ってる人はこの中にいる」

私は聞いて当然の事を聞いた筈だった。でも、返って来たのは私を危険物のように見つめる視線だけだった。その中で、長剣を持った茶髪の女が声を出した。

「あなたの両親が討伐に失敗した血鬼だそうよ。ただの憶測だけれど、ハナの人達が信用しているから信憑性は高い。私が言えるのはこれだけ。災難ね、親の失敗なのに片棒を担がされて。流石に同情するわ」

周りにいるフィクサーを彼女が睨みながら、その事実は語られた。 

 心臓が痛かった、自分が過ちを犯したわけではないのに。けれども、自分がここに居ていい理由が見当たらなかった。

足は、入り口に向かっていて、気づけば息が切れそうになっていた。

 

 私が住んでいた地域に、血が塗りたくられていない壁はまるでなかった。血の量とは裏腹に、死体や肉片も姿は見えなかった。その異様さが私を包み込んでいた。

 何故か、私は自宅に行かなければならないと思い込んでいた。充満する血の匂いにえずきながら私は足を進め続けた。

自分の中で蠢く心臓の音を体全体で感じながら、そして、息を荒げながらジリジリと家に入ろうとした。

「この人間が、君の娘なのかい」

「ええ、その通りでございます。父上」

「君に似て立派な匂いがするからね、簡単だったよ」

私の背後にもう聞くことは出来ないと思っていた声と、どこの馬の骨かも分からない声が並んでいた。

「おっと、自己紹介がまだだったね。私は三番目の眷属、アリーシャというものだ」

 三番目の眷属。聞き慣れない言葉だったが、奴の後ろにいる人のようで人ではない何かの集団を見て察した。そして、母を殺したのもこいつだ。そう心が告げた。

 

 反射的に腰の鞘から剣を引き出した。だが、その刃は奴の手に棒切れみたいに掴まれ、その手によって砕かれた。

「うん、やはり威勢が良くて血の気がある。私の家族にするに相応しい」

品定めする目線から感じた嫌悪感を、払うための身動き一つできなかった。

「さあ、一緒に行こう」

 母だったものが今更母親の真似事をしている。それを見ることがこんなにも虚しくて、それでも体の奥が燃える感覚に覆われるものだとは思わなかった。私を存在として下だと見る、その赤い眼を私は精一杯睨みつけた。

それが気に障ったのか、血で出来た縄のようなものを母だったものが作った。それを私の腕に巻き付け、食い込ませて私を自宅へ向かって連れて行き始めた。

 

「君には私の家族になってもらうからね。そのための餞別として君の家に贈り物を用意したんだ」

 贈り物。こんな奴が考えるようなものなんて大抵碌なものじゃない、でもそんな抽象的な予想ではまるで足りないような気がしていた。

私の自宅、見慣れた筈のこの場所が何故か屠殺場のように感じられた。

玄関から入る。いつもの道程は血の臭いに満たされて、未知の薬を胸に突っ込まれた気分だ。

 

 リビング近くで足が止まる。そして、引きずられる。

 

 リビングに着く。顔を背ける。母だったものが顎を掴む。

 

 ああ、あの雰囲気でそうだと思ったんだよ。

 私の予想は当たりやがっていた。それも最悪の形というおまけ付きで。

 

「ここは美食の区で人肉食が有名だと聞いてね。新しく家族になるために必要なのはやっぱり食卓を共に囲むことだと思ったんだ。それで良い食材があると考えたんだ。母上から追加の血袋を賜って正解だった。私一人じゃ多分返り討ちだったからね。いやあ、強かったよ。だって、私の愛しい君に手伝ってもらわないと隙が生まれなかったものだからね。でも苦労した甲斐はあった。私も人の肉をこんな風に食べるのは初めてだが、その初めての舞台にこんな上品なものを食べられるなんて。君たちも私も非常に運が良い、こうなった運命に感謝をしなければ」

 

 くどくどと聞いてもいないことばかり目の前の化物は饒舌に喋る。

私の父親はお前に殺された。ただそれだけの事実を良くこんなにも長く喋るものだな。

 奴の芝居がかった露悪的な態度に思わず顔の両端が裂けるほど広がる。

 

ねえお父さん、なんで、じっとしているの。

 

 私の弱い子供の部分が内側で泣いている。あの人は良い人間じゃなかった、そんなことは私が一番分かってる。でも、この子は泣き叫んでいる。

初めて訓練をした時の、頭を笑顔で撫でられていた時の自分が。

「さあ、頂こう。心臓や急所を狙ったから損壊は少ない。一杯食べられるね」

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