この都市で生きている   作:nashi08

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依存

 息をしても何も吸い込めない。

 何も見えない、ただ虚無が際限なく広がっている。私の足は勝手に動き始めた、でも、前か後ろかは分からなかった。

なんの当てもなく何故か動く足は神経が繋がっていないみたいに私の意思を弾き続けている。

 

 動き始めて少しか暫くか経って赤黒い光が私の視界に侵入してきた。

この空間の中での唯一の目印に向かって、私はようやく血の通った足を力の限り振り回す。

段々と光が強くなる。視界の黒が赤に置き換わる。やがて、視界全てが赤に覆われた。

 

 光が弱まる。何かが見える。

なんだろうかこれは、そう考えるべきではなかった。

 

 私の前に広がるのはボロボロの不完全な人間の形の集まり。皆んな私が顔を覚えている人達。

ある人は腕や足から骨が露出して、またある人は腑から長い紐のようなもの、ある人は顔が溶け落ち頭蓋が姿を覗かせている。

足が骨だけになろうと、臓腑が溢れようと、顔が無くなろうとその人達は私に向かってジリジリと這うように近づいている。

「お前のせいだ」

ただ、一言を永遠に呟きながら。

逃げたい。でも、逃げられない。だって、その言葉に偽りがないから。

嘘であって欲しいものほど真実だと私は実感させられた。立ち尽くし、人々がこちらに近づくのをじっと見つめる。

ふと、誰かと目が合ってしまった。長い黒髪に白のコート黒色の不思議な紋様。見慣れていた姿は右半身が損失し、断面から殆どの内臓が溢れた姿に上書きされた。

ああ、クレスさん。ごめんなさい、ごめんなさい。私があそこで戦えなかったから。貴方に全てを押し付けて逃げたから。

きっとそうさせたんです。

ごめんなさい。許さないでください。

 

 一番近くにいた、胸をこじ開けられた男性が。父が私の肩を掴み、言葉と違う口の動きを見せつけた。

その瞬間また暗くなった。

 

 顔が冷たい地面に触れているのに目が覚めて漸く気づいた。

私は建物の中にいた。クレスさんの弟の事務所だ。

ブゥーンという時計の音と私の息遣いだけが私の耳に触れる。

先程の光景は夢だったのか。

 

 夢という事は私は呑気に寝ていたのだろうか。音のする方を見やり、時刻を確認する。

振り子時計は裏路地の夜の数分前を指していた。

一人でどうすればいい。金も家に置いてきてしまった。端金にも満たない小銭だけが私のコートで鳴いている。

あの人もまだ帰ってきていない。もしかしたら。

そう考えて私は事務所を物色する事を始める。私の適性の武具が無ければ使えるものでいい。丸腰であの忌々しい血鬼の前に出て喰われるつもりはさらさらない。

ロッカーやクローゼットを漁り、防具などがないか探すが小綺麗なだけで防具としての機能もないものばかりだった。

全て開け放ったまま、私はあの人が武具を取り出していた箱を探し始める。

 

 壁が砕けたのかと思うほどの音と共に扉が開けられた。

血塗れ傷塗れで、髪や服装も最初の姿からは想像できないほど荒れ果てたあの人がいた。

「何を、していた。ああ、言わなくていい。俺もそうしただろうから」

私の所業を咎める事なく私を置き去りに、彼は奥へと進んでいった。その声は黒檀のようにどす黒かった。

「ここにいろ、姉にお前を頼まれた」

逃げるべきか、その逡巡をする間もなくその言葉が奥から届いた。

あの夢の光景が頭に再映される。

 

 足に力が入らない、聞いてはいけない筈の問いが口を滑りそうになるのを抑える。

「クレスさんは、どう、なりましたか。もし、そうならどんな・・・・・・姿でしたか」

でも、聞かずにはいられなかった。私の行く末を決める問いだから。

「左側だけだった」

息を吸ってただ一言を平坦な口振りで、彼は言った。

ブゥーンと再び時計が鳴る、外で掃除屋の大群が音を立てて事務所の側を通り過ぎる。

私は何の音も立てられないまま、蹲った。

 

 どれだけの時間が経ったのか、私は床を舐めるように見続けていた。

目が痛くて仕方が無かった。そうなる程力んでも、出て欲しいものは出なかった。

明かりが点けられ、あの人の姿がはっきりと見える。裂傷と火傷痕が顔以外の至る所に残っていた。

痛ましい。でもそれを口に出す事は彼の人生を否定するような気がした。

彼は私より直接的な痛みを負っているのに、私はただ蹲っていた。

「上を向け。俺は、お前を任されたんだ」

そんな気にはなれなかった、もう動きたくない。私が何をしたっていうの、あの人たちがあんな目に遭う謂れは。

 

 吐き捨てるほどある。人を殺して、騙して、奪って。私も父も人殺しだ、クレスさんもきっと。絵本の中みたいな平和な世界を笑ってしまう。そんな世界があるわけない。夢を見過ぎだよ。

少なくとも私達は悪事を働いた。

だから、不幸になるのは必然なのかな。本当に嫌気が刺す。反吐が出る。

でも、私は失いたくなんて無かった。あの人達を守りたかった。でも、失った、奪われた。私が弱かったから。

考えても考えても私が原因だ、それ以外の答えは見えない。

「ごめんなさい。私の所為でクレスさんは」

頭上から覗き込む彼の目にもどす黒さはあった。でも、どこか赤みがかっていた。

声が震える。都合がいい時にだけ涙が滲んでくる。上を向いているから、口元に涙が流れる。

血の味がした気がした。

動脈を切ったように涙が止まらなくなって、拭っても拭っても腕の水気が取れなかった。

「姉があの血鬼と戦闘になったのは協会からの命令だ。お前の所為ではない」

「なんでそんな事を知ってるんですか。慰めですか」

泣きじゃくりながらの声は濁り切っている。それが目の前の人の目に重なる。

「俺が協会員から聞き出した。ただの事実だ」

なんでそんなことをと聞くだけの好奇心は湧かなかった。やった理由はきっと私の思い浮かんだ事と同じだろう。

「クレスさんの事大切だったんですね」

「ああ」

「お名前は」

「カルムだ」

「リィンです」

 会話は続かない。静寂がコンクリートで出来た部屋を満たした。

 

 俺はあの血鬼を殺したあと、姉さんの遺体がちゃんと焼け落ちているのか確認しに戻った。

そこには、ハナの制服を着た男が姉さんの遺品を漁っていた。

「何をしているんだ」

「済まない。こちらの野暮用だ。君に危害を加えるつもりはない、気にせず通ってくれ」

「そこの遺体は俺の姉だ。気にするに決まっているだろう。俺はハナの人間が単独で動いているのを見た事はない。何故姉は一人だった」

「なるほど、それに関しては簡単な理由だ。彼女は規則に反した、それだけだ」

ハナはみんなのためになどという巫山戯た標題を掲げていても、結局は都市の一部だ。当たり前だ。当たり前のはずなのに、煮え切らない。

「我が儘を聞いてくれるか」

「君はこの者の遺族だったか。まあ、言ってみたまえ」

「殴らせてくれ」

そう言った瞬間、俺はその男の腹に全力の拳を振るった。

息が荒くなる。目の前の男に火を点けてしまいたい。だが、それをして得は一切ない。損得勘定が自分の頭のブレーキを何とかかける。

ハナの男は、唾を吐きながら鳩尾を強く押さえている。

「これで気は済んだか。なら、まあいいだろう。君の怒りは理解できるものだ」

そんな余裕綽々と言った言葉に耳を傾けずに全速力でその場から逃げた。

 

 姉の遺体から離れたところにある小屋に身を潜め、赤橙色の刻印が施された剣を取り出す。油は使わずただ取り出す。

腕に触れさせて焼く。

汚泥のような声が口から漏れていく。この痛みには慣れない。神経を焼き殺さずに痛みだけを伝えてくれる。

あの怒りが頭から湧き出る酒で溺れていくような感覚で塗り潰されていく。

それでも、完全には忘れない。忘れてもらっては困る。

頭の茹だりが収まり、剣を離す。

しばらくの時間が経ち皮膚が腫れ始めてしまう。ケロイドになってしまう前にを削ぎ落とし、止血する。もう、今日は依頼達成に行く気にはならない。それでも、引き受けた依頼を俺はこなさなきゃならない。

 姉直々の依頼を。

 

 翌朝。

私はまた床で意識を落とした筈なのに寝具の上で目を覚ました。

危害を加えられていない事からあの人が言った私を任されたという言葉は真実なのだろう。

今更、また命を拾われたという現実が押し寄せてくる。私は足を三角に折り畳んで顔を埋めてしまう。燻んだ金髪が視界に入る。汚くなった髪なんてどうでもいい。

寝ても覚めても、あの人たちを私が殺したような罪悪感が心に巣食っている。こんな糞みたいな世界で生きていくには粗悪な燃料でも何でも入れないとダメなんだろうなと思ってしまう。

 

 数分そうしていると、ノックの音が聞こえてきた。朝食を用意しているとの事だった。

でも、何か腹に入れたい気分じゃなかった。もう少しこの罪悪感に酔いしれたかったのか。私の生き方を確かめるための停滞かはわからない。

確かなのは、弱い自分を殺してでも少しでも強くなるべきだという義務感。

それだけが、心に絶え間なく注がれている。

「ごめんなさい、私が使っていい武器はありません?」

朝食に関する問いに私はできるだけ溌剌な声と共に質問で返した。

ため息と共に肯定の意が込められた声が届いた。

 まだ、きちんとした息を吸う事はできない。父の死体と夢、事実がずっとこびりついてる。あの時私が一緒に戦える程強ければ、何か変わったかもしれなかった。そんな仮定と共に。

 

 鈍く、鉄条網で締め付けられるような痛みが頭に響いている。それがまだ寝ぼけていた体を起こした。

寝具から身を降ろし、立ち上がるとカサついた喉のせいで咳が出る。

流石に何か飲む必要がある。

そう思いながら扉を開ける。

木製の艶のある黒色の机で書類を整理しているカルムさんと目が合う。

「済まない。予備の武器があるが、こちらを終わらせたい。少し待ってくれ」

「なら、水でも飲んでも良いですか」

彼はこちらを向きながら首肯し、作業に戻る。

 

 部屋の中央の大きい机の上にあるガラスの水筒の水をコップに注ぐ。

本当に彼のあの言葉を信じて良いのだろうか、この水にも毒が入っているかもしれない。頭が罪悪感の束縛から一部解放されたことで懐疑が顔を出す。

毒で殺す、そんな周りくどいことなんてしないだろ。あの人は強い。あの血鬼を殺す程には。

猜疑心を振り払い、水を喉に流し込む。干からびた粘膜を潤し、自分の命がまだ続いていることを実感する。

終わった人たちの顔がよぎり、胃が暴れそうになるのを制す。

 

 テーブルの添えられた椅子に腰掛けて彼の仕事が終わるのを待つ。

部屋の中を見回すと、あの時は暗くてよく見えなかった扉がいくつもある。見ている限り彼は一人でここに居る。あの人は別の住居で住んでいたそうだから部屋の数が住民よりも多い。

多分そういう事なんだろう。それを聞く事は神経を逆撫でするだけなのは流石にわかる。

頭を抱えながら幾らかの時間机に突っ伏していると紙の音が消えた。

背中を優しく叩かれ、後ろを向く。肩まである髪が視界の一部を遮ってしまう。

「予備の武器を見せる。安物だが、気を悪くするなよ」

別に安物だろうが使えればいい。そんな無礼な言葉は飲み込み、彼の後についていく。

扉の前に立つと後ろを向くように促され、それに従う。

 

「もういい」

 その言葉と共に私は振り返る。扉の中に見えるのは斧や大剣、レイピアや槍などだった。

小さい頃に見ていたのなら小躍りしてしまっていたのだろうか。そんな機微ももはや懐かしい。

「この大剣にします」

 私はその部屋に入ってすぐさまそれを指差し、目元にできる限りの力を加えて彼に告げた。

彼はその大剣を片手で掴み私に手渡してきた。しかし、私はそれを持つことはできても満足に振り回すことはできなかった。

結局私は彼が昔使っていたスティグマ工房の長剣を使わせてもらうことになった。 

手始めに私は髪を顎下あたりまで切り、外で燃やした。

 

 それから、私は昔のように依頼としてまた人殺しに手を染めた。

この世界は弱ければ簡単に腑を食われてしまう。そんなことをあの出来事まで知識として知っていただけで実感なんてしていなかった。子飼いされていただけだったから。

その弱さを挫く事は際限なく強くならない限り終わりは見えないんだろうな。気の遠くなるような話だ。でも、もうそれ以外の生き方が思い浮かばない、弱さを見せないよう余裕があるように元気に振る舞って。あの人を守れるほどに最低限は強くならないと。揺れても、捻じれても戻らないと。

 

 それを目の前で震える人を見ながら。

私と同じくらいの歳の娘だろうか。腰が抜けて、この場から逃げたくても逃げられないんだ。

辺りの路地には私が作った数人の死体が転がっている。一人ならいけるとでも思ったのだろうか。ネズミがどうこうできるほどではないという自負が正しくて良かった。あの時よりは強くなっている。

 その娘に見えるように剣についた血を払う。目の前の震えが一層激しくなった。最低限の危機感知はできるんだ。もっとそれを磨けば良かったのに。

弱いことを、弱いまま生き残ってしまったことを恨んで死んでいって。

刎ねた首は重力に従い地を舐めた。

 

 あの人が私を懇意にしているのはきっとクレスさんが頼んだという理由だけだ。私も強さの指標としてだけ彼に縋っている、その筈だ。

ポケットから彼が愛煙している煙草を取り出して火をつける。

不味く咽せ返るような空気が鼻腔から肺までを犯す。それに比例して鼻を突く死体の臭いは和らぐように感じた。

 

 私はまだ、この都市で生きている。

 




安っぽく見えたのなら私の実力不足です。もっとプロットを念入りに書けば良かった。投稿順がぐちゃぐちゃすぎる。
先駆者様や後から投稿し始めた人より質が低くとも読んでくださる人には感謝しています。
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