不安と期待を背負った帰り道に私はふと気がついた。
まだ、できる事はあるはずだ。代表の知り合いであったとしても相手は指の人間だ、危害を加えようと思えば簡単に手を出せる。なら、それ相応の抵抗を試みるべきだ。
だけど、武器を多数持ち込んだところで数にモノを言わされれば勝てないだろう。それでも、私にできるのはそれくらい。仲間を連れて行けば襲撃と見做される可能性もある。
路地を歩きながら、足りない頭を必死に回して考える。明快な策は出てこない。
そうであるならば、やはり雁首を差し出す気持ちで行かなければならないだろう。本当に、本当に癪だ。ああは言ったけれど指の指名に従うなんて半ば自殺に等しい行為だ。
それ程までに躊躇われる事だけど、何か利がある様な気がしてならない。漠然とした、私の強さに関わる何かがあるかもしれない。毎回依頼の度に思う妄想であるのかもしれないけれど、今度こそはその直感が身を結ぶと信じている。
思案を巡らしている内に、数人が私に群がってきていた。
ボロボロの衣服や、錆びたナイフを見るにネズミだろうか。それくらいなら対処できる。不恰好にナイフを持ち、男が一人突っ込んでくる。
突き出された腕は歩いているのだと見紛うほどに鈍く、簡単に掴むことができた。離せ、離せと喚いている気がするけど、どうでもいい。
さっさと殺して・・・・・・ああ、そういえば護衛依頼の要項に殺害を禁じると書いてあったっけ。
丁度いい練習台だ。
掴んだ腕をこちらに引っ張り、男の体制を崩す。負けじとナイフをこちらに向けながら倒れ込んで来る男を横目に、そいつの腹に蹴りを入れる。
2、3m程吹き飛んだ後そいつは吐きながら倒れ込んだ。
ちゃんと吐瀉物が喉に詰まらない為の姿勢をとっているのは良い。やられる想定ができているんだな。
そう悠長に考えていると、今度は二人がかりで来た。片方は剣、もう片方は金属の棒か。しっかりと挟み討ちの形になっているけど、肉体の性能差を度外視し過ぎだ。
軽く横に避けると、長物を重さに任せて振りかぶり重心が寄った二人の男は互いの武器を避けられず図らずとも同士討ちとなった。
何をやってるんだろ、コイツら。
襲いかかってきたネズミはこれで最後か。痛みに悶えていたり、汚いモノを撒いている奴等を尻目に推量する。
肉弾戦はやはり苦手だ、さっきだって掴んだ腕を引っ張るのではなく単に掴んだまま蹴りを入れれば良かったろうに。まだまだ未熟だ。
その当てつけとして、悶えている二人を軽く足で蹴る。
痛みによる叫びの中に少しばかりの歓喜の声が混じっていた様な気がするけど多分気のせいだろう。
代表の力を借りよう。
無事、事務所に帰ってくることができた。この辺りに指や組織が新しく出てきたという噂はなかったけれど、少し不安だった。
「代表。とりあえず、依頼の受諾を済ませました。提示された場所があまり聞いたことのない場所だったのですが、何か知っていますか」
剣を手入れしながら、彼の顔を視界に入れつつ質問をする。相変わらず隈が目に残っている。
そういえば一度、夢の中で暖かい声を聞いたことがあったと言っていた。暖かい声について話しているにしてはかなり、嫌悪感が募っていたように見えたけど。
「ふむ、悪いが俺もあまり知らないな。だが、ここは親指の管理区域ではなかったはずだ。それについては安心していいと思う」
スーツの綻びを裁縫道具か何かで直しながら、私の質問に答えてくれた。器用だな、でもなんで縫ったところが何もなかった様に見えるんだろうか。
「親指の管理区域じゃないところで親指の構成員が護衛を頼む。まあ、不自然ではないですね。ただ、その人の階級にもよりますけど」
「俺が以前会った時はカポ
カポは協会直属や上位のフィクサーでないと対等と見做されないはず、つまりはそれほどの武力はあるわけで。
私を殺したくて呼んだとしか思えない。
「代表。どうやって身を守ればいいですかね」
少しおちゃらけて言ってみても彼の顔は変わらなかった。笑うことは以前よりは上手くなったはずなんだけど。
「俺が新造してもらった武器を使ってもらっても構わないが」
「いいんですか!やった!」
新しい工房武器。どんなモノなんだろうか。心を身勝手に侵食する不安が少し振り切れる。
そうと決まり、彼が次元棚から引っ張り出してきた箱を預かりいつも使っている廃ビルに向かった。
全く上手く扱えなかった。
取り回しが悪いなんてモノじゃない。まず一つに重すぎる。振り回そうものならこっちの腕が持っていかれそうになる。後、機構が複雑だ。
斬撃、衝撃、刺突。あらゆる攻撃を許容範囲まで何でも吸収する。そしてその衝撃を何かに転用するそうだけど。
そんな複雑な操作戦闘中にやれるほど器用じゃないよ。私の限度は剣に無駄なく油を撒くことぐらいなのに。
「せっかくお貸ししてもらったのに申し訳ないです」
「こちらこそ済まない、もっと汎用性の高い武装を製造してもらうべきだった」
そうやって、彼はバツが悪そうにこちらを見る。でも、勝手に扱えないというのはそれだけ他者に奪われる可能性が低いことにもつながる。寝首を掻かれる事も少ないんじゃなかろうか。武器を狙っての目的に限るが。
「となると、身を守る方法は使える武器を何本か持っていってそれを、何でしたっけ弓矢でしたっけ。もう殆ど使われていない、禁忌スレスレの武器。アレみたいに放り投げるくらいかなあ」
私の幸運もついに終わりを向かえたのだろう。諦念からか、今までよりも明るく振る舞えている様な気がしている。
代表は黙りこくっている。
まあ、そうだよね。私はクレスさん、あの人の姉に頼まれただけのお荷物だ。それが勝手に死んだところで穀潰しが一人消えて清々するんだろう。
きっとそうなってもこの人は生きていけるんだろうな。一級フィクサーで、コネもあって。私とは何一つも重なるところはない。
あまりの遠さにため息が溢れる。
「すいません。吸っていいですか?」
私の問いに彼は黙ったまま首を縦に振る。
代表がいつも吸っていた、安物の煙草。それでも、私にとっては唯一の彼と同じになれるもの。
火を点けて、煙草を口につけ息を吸う。肺に飲ませ、それを循環させて口から吐く。代表が吸っているものが私の中を駆け巡る。
依存性のあるものが含まれているから吸いたくなるのだそうだけど。私はそれが原因ではないと思っている。
一本吸い切り、萎びた煙草を足で踏みつけて始末する。廃ビルの窓から、床から薄く立ち上る煙が逃げていく。
つい下を向くと、金色の髪が私の視界の上部を遮った。気付かぬうちに前髪が伸びてきていたようだ。
「代表。後で前髪を切ってもらってもいいですか」
その後軽く彼と模擬戦をやって、最後の足掻きを終えた。
万策尽きて事務所に帰ってきた。もう、裏路地の夜が近い。最期の晩餐に何か贅沢なものでも食べようと思ったけど、この時間じゃどこも開いていない。
ボーっとしながら、机の上にある水瓶を眺めていると肩を叩かれた。
「髪、切ってくれと言ったんじゃないか」
ああ、そうだった。椅子から離れ、彼の下へと向かう。少しだけ駆け足になっている様な気がするけど、多分気のせいだ。
鏡の前にある、小綺麗な艶のある椅子に座り、彼を待つ。
鏡の中の自分はなんだか、子供みたいに泣きそうになっているように見えて。それが昔の自分にそっくりなように感じられて。
私はそれを懐かしむほどになっていた。かつての自分への憎悪も時が経てば、小さな波を起こす程度になっていたのだろうか。ならば、私の強さへの執着はなんなのか。きっとそれは、私でもわからないのだろう。
代表が私の後ろに、鋏を持って立つ。ただ、鋏を持っているだけなのに威圧感を放っている。あらゆるモノが武器にでもなるのだろうか。
そう内心で苦笑して、彼の手と櫛が私の髪を掬うのを楽しむ。
「わざわざそんな風にする必要ないのでは?ただ、前髪を切るだけでしょう」
「癖でやってしまっていた。まあ、いいだろう」
あの日断髪して以来、もう髪を肩口より下に伸ばすことはしなくなった。自分なりの決別、安っぽいモノだが。昔はこの人もぎこちなく切っていたっけな、今では見る影もなく慣れ切ってしまっているけれど。
気がつけば、既に前髪の散髪が終了していた。眉に降りてきていた髪は、額の中線ほどの高さまで切られてアーチの様になっていた。
個人的に綺麗だとは思わないけど、これに慣れ切ってしまってこれ以外となると違和感が勝ってしまう。
「ありがとうございます」
そう言って私は自室に向かい、最後の手入れと睡眠に励んだ。
ついに、朝が来てしまった。
朝の飯を自分がしっかりと動ける程度に食べ、次元鞄に予備一式を入れる。
部屋を後にする前に、じっくりと部屋の中を見渡す。
玄関に向かいながら、代表と挨拶を交わす。相変わらず無愛想な顔をしている、心配そうな目をしていたのは私の幻覚なんだろうな。
深呼吸をして、扉を開ける。
「では、行って参ります」
「ああ、気をつけてな」
駆ける足は、いつもより重く感じられた。
一人の女性が出ていった空間で、長身の男は書類の山の横にある電話に手をかけた。
番号を入れ、相手の応答を待っている。彼の足を忙しなく動かしているうちに、細い糸が切れるような音がして連絡が繋がる。
「お前の要望通り、俺はお前があの子を殺すつもりだと刷り込むように動いた。これでいいんだろうな」
「ああ!そうしてくれないとつまらないからね。お前はちゃんと仕事はできるんだから、ちゃんと依頼として頼んで良かったよ。楽しみだ」
電話口から聞こえてくる甲高い女の声に彼は顔を顰める。
「俺はお前を信用はしている。お前の在り方は親指の中でも珍しいと思っているからな」
「もちろん、依頼は守るよ。私だって命は惜しいからね」
「何を言う。お前と俺が殺し合えば相打ちにはなるだろう」
男の語気が強まり、電話口の相手に剣を向けるような覇気が漏れていく。
「そうなるから、嫌なんだけど。まあ、いい。半殺しにしてちゃんと強くしてやるよ」
「過半を越えればお前が殺されることになるな」
その言葉を最後に、受話器を戻し通信を切る。男は手で顔を覆い肺から目一杯の空気を吐く。
「きっと、間違っている」
その懺悔は誰の耳にも届くことなく空気の中に散らばっていく。
「チッ!勝手に切りやがって。積もる話の一つくらいないのか」
女は悪態を吐きながら、受話器を戻す。そして、銀白色の髪を靡かせながら目の前に跪く男に赤ワインをぶちまけたかの様なコートから出した足を無遠慮に乗せる。
「で?なんだったか。今月分の金が払えない、だったか」
男は震えながら、頷く。
「ふうん。私は自慢だが格安で身の安全を保証してやってんだけどな。自分の身のために割く欲も無いと」
男は黙ったまま動かない。
「ああ。いいぞ喋って、弁明くらいは聞いてやる」
男は息を吸って吐いてかろうじて口を動かす。
「すみません。すみません。必ず後になれば払いますのでご容赦を 」
女は言い切らせることなく男の横腹を蹴り飛ばし、数メートル離れているであろう壁際で蹲らせた。
「はあ。欲に対する礼儀も、私に対する礼儀もどちらもなっていない。お前が言うべきだったのは今すぐにでも金をかき集めてきます、だ。私の面子も潰し、自分の欲にも誠実にならない。こりゃ更生の余地なしだな」
壁に立てかけた長身の銃を持ち、男に近づいていく。
「ひい、助けて。許してください」
「誰が喋っていいと許可を出した、また罰が一つ増えた」
銃床を頭に叩きつけて、男の頭を打ち砕く。脳の様なものが傷口からはみ出ている。もう一度、銃床で顔を横から殴り、首をへし折る。
「はあ、せっかくの部屋が汚れちまった。おい、ソルダートはいるか」
「ここに」
女の呼びかけに、どこからともなく部下の女であろう者が現れた。
「あの死体を臭いが出ないように処理して、一先ず来客から見えないところに片付けておいてくれ」
「は!」
ソルダートの女は二つ返事で、掃除用具を取りに走っていく。その姿を見ながら、銀白色の髪の女、レンナ・へーゲルンは銃弾で手遊びをしながら走るソルダートを見る。
あいつ、私への礼儀は大したものだがいかんせん欲が見えない。欲を欠いた上での礼儀は意味がない、親指の先輩として人肌脱いでやろうか。
彼女がふと時計を見ると、依頼の時間が迫ってきていた。
「もうそろそろか。いやあ、あの時の娘がどうなっているのか楽しみだ」
部屋に戻り、柄の上部に銃口がついた剣と長身の銃を持ち準備を整えている。彼女の笑みはまるで、長らく会っていない孫を思うような笑みだった。
楽しみにしてる人がいるか知らねえけど、とりあえずおらあぁん!
最近気づいたんですけど、ねじれ探偵の劣化版じゃな?コレ
書き続けてよいか
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書いてもいい
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書くな