身震いを必死に見ない振りをして、ひたすらに歩く。
目的地までただひたすらに。
歩き続けていると多くの人影が見えてきた。その中で、一際目立つ格好の人がいる。くすんだ赤色の衣服を茶色のスーツの上に着込んだ銀白色の長髪の女が一人、テラス席で飲み物を嗜んでいる。他にも、同じ様な席で飲み物や食事をしている者も沢山いる。
だけど、そこに活気というものは見えない。皆粛々と自らのモノに意識を向けている。
そこに座っている人間に無礼にならない様に、自分の身を守るために。
その赤服の女に私は一世一代の大舞台に立つ演者の様に近づいていく。体に入る力を逃す事もできず、震えとなって発散される。
「お?そろそろだった?ここのコーヒーは裏路地にしては美味いんだ、つい頭がそれで埋まってしまっていた」
彼女が席を立つと、私の鼻を香ばしい匂いが通過する。香水だろうか、甘ったるい空気が頭を酔わせようとしている。
私よりも頭二つ分程背丈は小さいのに、何か名状し難い威圧感を感じる。吟味する碧い瞳は私そのものよりも奥深くを見ているような気がした。
「自己紹介が遅れて申し訳ない。南部親指カポ
彼女は胸に手を当てながら膝を曲げ、慣れた身振りで自己紹介を済ませた。
左襟についてある三つの金具が目に入る。アレが彼女の親指での階級なのだろう。代表が言っていたように、行動をしなければ。
「む?ああ、許可を得たいのか。いいぞー、紹介して」
黙りこくり、ただ彼女の許可を待つ。親指の連中はこんな窮屈な事を毎日やっているのだろうか、何もしていなくても首が締まりそうだ。
「許可を頂きました次第です。4級フィクサー、リィン・ラキュラと申します」
ぎこちないというのが自分でも分かる。不恰好だがやるしかない。
「4級。4級か、うんソルダートと同じくらいだけど・・・・・・君のそれに免じて私はカポと同じように扱おう。あくまでも私だけだけど」
階級を重んじる親指がそんな皮算用でいいのだろうか。親指の組織構造なんて概略しか分からない私が口出しするのも、この言葉を真に受けるべきかも分からない。
「ずっと黙ってどうしたのさ。君はそういう人だったか?私の記憶じゃあそうではなかったけど。別になんでもいいからさ、話そうよ」
また、黙ったまま許可を得るべきだろうか。いや、どうせ死ぬのなら好きにしよう。
「それでは、依頼の内容について教えていただいても構いませんか」
私が口を開いた瞬間、彼女の目は少し上を向いて頭を掻き始めた。
「あのさ、私がこうやって談笑しようって言ってるのにそれをぶった斬って本題に入るのは失礼でしょ。はあ、腕を出せ。顎とか喉は勘弁してやるから」
握手を求めるかのように、私の腕を引っ掴もうとする右手。それから発される害意を私の本能が受け取る。
私はすかさず剣を振るった。しかし、それは彼女の剣によって防がれた。
「そうか、やっぱり無礼だね。私から君への依頼内容は変更だ。自分の身を精々護衛しなさい」
力強く振るわれるその剣と私の受けるだけの剣が打ち合う。その押し切ろうとする膂力に私の体は後方に吹き飛んでしまう。
私の持つ剣の面に蹴りの追撃が加えられ、彼女の姿が線と共に小さくなっていく。
「死ぬなよ。依頼満了の報酬は用意してあげるから」
まさか、アレだけでこんな事になるなんて。クソ、あの小さい身体のどこにあんな力があるんだ。
吹き飛ばされ、机か何かにぶつかったと思ったらいつの間にか彼女が座っていた店の中で大の字になっていた。早く起き上がらないと。
商品棚から溢れた粉が私を香りと、幕で覆う。
見えないわけじゃないけど、あの人の匂いはかなり特徴的だからそれでも判断しようと思ったのに。
剣を初めに締まっていた鞘とは違う鞘に滑らせ、液体の感覚を味わう。よし、とりあえず準備できた。
引き抜いて、剣から放たれる蒼炎を確認して構える。突貫してきても何もおかしくない。
「邪魔するよ。まだ店はやっていけそう?まあ、無理か」
ふざけた独り言が正面入り口から聞こえてくる。それを聞き逃さず私はその方向へ炎を放つ。
粉塵を巻き込みながら私の炎が彼女の周りを包む。しかし、そこから一本の紐のようなものが飛び出る。すかさず炎の壁を放ち、受け止める。
「その炎、見た目通りの壁になるのか。どのくらいで壊れるのかな」
品定めか、初めからアイツの手のひらの上で踊らされる気分だ。
腕につけたグローブの加速装置を利用して、空を歪ませる程腕を早く振る。剣から放たれる炎を空中で硬化させ、擬似的な飛ぶ斬撃を作りあげる。
炎の中に炎の斬撃を叩き込む。ある程度の有効打になって欲しいものだ。そう思ったのも束の間、爆発音と共に冷気が私の足元に伝わってきた。
消火を試みたのか。
だが、冷気が飛び散ってなお、炎の斬撃は彼女に向かう。刃がかち合う音なく掻き消えた。当たってくれたか。息を吸い、自分の心臓を落ち着かせようとした瞬間、金属が擦れる音がグローブからしたのが耳に入りそちらを見る。すると、グローブに何かが巻き付いてきていた。
背中を襲う悪寒に負け、急いで外す。その数瞬後、グローブは見るも無惨に輪切りになってしまった。
もし外すのが遅れていたら、そんな事は火を見るより明らかだ。
「暑いったらありゃしない、服が頑丈でよかった。あと消えないのかなそれは。いや、何か特定の手順を踏まないとダメなのかな?お陰で涼しい格好になっちゃった」
上半身の服が半分以上なくなった格好で呑気に彼女は私に近づいてくる。
いつ仕掛ける。炎のタネは割れてない。けど、左手に構えた拳銃はこちらを向いて離さないし、右手の剣は嫌な予感がする。
机と商品が散乱している店内で、人二人分の距離を詰めず離れず見合う。
彼女の右腕が動く。
彼女の剣が伸びようとしているうちに、私は鞘の中の油を剣にかけて火力を上げ、炎を肥大化させる。部屋を覆うほどの炎の剣を加速装置による推力を用いて振りかぶる。
しゃがもうが、飛ぼうがこの大きさなら当たる。
拳銃が声を上げると、炎の剣の面を伝い私の腕に痺れが響く。剣が反対方向から殴られるような衝撃を加えられて向きを変え、壁に突き刺さる。それと同時に柄にまで火が上がる、もうこれはダメだ。
手を離し、丸腰になる。次元鞄から予備の剣を取り出す。それが終わった時には、鞭のようにしなる刃が何十もついた紐が私に近づいてきていた。
蛇腹剣。
次元鞄の中身を一部、無造作に飛び散らせる。飛び出る武具が蛇腹剣の行く手を遮って事でそれは空中で軌道が変わり、私の一歩先に落下する。
一先ず、この閉鎖空間から出ないと。あんな広範囲攻撃、こんな狭いところじゃそう何度も対処する事はできない。
後ろをチラリと見ると裏口の存在が確認できる。背中を向け急いで扉に向かう。
二歩進むとその時には既に彼女の姿が私の右側に並んでいた。彼女の脇腹から銃口が顔を覗かせ、私を捉えている。反射的に剣を体の前に構えたが、左横からの衝撃に姿勢が崩れてしまう。
あの短い足じゃ届かない筈なのに。
グラリとする視界の中で彼女の左手に長身の銃が握られているのが見える。二丁持っていた、そしてあれで殴られたか。
右手の蛇腹剣と左手の銃。どちらも致命になる。
こんなところで殺されて、満足いくわけがない。勝手に呼びつけられて殺されるなんて巫山戯ている。
倒れゆく体を、必死の踏み込みで支えてそのまま彼女の懐に入り込む。
最初に打ち合った時、彼女の剣は伸びる素振りはなかった。なら、能動的な操作が必要な筈。加えて私に肉薄している距離なら如何に制御が得意だろうが予備動作が致命的な隙になる。
問題は、膂力の差。なら打ち合わなければ良い。
彼女の左側に無理矢理近づく。銃口が私を捉えて離さないがそんな事はどうでもいい。貫通力の高い弾丸や銃は禁忌だ。痛みを耐えれれば済む。
剣を力が加えられるギリギリまで端の方で持ち、残った右腕のグローブの加速装置で振り回す。
彼女の剣はこの距離ならまだ届かない、よし通る。銃から爆発音がする、銃弾が放たれた。
歯を食い縛り来る痛みに備える。しかし、当たった筈なのに衝撃も痛みも少ない。私の刃は彼女の肩上数センチまで届いている。
これで決まって。
瞬間、着弾点あたりから爆音が響く。金切り声のような音が、私の身体を媒介に店内に響いていく。不意のその音に私は数瞬気が逸れてしまった。
朦朧としている意識の中、彼女の剣が振るわれる。
体を袈裟斬りにされ、痛みで体がのけぞる。不恰好にだけ振るうことのできた剣は右腕ごと切られてしまう。
「ああ、ああああ」
蹴りを繰り出しても重心がおかしくなった体では、何も思い通りにいかず当たることなく転けてしまう。
倒れゆく中で両足を一遍に切り落とされ、踏ん張ることもできず地面に伏す。
普段の模擬戦と比べ物にならない痛みが私の身体を犯していく。
「がっああぁ。痛い、痛い、痛い。助けて、たすけて」
自分の声とは思えない、錆びついた歯車を無理矢理動かしたような音が私の喉を震わせる。
その痛みをのたうち回る事で少しでも意識から晒そうとしても、短くなった手足じゃ満足に動けない。いつもならあるはずの手で、アイツの足を掴みたいのにそれを試みる事もできない。
涙で視界が埋まり、彼女の姿も微かにしか見えなくなっていく。でも、そんな中でもアイツが手を叩いている事が分かった。無礼者が無様に死んでいくその光景が親指は好きなんだろうか。もう死ぬというのに無駄な思考が頭を支配する。
嫌だ、死にたくない、死にたくない。
「おとうさん」
不意に漏れた言葉は生きてすらいない人を呼ぶモノだった。
血溜まりに脚を突っ込み女の横にしゃがみ込む。
四肢が飛び、その痛みからか意識を失っている女に止血剤を打ち、できる限りの応急処置を施した。後はソルダートに持たせてあるアンプルを使えば飛んだ四肢は治るか。
何はともあれ、楽しかった。そしてとても筋が良かった。
私の手段とこの小さな体という欠点を、存分に分析して抗ってくれた。キチンとこの子は生きようとする欲望に従順だった。
音響弾のせいでまだ耳はよく聞こえないけど、とても痛みに悶えているように見えた。そういった忍耐をカルムの奴は鍛えてなかったのか。まあ、親指と違って治すのに外部に依存しきらないといけないなら、カネの節約にそうするかな。
でもアンプルはカルムの自費で寄越してきた。なら、アイツは自分の手を汚したくなかったのかな、それとも情が湧いて追い込めないからなのか。
応急処置をしているとはいえ瀕死の重体だ早くアンプルを持って来させないと。
「おい、そこのソルダート達」
近くに配備させておいたソルダートに声をかける。
「そこにある死に損ないをキッチリ見張っておいて。私はアンプルを取りに行くから」
頷いたのを見て、走って向かう。急がないと。
一分もかからず戻って来れた。流石に生きているはず、死んでいたら困る。
私がぶち壊した店の中に立ち入る。自分で壊したのだから修理費ぐらいは払ってやるか、上に立つものとして。
商品棚や、店内の机や椅子などが先程よりも散乱している。何かあったのか。
「ソルダート、ソルダートは大丈夫か」
声をかけても、帰ってくるのは私の声だけだ。その不自然な静けさに私の中に焦りが生まれる。
クソ、私が殺されちまうだろ。何処のどいつがあの子を狙っているんだ。
悪態を吐き、剣を握りなおした瞬間。
私の首元を何かが掠める。
避けた後、右手が首に添えられているのを理解して普段の位置へと戻す。
なんだ。何がいる。あの子の剣の火が消えたせいで店内は暗く、隠れられたら目視だけでは厳しい。音もなく私の首を狙ってきた、手練には違いない。
左手の拳銃に弾を込める。氷結弾と衝撃弾、後は火炎弾でいいか。二発ずつ、ジャムが起こらないように丁寧に。
進んで行くと、最初は見ずらかった人影がはっきりと見えるようになった。しかし、下手人じゃない。
そこには、首の血管が通っているであろう部位と腑を食い破られた死体が二つ、私が監視を頼んだ人数と同じだ。
武器で切り裂かれただけじゃなく、確実に食われている。ソルダートとはいえ、平均的なフィクサーよりは強い。そうでなければ親指が舐められる。
なら、それほどの脅威がこの付近で噂になっていないのはおかしい。もしくは噂にならないほど隠密行動に長けているか。
私の方に向かってくる人影が一つ、確かにある。
私が気づいたことは気取られていないか、ギリギリまで引きつける。私の胸に殺気が飛ばされるのを感じ、剣で切り伏せる。
しかし、切断した手応えではなく、ただ少しばかり後退りさせたほどだった。
「マジか」
不意打ちが失敗したからかそいつがこの店から出ようとした瞬間、見えた姿は信じ難い姿だった。
歯が尖り、目が真紅に染まったリィンの姿だった。
書き続けてよいか
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書いてもいい
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書くな