俺は眠っていた、まどろみの中で夢らしからぬ夢を見た、俺が馬に轢かれてあの婦人に泣きすがられているシーンだ。
「そういうことか」
この体はその時点で死んでいた、前世の俺と同じように事故死だったんだ、そして同じ名前、同じ姓を持っていた、つまり俺は俺だった、異世界の俺だったんだ。
その事を理解すると身体から何かが抜けていって、夢はそこで終わった。
夢の中で暗闇に取り残された俺の右手には手紙が一つ握られていて、一行分の文章が子供のような泳いだ字でつづられていた。
『入れ替わりだって、俺は君の方に行くよ』
「そうか……頑張って来な、こっちは任せろ」
__……キト……アキト……
意識の外から誰かの呼ぶ声が聞こえる、呼ぶ声は体を揺すり俺はそれで夢から目覚めた。
「おはようアキト、よく寝ていたわね……熱もすっかり下がって」
目が覚めて最初に視界に入ったのはあの婦人の慈しみのある顔だった、夢の内容と合わせると死にかけていた息子が生き返ったようなものだから、きっと途方もない思いでいっぱいだったろう。
「ごめん」
これは俺と出ていった俺の分、違う俺で済まない、親より早く死んで済まない、全ては不幸な事故だったんだ。
「なんで謝るの……?」
理解しなくていい、知らなければ幸せなこともある、託された俺も託した俺も悲しませたいと思っていない。
そのために真実を伏せることを許してほしい、幸い入れ替わっても記憶はある、旅立った俺の方も記憶を持っているはず、これは成り代わりじゃない、ただ気分が変わっただけのようなもの……言い繕うほど自分で嫌になるがなんとしても伏せて置かなければ。
「気にしないで、何でもないよ」
「そう……ならいいわ、でも、貴方までお父さんみたいに居なくなったりしたら……」
……早速俺が置いていった記憶を思い起こす、なるほど……数年前に父親が戦死している、どうやら徴兵されたようだ。俺が生まれてすぐに戦争へ向かい亡骸は帰ってこなかったと記憶されている。
「大丈夫、俺は死なないよ」
まだこの体は子供、10に満たない齢だ。俺が死なない事が最大の親孝行になるなら俺は体を鍛えよう、誰にも負けない体を作り知識を蓄えよう、常識や習慣などは何度もいうが覚え直しになるな……出ていった俺が記憶を置いていってくれているがまだ子供、そういう部分はまだ知らなかったようだ。
「俺は死なないようになる」
「アキト……」
「ねぇ母さん、お腹すいたよ」
直後、ぐぅと俺の腹が鳴る、俺の身体は夜通し熱にうなされてろくに食べられていなかったみたいだ、空腹感が押し寄せてくる、生きるために食えと本能が理性をせっついてくる。
婦人、いや、今は母さんか。
母さんはラズベラ……ラズベラというのか、異世界らしい名前だ、よく覚えておこう。
ラズベラ母さんは俺の言葉に目を丸くして、すぐに優しく笑って答えてくれた。
「はいはい、元気になってなによりよ」
ラズベラ母さんがキッチンへと料理を作りに歩いていった、俺はベッドから体を起こして家の中をじっくりと観察してみることにした。
粗雑な小屋、むしろ平屋というべきか、薄い木の板を張り合わせた壁に丸太を柱にして屋根を載せただけの家の形をしてるだけの建物、家具はテーブルとイスが二脚、角が欠けたタンスが壁際に一つ置かれている、そして父の形見の剣がタンスの横に立てかけられていた。
ラズベラ母さんは明るく振る舞っているが現実として貧しい暮らしをしていみたいだ、こっちの俺の記憶の中ではそんなこと感じていなかったのはひとえにラズベラ母さんの明るさがあったため……だ。
「いつからこんな生活に……」
思い出そうとしたが、生まれ時にはこの家に住んでいた。
「なら、俺にできることは……」
母さんを幸せにしたい、こっちの俺が残した記憶の中にひときわ強く残ったものだ、それには俺も同意した。俺も前世の母親には悪いことをしたと思っている、罪滅ぼしにもならないがこちらの世界ではもっと尽くしたい。
「親孝行か……何で……金か……」
何をするにも金がいる、こちらでは硬貨が主流らしいな、鉄銭、銅銭、銀銭、金銭、という物があって鉄銭から金銭にかけて価値が上がる。
「商売……か」
「アキト? ご飯ですよ……さっきから何をブツブツと」
「あ、ごめん母さん……」
いつの間にか俺の座るベッドの前にテーブルが寄せられその上に半切れのパンと薬草のスープが並べられていた。
「体に良い薬草が手に入ったの、パンにも練り込んであるから全部食べなさいね」
「ありがとう母さん、いただきます」
食事の前に手を合わせパンを取ろうとして、ラズベラ母さんは俺のことを首を傾げてみていた。
「いただきます……? いつも食べる前は神様に祈りなさいっ言ってるでしょ?」
「あ、ああ、そうだね、ごめんなさい、まだ頭がスッキリしてないのかも……」
「……病み上がりを叱るわけにもいかないわ、もういいからゆっくり食べなさい」
……こう言う習慣から、一から直していこう。
ひとまずその事を置いておき、薬草が練り込まれたパンを手に取り齧り付く。
「ふぁふぁい……(かたい……)」
ふわふわのパンをイメージしていたが主食はどうやら硬いパンらしい、表面がかなりの硬質で噛むごとにバリッと音を立てた、硬さを覚えた後にしっかりと咀嚼し味わってみる。
「おいしい」
「良かったわ、初めての組み合わせだったから」
小麦に似た風味に薬草の香りが追いかけてくる、なんと表現したらいいかと悩む、ほうれん草だ、ほうれん草が練り込まれている硬いパンと表現できる。
スープの方も手に取り器に口をつけて飲んだ。
「あふあふ……ずずっ……うめ……」
スープは薬草の風味が立ち、少し辛味が感じられた、あと油気も少しある、これは……中華スープのようだ、なんだか文化が入り混じっているように感じられる。
「スープはおいしい?」
「うん……パンに合わせるには、ちょっと不思議かも」
「なるほどねぇ、行商人さんからレシピと材料を教えてもらったの、遠い国では健康のために飲むらしいのよ」
中華文化に似た物がある、となると日本風の、魂の故郷に似た文化もあるのかと少し胸が高鳴る。
この後は言葉少なに食事を終えて、パンもスープも腹の中に収めて満腹だ、眠気に誘われるがまだ窓の外から見える太陽は高い。
「少し、外に出てみたい」
「動いて大丈夫? 足は痛くない?」
「平気だよ、ほら」
ベッドから立ち上がり片足立ちで飛んでみせた、本当に体はなんともない、馬に轢かれて骨折一つないので本当に頑丈だ、だが頭の打ち所が悪く神の介入で俺と入れ替わっていなければそのまま死んでしまっていただろう。
だけどなぜ俺と入れ替わったから頭の傷もなんともないのかは、理由は不明のままだ、気にしても答えは出ない所だろう。
「それなら……大丈夫かしらね……村の外には出ちゃダメですからね、あと病み上がりなんだからお友達と遊んじゃダメよ」
「はーい」
これが異世界で初めての外出になる、不安と希望と好奇心を胸に俺は家を飛び出した。