初めに、土の匂いが鼻を触れた、次に人々の活気あふれる声が耳に伝わる。
「半歩外に出ただけで……まるで異世界だ、ってもう異世界か……」
俺の家は村の中でも高い位置にある、村全体が見渡せて、風が気持ち良い。
村は大きな十字路を中心に道に沿うように建物が並んでいる、十字路の中心には円形の土台がある、その上に様々な露店がひしめく。
村の外に目をやると村は丸太を使った壁に覆われている、そこからさらに外は針葉樹らしき木々が村の周りに等間隔に生えている。
「さ……あの中へ行くとしよう」
俺は人の多い村の中心へと階段を降りて向かう、その道中通りがかった家の窓から顔が飛び出して来た。
「おめぇ! 歩いてええんか!」
「え? え……!」
「なんだ人の顔忘れたんか?」
と不思議そうに俺を見る飛び出して顔は老人のようで俺には心当たりがない、残された記憶にも見覚えがない。
正直に知らないと答えようとしたら、老人は一人納得したように笑った。
「そうじゃあん時は気を失っとったの! ワシは医者じゃ、おめさんが轢かれた時に見てやったんじゃ」
「あ……! ありがとうございました、おかげで元気になりました」
「良かった良かった、後で体を見せてもろうてええか? 経過観察と言うやつじゃ」
「あ、はい、わかりました」
約束ができてしまった、ので、村の中を歩き回るのはほどほどにしよう。
医者の老人の家を通り過ぎると石畳の敷かれた舗装路が村の中心へと続いている、舗装路の両脇には民家が間隔を空けて並んでいる、それぞれの間隔の間には木で作られた物干し竿や見慣れない動物の剥製などが並び、生活感のある場所だと感じる。
「色々とある……それに上から観るよりも大きい……村と言うより街じゃ……これより街がもっと栄えてるってことか」
村を見物しながら中心へと歩いていく、馬のいななきが聞こえ始めるとそこはもう村の中心、大量の荷物と人間が行き交う中心地だ。
上から見た通り舞台の上に大量の荷物が積まれている、その周りには小さい露店が並び立ち特産品や金物、服、怪しげな薬草から鮮やかな花まで、色とりどりの様子だ。
「円形にぐるっと……これ全部店か……すげ〜」
俺が露店の並びに感心していると背後から背中を叩かれ、思わず一歩前へ足を出し踏ん張った。
「よぉ! 元気そうだな! 久しぶりだな!」
背中を叩いた男が俺の正面へ回り込んで笑顔で話しかけてくる、彼には見覚えはある、俺と言うよりはコチラの俺が。
だが、それよりも背中に背負う異様な大きさの剣、身にまとう棘のある獣皮の鎧、それに野性味あふれる筋肉のたくましさ、知っている、こちらは俺にも馴染みがある。
「えっと、グレイヤーンさん……? 教会の狩人の」
記憶の中にはグレイヤーンは魔物を狩る専門家で、聖統合教会と呼ばれる組織から派遣されている人だとされている、しかしこの見た目は……俺の前世にハマっていた魔物ハンティングゲームにそっくりだ、実情も似たようなところがある、本当に異世界に来たんだと思う。
「おう……そうだけど……どうした? なんか、人が変わったみたいだな……? 何かあったのか?」
と、グレイヤーンは俺を見る。
以前に会ったのは数ヶ月前、こっちの俺が狩人に憧れてグレイヤーンと会話したのがきっかけのようだ、そのわずかな接触の中でこっちの俺と意気投合していたみたいだな。
だから俺とグレイヤーンが会ったのは数ヶ月前ぶりということだな、事故のことを知らないんだろう。
「実は……馬に轢かれて……」
俺が馬に轢かれたことを伝えると。
「なんだって!? ……にしては丈夫だな……骨の一本二本折れただろうし……君、狩人向いてるね!」
「お……おぉ」
すこぶる能天気な答えが返ってくるわけだ、グレイヤーン、とても能天気な男だと俺は記憶することにした。
もしもこっちの俺が聞いていたら少し可哀想なことになっていたと思うと心が痛む、なぜか? こっちの俺が狩人であるグレイヤーンに強く高潔なイメージを持っていたからだ。
そうとも知らずグレイヤーンは俺の肩を掴み値踏みを始める、何をしているのか聞く前に答えが出た。
「君、狩人に向いてるよ、一緒にやらない?」
「バカじゃねぇの」
あまりの強引さに思わず悪題が出た、ノータイムで。
「おっおっお〜悪かったよ〜、機嫌直して、ね?」
軽薄なんだか気安いんだどっちともつかない言葉が返ってきた、俺はひとまずこの場を去ろうとしてグレイヤーンに別れを告げた。
「では……この辺で……」
「あーっほんと待って! ちょっとでいいから待って! 話だけでも! 今一緒に先輩も来てて詳しく話が聞けるんだ! お願い! 君も興味あるって言ってたでしょ! お願いします〜っ!」
と、拝まれる始末。
彼なりの焦りがあるのか真剣さが感じられる、態度は変わらないが……俺も狩人と言うのに興味があるのは事実、断り続けるのも俺の気分が悪いからとここは話を聞くことにした。
「良いですよ、ちょっとだけなら」
「ありがとうな〜! 先輩はこの辺の露店を見てると思う、多分古書漁ってると思うんだけど……」
先輩、と言うのものに俺には心当たりがない、こっちの俺もその事は知らなかったようだ。
俺にも前世では良くしてくれた先輩がいた事を思い出す、良い先輩でもなければ悪い先輩でもない、付き合いやすくなんだかんだついて行ってしまうようなノリのいい人だった。
大学に入学したての頃に右も左もわからない時に声をかけててくれたあの人、先輩と言われればまずあの人を思い出すほど俺の心に残る人だっだ、大学を卒業し片思いの人に告白をして振られてしまったから失踪したと噂で聞いた。
俺は、何かできただろうか。
「こんな事を今更……」
異世界だから意味がない、感情に浸りたくても残されたのは記憶だけ、いずれ忘れる曖昧なもの、前世が希薄になれば俺は俺を保てるのだろうか。
そう自分に問うのはやめよう、人前ですることではない。
今はグレイヤーンの先輩に興味がある、狩人やその役割が、もしかしたら今の俺のできること、もしくはやりたいことかもしれない。