俺たちは依頼を成し終え、その旨を依頼主に報告した。
前に言った通り、報酬はちゃんと現金で支払われた。決して安い金ではない。少なくとも、これだけあれば宿に泊まるくらいは楽に支払える。
なので休もうと宿屋に向かった、その時だった。ミラが突然倒れたのだ。ジュードは慌てながら、しかし冷静にミラを診るという器用なことをしていた。
「熱はない……どんな感じ?」
「……力が入らない」
倒れながらもいつもの調子でそうは言う。そして言い終わったと同時に、腹が鳴る音が聞こえた。もちろんミラの腹から。
それを聞いたジュードが目を細め、ちゃんとご飯を食べているかを聞く。それに返って来た答えは、食べたことはないというものだ。
ミラは、今までは食事ではなく、精霊の力で栄養を取っていたらしい。人間からしてみれば、それはとても羨ましいものだ。被災しても、餓死する心配がないということでもあるのだから。だが食事の楽しさを全く知らなかったというのは、かなりもったいない。
「そうか、これが空腹というものか」
「突然ぶっ倒れたから驚いたぞ。まさか原因が空腹とはな」
俺はミラにそう言うが、仕方ない気もする。何せ今まで必要なかったのだから、空腹感が分からないのもしょうがない。
そして宿屋へ向かう途中、アルヴィンが大きな溜息を吐いた。
「はぁ……」
「随分と大きな溜息だね」
「おたくら、実はア・ジュールのスパイだったりしねえの?」
「な、そんなわけないでしょ。ね、ゼニス?」
「ウ、ウン。ソウダネ、ソンナワケガナイジャナイカ」
あ、ヤバ。片言になっちまった。怪しんで……
「軍が特法使って追うなんて、ア・ジュールの軍事スパイくらいだと思うんだけどな」
……ないようだ。よかったよかった。
まあどちらにせよ俺はスパイじゃねえしな。
「誤解だよ!」
「何故それ程そこにこだわるのだ? お前……まさかラ・シュガルの……」
ミラはそこに訝しむが、アルヴィンは首を横に振った。
「違うって。ただ働きでも、おたくらがア・ジュールの関係者なら、軍にコネつけてもらってオイシイ仕事にありつけるかもって思ったんだよ」
ふ~ん、なんか嘘っぽいけど……気にしないでおこう。
「期待にそえなくてすまない。謝礼は必ず払う。だから、もうしばらく待って欲しい」
「わかったよ。そのかわり、待ち時間の料金も請求させてもらうわ」
今まで歩みを止めていたが、会話が終わったことでまた歩き出した。皆はさっきまでと何ら変わりなく歩いているが、俺は違った。心臓がバクバクである。いつかはバレるのを覚悟しているが、今はその時ではない。
そして宿屋に入り、アルヴィンが宿屋のおっちゃんに話しかける。
「いらっしゃい」
「四人だ。とりあえず、すぐに食事だけでも貰っていいかい?」
「すまないね。料理人がまだ来てないんだよ。……おいおい」
おっちゃんが驚いた目で俺の後ろを見たので、俺も後ろに目を向ける。すると、ミラが今にも倒れそうになっていた。それを見たジュードが溜息を吐く。
「だったら、厨房を使わせてもらってもいいですか?」
「お連れさん、ぶっ倒れそうだしな。好きにしてもらっていいよ」
ぶっ倒れそうっていうか、すでにぶっ倒れたけどね、このお嬢。
それにしても何ていい人なんだ、このおっちゃん。俺らがいくら客とはいえ、見知らぬ人のために自分の宿の厨房を貸せるとは。
「あ、ジュード。俺も手伝うぞ」
厨房に向かったジュードを追いかけ、料理の手伝いをする。料理人は来ていないとのことだったが、食材はかなりあったので作るのには困らなかった。
作り終わり、テーブルに座って待っているミラとアルヴィンのとこへ行き、四人分の料理を置いて食べ始めた。
「いただきます、っと」
手と手を合わせてからの、この言葉。
かなりの時間が経っているのに相変わらず日本の習慣が残っている俺は、今でもこれを行う癖がある。以前ジュードに指摘されるまで気付かなかった。
やはりというかなんというか、それを知っているジュード以外の二人は首を傾げていた。
「む? その”いただきます”とやらは、どういう意味だ?」
「あ~、気にすんな。何かを食べる前に俺が言う癖だから」
「それ、前に僕が聞いた時も言ったよね? どういう意味なのか教えてよ」
「そこまで気にすることか? まあいいけどさ。今の言葉は色々な意味があるんだが、簡単に言えば食材に対して、”あなたの命をいただいて、私は今日も生きていきます”という感謝の意をあらわしているんだ。食材にも命があるという考えがなければ意味が分からないだろうが、肉だって元々は命ある生物だった。その命をもらいますという意思の表れだな」
説明が長くなってしまったが、実際にもこんな所だろう。間違ってはいないはずだ。
「なるほど……それは確かにそうだ。ゼニスと一緒にいると、色々なことを知ることができるな。勉強になる」
俺のいた世界とこの世界はかなり違うからな。元々は宗教とかでこの言葉がつくられた訳だし。
「ふむ、それでは私も言うとしよう。いただきます」
「「……いただきます」」
ミラが俺の真似をして、ジュードとアルヴィンが続く。そしてミラが、誰よりも早く食いついた。
「お、うまい」
「それだ」
アルヴィンが俺とジュードの料理を称賛すると、ミラが顔を上げた。今までずっとがっついていたのに。
「食事というのは、なかなか楽しい。人は、もっとこういうものを大切にすればいいのだ。先ほどのゼニスの言葉も同じだ」
微笑を浮かべてそう言うミラは、慈愛に満ちていた。その顔を見れば分かるが、本当に人間が好きなのだろう。
しばらくすると、いつの間にかミラは寝てしまっていた。ちゃっかり食い終わっているところが笑える。
「もしかして寝るのも初めてなのかな」
「……さっきの飯食べてなかったってのもそうだが……何者? この
「マクスウェルなんだって。アルヴィン、知ってる?」
「……マクスウェルだって?」
驚きながら、しかし静かにアルヴィンが言う。
「俺も聞いた。自分でマクスウェルだとか言っていたし、ジュードの話を聞けば、四大精霊を使役していたらしいからな」
「な、四つの元素を操る、最強の精霊を!? ……精霊の主、四元素の使い手、最古の精霊、色々な呼び名があるが……この
「そんなにすごい精霊なの?」
「ああ。信じられないよ。ガキの頃から枕元で、マクスウェルの話を聞いて育ったんだからな」
「そんなミラが壊そうとしている物って、何なんだろう……?」
「壊そうとしている? 何を?」
「あ、うん。確か
「……ふ~ん」
「ミラにちゃんと聞いてみようかな……」
はぁ、ジュードはまた……。ちょっと注意はしておくか。
「興味本位で首つっこんで、ア・ジュールでも追われないように気を付けろよ?」
「……」
「ゼニスの言う通りだが……しっかりと考えるんだな」
「うん、ありがとう。ゼニスにアルヴィン」
今夜の会話はここで終わり、俺たちはそれぞれ部屋へ向かった。
眠っていたミラはどうやって部屋に行ったのかって? 知らん。できれば俺も知りたい。ジュードが運んだんじゃね?
……あの豊満ボディを運ぶ、だと? ……俺がやっとけばよかった!!!
そして次の日。
「おはよう、三人とも」
「おはよう。早速だがジュード、これからのことで話がある」
「うん……」
朝の挨拶が始まり、一秒程で終わった。何とも悲しい朝だ。
「私はニ・アケリアへ帰ろうと思っている」
「ニ・アケリア? ミラの住んでいるところ?」
「正確には祀られている。そこに帰れば、四大を再召喚できるかもしれん」
祀られているとは……さすがは精霊の主、と言った所か? いい身分だな。
「マジでマクスウェルなのか……」
アルヴィンがそう呟いていた。
……ちょっと悪戯してやろうっと。
「彼女を…せば、エ……ス………か?」
「っ!?」
本当に悲しそうに、わざと聞こえないように独り言を呟く。だが少しは聞こえたようで、アルヴィンが俺の方を向いて目を見開いた。
「ん? アルヴィン、どうかしたのか?」
「……いや、何でもねえ」
おやおや。どうしたのかねぇ、アルヴィン君は。
しかしこれよりも北上すると、俺……仕事サボってる状態だからあいつらに連れ戻される気がするんだが、どうしよう。いやでも会わなければ無問題だよな?
……おっと、思考していたら話がすすんでいたらしい。ジュードはミラについていき、アルヴィンも一緒に行くそうだ。
「ゼニスはどうする? 君は元々無関係だったから、君の判断に全て任せるが」
「……色々と考えたが、今の君らは色々と危なっかしい。だから一緒に行くさ」
「そうか、すまないな」
「俺は気にしてねぇから、お前も気にすんな」
俺は手を振りながらそう言って、宿から外に出た。ジュードはそれからミラに何か言ったようだが、外にいた俺にはもう聞こえなかった。
俺が外に出てから一分もせず、二人は出てきた。アルヴィンは海停の出口にいたので、ジュードたちより一足先にアルヴィンの所へ行った。
「……なぁ、ゼニス」
「何だ?」
「……いや、やっぱり何でもねぇ」
変なアルヴィンだな。でも何を言おうとしたのか、簡単に予想できる。
どうせ、ミラ=マクスウェルに関係することだろう。もしくはアレ関連。さっき、俺が小声で言ったのを聞きとってたからな。
「お、ジュードにミラ嬢」
「んじゃ、行くとしますか」
二人が来たのでそう言い、頷き合う。
「ミラ、確かここから北って言ってたよね?」
「どれくらいかかるんだ?」
「シルフの力で飛んだのなら、半日もかからない距離だろう」
「いやいやミラ嬢、それで分かるのは君だけで俺らには理解不能だ」
実際そうだろう。シルフを使役して空を飛ぶなど、普通はやらない。というかできない。
俺の言葉に、アルヴィンも肯定している。
「途中に休めるところが、あるといいんだが」
「地図だと村があるみたいだったし、大丈夫じゃないかな」
「いずれにせよ、ここにいても始まらない。行くしかないだろう」
「はいはい」
これによって、これからの方針……なのかは分からないが、北に行くということが決定した。本音を言えば北上したくないんだけど、しょうがないか。
俺たちは昨日と同じように、イラート間道を進んでいる。ただ昨日は間道の西方へ行ったが、今日は湖に用はない。なのでそのまま北へ向かった。
蛇足になるが、俺はニ・アケリアに行ったことはないが、近くを通ったことならある。だからあそこまでの道も、何となくだが分かる。迷うことはないだろう。
間道には昨日と同じく魔物がいるが、俺にとっては何も問題ない。たまに精霊術を使うのもいるが、滅多な事では俺に当たらな……
「ゼニス危ない!」
ジュードの声が聞こえて横を向くと、噂をすればなんとやら、風の精霊術が俺に向かって飛んで来た。まあ焦ることはなく、横に跳躍して避ける。そしてすかさず反撃する。
目には目を、歯には歯を、魔術には魔術を、だ。
「魔の腕よ湧き出でろ! ネガティブゲイト!」
地面から幾つもの黒い腕が、引きずり込むようにして現れる。それは先ほど俺に精霊術をぶっ放してきた魔物、ゴブリンを消滅させる。次に、偶然俺の横にいたウルフに斬りかかる。
「散沙雨!」
これは、簡単に言えば連続突きだ。大鎌を持ち替えて、鎌の柄頭(柄の先端部分)での突き攻撃を放つ。剣ならば刃部分で突くのだが、鎌なので柄頭で突く、というわけだ。
「これで終了……っと。サンキュな、ジュード」
「ううん、大丈夫そうでよかったよ。それにしてもすごいね」
「ジュードもいずれ、これくらい強くなれるさ」
嘘ではない。事実、ジュードは戦闘の才能があるだろう。本人は護身術として習ったと言っているが、あれは既に護身の域を超えている。護身術で兵士を倒せるとは、兵士が可哀そうだ。仮にも訓練している身なのに、医者の護身術に負けるとか。その事実を知ったらプライドがズタズタになるのではないだろうか?
というか、鎧を着てても痛いパンチって、どんな拳してるんだ?
ともかくこんなトラブルがあったものの、俺たちは順調に北へ進んでいった。