青い炎は、眠る英雄を照らす。   作:杞憂谷

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第九話 『流星』

夜が更け、冷たい風が北壁を抜ける。星は雲に呑まれ、頼りない月だけが街を薄く照らしていた。

 

開始から十時間ほど。夜明けが近い。

 

右、二十メートルほど先のアリエッタは、ストレッチをしたり体を揺らしたり――退屈そうだ。

 

私とアリエッタの間では、ゼハンがいびきをかいている。

 

反対側のイレーネは姿勢を崩さず、前だけを見る。開始から長いが、集中は微塵も切れない。

 

生意気でいけ好かない奴ではあるけど、こういう真面目なところは流石だなと思う。

 

そんなことを考えていると、今まで麻袋に入ったままだったゼハンが急に起き上がり言い放つ。

 

「うわっ、なんだこれ。くっさ」

 

臭い……? 辺りは石灰と草の匂いしかない。

 

「急に起きて何よ。変な夢でも見てたんじゃない?」

 

ゼハンは鼻をつまみ、眉をしかめて言う。

 

「いや、違うな。モンスターだ。森の方から近づいて来てるぞ」

 

そう言われ森に目を移す。

 

森から鳥が群れで飛び立つ。木々がざわめき、地が鳴る。

 

私はアリエッタを呼ぶ。

 

「アリエッタ!この男がモンスターが来るって言ってる!森の方から!」

 

眠くて半開きだったアリエッタの目がキリッと開く。

 

「わかった!ちゃんと見とくね!」

 

そしてアリエッタとは反対側に立っているイレーネにも声をかける。

 

「イレーネ!モンスターが来るって!警戒して!」

 

「何いってんのよ!その人の言うこと信じてんの!?なんなのよ一体!?」

 

すると森の方から足音が微かに聞こえる。

 

森の木々が揺れ、大木が薙ぎ倒される音。

 

その音の主は一瞬で姿を現す。

 

ドドドドドドドという音と共に、体高三メートル、全長五メートルほどの真っ黒な影。全身に瘴気をまとい、無数の手足でこちらへ突進してくる。距離は五百メートル。

 

そのおぞましい姿にゾッとするしつつも

 

私はモンスターから目を離すことなくアリエッタとイレーネに指示を出す。

 

「アリエッタ、イレーネ! 隣へ伝達! アリエッタは続けて警備長に、警笛も!」

 

「分かった!」

 

アリエッタは返事をすると、右で警備している人にモンスターが来ている旨を伝えると、石段を下っていく。

 

イレーネもすぐさま伝達を終え、懐から杖を取り出し戦闘態勢に入る。

 

「メティちゃん達は逃げて!あいつと戦うのは魔導士団の仕事だから!」

 

そう言い放つと、イレーネは杖を高く掲げ、岩魔法を発動する。

 

頭上に岩塊が生まれ、みるみる肥大する。

 

私は麻袋に身体を半分預けたままで半身を起こした状態のゼハンを見る。

 

そうだ、こういうときの為に連れてきたのだ。

 

「ねぇ!あんたなんとかしなさいよ!たくさん寝といて何もしないとか無しよ!」

 

依然鼻をつまんだままのゼハンは、よろよろと立ち上がり、空に手をかざす。

 

するとゼハンの頭上に、イレーネと同じ岩魔法だろうか、岩が生成される。

 

その岩はイレーネとは段違いの早さで膨らんで行く、一瞬にして五メートルは超えているだろうか。

 

そしてイレーネの生成した岩は未だ直径一メートルほど。

 

それをイレーネは迫りくるモンスター目掛けて放つ。

 

風を切るような音と共に、イレーネが放った岩はモンスターをズドンと貫き、大穴を空ける。

 

モンスターの動きが止まる。……が、空いた穴はすぐさま塞がり、先ほどよりも早いスピードでモンスターはこちらに向かってくる。

 

壁上にいる魔導士団の兵士達が次々と魔法をモンスター目掛けて放つも、モンスターの勢いは止まらない。

 

「今のでやれないの!?ど、どうしたら……。でも足止めくらいにはなるかもしれない。もっと魔力を込めて……!……もう一回!」

 

再びイレーネは杖を天に掲げ、岩を生成し始める。

 

一帯に鳴り響くけたたましいほどの警笛。アリエッタが鳴らすよう指示したのだろう。

 

ゼハンの頭上には、すでに直径二十メートル級の巨岩。成長を止め、空中で固定されたまま、彼は状況を見ている。

 

その間もモンスターは通った場所を真っ黒に侵食させながらこちらに向かってきている。

 

「何してるのあんた!早くしないと……!」

 

そんなときだった、

 

「これでどうにかなって!」

 

イレーネはそう叫ぶとモンスターに向かって杖を振り下ろす。

 

その刹那、イレーネの頭上にあったはずの直径二メートルほどの岩が、ヒュンと音を立てて放たれる。

 

私はモンスターへ一直線に放たれた岩の行方を見る。あの大きさなら……!

 

と思った矢先、ゴオォッという音と共に、私の右側からとんでもない大きさの岩が射出された。

 

巨岩はイレーネの弾を追い抜き、砕き、そのまま輪郭ごと飲み込んで地へ叩きつけた。

 

ズドォン!

 

一瞬身体が浮くほどの衝撃が全身を貫く。私は思わず動揺してしまう。

 

「え……!なに……!?」

 

モンスターの方を見ると、見たことのないほどの砂塵と黒煙が舞い上がり、地面は大きく抉れ、火の手が上がっていた。

 

私の横でゼハンが一息ついて、話しかけてきた。

 

「倒しといた。手柄はあのメスガキにくれてやれ……」

 

「は?何言ってんの……」

 

「その為にわざわざ岩魔法使ったんだ……。また何かあったら起こして」

 

そう言うとゼハンは座り込む。

 

モンスターの気配が跡形も無く消え、空気に張り詰めていた緊張感がゆっくりと解けていく。

 

舞い上がった砂塵が月明かりに反射して、まるで小さな光の粒が宙に漂うようだった。

 

イレーネはパニックを起こしているようで、座り込んだまま。

 

「何が起きたの!?私の魔法かき消されたんだけど!?なんなの!?」

 

と、目の前で起きた事態を飲み込めないでいた。

 

警笛を聞き、北門の方から慌てふためく兵士達がモンスターがいたであろう場所目掛けて駆けている。

 

だが兵士達のその動きには戸惑いが色濃く出ていた。目の前にいたはずのモンスターは、もう存在しないのだから当然だ。

 

私の目は自然と、壁の上で座り込み、顔だけ柵から出し、茫然とモンスターが消失した場所を見ているイレーネに向く。

 

肩が小刻みに震え、息を荒げている。

 

「なんで……なの……?……もしかして……」

 

イレーネがこちらを向く、その目は私ではなく、私の背後にいるゼハンに向けてのものだった。

 

ゼハンは既に、麻袋に下半身を突っ込み、今まさに目隠しを付けた状態、横になる寸前だった。

 

イレーネが迷いを振り切るように口を開いた。

 

「ねぇ、メティちゃん。今の魔法、その人だよね……?」

 

「そうだよ……。お守り、役に立ったでしょ?」

 

「う、うん……。よくわからないけど、怖いくらいにね……」

 

小さな声が、夜の静寂に響いた。

 

戦闘の余波で彼女がまだ自分を取り戻せずにいることを感じる。

 

やがて壁上にいた兵士たちがイレーネの元へと集まり、口々に賞賛の声を上げる。

 

「すごい岩魔法だった……あの一撃で仕留めるなんて……!」

 

「さすがイレーネ、士官学校を首席で卒業しただけあるな……!」

 

だがイレーネは首を横に振り、言葉を詰まらせたまま、自分の力ではないと弁解する。

 

「私じゃないんです……! 一撃目は私ですが――」

 

その瞬間、他の兵士とは違うローブを着た男性が駆け寄ってくる。

 

どうやら上官だろう。足取りには焦りが混じり、目には戦場の緊迫を目撃した驚きが残っていた。

 

「よくやった。君は隊のエースだ」

 

イレーネは両手を握りしめ、まだ震える声で、俯きながら答える。

 

「えと……。違います、隊長。仕留めたのは、あの男です」

 

指差す先はもちろんゼハンだ。

 

男性は眉をひそめ、一瞬困惑の表情を見せる。

 

「その……寝てる男か……?イレーネ君、結構冗談を言うタイプなんだな。なかなか笑えないが……」

 

イレーネは慌てて私を見た。

 

「ちょっと!メティちゃんも説明手伝ってよ!」

 

私は肩を軽くすくめ、ゼハンに視線を戻す。

 

「優秀なんでしょ、説明くらい自分でしな」

 

嫌味っぽく言い返す。少しだけ胸がスカッとする。

 

ゼハンに視線を移してみると、麻袋の中で小さく寝息を漏らすだけ。

 

まるで私たちの会話など耳に入っていないかのようだ。

 

私はそんな彼を見て、少しだけ安心し、同時にこの男の恐ろしさを改めて噛み締めた。

 

すると、アリエッタが石段を登って来る。

 

「何があったのー!?ゼハンさんがやったのこれ!?……って寝てるしー!」

 

私はアリエッタの問いに答える。

 

「これね、イレーネがやったのよ」

 

九割くらい嘘だが、イレーネも一役買ってただろうし。

 

「え!すごい!イレーネちゃんすごいよー!」

 

そう言うとアリエッタはイレーネに駆け寄り手を取る。

 

「え、ちょ、うん……。いや、私じゃないんだってば!私の放った岩魔法を上回る岩魔法であの男がやったの!」

 

あのときの状況を思い出すようにイレーネは話す。

 

「あー……やりかねないかもー……本人はなんてー?」

 

憐みの表情を向けるアリエッタ。

 

「いつの間にか寝たっぽくて……ってかアリエッタ……ちゃんだっけ?隊長に説明してよ!」

 

すがるように頼むイレーネ。

 

「私警備長呼びに行ってて見てなかったからさー……あはは……」

 

その言葉を聞き、がっくしと肩を落とすイレーネ。

 

「と、とにかくだ、イレーネ君。今回の騒動に関しての報告書を提出するように。場合によっては褒賞も与えられるだろうから。不明点など無いように頼む」

 

そう言い残し、男性は石段を下って行った。

 

北壁に差す朝日が、未だ舞い上がったままの砂塵を黄金色に染める。

 

冷たい風に運ばれてくる埃まじりの空気が、夜の緊張と戦いの残響を運んでくる。

 

壁の上で息を整えるイレーネの肩が、わずかに上下するのを見て、私は静かに笑みを浮かべた。

 

「ふぅ……。これで一段落ね」

 

小さく呟きながら、私は麻袋にすっぽり収まったゼハンに目をやる。

 

いびきをかくだけの彼は、まるで何事もなかったかのように眠り続けている。

 

アリエッタはイレーネの手を取り、笑顔で声をかける。

 

イレーネもまだ少し震える手を見せながらも、微かに笑みを返す。

 

その光景を見て、胸の奥で温かい安堵が広がる。

 

戦いの余波が残る現場で、こんな些細な日常の一瞬が、何よりも心を解きほぐすのだと感じた。

 

やがて、日中の警備を任されている兵士達が立て続けに石段を登って来る。

 

これにて夜間警備のクエストは幕を閉じた。

 

私は深呼吸をひとつして、その場にしゃがみ、麻袋の中のゼハンを起こす。

 

「起きて。クエスト終わったよ」

 

そう言いながら麻袋ごと揺する。

 

フガッといびきをかくと、ひょこっとゼハンが起き上がる。

 

「あぁ、そう……。もう終わったのか。特に何も無かったし、今回は死にかけなくてよかったな?」

 

麻袋を丸め、脇に抱えたゼハンは立ち上がり、額に目隠しを付け、石段を気怠そうに下りていく。

 

私は、アリエッタに一方的に話しかけられ続けているイレーネの方を向き

 

「アリエッタ、いこっか。……イレーネも、またね」

 

「うん!一時はどうなるかと思ったけど無事でよかったよ!……あれ?ゼハンさん先帰っちゃったんだ?取り分渡し忘れたなー!また今度会った時でいいかー!」

 

アリエッタがしまった!と言わんばかりに頭をかく。

 

「ちょっと!なんで帰らせるのよ!私報告書書かないといけないから、あの人に聞きたいことたくさんあるんだけどー!」

 

イレーネは地団駄を踏みながら悪態をついてくる。

 

「アリエッタとイチャイチャしてるからじゃない……。私たちもう行くから、じゃあね」

 

私は両手でイレーネにヒラヒラと手を振る。

 

「あーごめんねーイレーネちゃん!でもゼハンさん大体ギルドの集会所の角にいるから見つけやすいと思うよ!んじゃまたねー!」

 

アリエッタは手をぶんぶん振る。

 

「ゼハンさん……?」

 

と彼の名を呟くイレーネ。

 

そんなイレーネの疑問を置き去りに、私たちは石段を下る。

 

そしてすぐさま、背後からイレーネの「もう!なんなのもう!報告書どうしたらいいのー!」という声が聞こえた。

 

疲れたな、宿に帰って寝たいな。なんて思いながら今日のことを思い出していた。

 

あの醜悪なモンスター、岩魔法を放つイレーネ、それを上回る岩魔法を放つゼハン。

 

なんだかんだ終わってみれば楽しかったな。

 

そして何より、イレーネだ。

 

士官学校では深く関わってはいなかったが、知った顔がちゃんと活躍しているのを見ると嬉しくなった。

 

彼女の物語もまだ始まったばかりなのだろう。

 

朝焼けに染まる街並みを見て、ふと笑う。今日がこれなら――明日も、きっと騒がしい。

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