青い炎は、眠る英雄を照らす。   作:杞憂谷

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第十二話 『戦塵』

ギルドの受付で、クエスト報告を済ませた私たちが集会所に足を踏み入れると、いつものテーブル席では、ゼハンがぐったり突っ伏し、横でスイナが手足をばたつかせてまくしたてている。

 

「ねぇねぇ!」「おーい!」「起きてくださいよー!」――スイナは止まらない。「空にビュンって一本撃ったら、千本の矢が降ってくる、みたいなの、ないですか?」

 

ゼハンはびくともしない。完全に無反応だ。

 

私はスイナに声をかける。

 

「あら、スイナ。クエストは終わったの?元気が有り余ってるみたいだけど」

 

アリエッタも首を傾げて、横目でゼハンを見ながら笑う。

 

「ゼハンさん、寝てるのかな?それとも無視、決め込んでる?」

 

「クエスト終わりましたよー!ゼハンさんは疲れてぐったりみたいです!今日は退屈しなかったです!」

 

スイナの声は弾んでいて、興奮が伝わる。私たちはゼハンの隣に腰を下ろし、アリエッタは向かいに座った。

 

「それはよかったね。クエスト中に何かあった?」

 

「いえ!特に何も!でも、一人じゃないってだけで、なんだか嬉しくって!」

 

アリエッタの笑顔がぱっと明るくなる。

 

「わぁー!そうだよねー!一人だと心細かったり、寂しかったりして、クエストのモチベーションも全然違うよね!分かる分かる!」

 

突っ伏したまま、ゼハンの声がぽつりと割り込む。

 

「こいつ、蝶々追いかけてただけだぞ……」

 

私たちは顔を見合わせる。

 

「え?」

 

「草刈り99%くらいは俺がやった……」

 

スイナはうっかり笑って報酬を差し出す。

 

「えへへ……そうなんです!浮かれちゃって!ゼハンさん、改めてありがとうございました!あ、これ報酬、山分け分です!」

 

スイナは腰の小さな袋からジャラッと銅貨を取り出し、ゼハンの前へ三枚並べる。

 

ゼハンは眉を寄せ、溜め息をつく。

 

「……なんでこれで報酬山分けなんだ……」

 

私は思わず小さく肩をすくめる。

 

「か、かわいそうに……」

 

アリエッタも同意するように小さく頷く。

 

「うん、不憫……」

 

ゼハンはテーブルの上に並べられた三枚の銅貨を、無言で腰の袋にしまうと、そのままテーブルに突っ伏した。

 

「あぁ、また動かなくなっちゃった」

 

私がそう呟く。

 

「よっぽど疲れたんだろうね!」

 

アリエッタはニコニコしながらゼハンの方を見る。面白がっているようだ

 

「お二人は何してたんですか?」

 

スイナの猫耳がピクピク動く。

 

「クエストね、薬草摘んでた」

 

「ええっ、それ草刈りと変わらないじゃないですか!」

 

オーバーリアクション気味に反応を示すスイナ。

 

「確かに!でも街の外に出てたから、もしかしたらモンスターと戦うこともあったかもしれないからねー!」

 

アリエッタは肩をすくめて笑う。そうだ、外の世界は予想外だらけだ。

 

「そうね。今度、一緒に行く?」

 

半ば社交辞令のような形で問いを投げかけてみる。

 

「え、えと!行きたいですけど!また蝶々追いかけちゃいそうで……」

 

「そ、そっか……。じゃあ機会があれば一緒に行きましょうね……」

 

「はい!もちろんです!」

 

三人で笑いながら話していると――バァンッ!

 

集会所のドアが勢いよく開き、息を切らした男の冒険者が駆け込んできた。

 

「はぁ……はぁ……。おい、緊急だ!北の外れにドラゴン!騎士団と魔導士団、それに冒険者が交戦中!」

 

その瞬間、集会所が一気にざわつく。椅子の音、叫び声、慌てて立ち上がる人々。

 

そう言われてみると、焦げ臭い。空気の中に漂う、ほんのりと香る焼け焦げた匂いが鼻腔をくすぐり、心臓をざわつかせる。

 

戦闘に参加するためなのか、野次馬をするためなのだろうか、集会所にいた人々の半数は、慌ただしく外に飛び出していった。

 

「ド、ドラゴンが出たって……!ちょっとヤバくないですか!?」

 

声には恐怖と興奮が混じった声でスイナは声を荒げる。

 

「ヤバいどころの騒ぎじゃないよ!こんなの初めてだよ!」

 

「存在は知っていたけど、街の外れだったのが不幸中の幸いね」

 

私は冷静を装いながらも、指先が小刻みに震え、呼吸がわずかに速くなるのを感じた。

 

「どどど、どうしましょう……?」

 

スイナは言葉を詰まらせ、耳と尾を小刻みに揺らす。

 

「私たちじゃ戦闘に参加しても邪魔になるだけだろうけど、ここで座って話してる場合じゃないわ。行きましょう」

 

「もちろんだよ!急ごう!」

 

アリエッタからはいつもの柔らかい笑顔は消え、緊迫した空気が一層増した。

 

「わ、わかりました!とりあえずついていきます!」

 

スイナも決意を固めたように頷き、私たち三人は立ち上がる。しかし、ゼハンは突っ伏したままだ。

 

「あんたは行かないの?大変なことになってるみたいよ?」

 

「ん」

 

私が声をかけるも、小さく鈍い反応をするだけだった。

 

「メティちゃん!とりあえず行こう!」

 

アリエッタに腕を引かれながら集会所の扉をくぐる。

 

私は一瞬振り返り、ゼハンの方を見る。扉が閉まる瞬間、体を起こしている彼の姿が映った。

 

ギルドを出て、北へ向かって私たちは駆け出す。街の中に目立った被害は見られないが、南の方へ避難しているっぽい人々が、道を急ぐ姿がちらほらと見える。

 

北に近づくにつれ、焼け焦げた匂いがどんどん濃くなり、鼻と喉を刺激する。息を吸うたびに、異様な熱気が肺に押し込まれるようだ。

 

ミレス北門は厳重に閉ざされていたが、冒険者だと名乗ると、守衛はためらいながらも連絡用通路から外に出ることを許してくれた。

 

大勢の野次馬を掻き分け、視界が開けると、数百メートル先で信じられない光景が広がっていた。

 

森を背に、赤い鱗のドラゴン。人の背丈の五倍はある。王国兵と魔導士がぶつかり合い、地面は焼け焦げて煙を上げていた。既に倒れている者も少なくはない。

 

炎が空を裂き、魔法が弾ける。凄惨で、圧倒的――息を呑む。

 

その光景を何分ほど見ていたのだろうか。

 

巨大なドラゴンの吐く炎に全身を焼かれる者、踏みつぶされる者、必死に剣を振るう者。仲間を信じ、盾となり援護を待つ者。目の前の惨状は現実そのもので、胸の奥に重くのしかかる。

 

それらしい姿は見当たらないが、魔導士団であるイレーネもあの中にいるのだろうか。

 

ただ見ているだけで何もできない自分が情けなく、拳を強く握った。爪で掌が痛くなるほどに。

 

その瞬間、門が開き、大量の兵士が突入してきた。

 

「援軍!援軍につき道を開けろ!」

 

怒号とともに、野次馬の群れが割れ、彼らの前に道が開ける。焦げた匂いが鼻をつき、兵士の足音が地面に重く響く。空気が焼けつくように熱い。

 

兵士たちに続き、魔導士たちも姿を現した。

 

その中に、銀髪で一際身長の低い少女――イレーネがいた。魔導士の列の中、凛とした姿が浮かぶ。

 

「イレーネ!」

 

咄嗟に私は彼女の名前を呼び、駆け寄る。心臓が早鐘を打ち、恐怖と安堵が入り混じった感情で体が震えた。

 

「な、なによ!列が乱れちゃうじゃない!あっちいってよ!」

 

そう言いながらもイレーネは列から抜けて立ち止まってくれた。

 

「……イレーネ、死なないでね」

 

心の底から思ってた一言が漏れてしまう。

 

ドラゴンほどの強敵だ。並大抵の人間が束になっても勝てるものではない。

 

「当たり前じゃない!あんたほど弱くはないもの!」

 

こんな状況でも憎まれ口を返す彼女。だが、顔の表情は固く、覚悟を決めた戦士のそれだった。

 

「おい!イレーネ!何をしている!列を乱すな!行くぞ!」

 

上官らしき男の怒声が、戦場の騒音に混じって響く。

 

「はい!すいませんでした!只今戻ります!」

 

イレーネは慌てて列に戻ろうとする。だがその瞬間、背後から低く響く声が割り込んだ。

 

「待て、メスガキ」

 

振り返ると、そこには見知った大男、ゼハンが立っていた。

 

集会所でぐったりしていた彼が、結局駆けつけてくれたみたいだ。

 

「あんた、やっぱり来たんだ」

 

事態は収束どころか、まだ戦場の惨状は目の前にあるというのに、妙に胸が安堵で満たされる。

 

列に戻ろうとしていたイレーネは、足を止め、こちらに身体を向けた。

 

「あ、ゼハンさん、こんなときに何か用ですか?私、列に戻らないと……」

 

ゼハンは彼女の前に立ち、右手がかざされ、空気がわずかに波打つ。数秒、イレーネの体が光に包まれた。

 

私とアリエッタが以前受けた回復魔法――それに似ているような。

 

「ちょ、なにこの光!? 体がじわじわ熱いんだけど!」

 

イレーネは慌てて手でパタパタと自身に風を送る。

 

「行っていいぞ」

 

ゼハンの短い声が響き、イレーネの肩から力が抜ける。

 

そのままゼハンは、野次馬の群れを掻き分け、静かに姿を消していった。

 

イレーネは小走りで列に戻って行った。

 

その列は依然、暴れているドラゴンの方向へ歩みを進める。

 

兵士や魔導士の列は火の粉が舞い散る最中、整然と、確かな足取りでドラゴンへと歩を進める。

 

私は野次馬の中で、アリエッタとスイナのところへ戻る。

 

スイナは手をばたつかせ、体を揺らしながら前の方を見つめ、目を大きく開いて声にならない声をあげている。どうやら応援に夢中になっているみたいだ。

 

「メティちゃんおかえり!ゼハンさんが来て急に、『メスガキいるか?』って。それってイレーネちゃんのことだよね?」

 

アリエッタは目を丸くして、私の腕を軽く叩く。

 

「……ゼハンがイレーネに何か魔法をかけてた」

 

私は小さく頷き、視線を北の戦場に戻す。

 

「え!なんだろう……でもゼハンさんのことだから、きっと意味があるんだよね」

 

アリエッタは眉をひそめつつも、少し期待するように肩を揺らす。

 

「うん、そうだといいけど」

 

私の胸は不安と期待でざわつく。

 

やがて、後発組がドラゴンの近くに到達する。兵士や魔導士は列を広げ、戦場に圧力をかけるように歩を進める。倒れた仲間を背負う兵士もいて、その姿が戦場の苛烈さを伝える。

 

横に広がった魔導士の列がピタリと止まると、それと同時に、戦場にも静寂が訪れたかのように思えた。

 

次の瞬間、上官の合図と共に、整列した魔導士は一斉に魔法を放った。火の玉や水の柱が立ち昇り、雷の残光が戦場の空気を切り裂く。

 

そんな中、私は自然とイレーネを目で追っていた。

 

イレーネが杖を空に掲げると、鋭い光と共に巨大な岩が生成され始めた。岩はみるみる大きくなり、ドラゴンの二倍ほどの大きさに膨れ上がる。

 

遠くからでも、前回見たイレーネの岩魔法とは格が違うことがわかる。明らかに異常で、どちらかというとゼハンの岩魔法に近い雰囲気だ。

 

イレーネは岩とドラゴンを交互に見つめ、周囲を落ち着かない様子で見回す。動揺がその仕草に滲んでいた。

 

野次馬達のざわつきも大きくなる。みんな岩を指しては「あれはなんだ!?」と畏怖の念を抱いているようだ。

 

満を持してイレーネが杖をドラゴンに向けて振り下ろされ、巨岩が射出される。

 

その瞬間、ドラゴンの上半身が消し飛び、赤い鱗の残骸が空中に舞い、ドラゴンの背後にあったはずの森が一瞬にして抉り取られる。

 

イレーネは杖を握ったまま、その場に崩れ落ちた。肩が小さく震えている。呆気に取られているように見える。

 

ドラゴンだったものがゆっくりと、しかし重々しく音を立てて倒れ込む。地面に触れる瞬間、粉塵が舞い上がり、戦場の時が止まったかのように静まり返る。

 

すると、野次馬や兵士たちの間から「うおおおお!」という歓声が一斉に湧き上がる。戦場の緊張が一気に爆発したかのようだ。

 

「わあああ!ドラゴンが一撃で!メティちゃん!アリエッタちゃん!今の見ました!?」

 

スイナは手をぱたぱたと動かし、耳をぴんと立て、目を丸くして前のめりになりながら叫ぶ。興奮と驚きで体全体が震えている。

 

「うん!凄かったね、あれは!」

 

アリエッタも目を輝かせ、思わず拳を握りしめる。

 

「ええ、でも遠くから見ててもわかるくらい、イレーネが動揺してる」

 

私の視線は、未だ杖を握りしめたまま硬直している彼女に向けられる。肩を小刻みに揺らし、呼吸を整えようと必死に手を動かす様子。自信に満ちた攻撃の直後であっても、彼女の心の動揺は隠せない。

 

「やっぱりアレって、ゼハンさんが何かしたってこと……なのかな!?」

 

アリエッタは眉を寄せ、声を潜める。

 

「間違いなくそうでしょうね。……全く、あの男は何がしたいんだか」

 

「あはは……。また、イレーネちゃん困っちゃうかもね!」

 

「そうね。あの男もまた、前みたいに問いただされるでしょうね。さ、終わったみたいだし帰りましょう」

 

私は苦笑いをしながら背伸びをする。

 

スイナもアリエッタも頷き、笑顔を浮かべながらも軽く息を整えている。三人で一緒に、まだ興奮冷めやらぬ野次馬を掻き分け、街の方向へと歩き出した。

 

連絡通路を抜け、先の戦場を背に歩き続ける。背後では未だお祭り騒ぎのような声が辺りを包んでいた。

 

ギルド近くの市場に差しかかる頃、どっと疲れが来た。昼は薬草、夜はドラゴン――一日に詰め込みすぎだ。

 

「今日はもう疲れたし、宿に帰ろうかな……二人はどうする?」

 

そう言うと、アリエッタはにこりと笑った。

 

「なら私も、メティちゃんと一緒に宿に戻るよ!」

 

その横でスイナは、尾をぴんと立てながら元気に手を振る。

 

「私はギルドに戻ります!クエストの更新がないか確認したいですし、ゼハンさんがギルドに帰って来てるかも気になりますし!」

 

私は軽く頷き、アリエッタに視線を向ける。

 

「わかった、んじゃアリエッタ、行こっか」

 

アリエッタと肩を並べ、宿へ向かって歩き出す。振り返ると、スイナは軽やかにギルドの方向へ駆けていった。

 

冒険者になって、まだ数日。毎日が濃すぎる。明日を生きれるか綱渡りな現状で、期待と不安が入り混じる。

 

私たちは言葉少なに歩く。今日経験したこと全てが胸に残って、でもその重みは決して苦しくはない。疲れと心地よい余韻が入り混じって、ふっと微笑む。

 

「今日も色々ありすぎたな……宿に帰ろう」

 

私は小さくつぶやく。

 

アリエッタも頷いて笑う。目の奥に小さな光が宿っている。

 

「そうだね!特に戦ったりはしてないけど、これはこれで冒険って感じがするね!」

 

私は小さく息を吐き、歩く。

 

街灯が揺れた。長い一日の終わり――それでも、どこかで小さなざわめきがする。

 

明日も、あの騒がしいギルドへ。――何かが動き出している。

 

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