青い炎は、眠る英雄を照らす。   作:杞憂谷

14 / 14
第十三話 『結盟』

「ゼハンさん、昨日のことを説明してください。説明してくれるまで、ここを動きません」

 

イレーネはテーブルに手を突き、突っ伏すゼハンを真上から睨みつけた。

 

「ゼハンさんってばー!私も森を抉れるくらい強くなりたいです!私も強くしてください!」

 

スイナは両手をぱぁっと開き、子どもみたいに目を輝かせる。

 

目の前で同時多発する押し問答を、私とアリエッタは苦笑いで見守るしかなかった。

 

時は一時間前に遡る――。

 

――――

 

私とアリエッタがギルドの集会所に入ると、いつもの席で、いつものように頬杖をつきながら退屈そうに窓の外を眺めている男の姿が目に入り、私たちは向かいに腰かける。

 

「おはよう」

 

「ゼハンさんおはよー!今日は元気そうだね?」

 

「ん」

 

「ん」

短い。それが平熱だ。私も肩の力が抜ける。

 

バン、と扉が鳴り、白い猫耳、白い尻尾が飛び込んでくる。

 

「みなさん、お揃いで!おはようございます!」

 

スイナは手をぶんぶん振りながら一直線に来て、テーブルに手をついた。

 

「おはよう、スイナ」

 

「スイナちゃんおはよー!今日も元気だねー!何かいいことあったー?」

 

「はい!昨日あの後ギルドに戻ったら、ゼハンさんがいたので、遊んでもらったんです!」

 

……遊ぶ?この男が?

 

「遊んでねぇよ……ここで寝ようとしてたのに、ずっと話しかけやがって……」

 

力の抜けた抗議が、板の上に滲む。

 

「えへへ。私は楽しかったですよ!」

 

アリエッタが肩をすくめて笑う。

 

「スイナちゃん、楽しかったならよかったねー!これからもたくさん遊んでもらおうよ!」

 

「はい!もちろんです!」

 

ゼハンは小さく呻き声を発した。

 

ほどなく、もう一人。小さな身体で、どたどたと感情のままに歩いてくる。

 

「みなさん、おはようございます」

 

イレーネ。黒のローブの裾を揺らしながら現れると、私たちに会釈――ゼハンは外を見たまま、当然のように無視。

 

「もしかして昨日のドラゴン倒した魔導士さんですよね!?」

 

スイナが駆け寄り、イレーネの両手を取った。

 

「あ、はい。そうなんですけど……」

 

困惑しながらスイナから目を逸らす。

 

「わぁー、やっぱりー!すごかったですよー!こんなに小さくて可愛いのに立派ですー!」

 

「ちょ、ちょっと……嬉しいですけど……そんな……」

 

みるみる顔を赤くするイレーネ。

 

「失礼しました!噂は聞いてます、イレーネちゃん。私、スイナ・オラージェスと言います!よろしくお願いします!」

 

「は、はい。イレーネ・ドルミナです。よろしくお願いします、スイナさん!」

 

イレーネはビシッと姿勢を正し、敬礼をして見せる。

 

冒険者でもないイレーネが朝からギルドに来る理由は、一つしかない。

 

「イレーネ。この男に会いに来たんじゃないの?」

 

「そうよ!それ以外の理由で来るわけないじゃない!」

 

鼻っ柱は、今日も高い。

 

イレーネはくるりと向き直り、ゼハンの正面に立つ。顎を引き、詰問の構え。

 

「それで、ゼハンさん。昨日のことを伺いに参りました。あなたは何かしらの魔術で、私の魔力を暴走させた――そうですね?」

 

ゼハンは一切動かない。窓の外の雲の流れを、あくびみたいな気配で見送っているだけ。

 

代わりに反応したのはスイナだ。

 

「えええ!昨日のイレーネちゃんの岩魔法って、ゼハンさんの仕業なんですか!?ずるいです!私もやりたいです!」

 

ゼハンの視界を塞ぐみたいに、スイナが身を乗り出す。ゼハンは目線の逃げ場を失って、頬杖を解いた。

 

「はぁ……」

 

深く、うんざりした溜め息。そのまま額をテーブルに預け、完全に動かなくなる。

 

そして現在――

 

この調子だ。イレーネが問い、スイナが畳みかけ、ゼハンは寝たふり。私とアリエッタは、茶番を止めるタイミングを探し続ける羽目になった。

 

「ゼハンさん、黙秘は罪に問えませんけど、悪質ですよ!魔導士団での私の評価と実力が乖離しちゃってて、私困ってます!」

 

「ゼハンさん、私にも“バシュン!”ってやつ、できるようにしてください!」

 

私の方をちらと見たアリエッタが、小声で囁く。

 

「メティちゃん、あれ、永遠に続くやつ……」

 

「分かってる。どこかで切らないと……」

 

気づくと私の傍に若い女性が立っていた。ふんわりした長いピンク髪。可愛らしいピンクのドレス風の装い。腰のベルトにはダガーが二本。

 

足音も全く気づかなかった。何者だろうか、と思考を巡らせていると、

 

「あのー、ちょっといいかな?君たち、この男のパーティーの人?」

 

いきなりの問いに、私たちが呆気に取られていると。

 

「あ、いえ!あ、あなたは……!……私は魔導士団第三分隊、分隊長補佐のイレーネ・ドルミナです!この男とはパーティー等は組んでいませんが、どうかなさいましたか?トピアさん!」

 

イレーネはその女性の方に向き直ると敬礼し、そのままの状態で話す。

 

……この人が、ギルド長? そうは見えないけれど。

 

「イレーネちゃんね、昨日のドラゴン討伐、キミの岩魔法の一撃凄かったねー?」

 

「ありがとうございます!光栄です!」

 

「ふふっ、でも全部分かってるよー、ほとんど"ゼハン・ハヴェスト"の仕業だよねー?」

 

目を見開き、イレーネの顔を覗き込むように顔を近づけて言う女性、その声にゼハンも一瞬ピクリと反応を見せる。

 

女性はすぐに私たちの方に向き直り、

 

「あはは、びっくりした? 私、ここのギルド長、トピア・ローズクォートだよ。“トピアたん”でも“ギルド長たん”でも、なんでもいいからね」

 

ヘラヘラしながら手を振るギルド長を名乗るトピア、見た目は派手だし、私たちと年齢もそこまで変わらないだろうにギルド長か。

 

私たちは軽く挨拶をする。

 

すると

 

「あははは、もちろん君達のことは知ってるよ、ギルド長だからね。アリエッタに新人のメティス、スイナだね?それと……」

 

急にトピアの笑顔は消えて真顔になる。

 

「ゼハンさん、理由はわからないけどキミが実力を隠してGランク冒険者に甘んじていることもねー?」

 

場が凍りつく。――この人も、ゼハンのことを知っていた。

 

突っ伏していたゼハンが気怠そうに起き上がりトピアを見る。

 

「……。それで、ギルド長が俺に何か用か?」

 

「ふふっ、否定はしないんだね。……うん、もちろん。最近色々物騒でしょー?昨日も街の外れにドラゴンが出現したしさー。ギルド長としては見過ごせない訳よー」

 

「……んで?」

 

「単刀直入に言うとねー、山の上のモンスター、一緒に討伐しに行かない?……ダメ?ははは」

 

山の上のモンスター。Sランクの冒険者よりも強いと噂されていたはずだけど……。

 

私たちは目の前のやり取りに、息を呑む。

 

腕を組み、少し考えたゼハンは、真剣な表情で問う。

 

「……報酬は?」

 

「ははは、ないよ……」

 

トピアはとぼけるかのように乾いた笑いで受け流す。

 

「そうか、今回はご縁がなかったということで。んじゃ、クエスト更新されてないか見てくる」

 

ゼハンが丁重に断り、立ち上がろうとするが、それをトピアがすぐさま制止する。

 

「あー!ちょっとまって!話を聞いて!ね?ね?」

 

ゼハンは座り直し、呆れたようにジトーっとした目でトピアを見つめる。

 

スイナは既に、話を聞いていないようで、テーブルの木目を楽しそうに指でなぞっていた。

 

「詳しいことは分かってないけど、山の上にいるモンスターが山全体の動物やモンスターを脅かしているんだよー、だから最近街の外が物騒でねー」

 

トピアは落ち着いたトーンで話を続ける。

 

「それによって街の外で活動する人に被害が及んでるんだ。冒険者とか、それこそ山の麓の村とかねー」

 

私はふと、頭に疑問が浮かび、それを投げかけてみる。

 

「それって、冒険者がやること?騎士団や魔導士団が出張ればいいんじゃないの?」

 

トピアは首を振りながら話す。

 

「それがそうもいかないんだよねー、そのモンスターとても強いみたいでさ。騎士団や魔導士団の戦力が削れることを王国が恐れている。だから許可が下りないんだ」

 

さらにトピアは続ける。

 

「だからこういうとき、真っ先に動けるのは冒険者なんだよねー。だからゼハンさんにお願いしているわけだよー。ははは」

 

そこにアリエッタが「んんー」と唸りながら質問を投げる。

 

「ゼハンさんも報酬があれば喜んでやるんじゃないですかね?この前銀貨四枚受け取って大喜びしてたので」

 

「んんー、話すと長くなるんだけど、ギルド運営側が冒険者に依頼を出すのは禁則。結託を防ぐためだよ。報酬出してしまったら、それは依頼ってことになっちゃうからさ」

 

アリエッタの問いに、丁寧に説明をするトピア。そして、

 

「要するに、私がゼハンさんに言ってるのは、"個人的な冒険のお誘い"ってことになるかなー。デートするのと何も変わらないよ!なんてね!あはは!」

 

トピアは笑いの余韻のまま続けた。

 

「……そう、だからさ、ゼハンさん、借りってことにしていいから行こうよーゼハンさんが困ったら力になるからさ!ははは」

 

「……強いんだろ?そのモンスター」

 

「そうだねー、Sランク冒険者でも勝てなかったって話があるくらいだからねー……」

 

「行くとしたら、俺一人で行った方がいいだろ。そもそも勝てるかわかんねぇからな」

 

「ええっ?なんでー?まさか私が危険に晒されないようにだったりしてー?あははは」

 

トピアはからかうように、少し恥ずかしそうに言う。

 

「……あたりめぇじゃねぇか。別にお前だから、とかねぇからな」

 

「あ、え?あははは……。あ、そう?……でも私これでもSランク冒険者だよ?自分の身は自分で守るから。私も行くよ」

 

ゼハンの予想外の言葉に、戸惑うトピア。彼女の頬が、わずかに朱を含んだ。

 

「……。勝手にしろよ……」

 

ゼハンがそう呟くと、イレーネが口を開いた。

 

「あの。それ、私も行っていいですか?」

 

え?イレーネが?急に何を言い出してるの?

 

思わず私はイレーネを制止する。

 

「イレーネ、話聞いてた?Sランクの冒険者でも勝てないのよ?あなたが行って何になるの?」

 

「メティちゃんは黙っててよ!私はゼハンさんとトピアさんに言ってるの!」

 

イレーネの突然の怒号に身体が固まる。

 

「イレーネ?メティスも言ってるけど、実力的にもそうだし、王国直属の魔導士団のあなたを連れて行く訳にはいかないんだよー、ごめんね……」

 

「……私、このままじゃダメなんです。知っての通り、昨日のドラゴンを討伐した件も、ゼハンさんの力を借りてのことです」

 

イレーネは涙が入り混じった声で続ける。

 

「私は自分が優秀で、通用すると信じてました。――士官学校の中だけではなく。もっと強くなりたいです……。もっと人を助けられる人間になりたいんです……!」

 

イレーネ……。イレーネも同じ気持ちだったんだ。

 

私もイレーネほどではないけど優秀だと思っていた。冒険者になっても全然やっていけると思っていた。

 

それなのに、無知でアリエッタを危険に晒して、ゼハンに救われて。スイナの笑顔に励まされて。

 

今、イレーネは変わろうとしている。強くなろうと足掻いている。

 

私だって……。

 

気づくと声に出していた。何故か目頭が熱くなる。

 

「私も強くなりたい。……私も、行く」

 

思うように言葉が出ない。

 

「メティちゃん!?な、泣いてるの……!?」

 

「ち、違うよアリエッタ、泣いてなんか……ない……たぶん……」

 

強がって溢れてしまった涙を袖で拭う。

 

「メティちゃん!私も行くよ!……いいでしょ!?ゼハンさん!トピアさん!」

 

アリエッタが私を抱き寄せながら言う。

 

そしてスイナが急に立ち上がり、胸を張って言い放つ。

 

「みなさん仲間ですから!もちろん私も行きます!任せてください!」

 

「わかった、責任は持てないけど、きていいよー、イレーネのことも、掛け合ってみるから。それでいいよね?ゼハンさん?」

 

トピアがゼハンに確認する。

 

「……俺は一人で行く。三日後の夕暮れ、北門を出る。お前らと出発が被らないなら助かるけどな」

 

「あっはははは!それって一緒に来いってことでしょ!ゼハンさんって一々面白いよねー!」

 

トピアが笑いながらゼハンをからかう。

 

「トピアさん、ゼハンさん、ありがとうございます!魔導士団の名に懸けて、絶対に足は引っ張りませんから!」

 

涙目で今にも途切れそうな声で決意を固めるイレーネ

 

「私!目の良さと逃げ足だけは速いので絶対役に立ちますから!楽しみですね!」

 

スイナは相変わらずピョンピョン跳ねて、嬉しそうにしている。

 

「やったねメティちゃん!めちゃくちゃ危険な冒険になると思うけど、私、メティちゃんと一緒ならきっと大丈夫だよ!」

 

アリエッタの声を聞くと元気と勇気が湧いて出る。

 

「うん……。また危険なことに巻き込んでしまうけど、地獄でもどこでも付き合ってね、なんて。ふふっ」

 

自然と笑みが零れる。

 

ゼハンがズボンのポケットからクエスト書を無造作に取り出し、ゆっくりと立ち上がる。

 

「んじゃ、クエスト行くから」

 

スイナがゼハンの手元にあるクエスト書を見つめ、声を張り上げる。

 

「ええ!ゼハンさんも酒場の手伝いのクエストですか!?実は私もなんですよ!また一緒ですね!」

 

スイナは腰の袋からクエスト書を取り出し、ゼハンに見せつける。

 

ゼハンはこの世の終わりをみたかのような渋い顔を一瞬したかと思うと、のそのそと集会所の扉を開けて出ていく。

 

それに追随してスイナも小走りで追いかけて出ていった。

 

「んじゃ、私もやることあるから、またねみんなー、何かあったら受付に言ってねー。ギルド長室にいることあるから!ははは」

 

そう言うとトピアは集会所の奥にある扉へ入って行った。

 

私とアリエッタ、そしていつの間にか対面に座るイレーネの間に一瞬の沈黙が訪れる。

 

「ところでイレーネ、あなた今日何しにここに来たんだっけ?」

 

「ああああ!忘れてた!もう!そういう事は先に言ってよね!?」

 

「優秀なイレーネ様なら覚えてるかなって思って」

 

私は皮肉たっぷりに言い返す。

 

「もう!」と叫びながら再び涙目で走り去るイレーネ。

 

「あはは、イレーネちゃん気をつけてねー!」

 

アリエッタが手を振ると、集会所の扉がバタンと閉まると共にイレーネの足音も遠くなっていった。

 

怖さも、悔しさも、憧れも――全部抱えていく。

 

三日後の北門。私たちは、同じ方角を見ていた。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。