青い炎は、眠る英雄を照らす。   作:杞憂谷

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第二話 『孤影』

重たい木と鉄の扉が鈍く鳴り、石の空間に響いた。天井の梁は煤け、蝋と油の匂いに血と獣の臭気が混ざる。

 

笑い声、椅子を引く擦過音、卓の軋み――混ぜ物だらけの空気だ。

 

今日、私はここで冒険者になる。

 

冒険者ギルド――名目上は人助けだが、実際は暴力に値札をつけただけの市場と言ってもいい。金で命のやり取りをする場所。

 

受付に立つ若い女性に、推薦状を添えた登録用紙を差し出す。受付係は舐めるように書類を眺める。

 

「メティス・イグレナさんですね。こちらにも必要事項を記入お願いします」

 

彼女はにこやかに羊皮紙を差し出してきた。

 

記入する。出身地:イエル区。身長:百五十八センチ。職能:剣士。属性:火。最終学歴:イエル士官学校。冒険歴:無。

 

「こんなもんかな」

 

さっと書き終え提出する。

 

「クエストの受注方法やギルドの仕組みなど、ご説明必要ですか?」

 

「ええ、一応聞こうかな」

 

士官学校で習っていることもあるが、再確認しておいて損はない。

 

「あちらの掲示板にクエストが貼ってありますので、希望のクエスト書を持ってきていただければ受注できます。上のランクのクエストに同行したい場合、そのランクの冒険者が二人以上必要なので気をつけてくださいね」

 

慣れた口調で、緩急を交えながら説明が続く。

 

「クエスト失敗しても罰金などは発生しません。完了時は素材か依頼主からのクエスト完了証を持ってきていただければ、ここで報酬をお渡ししますね」

 

「だいたい分かりました」

 

真っ直ぐ彼女の目を見て応じる。

 

「掲示板のクエスト書は席で読んでも構いません。見終えたら返却箱へお願いしますね」

 

「へぇ、助かるな」

 

「それと、メティスさんはイエル士官学校からの推薦でCランクスタートとなります。一応Dランクのクエストでも死者が出るほどには命の危険もありますのでご注意を」

 

「あ、ありがとうございます」

 

深く頭を下げると、彼女はにこやかに会釈を返してきた。

 

Cランク。命の危険。それでも私はやる、やってやる。

 

掲示板を見に行く。Cランクのクエストは……野犬退治、切り株モンスター駆除、街道の落石処理……報酬は銀貨五〜十枚程度。

 

「……思ったより地味、募集人数とかもあるんだな」

 

試しにBランクの欄を見る。盗賊団討伐、ドラゴン幼体捕縛、失踪貴族の捜索。

 

「こっちはこっちで重いなー……」

 

現実の壁に軽くため息。自分では強い方だと思っていたけど、冒険者の世界ではまだまだなのかもしれない。落胆も入るが、世界は広いんだなとワクワクしてしまう自分もいた。

 

Cランクのクエスト書を数枚持って、集会所へ入る。

 

一瞬、空気が止まる。視線。値踏み。鋭い眼。笑い。侮り。一気に私に突き刺さる。

 

「おい、新顔だ」「おい、いい顔してんな。ああいう顔の女って泣かせたくなるよな?」

 

汚らしい笑い声。湿った下卑た視線。胃の奥が冷える。

 

私は左耳に銀のピアスをした男に歩み寄り、ピタリと足を止めて言い放つ。

 

「母親の前でもう一度そのセリフ言ってみたら?きっとお前を産んだこと後悔するんだろうな」

 

「なんだとコラァ!」

 

男は威勢よく立ち上がる。

 

「……あんたの口臭、モンスター級ね。ギルドにクエスト出るんじゃないかな」

 

その一言で、男の取り巻きだろう数人は気まずそうにし、どこからかクスクスと笑う声がする。

 

男たちは顔を真っ赤にして舌打ちし、背を向ける。

 

「覚えてろよ……今度会ったら滅茶苦茶にしてやる。行くぞお前ら」

 

男たちは集会所の扉を乱雑に開き、出ていく。

 

上等、やれるもんならね。

 

……あんな奴らに構ってる場合じゃなかった、色々考えなければいけないことが多い。

 

私は空いているテーブルに腰を下ろし、今後の計画を立ててみる。

 

宿代、銀貨四枚。食費、銀貨一枚。装備の整備……

 

「Cランククエスト一日一件、ギリギリ生きていけるか」

 

王都相場は高い。宿は銀貨四枚、粗末な飯で銀貨一枚。

 

地方は宿が銀貨一〜二で転がり込めるけど、仕事が薄い。

 

こんなんじゃ装備の更新もできないし、先細る。

 

さっきの下衆な男たちを思い返す。人数が多ければクエストも効率的に行くだろうか。クエストの募集人数も合えば。と考える。

 

パーティ、か……周りを見渡してみる。三、四人のグループ。ちらほら、一人の人も。ソロの人かな。

 

はぁ、とため息が出る。

 

……冷たい。

 

座っている椅子の感触が、ひどく冷たく感じた。笑い合っている人たちが遠く見える。羨ましいほどに。

 

一人。士官学校でも、友達は多くなかったけど……今は本当に、一人だ。

 

寂しいってほどではないけどモヤモヤはする、なんというか心細さ。まさか、こんな感情が自分にもあるなんて。

 

そのとき。

 

気配に気づく。すぐ真後ろ。大男が一人、集会所の角の席に座り、テーブルに肘を突き、ぐでーんと自分の手で頬を支えていた。虚ろな目で夕焼けの空を見ている。赤い髪。大きな背丈に口から喉までを覆うこんもりとした髭。

 

……見たことがある。最近。

 

「……クレープ」

 

呟くと記憶が結びつく。クレープ屋の、あの店主だ。いつもならこんなことするはずもないが、クレープは美味しかった。ので感想くらい伝えてみるとしようかな。

 

「あのー……」

 

反応がない。無視?聞こえてない?

 

「あの!聞こえてますかー?」

 

「……ん?」

 

「今日、クレープ屋にいましたよね?冒険者だったんですね」

 

「ああ?……そうだったな、確かに」

 

会話が噛み合わない。こちらを見ようとしない。

 

何を見てる?私も視線を向けてみるが、そこにはただ赤く染まった空。

 

「クレープ、美味しかったですよ」

 

「ああ、そう」

 

素っ気ない。クレープ屋では愛想が良かった。なのに今は、まるで真逆。存在を認められていないかの如く。

 

「……こっちが下手に出てるからって、舐めてんじゃないよ」

 

「……」

 

沈黙。

 

は?無視?失礼な奴だ。

 

無視できないようにしてやる。

 

私は衝動的に立ち上がり、予告なしに拳を振り抜いた。

 

理由はただムカついたから。そういう生き方をこれからする……はず……。

 

男は椅子ごと吹き飛び、壁に激突。

 

集会所が凍りついたように静まり返る。

 

やりすぎたかもしれない。でも、後悔はない。

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