青い炎は、眠る英雄を照らす。   作:杞憂谷

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第五話 『庇護』

グォォォォオオオ!

 

地の底から響くような、怒りと殺意を孕んだ咆哮が森を貫く。鳥が一斉に飛び立ち、木の葉が音を立てて散る。

 

私の膝が、肩が、腰が軋む。意識が震えた。体がもう限界に近いことを、否応なく悟らされる。

 

「う……そ……でしょ……?」

 

血で視界が霞む。それでもわかった。第二のミノタウロスは、最初の個体よりも一回り大きい。

 

体毛は深く濃く、赤黒いというよりもほぼ漆黒。

 

肩や胸の筋肉が岩みたいに盛り上がり、握る斧は先ほどの個体よりも一回り大きい。

 

あれはただの個体じゃない。

 

「アリエッタ……!」

 

彼女はまだ倒れたまま、微かに呼吸をしている。

 

「あぁ……あはは……。ダメだぁ、体が地面に張り付いてるように動かないや、メティちゃん、逃げて……!」

 

「そんなことできる訳がないでしょ……」

 

私は全身に鞭を打ち、立ち上がる、剣を握る手に力を入れる。剣はもうボロボロでなまくらだ。けど、できることをやるしかない。

 

私はヨロヨロと歩き出し、地面に倒れるアリエッタを背にミノタウロスと対峙する。

 

私の全身は震えていた。剣を構えようにも、膝に力が入らない。

 

後ろによろけてしまう。

 

グォォオオオ!ミノタウロスが横薙ぎに斧を振って来た。

 

キンッ!……軽い金属音。剣が弾かれると同時に衝撃と、グシャリと左手首が砕けたような音がする。痛みは、もう感じなかった。

 

よろけたことにより、幸い直撃は免れた。だが尻餅をついたまま、再び立ち上がる力はなかった。

 

妙に冷静だった。全てがスローモーションに見えた。自分の鼓動がゆっくりに聞こえ、ミノタウロスの息遣い、体毛の一本一本、ゆっくりと掲げられる斧。それらが鮮明に見えた。

 

背中からはアリエッタが私の名前を叫ぶ声がした。

 

ごめん、アリエッタ。

 

ミノタウロスは座り込んだ私の脳天目掛けて斧を振り下ろす。

 

ゆっくりと近づいてくる斧を見つめながら、私は感謝した。ありがとう。アリエッタ、友達になってくれて。

 

つまらない人生だったけど、こんなもんだろう。最後に友達ができたのは喜ばしいことだよな。

 

私は目を瞑って生きることを諦めた。

 

ガキィィィィィン!

 

その音は木を、森ごと揺らすほどの轟音だった。

 

つんざく金属音の最中、私は目を開く。

 

幻でも見ているのだろうか。斧は額の先で止まっていた。いや、止められていた。

 

私が目にしたのは、この世の悪意を全て孕んだかのような真っ黒で細長く、剣というよりかは、しなやかな刃物。その切っ先が斧を受け止めていた。

 

「っ!?」

 

私はその刃物の持ち主の方を見る。人が立っていた。黒い影。

 

昨晩、私が殴りつけたあの男、ゼハンだった。

 

「えっ!?……は?え?ん……?」

 

状況に追いつけない私。

 

その男は口を開く。

 

「なぁ、猫見かけなかったか?」

 

は?猫?何言ってんだこいつ。

 

ミノタウロスは再び斧を振り上げ、男の方を向く。

 

「ちょっと!危ないっ!」

 

私は男に手を伸ばしながら叫ぶ。

 

全体重を乗せてミノタウロスは斧を振り下ろす。

 

男は肩も揺らさず、刃を滑らせ、逸らし、返す。

 

今度は軽い金属音が鳴る。

 

「クエストで猫探しててなー……。白くてちょっと太ってて……」

 

ミノタウロスは咆哮を挙げながら、喋り続ける男に容赦なく猛攻を続ける

 

だが、それらの攻撃を全て軽く受け流され、乾いた金属音が短く点々と続く。

 

「動物の気配がするから来てみれば……。猫じゃなくて牛しかいねぇじゃねぇか」

 

世間話をするかの如く、日常を歩むが如く、飄々と話し続ける男。

 

私の喉から言葉が出ない。目の前の情報量を整理しきれない。

 

とにかく捻り出した言葉は。

 

「た、助けて……」

 

だった。

 

「ん、あー、そうか……。お前ら、牛にいじめられてたのか」

 

男は左手でミノタウロスの斧を持つ手を掴み、右手に持っていた刃物を背中の鞘にしまう。

 

すると、男はミノタウロスのもう片方の腕を掴む。

 

ミノタウロスはグガァァァァァ!とさらに咆哮の激しさを増し、腕を離せと言わんばかりに暴れる。

 

だがガッチリと掴まれたその腕は動かない

 

「暴れんなって……。お前おうちはどこだ……?ほら、帰るぞ」

 

子供に囁きかけるような口調。

 

私の脳がこの状況の理解を拒む。

 

男はそのままミノタウロスの腕を掴んだまま足を踏み込み、押し始める。まるで空気が逆流したように風が吹き荒ぶ。ミノタウロスの全身がズズズと押され後退していく。

 

グォォォオオオ!と咆哮を挙げながらもがくミノタウロス。

 

「グオオオじゃねぇよ、俺には何言ってるかわかんねぇ……。お姉さんたちが困ってるからあっち行くぞー……」

 

男はミノタウロスを押したまま徐々に、森の奥へと消えていく。ミノタウロスの咆哮は小さくなっていく。

 

「もう!うるせぇな!乳絞るぞお前……!」

 

グォォォオオオ……

 

「俺は早く猫探さないといけねぇんだよ!モーモーうるさいぞ!めっちゃお喋りだなお前!」

 

遠くからまだ男の声は聞こえた。が、次第に僅かな咆哮と男の怒号が聞こえなくなっていく。

 

えっと……。助かった……の……?

 

……そうだ!アリエッタ!

 

「アリエッタ!大丈夫!?」

 

「う、うん、なんとか……。生きてはいるかな……!」

 

右肩を押さえながら上体を起こすアリエッタは、ポニーテールを揺らしながらニコッと笑った。

 

「よかった……。はぁ、まだモンスターがいるかもしれないから急いで森を出ないと」

 

「あー、いてて!歩けるかなぁ……。もう全身ボロボロだよー!」

 

「そこはほら、気合でどうにかして」

 

私は立ち上がり、ヨロヨロと歩き、先ほど弾かれた剣を拾う。

 

剣は歪にねじれ曲がっており、使い物にはならないだろうが、無いよりはマシだ。

 

そしてアリエッタに近づき右手を差し伸ばす。

 

アリエッタはその手を掴みゆっくりと立ち上がる。

 

「とにかく急ごう、肩貸すよ」

 

「うん!ありがとう!行こう!」

 

私は右肩をアリエッタに貸し、身を寄せ合いながらゆっくりと森の中を歩く。

 

「それにしても、なんだったんだろう。何が起きてるか全くわからなかった」

 

「そうだね……!私も本当に終わったと思ったよー!ミノタウロスが攻撃して来たとき、メティちゃんの右側から黒い影が歩いてくるのは見えたけど!」

 

え?そんな気配は全くしなかったけど……。

 

「え?歩いて?」

 

「うん、走ってはなかった。けど物凄い速さだったよ!たぶん説明しても伝わらないと思う!すんごい早歩きだった!地面を滑るようにさ!」

 

「まぁ確かに、何もかも、説明しても伝わらないと思う。私も、本当に何も理解出来なかったもん」

 

思い返してみても混沌しかなかった。

 

ミノタウロスの斧を切っ先だけで止め、喋りながら猛攻を凌ぎ、そしてギャーギャー騒ぎながらミノタウロスを押してどこかに行った。

 

あのゼハンという男……。Gランク冒険者の男……。

 

Gランク……!?

 

「ってか、あの男ってGランク冒険者のはずだよね……?」

 

「確かに!?えええ……。猫探してる場合じゃないと思うのよ……」

 

アリエッタは何かに気づくも引いてる様子だ。

 

「一体何をされてる方なの……」

 

森の浅いところまで来た。もう少しで森を抜けれる。

 

「おーい」

 

後ろから声がする、振り向きたいが体が痛くて振り向けない。

 

「これお前らのだろ?荷物とかクエストで必要な素材とかじゃねぇのか?」

 

ゼハンだった。彼は目の前に回り込むと、私たちの荷物と、袋に入った採取していた切り株モンスターの破片、それに……。ツノとミノタウロスが持っていた大斧を抱えていた。

 

「えっと、私たちボロボロだから、森から出ることを最優先して荷物は置いてきたのよ」

 

「それに牛の角は関係なくて……!たまたま居合わせちゃって……それで……!」

 

「あー、そういうことね。えーと、じゃあ、とりあえず治療しないとな」

 

男は手に持っている荷物を置き、私たちを右手で指す。

 

その瞬間男の人差し指の先から白い光の球体が二つ続けて放たれる。その球体は一つは私、もう一つがアリエッタを包む。

 

「っ……!?」

 

全身が光に包まれ、体が青白く発光する。鼓動が早くなり、全身の血流がフル回転し、目の前が明滅する。

 

次の瞬間、砕けた骨が噛み合うように元へ戻る感覚、裂けた皮膚が内側から寄っていく。呼吸が、軽い。

 

「ええええええ!」

 

アリエッタが大声を挙げる。

 

「なにこれ!?肩も動く……!足にも力が!どういうことー?」

 

「これで荷物持てるだろ、ほらこれ、素材袋も……。これ……。ツノと斧は俺がもらっていいやつか……?」

 

男は荷物と素材袋を乱雑に渡してくる。

 

「あ、うん。それ関係ない奴だから」

 

「ん、そっか。もらっておくよ……。俺まだクエストの途中だから、これで」

 

「あ、えっと」

 

男は、私が呼び止める間も無く、再び森の中に入って行った。

 

「あのゼハンとかいう男……。回復魔法使ったよね……?」

 

「そうとしか考えられないよ!でも私、回復魔法使える人初めて見たかも!」

 

「そうね、存在は知っていたけど。あれがGランク冒険者ってどういうことなんだろう……」

 

士官学校での魔術の授業を思い出す。

 

火、水、風、岩、雷。基本的にはこの五種類の元素で構成されている。あくまで基本的には、だが。

 

その際に五つの中には回復に関する元素は存在しない、だが回復魔法自体は存在するという話を聞いたことがある。

 

「それに、あの男の剣術……。物理法則を無視していた」

 

「そうだよね!?普通あんな力いっぱい斧で叩かれたら多少は弾き飛ばされたりするのに!」

 

全てが不可解な頬杖の男。彼の正体は一体何者なのだろうか。

 

考えても答えは出ない。

 

その後、私たちはバネット村に到着した。

 

依頼主に報告をする。

 

「おー確かに!すごいね君達、無傷だなんて……!けどなんか服がボロボロだね?剣も……ひしゃげてるし……。森で何かあったの……?」

 

「あ、いや、木の枝に引っかかっちゃったりして……張り切って切り株モンスター強く叩きすぎて剣も……」

 

少し考えたが、あんな光景、全て話すと嘘だと思われかねない。咄嗟に森で起きた出来事を隠してしまう。

 

「そっかそっか、とにかくありがとう!また頼むよ。んじゃこれクエスト完了証ね」

 

私は羊皮紙を受け取り、アリエッタと共に王都ミレスを目指す。

 

村を出るときにふと、村人の喜ぶような声が聞こえ、私は立ち止まる。ふと目をやると。

 

「ああー!どこいってたんだ!探したんだぞー!でも無事でよかったー!」

 

「ニャー!」

 

アリエッタが口を開く。

 

「ねぇ!あれって……!」

 

白くて少し太った猫を大事そうに抱きかかえる中年男性。

 

状況を理解して、自然と口角は上がってしまった。

 

あの男はまだ森の中で猫を探しているのだろうか。

 

私は軽く鼻で笑い。歩き出した。

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