青い炎は、眠る英雄を照らす。   作:杞憂谷

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第六話 『端緒』

翌朝。

 

朝靄のように静かなギルドの掲示板前。数人の冒険者がぽつぽつとクエスト書を眺めている中、私とアリエッタは昨日の討伐報告を済ませ、革袋に入った報酬を受け取った。

 

あれだけのことがあってのこの報酬は、正直割に合わない。けど、Cランクってそういうもんなのかな。

 

「メティちゃん、今日はなんか余裕ありそうだねー!」

 

「そりゃそうだよ。昨日の地獄に比べたら、生きてるだけで天国だもの。少しトラウマだけどね」

 

軽口を叩き、笑いながらアリエッタと共に集会所へ入る。

 

奥まった一角、窓際の席。

 

……いた。例の男、ゼハン。

 

「あっ、メティちゃん見て!ゼハンさんいるよ!昨日のお礼、ちゃんと言ってないよね?」

 

「ああ、うん。そうだね、命救われといて何も言わないってのも不義理だもんね」

 

あのとき――死を覚悟した一瞬。あの男がいなければ、間違いなく、私たちは……。

 

だというのに当の本人は、前と同じように頬杖をついて、窓の外をぼーっと眺めている。まるで何の感情もない人形みたいな顔で。

 

私とアリエッタは席のそばまで近付いたが、ゼハンはまるで気づいていないかのようだった。

 

「おーい!ゼハンさん!聞こえてるー?」

 

アリエッタが手を振りながら大声をかける。

 

ゆっくりと顔をこちらに向けた彼は、相変わらず気怠そうな声で言った。

 

「あぁ、……昨日の。目つきの女とデカ女か。……何か用か?」

 

……は?目つきの女!?

 

「ひっど!デカ女って!メティちゃんの目つきの悪さは確かにそうだけどさ!」

 

「殴っていい……?」

 

こいつら人のこと好き勝手言いやがって。手が出てもおかしくないぞ。

 

「じょ、冗談だよー!そんな怖い目しないで!更に目つき悪くなってるよ!」

 

「全く……」

 

「そうだ!ゼハンさんと私って昨日ぶりだけどこうやって話すのは初めてだね!私、アリエッタ!アリエッタ・セラファだよ!よろしくね!」

 

アリエッタは胸に手を当て、相も変わらず元気に自己紹介をして見せる。

 

「おう」

 

こっちはこっちで相変わらずこの男は気の抜けた反応である。

 

「昨日は命を救ってくれてありがとー!ゼハンさんが来てくれなかったら私たち死んでただろうから!お礼を言いに来たんだ!」

 

「私からも……。その……。昨日は、救ってくれて。ありがとう……」

 

私は一歩前に出て、少しだけ視線を逸らしながら言った。

 

「ん」

 

それに対しこの男は、短く、それだけ。

 

相変わらずつかみどころがない。

 

「そういえば、あの後どうなったの?ミノタウロス、ちゃんと倒したの?」

 

「倒してねぇよ。猫ちゃんに害が及ばないよう、洞窟に押し込んで、それで閉じ込めといた」

 

「倒してないの?閉じ込めたって……。どうにか出てきてまた大暴れするんじゃないのそれ?」

 

「かもな」

 

「かもなって……」

 

ギルドのドアがバタンと開いたのは、その直後だった。

 

振り返ると、小柄な猫耳の少女が中へと入ってくる。背中には弓と矢筒。真っ白な髪にところどころ緑が混じっていて、耳は垂れ下がり、尻尾は巻かれている。きょろきょろと落ち着かない視線を周囲に向けていた。

 

「……初めて見る子だなぁ。あの挙動不審っぷり、登録したての冒険者っぽい?」

 

アリエッタが小声でつぶやく。

 

確かに、あの雰囲気――つい昨日の自分を見ているみたいだ。

 

そんなことより。

 

「ねぇ、あんたって結局、何者なの?」

 

私が話を戻すと、彼は微かに首を傾けた。

 

「ミノタウロスを軽々と相手にして、あの回復魔法まで使って……ただの冒険者には見えない」

 

「さあな」

 

「はあ!?ケチー!なんでー!教えてよー!」

 

アリエッタがむくれるように腕を組む。だがゼハンは、それにも気にも留めないように続けた。

 

「自分でもよくわからん。……だから、教えようがない」

 

「……なんとなくだけど……。嘘ついてるようには見えないな」

 

本当に、彼自身が自分のことを知らないのかもしれない――そんな不気味さがあった。

 

「……俺、クエストがあるんでな。じゃーな」

 

そう言ってゼハンは立ち上がる。

 

手に持ったクエスト書がチラリと目に入る。

 

"丸みを帯びた石を拾ってきてほしい"

 

……Gランク。どういうクエストなんだよ。

 

集会所の出入り口へと向かうゼハン。

 

そのすれ違いざま、猫耳の少女が彼の方をちらりと見て、目を見開いた。

 

何かに気づいたような――そんな目だった。

 

しばらくして、猫耳の少女はおずおずと私たちに近づいてきた。

 

「あ、あの……!すみません!ちょっと聞きたいことがありまして……!」

 

緊張しているのか声は上ずっている。

 

「おっ、さっきからずっとキョロキョロしてたけど、何か困ってるのー?」

 

「えへへ……見られてましたか……。あの、はじめましてっ!私、スイナ・オラージェスといいます!スイナって呼んでください!」

 

「私はアリエッタだよー!」

 

「私……メティス。メティって呼んで」

 

「アリエッタさん、メティさん……はいっ!よろしくお願いしますっ!」

 

ぺこりと深く頭を下げたスイナは、そのまま勢いで質問をぶつけてきた。

 

「あの、さっきの赤髪の……大きくて、変な服の人って、お知り合いですか?」

 

「知り合い、だけど……友達ってほどじゃない」

 

「私、今日が初会話だったしねー!」

 

「……そうですか!その……あの人が持ってた“カタナ”気になっちゃって!」

 

昨日のゼハンがミノタウロスの斧を切っ先で受けた瞬間を思い出す。

 

あの真っ黒で鋭利な刃物のような、剣のような。

 

「カタナ……?あの細長いナイフみたいなやつのこと?そんな名前なんだ?」

 

「たぶんそうです!黒い鞘に収まった、あれ……。私の母国、ディバースでは、そういう武器を使う人がいまして。あれを見て、もしかしたら同郷かもって思っちゃって!とっても遠いところにあるんですよー!」

 

ディバース。東洋の島国……。たしか、かなり遠いところだって聞いたことがある。

 

「そうなんだ。でも残念ながら、あの人がどこ出身かなんて、誰も知らないと思う」

 

「ゼハンって名前しかわかんないよー!」

 

頭を抱えるアリエッタ。

 

「そうですか……ありがとうございます!」

 

再びぺこりと頭を下げたスイナ。素直で、ちょっと抜けてる感じするけど……悪い子じゃなさそう。

 

「スイナちゃんって、この街に来たばかりー?」

 

ふと、アリエッタが疑問を投げかける。

 

「はいっ!さっきギルドに冒険者登録したばかりなんです!」

 

「そうなんだ……。スイナはどうして冒険者に?」

 

彼女は一瞬だけ迷い――そして、意を決したように語り出した。

 

「……私、とある人を探してるんです。名前も、顔も、知らないんですけど……」

 

名前も顔も知らないのに人探し……?

 

「えっ!?何それ、どういうこと!?」

 

アリエッタは動揺を隠せない様子で問いを投げかける。

 

「昔、人攫いに攫われて、奴隷商に売られたことがあって……。でもそこで、私を買った人が、半年かけて、家まで送り届けてくれたんです!その人を探してるんです!」

 

わざわざ奴隷を買って家まで届ける……?やってることは良いことなんだろうけど、ちょっと理解はできないな。

 

「へぇ……物好きな金持ちだったのかも?」

 

「お金が有り余ってたのかなー!?けど、優しい人だったんだねぇ~!」

 

「はい……でも、私……その人との旅の記憶、ほとんど無いんです……。半年も一緒にいたのに、顔も、名前も、どんな会話をしたのかさえ……。まるで霞がかったみたいに思い出せなくて……」

 

「えっ!?なにそれ!?……魔術とかじゃないの!?」

 

「でも、人の記憶を消す魔術なんて、聞いたことすらないよ」

 

「……ですよねぇ……。とにかく、その人を探すために冒険者になったんです!ちゃんとお礼を言えたのかさえも憶えてないので、もし会えたらちゃんとお礼が言いたいです!」

 

まるで風に揺れる草が、根を張っているようにも見える。固い決意。

 

気がつけば、アリエッタも私も、彼女をまっすぐ見つめていた。

 

「そっか。私たちに手伝えることがあったら、遠慮なく言ってね」

 

「うんうん!冒険者仲間だもんね!」

 

「ありがとうございますー!すっごく嬉しいです!」

 

――こうして、記憶を失った猫耳の少女、スイナ・オラージェスと出会った。

 

あの男も自分のことをよくわからないと言っていた。彼も何か記憶を失くした人間なのだろうか。それとも何かを隠しているのか。

 

何か、大きなうねりに巻き込まれている気がする。

 

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