青い炎は、眠る英雄を照らす。   作:杞憂谷

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第七話 『標石』

「あのー……ちょっと聞きたいことがあるんですけど、いいですか?」

 

唐突にスイナが口を開いた。私は静かに頷く。

 

「私、冒険者登録したばかりなんですけど……Gランクのクエストって、どういうのがあるんですかね?さっきクエスト掲示板を見たんですけど……Gランクのって、ひとつもなくて……」

 

しゅん、と肩を落とし、しょんぼりした様子で彼女は言った。その耳と尻尾までしおれて見えるから、思わず微笑みそうになる。

 

「Gランクかぁー!私がやったことあるのだと、『おつかい代行』とか『荷下ろし手伝い』みたいな感じだったかなー!」

 

アリエッタがぽんっと手を打ちながら、思い出すように話す。私は横でその様子を見ながら、二人の会話に軽く頷く。

 

「えぇっ!それって、ほとんど雑用じゃないですか!冒険者になってまでやるようなこととは……」

 

「そう思うよねー!でも、冒険者ギルドって“困ってる人を助ける”のが建前だから、そういう依頼もちゃんとクエストとして扱われるんだよ!」

 

「なるほどぉ!じゃあ、ランクが上がるともっと冒険っぽいのが?」

 

「うんうん!それこそ魔物退治とか、護衛とか、ダンジョン探索とかもね!」

 

スイナの目がきらりと輝いたのがわかる。思わず、私も少し笑みがこぼれる。

 

「わぁ……あっ、そういえばお二人のランクって、聞いてもいいですか?」

 

「私もアリエッタもCランクよ」

 

「ひええっ……!やっぱりただ者じゃなかったんですね!私、他の街でも冒険者登録してましたけど最高Eランクまでしかいけなかったです!この街では残念ながらGランクスタートでした!」

 

スイナの猫耳がぴん!と立ち、尻尾もぶんぶん揺れている。まるで子犬みたいだ。

 

「でも私たち、昨日、死にかけたけどねー!」

 

アリエッタが明るく言い放つ。私は少し肩をすくめ、苦笑いする。

 

「えええっ!?Cランクだとそんなに危険なクエストがあるんですか!?」

 

猫耳がへなっと折れ、尻尾も垂れる。表情豊かで、見ているだけでくすぐったい気分になる

 

「いや、そのクエスト自体はそこまでじゃなかったの……。でも、ミノタウロスが出てきたのよ、しかも二体も。完全に予定外」

 

私は腰に提げていた剣を引き抜き、曲がった刃を見つめる。思わず眉をひそめる。

 

「うわわ……。剣ってこんなに曲がることあるんですね……。でも、おふたりとも無事で良かったです!」

 

「無事じゃなかったけどね~!私、肩外れて、肋骨も数本いっちゃった!めちゃくちゃ痛かったー!」

 

アリエッタは冗談めかして笑いながら、肩と胸を押さえてみせる。私は横で小さく息をつき、胸の奥で少しぞくっとする。

 

「うぅ……大変だったんですね……。でも、今は元気そうですよね?んじゃ誰かに回復魔法とかしてもらったんですか?」

 

「そうそう!回復魔法ってすごいんだよー!体中の血が、ぶわーって流れて、一気に治った!」

 

「へええ……!回復魔法ってすごいですよね!……っていうか、よくミノタウロスに勝てましたね!」

 

「ううん、一体はなんとか倒せたけど……その後、さらに一回り大きいのが出てきて、もう完全に詰んだなって思った」

 

「け、けど……?」

 

スイナはきょとんとした顔で続きを待つ。私はちらりと横目で見つつ、彼女の無邪気さに心が緩む。

 

「助けられたのよ。さっき、スイナがすれ違ったあの赤髪の男に」

 

「……えええ!?あの人がですか!?だってだって!あの人、Gランクの冒険者じゃなかったんですか!?」

 

「そこなのよ。自分の実力を隠して、Gランクなんて名乗ってるの。理由はわからないけど……」

 

私は腕を組み、目を伏せる。あの男のことは、何もわかっていない。名前以外は、何も。

 

「えぇ……。なんか、変な人ですね……」

 

「回復魔法も、その人がかけてくれたんだよー!」

 

「へぇー!回復魔法ですかー!」

 

スイナは思い出すように目を丸くしている。

 

アリエッタが話題を切り替え、明るく笑う。

 

「メティちゃんの剣、新しいの買わないとだよね?じゃあ、ついでに買いに行こうよ!それに、メティちゃんもスイナちゃんもこの街に来たばかりでしょ?私が街案内してあげるよー!」

 

「助かるわ。剣がないとクエストに行けないし、この街のことはもっと知っておきたいと思ってたところだし」

 

「えっ、私もいいんですか!?めちゃくちゃありがたいですそれ!」

 

スイナは耳をぴくぴく動かし、目をキラキラさせ、両手を挙げて喜ぶ。

 

こうして私たち三人は、ギルドの建物を出て、街へと繰り出した。

 

「たぶん二人ともここは来たことあるんじゃないかな!街の中心だし!」

 

アリエッタにまず連れてこられたのは市場だった。

 

人々がごった返し、活気に満ち溢れている。香辛料や果物の匂いが混ざった空気に、思わず鼻をくすぐられる。

 

「この街来たときに最初に通ったな。あ、クレープの屋台だ。クレープ食べようっと」

 

ここは、あの男と初めて出会った場所だった。ただ、作っているのは髪の薄い小太りの店主で、あの男ではない。

 

「あ、メティさん!私も食べたいです!」

 

スイナも私に続く。小さな手をぴょんと上げて、まるで跳ねるように寄ってくる。

 

「私はダイエット中だからいいやー!」

 

アリエッタは笑顔で私たちに合わせるが、自分では食べないつもりらしい。

 

屋台に近づくと、店主がにこやかに声をかけてくる。

 

「いらっしゃい、どのクレープにする?」

 

私は顎に手を当て、昨日食べたクレープを思い出す。今日も同じものにしようと決めた。

 

「イチゴとバナナで、チョコレートもかけてください」

 

「んじゃ私も同じのでお願いします!」

 

スイナも目を輝かせ、私の注文に便乗する。

 

店主は手慣れた手つきで生地を焼き、クリームを乗せ、イチゴとバナナを丁寧に並べる。生地を丸め、最後にチョコレートをかける。香ばしい匂いが鼻をくすぐり、口の中に唾液が自然に溢れる。

 

「あいよ!お嬢ちゃん達可愛いからサービスだ!一個銅貨二枚でいいよー!」

 

「ありがとうございます」

 

私は腰の袋から銅貨を取り出し、店主に渡す。スイナも同じように銅貨を差し出した。

 

「まいどー!またきてねー!」

 

元気な店主の声を背に、私たちは屋台から離れる。

 

私とスイナは早速クレープを一口。

 

「わぁー!とっても美味しいですね!甘くて、ほろ苦くて!口の中が幸せですー!」

 

スイナは頬に手を添え、体をくねらせながら喜びを体全体で表現する。

 

昨日食べたときよりクリームもフルーツも少しパサついていることに気づくが、微妙な違和感は口にせず、スイナの幸せそうな表情を見守る。

 

「そうだね、甘くてとっても美味しい」

 

「メティちゃんってクレープ大好きなんだねー?クールだと思ってたけど、可愛いところもあるんだねー!」

 

アリエッタは茶化すように笑う。

 

「ま、まぁ……。甘い物なんて、みんな好きでしょ」

 

可愛いと言われ、顔が熱くなる。言い返す言葉も、なんだかぎこちなくなってしまった。

 

「まぁねー!んじゃ次は美味しいご飯屋さんとか酒場とか案内するよ!」

 

「やったー!ご飯ー!お酒ー!」

 

スイナは飛び跳ねて喜ぶ。

 

市場を少し歩いていると、アリエッタが路地を指さす。

 

「あ!そうだ!ここの路地入らないようにねー!裏市に出ちゃうから!私は行ったことないけど、危ないらしいから絶対に行っちゃダメって教わったよ!」

 

裏市か……。物騒な響きだな、と私は心の中で小さく呟く。

 

「えっ!?裏市ですか!?何があるんですか……?行かないけど、ちょっと気になります!」

 

スイナは目を輝かせ、好奇心を抑えきれない様子だ。

 

「うーん……。盗品が売られてたり、娼館や奴隷商があるって聞いたけど……。攫われたりとか命の危険があるって聞いたよー!」

 

「奴隷商……」

 

スイナの耳がピクリと反応し、顔が少し引き締まる。

 

「私たちには関係無さそうね。近づかないに越したことない」

 

「うん!そうだよー!スイナちゃん、裏市行ってまた攫われないようにね!」

 

「わかってますよー!二度も攫われるほどバカじゃないですからー!」

 

スイナは顔を真っ赤にして手をブンブン振り、否定の意志を示す。

 

「そうだよねー!んじゃ他のところも案内してくよー!」

 

その後は、アリエッタに街のあちこちを案内してもらった。

 

「ここの酒場は穴場だよー!人少ない割にご飯美味しいんだー!中はだいぶ古びてるけどねー!」

 

「あの建物がバレンテ王国騎士団の本部だよー!悪いことして捕まるとあそこに連れていかれるから気をつけてねー!」

 

「その隣がバレンテ王国魔導士団の本部!魔術に関する図書館もあるから、調べたいことがあれば行くといいかもー!」

 

「あの大きな城がバレンテ王国の王城だよー!あんまり行く機会無いと思うけど覚えとくといいかもー!大きいよねー!」

 

街の景観は石造りの建物が立ち並び、塔や尖塔が空に突き出ている。

 

騎士団本部は石造りの壁に大きな門、威圧感があり、魔導士団本部は魔法陣や光る紋章が装飾されていて独特の雰囲気だ。

 

王城は重厚な城壁に囲まれ、雰囲気はまるで別世界だ。

 

「とまぁこんな感じかなぁ!向こうに川があるから、川の近くで少し休憩しようよー!」

 

アリエッタは遠くを指さしながら言う。

 

「そうね、歩きっぱなしだったし、少し休憩しよう」

 

「わかりました!行きましょー!」

 

川に着くと、水は透き通り、小魚が群れを作って泳いでいた。丘の石垣に腰を下ろすと、街の喧騒は遠くに消え、川のせせらぎだけが耳に届く。

 

「疲れたね。この後は、市場の武器屋行って、武器買わないとね」

 

「うんうん!その剣じゃクエスト行けないもんねー!」

 

「どんな力がかかったらこんなに捻じ曲がるんですかね……」

 

「文字通りバケモノだったよ。私、手首ごと捻じ曲がったし」

 

「ひえええ!怖いですよ……。気をつけないといけませんね……」

 

スイナは目を覆い、小さく身を縮める。

 

「そうね、ミノタウロスくらい倒せるくらい強くならないといけないね」

 

「そうだねー!一緒に頑張ろうね!」

 

「うん、もう死にかけるなんて嫌だしね……。……ってか、あの川の中にいるのってさ……」

 

「ああー、あれ絶対ゼハンさんだよねー……」

 

「やっぱりそうですよね!?川の中に足突っ込んで何か探してるみたいですね?」

 

遠くにゼハンの後ろ姿が見える。膝まで水に浸かり、足元を漁ったり立ち上がったりを繰り返している。

 

「ああー、あれはクエストだね。さっき“丸みを帯びた石を拾ってきてほしい”みたいなクエスト書を手に持ってるのが見えたんだ」

 

「なにそれー!丸みを帯びた石!?どういうクエストなのそれは……」

 

アリエッタは眉をひそめ、呆れ笑いを浮かべる。

 

「Gランクのクエストってこういうのもあるんですねー!」

 

「かなり特殊な部類かもー?でも、Gランクって雑用メインだからねー!」

 

「そうなんですね!私も最初はたくさんGランククエスト頑張らなくちゃ!」

 

スイナは拳を握り、気合を入れる。

 

気づけば、私たちはゼハンをじっと観察していた。

 

川の中の石を拾い、陽光にかざして丸みを確認し、気に入らない石は捨てる――その無駄のない動作が、妙に静かな迫力を放つ。

 

やがてゼハンは川から上がり、石段を気だるそうに登る。

 

その際、視線がこちらに向き、一瞬立ち止まるが、再び歩き出した。

 

アリエッタは両手を高く挙げて呼ぶ。

 

「ゼハンさーん!石たくさん取れたー!?」

 

ゼハンは私たちの前に来る。

 

「あぁ、まぁな。ってかなんで知ってんだよ」

 

「あんたの持ってたクエスト書が目に入ったからよ」

 

「ふぅーん、まぁなんでもいいけどよ。なんでこんなところで座ってんだ」

 

「メティちゃんとスイナちゃんに街案内しててねー!ここ座ってたらたまたまゼハンさんが川の中にいるのが見えたんだー!」

 

「ス……。この猫耳女か」

 

「あ、はい!私スイナ・オラージェスって言います!宜しくお願いします!」

 

スイナはぱっと立ち上がり、背筋を伸ばして丁寧に挨拶する。

 

「あぁ、うん」

 

ゼハンは相変わらず素っ気ない返事だ。

 

「ゼハンさんって、ディバース出身なんですか!?その背中に背負ってるのってカタナですよね!?」

 

「ん、まぁ、ディバースから来たな」

 

「私もディバース出身なんですよー!こんなところで同郷の人と会えるなんて嬉しいです!」

 

「そうか、んじゃ俺はクエスト報告があるから」

 

ゼハンは歩き出す――が、一瞬だけ足を止め、スイナの腰辺りを見る。

 

「おい、猫耳女……。その腰の紋章ってさ……」

 

「あ!これですか!?自分でもよくわからないんですよー!二、三年くらい前だと思うんですけど、気づいたら発現してました!大人になったら急に出るとかですかねー!?」

 

スイナは腰の右側に触れながら説明する。

 

「……いや、それ『主従の印』っつって、主と奴隷の主従契約の証みたいなもんだぞ」

 

ゼハンがさらっと言う。

 

スイナはぱちぱち瞬きをし、少し考えてから答える。

 

「あー……そういえば、三年くらい前ですね。私が奴隷商で買われたのって。その頃からあったような、なかったような……?」

 

ゼハンの目がわずかに細まる。その反応は一瞬で消え、無関心を装った声が落ちる。

 

「……なるほどな。それってそう簡単に消えないんだな……」

 

そのまま背を向け、歩き去るゼハン。

 

だが去り際、ほんの一瞬だけ口元が固く結ばれた。

 

静寂の後、スイナが大声を挙げる。

 

「……ええー!大人の証じゃなくて、そういうやつなんですね!?」

 

「大人の証じゃなくて残念だったねー!」

 

アリエッタは笑いながら言う。

 

顔も名前も知らない人の主従の印が残ったままって、どんな気持ちなんだろう……

 

「もしかしてその“主従の印”ってやつ、一生消えないとかなんじゃ……」

 

「んんー!でも、ほら!私は奴隷商から救ってくれた人を探してますから!これがあった方がきっと探しやすいと思うんで良いと思います!」

 

「いいんだ……」

 

「そうだねー!きっと手掛かりになるはずだよー!見つかるといいねー!」

 

「はい!絶対に見つけて、お礼を言って、色々問いただしてやりますよ!」

 

両手を挙げ、空に向かって決意を口にするスイナの瞳には、青い空が鮮明に映っていた――だけどその奥には、まだ見ぬ恩人を探し出す、鋭い意志の炎も宿っていた。

 

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