青い炎は、眠る英雄を照らす。   作:杞憂谷

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第八話 『宵闇』

私たちは武器屋に来ていた。

 

といっても、私は武器に特別なこだわりはない。士官学校時代に支給された剣と同程度の性能で充分だ。

 

それに今は、オーダーメイドを作っても使いこなせる力量はない。

 

壁一面に吊るされた剣の列から、適当に目についた一本を抜き取る。

 

長さも重みも、昨日まで手にしていたそれと大差ない。

 

「店主さん、これ買います」

 

「おう、銀貨八枚だ」

 

思ったより高い。昨日、死にかけて稼いだのは銀貨六枚ほど。もう消える。

 

私は腰の袋から銀貨を取り出し、手のひらに載せて店主に渡す。

 

じゃら、と音を立てる銀貨。

 

「まいどっ!」

 

店主の豪快な声が響いた。

 

その声を背に、バンテージやガントレットを吟味するアリエッタの方を見る。

 

彼女は頬に指を当てながら真剣に革の質感を確かめていて、妙に買い物に熱が入っているようだ。

 

一方スイナは、店内をきょろきょろと落ち着きなく歩き回り、まるで宝探しでもしている子どものようだった。

 

「スイナ、アリエッタ。そろそろ行くよ」

 

私が声をかけると、スイナは名残惜しそうに武器の並んだ棚を振り返りつつ、ぱたぱたと駆け寄ってきた。

 

その後、私たちはギルドに到着した。

 

石造りのホールは昼下がりの喧騒で熱気に満ち、冒険者たちの笑い声と酒の匂いが入り混じっている。

 

掲示板には新しいクエスト書が何枚か貼り出されていた。

 

スイナはそれを見つけるや否や、弾かれたように駆け寄る。

 

「わぁ!これ!Gランクのクエスト、一つだけありました!」

 

小柄な体で掲示板に張りつき、紙を引きはがして、嬉しそうにこちらへ突き出す。

 

『鳥が作物を食べないか見張ってくれ』

 

なんだこのクエスト。案山子と変わらない。

 

Gランクを見下すわけじゃない。けど、自分がこれしか受けられないと思うと、やるせない。

 

それでも目を輝かせながらこちらにクエスト書を突き出したままのスイナが眩しい。

 

「いいんじゃない?危険もなさそうだし。それしかないなら、受けてみたら」

 

「はい!早速受けてきます!」

 

スイナは勢いよく深々と頭を下げ、足音も軽やかに受付へ駆けていった。

 

その背を見送りながら、アリエッタが口を開く。

 

「可愛いねぇ、スイナちゃんは。見てて危なっかしいけど、愛想いいし、礼儀正しいし」

 

「そうだね。放っておけないっていうか」

 

これが母性というやつなのだろう。口には出さず、胸の内にしまう。

 

「私たちも次のクエスト決めなきゃ。あーあ、剣買っちゃってお財布カツカツだよ」

 

「はは……大変な思いして稼いだのにねー!また頑張るしかないかー!」

 

私たちは並んで掲示板の前に立つ。

 

「次どうする?」

 

「うーん、どうしよっかなー」

 

短い沈黙が落ちる。アリエッタの横顔には微かな不安がよぎっている。

 

昨日のように、強いモンスターがまた現れたら……。

 

駆け出しの身には荷が重い。危険の少ない依頼で経験を積みたいところだ。

 

「メティちゃん、これとかどうかな?」

 

彼女が指差した依頼に目を移す。

 

『ミレス北壁上・夜間警備』

 

壁上からモンスターや不審者の接近を監視する仕事。戦闘になれば王国騎士団や魔導士団が出張るらしく、こちらは連絡役に徹していい。

 

「見かけたら報告するだけね。王国からの依頼なら報酬も悪くないし」

 

「うんうん!決まりだね!やばくなったら王国の人達に丸投げしよ!」

 

私はクエスト書を剥がし取り、アリエッタと共に集会所へ向かう。

 

集会所の扉を押し開けると、熱気が押し寄せる。

 

木製の長椅子に冒険者たちがひしめき合い、笑い声と怒号が交錯する。

 

そのざわめきの外れた先に、やはりあの男はいた。

 

部屋の隅。椅子にふんぞり返り、気怠げに窓の外を眺める大柄な影。

 

ゼハン。もう見慣れた光景だ。

 

私は彼の向かいに腰を下ろし、その隣にアリエッタも腰掛けた。

 

「さっきぶりね。もうクエストは終わったの?」

 

思いつきのように疑問を口にする。

 

「ん?……あぁ。目つきの女と、デカ女か。クエストなら終わったぞ」

 

ゼハンはようやくこちらに目を向ける。

 

「そうなんだね!でもゼハンさんって、Gランクの依頼だけで生きていけるの?報酬銀貨一枚とかでしょ?宿代だけで赤字じゃない?」

 

「それもそうよね。宿に泊まるだけで三、四枚は飛ぶし」

 

「宿に泊まらなければいいだけだな……」

 

ゼハンは淡々と言い捨てる。

 

「食費だけなら銀貨一枚で一日生きられるし……」

 

「えー?いつも野宿なの?かわいそう!」

 

アリエッタは目を丸くし、勢いよく身を乗り出す。

 

「ゼハンさん、今日夜間警備のクエストあるんだけど、一緒に行こうよ!私の報酬分けてあげるから!」

 

なるほど。もしものときにゼハンにどうにかさせる算段ね。アリエッタ、頭の回る女だ。

 

「行かねぇよ。夜は眠い」

 

「いいじゃない。美少女二人とクエストなんて、あんたの人生のピークでしょ」

 

「俺をなんだと思ってるんだよ……」

 

「寝ててもいいからさ!何かあったら起こすし!」

 

アリエッタがなんとか苦し紛れにプレゼンする。

 

「……本当に寝ててもいいんだな?」

 

「うん!もちろん!だから一緒に行こ、ね?」

 

「……はぁ。わかったよ」

 

渋々と息を吐き、ゼハンは首を縦に振った。

 

「んじゃ決まりね。日が落ちたらミレス北門の関所に集合」

 

「了解」

 

短く答えたゼハンは、再び視線を窓の外へ戻した。

 

日も落ちた頃、私とアリエッタはミレス北門近くの関所に到着していた。

 

ゼハンはというと、外壁を背にして寝転がり、まるで浮浪者のように無防備だった。

 

彼は、私たちに気づくと、ゆっくりと身体を起こし、服についた埃を払う。その仕草一つとっても気怠そうで、やる気の欠片も感じられない。

 

合流した私たちは関所の兵士から説明を受け、北門の内壁にある石造りの階段を登る。

 

冷えた風が吹き抜け、夜の警戒任務らしい緊張が漂う。

 

説明によると、壁の上で等間隔に並び、モンスターや不審者が来ないかを見張るというものだった。

 

「んじゃ、あんたは私とアリエッタの間で自由に過ごしてて。何かあったら起こすから」

 

そう言いかけた瞬間、ゼハンは既に麻袋に身体を突っ込み、さらに目隠しまでしていた。俊敏なのか怠惰なのか分からない。呆れるしかない。

 

連れてきたの間違いだったんじゃないのか?

 

そう思い配置に着こうとしたときだった。

 

「――あれ~?あれあれ~?もしかしてメティちゃんじゃなーい?」

 

背後から、嫌なほど聞き覚えのある甲高い声がした。

 

私は振り向く。そこにいたのは、士官学校を首席で卒業し、バレンテ王国魔導士団に入ったはずのいけ好かない女――イレーネ・ドルミナ。

 

魔導士団の黒いローブに身を包み、肩ほどまで伸びた外はねの銀髪を揺らしている。身長は百四十台半ば、幼い少女のような顔立ちに、少し吊り上がった目が印象的だ。

 

「イレーネじゃない。久しぶりね」

 

「メティちゃんも夜間警備~?お金の無駄だからギルドに要請出すなって言ったのになぁ~」

 

「魔導士団に入ったって聞いたけど。あんたも夜間警備なのね。まさかこんなところで会うとはね」

 

「そうそう!――それにしても、問題児もちゃんとクエストこなすんだ~?」

 

相変わらず人を小馬鹿にしたような態度に腹が立つ。胸の奥で火花が散る。

 

「その生意気な感じも相変わらずね。せっかく首席で卒業したのに、問題児と同じレベルの仕事しか振られないなんて、よっぽど将来有望なんでしょうね」

 

「はぁ~?何よそれ~?ムカつきすぎて暴れそうなんだけど~!?」

 

私たちの間の空気がギスギスと熱を帯び始めたところに、慌てたアリエッタが駆け寄る。両手をばたばたと振りながら仲裁に入った。

 

「わー!もう!ストップストップ!喧嘩しないでよー!何があったか知らないけど仲良くしよー?ね!?」

 

「なによもう!あんたメティちゃんの友達~?」

 

「うん!そうだよ~!このクエストも一緒に受けたんだ!私アリエッタ!よろしくね!君はメティちゃんのお友達?」

 

「は!?そんなわけないでしょ!誰がこんなのと……!ただの士官学校時代の同級生よ!」

 

その物言いに私も頭に血が上る。

 

「は?何?こんなのって?ちんちくりんのガキンチョのくせに」

 

「誰がガキンチョよ!誰が小さくて可愛いよ!ふざけんな!」

 

「そんなこと言ってないでしょ……」

 

「――あー!もう喧嘩やめてってば!メティちゃんも落ち着いて!ねぇ、君も!えっと、名前なんだっけ……?」

 

息を切らしながら、イレーネが胸を張って言い放つ。

 

「私はイレーネよ。イレーネ・ドルミナ。イエル士官学校を首席で卒業して、今はバレンテ王国魔導士団・第三分隊の分隊長補佐やってるの!すごいでしょ!?」

 

「あはは……。すごいねー!卒業したてなのにもうそんな役職だなんて、尊敬するよー!」

 

ほとんど棒読みでそう返すアリエッタ。だが、イレーネは気づかずに目を輝かせていた。

 

「え!尊敬!?かっこいい!?でしょでしょー!私こんなにすごいのに!それなのにメティちゃんが意地悪してくるんだから!」

 

「ええ!?メティちゃん!イレーネちゃんをいじめちゃダメだよー!」

 

「してないから……。もういいでしょ……。仕事しましょ」

 

さっさと壁上の配置に着きたい。だがイレーネはまだ引き下がらない。

 

「ちょっと!メティちゃん待ちなさいよ!」

 

「何よ。もう話は終わったでしょ?お子ちゃまに構ってる暇ないんだけど……」

 

「むかつくんだけどー!意地悪言うな!……っていうか、ずっと気になってたんだけど、この人もあんたの仲間なの~!?」

 

イレーネは眉をひそめ、指先で麻袋にすっぽり収まり、いびきをかいているゼハンを指さした。

 

「ああー……。それね……」

 

確かに、こいつの説明が一番難しい。

 

「なんとか言いなさいよ!こんなところに来てまで寝るような人連れてきて、何考えてるのよ!」

 

「話すと長くなるけど、一言で言うと“お守り”。……うん、気にしないで」

 

イレーネは肩を落とし、小さく吐息を漏らす。

 

「はぁ……。士官学校のときは、密かにライバル視してたのに……。メティちゃん、ほんとにどうかしちゃったんだね。もういいわ……」

 

そう呟くと、失望を隠しきれない仕草で顔をそむけ、自分の配置へ歩いて行った。

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