アヤメとナグサの青春崩壊   作:あばなたらたやた

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一話:私の友達

 夜明け前の倉庫街は、硝煙の臭いがまだ残っていた。

 百花繚乱紛争調停委員会の委員長アヤメは、作戦室の中央に立っていた。プラチナブロンドを後ろで束ね、エルフ耳が換気音を拾う。

 

 紫の瞳がホロマップを追う。敵の配置は北側トラック三台。爆薬は荷台。起爆装置は手動。

 

 彼女はマイクを握った。声は明るい。みんなに好かれる委員長の声。

 

「百花繚乱紛争調停委員会だ。規則違反が確認されている。武器を捨てて投降して。十秒」

 

 カウント。十、九、八。シャッターが開く。銃口が光る。9mm弾が飛ぶ。コンクリートが削れる。アヤメは百蓮を抜いた。黒鉄の銃身。引き金を引く。

 

 初弾がトラックに着弾。爆薬が誘爆。炎が広がる。敵の悲鳴。副委員長ナグサが横に立つ。白髪。白肌。スナイパーライフルを片手で構える。反動で肩が跳ねる。照準は揺れない。

「援護するね」

「ありがとう」

 

 声は冷静。だが、弾道が違う。ナグサの放った弾丸は敵の足元に着弾しコンクリートを削った。

 彼女は手を抜いている。本人は気づいていないが、無自覚に手を抜いているのだ。この程度の距離や状況ならばナグサは無敵を誇る。

 いつもの手抜き癖に苛立ちつつアヤメは進む。百蓮を連射。弾丸が装甲を貫通。血と肉が飛び散る。敵は十二名から八名に。

 

 ナグサが追う。スナイパーライフルを腰だめで撃つ。

 壁が崩れ、天井が落ちる。敵の頭上からコンクリート。だが、致命傷はない。

 アヤメは知っている。ナグサは自分より強い。だが彼女の依存体質がその性能を著しく下げていた。弱い自分がアヤメという上の者に従うことで安心するメンタル。

 

「ナグサ、左翼」

「了解」

 

 ナグサは動く。銃口は中心から外れる。アヤメは百蓮を撃ち、敵の胸を貫く。血が噴く。敵は八名から四名に。倉庫奥。

 

 タイマー三十秒。アヤメは走る。百蓮を構えたまま突入。敵は四名。9mm弾が飛ぶ。肩をかすめる。血が滲む。そのまま百蓮を連射。

 頭部直撃。脳漿が飛び散る。敵はゼロ。

 ナグサが入るスナイパーライフルを下ろす。

 

「終わり、かな」

 

 アヤメは頷く。笑顔は張り付けたまま。瞳は死んでいた。

 

「うん。解散解散。全体報告。被害二十パーセント。こちらの死傷者なし」

 

 ナグサは通信機を取り、報告する。声は冷静。手は震えている。アヤメは百蓮を収める。銃身は熱い。百鬼夜行は通常通り運行されていく。

 任務が終わり、次の連絡を待つ。

 倉庫街の硝煙がまだ空に残る頃、百花繚乱の入口前には人だかりができていた。市民たちだ。子供を抱いた母親、杖をついた老人、制服を着た学生。誰もがアヤメの名を呼ぶ。

 

「アヤメさん! また助けてくれた!」

「委員長、さすがだ!」

「これ、お礼に」

 

 小さな女の子が紙袋を差し出す。中身は手作りのクッキー。割れたチョコがくっついている。アヤメはしゃがみ、両手で受け取った。

 

「ありがとう。みんな無事でよかった」

 

 笑顔は完璧だった。歯並びまで整っている。声は明るく、耳に心地よい。市民たちは歓声を上げた。その背後で、別の声が続いた。

 

「あの、アヤメさん。うちの商店街の看板が傾いてて……」

「うちの猫が屋根に登っちゃって……」

「学校の備品が足りなくて……」

 

 些細なことばかり。自分でもできることばかり。しかし丁寧にアヤメは一つ一つ頷いた。

 

「了解。午後に行きます。猫は夕方までに。備品は明日届けます」

 

 市民たちは満足して散っていった。アヤメは正門の陰に立ち、クッキーの袋を握りしめた。指が震えている。笑顔はまだ顔に貼りついたままだ。

 

 彼女は思う。些細な頼みごと。自分でもできること。なぜ自分に頼むのか。なぜ自分にしか頼めないと思うのか。

 厚かましい。図々しい。無能だ。怠惰だ。自分たちの手でやればいい。なぜ自分に押しつける。苛立ちが胸の奥で煮えた。

 

 無能な弱者への嘲笑が喉の奥で渦を巻いた。

 自分は違う。自分はできる。だから自分がやらなければならない。すると頼られる。称賛された。

 素晴らしい笑顔の花畑。だから笑顔で了承する。だが、それは義務だ。

 

 己へかける呪いだ。

 善い人を演じる仮面だ。

 クッキーの袋を握りしめたまま、アヤメは正門の壁に額をつけた。痛みに笑顔が崩れた。唇が歪んだ。歯が軋んだ。

 

(人を助ける。それは強い私の義務で、発揚なことで、世界のルールだ)

 

 困った人を助けたいのは本心だ。だが、頼られすぎる。期待されすぎる。些細なことで称賛される。それが嬉しいはずがない。

 

(分かっている)

 

 断りきれず受け入れて、他者を増長させて厚かましさを許す自分が悪い。自分の不手際に苛立つ自分が悪い。嘲笑う自分が悪い。

 

(困った人を救うと言いながら、こんな些細なことで迷っている)

 

 市民の笑顔に縛られる。仮面を外せない。外したら崩れ、自分の積み重ねてきた信頼は壊れ、すべてが無意味になる。

 

 アヤメはクッキーの袋を握りしめたまま、壁に額を打ちつけた。一度。二度。三度。痛みが走る。血が滲む。それでも笑顔は戻らない。

 

 自分は最低だ。自分は無能だ。自分は人間失格だ。

 ナグサが遠くから見ていた。白髪が風に揺れる。アヤメはそれに気づかない。気づきたくない。市民たちはもういないのだから周囲をみる必要はない。

 

 アヤメは一人、壁に額をつけたまま、震えていた。あの太陽のような笑顔はどこにもない。

 正門の陰からナグサが現れた。白髪が風に揺れ、彼女はアヤメの前に立ち、両手で銃を下ろした。瞳は凍りついたままだが、口元がわずかに緩む。

 

「アヤメは……さすがだね。市民のみんな幸せそうだった。私なんかじゃ、あんな笑顔、絶対に作れない」

 

 声は低く、震えていた。尊敬が滲み出る。崇拝に近い。ナグサは一歩近づき、儚く笑う。

 

「人当たりが良くて、何でもできて、優しくて、楽しい……私、アヤメみたいな人、見たことないよ。本当に、完璧」 

 

 過剰だった。盲目的だった。ナグサの瞳はアヤメしか映していない。現実を見ていない。自分の力を見ていない。自分だって敵を圧倒した事実を見ていない。アヤメより強いのに、気づかない。

 アヤメは笑顔を張り付けた。完璧な表情。明るい声。

 

「ありがとう、ナグサ。そんなに褒められると、照れるよ」 

 

 口では謙虚に。感謝を伝える。だが、胸の奥で別の声が響く。現実を見ていない。他者の力を知らない。他者の弱さを知らない。ただ依存しているだけ。自分にすがっているだけ。思考能力がない。

 

(無能が)

 

 判断力がない。盲目な信者。馬鹿だ。

 苛立ちが湧いた。そしてそんな愚かな思考ができる脳みそに嫉妬した。

 

 自分に頼ることで安心する。そんな人に自分が褒められることで満足する。アヤメがいなければ、どうするつもりだ。自分がいなくなったら、どうなる。崩れ、壊れる。無能だ。 そしてそんな状態のナグサを許容している自分も無能だ。

 

 アヤメは笑顔を保ったまま、ナグサの肩に手を置いた。優しい仕草。完璧な仕草。

 

「ナグサのおかげで、任務もスムーズだったよ。ありがとう」

 

 ナグサの瞳が潤んだ。頬が赤くなる。嬉しさが溢れる。

 

「いや、私なんか……アヤメの足手まといだから。でも、ずっと一緒に……」

 

 言葉が途切れた。アヤメは頷いた。笑顔は崩れない。だが、胸の奥で別の声が続いた。

 足手まといではない。アンタは強い。お前は自分より強い。それなのに、なぜ自分にすがる。見下している。自分を嘲笑っている。利用している。

 

(クソ、私は最低だ)

 

 ナグサを信者に仕立て上げ、自分を神に仕立て上げている。

 

(全部偽りだ。嘘だ。こんなのは善い人をしたい仮面なんだ)

 

 解決法は分かっているのにこんな依存関係に甘えている。ナグサの盲目を喜んでいる。自分の優越感に浸っている。自分は壊れている。

 

(なんて、無能)

 

 アヤメはナグサの肩から手を離した。笑顔はまだ貼りついたままだ。だが、指が震えている。ナグサは気づかない。二人は並んで歩き始めた。

 

 正門を抜け、街路へ。アヤメは笑顔で話しかける。ナグサは嬉しそうに答えた。だが、アヤメの瞳は死んでいる。

 自己嫌悪が胸の奥で煮えた。

 百花繚乱のパトロールエリアの東端を二人は歩いていた。アヤメは先頭、ナグサは半歩後ろ。街路は静かで、時折トラックが通りすぎるだけだった。

 

 最初のトラブルは交差点だった。信号機が故障し、学生の列が立ち往生していた。

 アヤメは歩み寄り、どこからか工具箱を取り出して信号機の蓋を開けた。配線を一本ずつ確認し、断線箇所をテープで固定。十秒で復旧。

 

 学生たちは拍手した。ナグサは横に立ち、銃を肩に掛けたまま見ていた。手を貸さなかった。

 

  二つ目は商店街。店主が脚立から落ちて足を捻った。アヤメは応急処置キットを開き、包帯を巻き、担架を呼んだ。店主は涙を浮かべて礼を言った。

 ナグサは店の陰で立っているだけで手を貸さなかった。 

 

 三つ目は路地。野良犬がゴミ袋を荒らし、通行人が避けていた。アヤメは犬を追い払い、袋を回収し、ゴミ箱に押し込んだ。通行人は安堵した。ナグサは路地の入口で立っていた。手を貸さなかった。

 アヤメの背中にナグサは言った。

 

「凄いね、アヤメは。信号機の修理も、応急処置も、犬の追い払いも」

「あー、まぁね。ナグサもできるよ。というか手伝ってよ! ナグサって凄いんだから自信を持って行動して」

 

 声は優しい。諭すようだった。ナグサの実力を称えた。功績を並べた。彼女が自分でできると信じていると伝えた。ナグサは視線を逸らした。白髪が顔にかかる。

 

「……うん。でも、アヤメがいるから……」

 

 曖昧だった。濁していた。答えになっていない。アヤメの胸の奥で苛立ちが湧いた。

 

 無能であることで守られたい。それが本音だ。強い存在にすがりたい。自分で動きたくない。責任を取りたくない。臆病だ。依存体質だ。

 

(私はそれを看破しているからね、ナグサ)

 

 見抜いている。だが笑顔は崩れない。声は明るい。

 

「大丈夫。次はナグサがやってみて」

 

 ナグサは頷いた。だが、瞳は揺れている。自信はないのだろう。行動する気はないだろう。アヤメは歩き出した。ナグサは半歩後ろ。街路は静かだった。

 トラブルはもう起きない。胸の奥で苛立ちが煮えた。ナグサの曖昧さが頭に残る。

 自分は優しく諭した。それなのに、変わらない。変わりたくないと態度が示している。

 

(腹が立つ。だけどナグサがこうなのは私のせい)

 

 ナグサを依存させているのは自分だ。自分でできると知りながら、守っている。見下して、都合良く利用している。偽善だ。

 自分は最低だ。自分は無能だ。

 アヤメは笑顔を保ったまま歩いた。ナグサは半歩後ろ。街路は静かだった

 

 

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