任務名:勘解由小路ユカリ護衛任務
クライアント:非公開
任務概要::ユカリの社会科見学における護衛任務。対象は反政府勢力からの脅威に晒されており、今回の社会科見学は警戒が手薄になるため、襲撃の可能性が極めて高い。
任務詳細:: 護衛対象: ユカリ
任務内容:ユカリの社会科見学中、反政府勢力による攻撃から対象を保護する。アヤメおよびナグサはユカリに随伴し、敵の動向を監視しつつ、即座に対応可能な態勢を維持せよ。
敵勢力:反政府勢力(詳細不明)。武装集団の可能性が高く、奇襲戦術が予想される。
作戦エリア::社会科見学の移動経路および目的地(詳細は別途提供)。
注意事項:ユカリの安全を最優先とすること。
民間人の巻き添えを避けるため、攻撃は精密かつ迅速に行う。 反政府勢力の動向をリアルタイムで監視し、敵の増援や奇襲に備える。
報酬::任務成功時、クライアントより高額報酬および追加契約の可能性。
リスク評価::敵の戦力規模不明。極めて危険な任務と判断。覚悟を以て臨め。
◆
百花繚乱紛争調停委員会の執務室は、埃と古い紙の匂いで淀んでいた。窓から差し込む午後の陽射しは、埃の粒子を浮き立たせ、床に散らばった書類の山を淡く照らす。
七稜アヤメはソファに深く沈み、足を机に乗せ、靴底の泥を落とした。背もたれに凭れ、首を捻る。肩が軋む音がした。
ナグサは壁に凭れ、タブレットを片手に立っている。
指先は画面をスクロールし続け、瞳は書類の文字を追う。机の上では、書類の束が崩れかけていた。
アヤメは一枚を抜き取り、鼻で笑った。
「ほー、勘解由小路ユカリちゃんかぁ。百鬼夜行の中等部三年生で、名家のお嬢様……って、また面倒くさそうなのが来たじゃん?」
口は笑っている。歯が白く光る。だが、胸の奥では別の声が響く。どうせまた、自分たちにすがるだけの弱虫だろう。
守る価値があるのか。自分は笑って誤魔化すだけだ。ナグサの視線が、書類に落ちる。カップを机に置く。音が鋭く響く。
陶器が机を叩く音が、静寂を裂いた。
「面倒くさい、って……アヤメ、任務の前なのにやる気ゼロなんだ」
声は低く、抑揚がない。
ナグサの指はタブレットを握りしめる。爪が画面に食い込む。アヤメは書類を振り回した。紙が風を切り、埃が舞う。
「勘解由小路――ってことは、超絶可愛いお嬢様キャラ確定でしょ。八重歯萌えの鼻歌お嬢様! 絶対、『アヤメ先輩、かっこいいですの~!』とか言ってくるタイプ!」
声は弾む。だが、胸の奥では嘲りが渦巻く。
いい子?
どうせ依存するだけの甘ったれだ。
自分は笑って誤魔化す。
自分はただ笑う。嫉妬が胸を抉る。ナグサの手が止まった。指が震える。瞳が書類に落ちる。
「……私より可愛いって意味?」
声は静かだ。だが、耳に刺さる。
アヤメは爆笑した。腹を抱え、ソファが軋む。
「違う違う! ナグサは超絶可愛い! ユカリちゃんは普通に可愛い後輩枠でいいじゃん! 鼻歌歌うらしいし……絶対、私たちのファンだよ!」
胸の奥では別の声が響く。
憧れられるなんて。
自分はただ笑う。
ナグサが呆れた。
ため息が漏れる。
タブレットを閉じる。
「……八重歯って、どこに書いてあるの?」
アヤメは書類を指差した。
指先が震える。
笑顔は張り付く。
「ここ、ここ! ――絶対いい子! ファン決定!」
胸の奥では嘲りが膨らむ。
いい子? どうせすぐ泣く甘えた子供だ。
ナグサが立ち上がった。
靴音が響く。
「まあ、護衛対象が可愛くても、仕事は仕事。……でも、依存されすぎないように気をつけてね。アヤメは優しいからすぐ人に依存されるから」
ナグサの声は冷たい。だが、瞳は揺れている。
アヤメはニヤリと笑った。
「ナグサの豆腐メンタルがバレたら、ファンのみんなが失望しちゃうもんね」
ナグサが固まり、肩が震える。
瞳が伏せられる。
「アヤメは静かに……出発しよう。遅刻したら、また私が謝る羽目になるから」
アヤメは立ち上がり、肩を叩いた。
ナグサの肩が硬い。
笑顔は張り付く。
「はいはい~! 副委員長様のご命令だ!」
扉が閉まる。廊下に笑い声が響く。だが、アヤメの胸の奥では別の感情が絡まる。
自分は最低だ。
ナグサの弱さを突くなんて。
嫉妬と苛立ちが、七稜アヤメの胸を抉る。
自己嫌悪が膨らむ。護衛対象を守れるのか。自分はただ笑うしかできない。車内でアヤメはハンドルを握った。
指が白くなる。
アクセルを踏むとエンジン音が響く。ナグサは助手席でタブレットをスクロールする。
画面の光が顔を照らす。
「でさ、勘解由小路家って……百鬼夜行の古株じゃん? 祭儀とか行事とか、キヴォトス中の顔役が集まるやつ全部仕切ってるって話でしょ?」
声は弾む。だが、胸の奥では別の声が響く。
由緒正しい? 面倒なタイプだ。
ナグサがタブレットをスクロールする。
指が止まる。
「……うん。千年以上続いてるって記録もあるわ。百鬼夜行連合学院の創設にも関わった一族……由緒正しすぎて逆に胡散臭いレベル」
声は低く、抑揚がない。
アヤメは笑った。
ハンドルを叩く。
「胡散臭いって、ナグサ辛辣たね! でもさ、ユカリちゃんが跡継ぎってことは……将来の百鬼夜行のトップってこと?」
ナグサが眉を寄せた。
タブレットを閉じる。
「……そうなるはず。だけど、特別な巫女を排出してきた一族でもあるから、百鬼夜行自治区を支える均衡の要――巫女として生贄とされる運命を背負う者。生き辛そう」
声は静かだ。だが、耳に刺さる。
アヤメはハンドルを握りしめる。
指が白くなる。
「それはまた。つまり、いろいろいな意味でユカリちゃんは……百鬼夜行の未来を背負ってるってこと?」
ナグサが静かに言った。
「……そう。命を狙われてるってことは、家の中にも敵がいる可能性が高い。内輪揉め。最悪のパターンだね」
アヤメはアクセルを踏み、エンジン音が大きくなる。
「大丈夫、任せて。自分たちの可愛い後輩、絶対守る!」
ナグサが微笑んだ。
唇が動く。
「……アヤメが本気なら、私も……全力でやる」
車は門をくぐる。アヤメは笑顔を張り付ける。ナグサは強い。それこそアヤメより数百倍は強い。しかも人望もある。自分は使い勝手の良い駒として『みんな』に利用される反面、ナグサは本当の意味で慕われている。
憎らしい。
七稜アヤメは、自分の性格の悪さと無能さを噛み締める。
突然、夜空が赤く染まった。
遠く、勘解由小路邸の方角。
轟音が車を揺らす。
窓ガラスが震える。
地面が振動する。
アヤメはブレーキを踏んだ。
タイヤが軋む。
車が止まる。
「……なにこれ。爆発?」
声は弾む。だが、瞳が鋭くなる。
ナグサがタブレットを睨む。
画面の光が顔を照らす。
「……屋敷の東棟。襲撃されてる」
声は低く、抑揚がない。アヤメはシートベルトを外し百蓮を掴む。銃身がすらりと光る。
「戦闘モード、オン! ――って、ナグサ、スナイパー持った?」
ナグサは既にライフルを構える。
弾倉を確かめ、金属音が響く。
「……持ってる。弾倉確認済み」
アヤメはニヤリと笑った。
「さすが副委員長!軽くボコって、ユカリちゃん救出といこう!」
ナグサがスコープを覗く。瞳に冷たい光が宿る。
「……軽く、ね。敵は最低でも十人。ロボットも交じっている。アヤメ、私はどうしたら良い?」
アヤメは車のドアを開けて飛び出す。靴音が響く。
「援護頼むよ〜。十人くらい楽勝、楽勝」
ナグサが車から降り、そのまま跳躍して屋根に登る。靴底が軋む。
「……了解。アヤメが突っ込むなら、私が後ろで援護するね」
爆発の煙が夜空に立ち上る。
炎が赤く燃える。二人は走り出した。
互いの口は軽い。態度も軽い。笑顔は張り付く。だが、胸の奥では別の声が響く。
守らなければ。笑うしかできない自分でも、今はそれだけだ。
嫉妬も嘲笑も消える。
残るのは、ただ一つの感情。
守らなければ。
七稜アヤメは、百蓮を握りしめる。
ナグサは、スコープを覗き、敵対勢力の者達に向けて弾丸を発射した。