アヤメとナグサの青春崩壊   作:あばなたらたやた

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第七話 英雄誕生

 

「おぉ〜」

 

 彼女の口から漏れたのは、そんな曖昧な響き。目の前に広がるのは、崩壊した街路。瓦礫の山、倒れた生徒たち。そして、繰り返される同じ光景。同じ時間。同じ場所。ループだ。

 

「ふむふむ。なるほどねぇ。同じ場所を繰り返してるみたいだ」

 

 ユカリ。ロングヘアを優雅に払い、八重歯を覗かせて明るく笑う。お嬢様口調が、ループの重苦しさを少しだけ軽くする。

 

「これはなんですの!?  また同じ瓦礫ですわ!  でも、こんなループなんか吹き飛ばしてみせますの〜!」

 

 ユカリの声はポジティブ。素直で、明るい。彼女のアリサカ38式狙撃銃が、陽光を反射する。

 

 ループは三度目。いや、四度目か。記憶が曖昧になる。最初は、謎の敵の襲撃。空間が歪み、閉じ込められた。外の世界では、ナグサが一人で戦っていたはずだ。

 

 アヤメの心の中で、摩耗が進行する。

 演技の笑顔が、わずかに歪む。だが、口には出さない。

 

 「疲れた」とは言えない。

 「嫌い」とは言えない。

 

 

「ははは! 面白い状況ね。でも、厳しいし、かなり待たせることになるかもだけど、突破できるはずよ」

 

 ナグサは頷く。アヤメの言葉を絶対視する。

 

「アヤメが言うなら、正しい。私の射撃で、敵を牽制する。アヤメの指示のおかげで、きっと……」

 

 ユカリは鼻歌を交えながら、銃を構える。

 

「ふふん、命中率は完璧ですの〜!」

 

 戦いが始まる。ループ内の敵は、影のような存在。繰り返し襲ってくる。銃声が響き、花びらのような弾幕が舞う。だが、いつも同じ。突破できない。死ぬ。戻る。

 

 五度目のループ。アヤメの紫瞳が、初めて本気の光を宿す。退魔の銃「百蓮」を握るが、資格がない。使えない。ただの銃だ。

 

「なるほどねぇ……このループ、普通に戦っては抜けられないわ。逆方向に走る……それで、キャパオーバー。空間を崩壊させる」

 

 彼女の思考はバランスが良い。リスクを把握し、メリットを口にする。否定はしない。「無理」とは言わない。

 ユカリは興奮気味に。

 

「素晴らしいアイデアですの!  身共も全力で走りますわ! 百花繚乱の誇りをかけて!」

 

 二人は逆方向へ。ナグサとユカリ。アヤメは中央で指揮。空間が軋む。ループの糸がほつれ始める。敵の影が歪む。キャパシティオーバー。

 崩壊。

 世界が砕け散る。

 

 外の世界。キヴォトスの街路。銃声が遠くで響いていた。ナグサが、一人で戦っていた。ループの外の彼女。白髪が血で汚れ、息が荒い。

 

「アヤメ……早く……」

 

 すぐに合流。ループから脱出したアヤメとユカリが、ナグサと出会う。だが、喜びは一瞬。新たな敵。「死の刃」を名乗る存在。黒い影。短刀を閃かせ、アヤメを狙う。貫こうとする。

 

「――ッ!」

 

 アヤメの笑顔が、初めて凍る。避けられない。だが、ユカリが動く。

 身を挺して。

 

「ユカリ!?」

 

 短刀がユカリの胸を貫く。血が飛ぶ。

 血が口元を染める。

 

「貴方の心に従って……アヤメさん……」

 

 死の瞬間。ユカリの目が、穏やかに閉じる。八重歯が、わずかに覗く。笑顔のまま。アヤメは、茫然自失。初めてだ。完璧な演技が崩れる。

 紫瞳が揺らぐ。本心が漏れる。

 

 「疲れた」「嫌い」「助けて」――そんな言葉が、喉まで上がるが、飲み込む。

 ナグサが、震える声で。

「アヤメ……笑って。完璧でなきゃ、駄目だよ……」

 

 その言葉に、アヤメの心が凍る。依存の鎖。ナグサの願望。アヤメに頼られ、側にいたい。だが、それはアヤメの摩耗を増すだけ。「死の刃」は反撃に倒れる。ユカリの最後の射撃。

 

 花びらの弾幕が、敵を粉砕。だが、ユカリは死んだ。アヤメは立ち上がる。笑顔を、強引に貼り付ける。だが、それは本物ではない。いや、決意だ。

 

「労りなんて、必要ない。全て、私が救う」

 

 ナグサは頷く。依存を隠さない。

 

「アヤメの言うなら……やる。アヤメのおかげで、私は必要とされる……」

 

 キヴォトスの空は、変わらず青い。だが、アヤメの心に、亀裂が入った。ユカリの死は、贖罪の始まり。百花繚乱を最強に。誰も泣かせない世界を。本当の笑顔で、みんなと笑いたい――その願望は、遠く。

 

 瓦礫の山は、すでに死の庭だった。血と硝煙が混じり、キヴォトスの空を朱に染める。ユカリの亡骸は、静かに横たわり、八重歯を覗かせたままの笑顔が、永遠に凍りついている。

 

 アヤメは動かない。

 紫の瞳に、感情の色が落ちた。

 演技ではない。

 完璧ではない。

 ただ、空白。ナグサの声が、凍てついた空間を割る。

 

「笑って……完璧でなきゃ、駄目だよ……」

 

 その言葉は、呪いだった。

 依存の鎖。

 鋼の楔。

 アヤメの魂を、根こそぎ穿つ。

『労りなんて、必要ない。全て、私が救う』

 

 空白が、軋む。

 空白が、燃える。

 空白が、鋼になる。

 開くのは、英雄の眼だ。アヤメの体が、震えた。退魔の銃「百蓮」は、資格なきままに握られている。だが、今は違う。銃ではない。それは、彼女自身の延長。

 鋼の意志の、刃。敵が来る。

「死の刃」の残党。黒い影。短刀。銃。爆薬。百を超える刃が、彼女を貫こうとする。最初の一撃は、肩を裂いた。血が飛ぶ。痛みはない。痛みは、ユカリの死に比べれば、塵。二撃目は、腹を抉る。内臓が零れかける。だが、気合が、肉を縫う。

 根性が、血を止める。

 英雄は、死なない。

 英雄は、壊れない。

 

「ははは……!」

 

 笑い声が、戦場を震わせる。

 それは、狂気ではない。

 覚醒だ。

 鋼の英雄の、咆哮。アヤメが動く。

 一歩。

 瓦礫が砕ける。

 二歩。

 空間が歪む。

 三歩。

 

 敵の首が、飛ぶ。百蓮は、銃ではない。

 それは、彼女の意志の具現。

 引き金を引くたび、敵の「死」が確定する。

 直死ではない。

 英雄の死。

 完璧な死。

 誰も泣かせない死。銃弾が、彼女の胸を貫く。心臓が、止まる。だが、止まらない。気合が、心臓を再起動させる。根性が、血を逆流させる。

 英雄は、死を超える。

 

「ふむふむ……なるほどねぇ。君たちは、私の敵……?」

 

 声は、穏やか。だが、その背後に、奈落がある。紫の瞳に、敵の「終わり」が映る。全ての刃が、彼女に突き刺さる。全ての銃口が、彼女を狙う。全ての爆薬が、彼女を焼き尽くす。だが、無意味。

 英雄は、傷つかない。

 英雄は、壊れない。

 英雄は、皆を救う。

 一閃。

 百蓮が、弧を描く。

 敵の群れが、蒸発する。

 血は、霧になる。

 肉は、塵になる。

 魂は、鋼に吸われる。ナグサは、遠くで見ている。白髪が、風に靡く。瞳が、焼ける。脳が、溶ける。

 

「やっぱり……アヤメは、最高だよ……」

 

 呟きは、祈り。

 呟きは、信仰。

 呟きは、狂愛。アヤメは、進む。

 傷だらけの体で。血まみれの笑顔で。鋼の英雄として。敵は、もういない。瓦礫の山は、平らになった。血の海は、乾き始めた。ユカリの亡骸だけが、静かに眠る。アヤメは、跪く。初めて、演技ではない涙を流す。だが、声は出さない。

 

 「疲れた」とは言わない。

 「嫌い」とは言わない。

 「助けて」とは言わない。

 ただ、決意する。

 全て、私が救う。誰も、泣かせない。屍山血河を越えて輝く明日を掴むのだ。

 ナグサが、近づく。白髪を垂らし、跪く。

 

「アヤメ……私は、アヤメの補佐でいい……ずっと、側に……」

 

アヤメは、答えない。ただ、立ち上がる。鋼の英雄は、振り返らない。前だけを見る。百花繚乱を、最強に。キヴォトスを、明るく。だが、その背中に、ユカリの影が重なる。

 

「貴方の心に従って」

 

 その言葉が、永遠に響く。鋼の英雄は、孤独だ。

 だが、それでいい。英雄は、孤独でなければ、英雄ではない。戦場は、静寂に包まれる。

 血の匂いだけが、残る。そして、鋼の足音だけが、響き続ける。

 

 

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