俺が生まれて初めての失恋を経験した日からおよそ半年が経過した。
クリスねーちゃんはあれ以降も何事も無かったかのような態度で接してくれていたので俺も今まで通りの対応を心掛けていたのだが、ある日俺はクリスねーちゃんに誘われて2人で森の中の家から見えない位置にやって来ていた。
「――だから『それ』をクリスねーちゃんの中に入れる必要があるんだけど……」
「そうですか……私も初めての経験なので少々の不安はありますが、構いません。入れてください」
「わかった……じゃあ……」
クリスねーちゃんと手短に会話を交わし、了承を得たので俺はクリスねーちゃんへと手を伸ばした。
「じゃあ入れるけど準備は……違うな、覚悟はいい?」
「ええ。いつでもどうぞ」
「じゃあ……」
クリスねーちゃんの覚悟を確認した俺は『それ』をゆっくりとクリスねーちゃんの中へと入れていく。
「んっ……これは……」
「どう? 大丈夫? 痛くない?」
「ええ、大丈夫です。少し体が熱くなってきたような気がします」
「まぁそういうものだから。慣れてきたならもっと奥まで入れるけど、大丈夫?」
「お願いします……んっ……」
大丈夫と言われたのでもっとクリスねーちゃんの奥に届くように押し込んでいくと、クリスねーちゃんはほんの少しだけ辛そうに眉根を寄せた。
これは仕方がない。誰だって慣れるまではこうなるものだ。
「……こんなもんかな?」
「全部……入りましたか?」
「まぁ全部ってわけじゃないけども……少しだけ動かすから、しっかり感じててね」
「わかりました」
クリスねーちゃんの返事を確認したので俺はクリスねーちゃんの手を強く握り、クリスねーちゃんの中に入れている『それ』を少しだけ動かした。
「こんな感じなんだけど……わかる?」
俺がそう問掛けるとクリスねーちゃんは自分の中に意識を向けるために閉じた瞳をそのままにコクコクと頷きで返してきた。
「なんとなくわかります。これが……ルカの……」
「うん、俺の『気』だよ。じゃあクリスねーちゃんの気を活性化させていくから、活性化する感覚を掴めるように集中してね」
「わかりました。お願いします」
俺はクリスねーちゃんの中に送り込んだ自分の気を通じてクリスねーちゃんの気を操り活性化状態へと変化させた。
「……これが気を活性化させた状態だよ」
「これは……なんだかとても体が軽いです」
「それだけ力が増してるってことだよ。わかりやすく言えば『火事場の馬鹿力』を発揮してるのと同じ感じ」
人間の体というのは普段はそのスペックの3割ほどしか使えないように出来ている。
それは10割の力を使うと体が壊れてしまうからなのだが、こうやって気を操り肉体の強度を上げることでフルスペックとまでは言わないが6割、7割ほどの力を扱うことが出来るようになるのだ。
「なるほど……確かにこの状態で戦えるのであればミッシェル様に一太刀浴びせることも可能かもしれませんね」
「一太刀どころか勝ててたと思うよ。
素の状態の俺と張り合えるクリスねーちゃんほどの実力者が『気の活性化』を習得すれば半年までのミッシェルさんになら普通に勝てていただろう。
しかしなぜ『半年前の』と念押しするかというと、ミッシェルさんもこの半年の間に『気の活性化』を習得してしまったからである。
そのお陰でミッシェルさんの戦闘能力は以前の1ミッシェルから大きく成長して当時の2ミッシェル=今の1ミッシェルくらいになっている。
自分で言ってて何を言っているのかよくわからない。
ちなみになぜミッシェルさんが『気の活性化』を習得したのかと言うと、簡単なことで、俺が教えたからである。
俺がクリスねーちゃんに振られてしばらく経った頃にやって来たミッシェルさんは俺とクリスねーちゃんの一騎打ちの結果を聞いたらしく「クリスに辛勝したと聞いたが手を抜いたのか」と問い詰められた。
そこで俺は馬鹿正直に「もちろん戦士として全力で戦った」と答えたのだが、ミッシェルさんに勝てるようになっていた俺がクリスねーちゃんに『辛勝』したというのが納得できないミッシェルさんに風呂どころか布団の中までついてこられて追求され続けた結果『気』の存在を教えてしまった。
気の存在を知り、どんな事ができるのかを知ったミッシェルさんが気に興味を示さないわけもなく、俺はミッシェルさんに気の操り方を教える羽目になったのだ。
そうして半年掛けてミッシェルさんに《躁気術》と呼ばれる気の操作方法と《練気術》と呼ばれる気の鍛錬方法を教えた後、それを聞き付けたクリスねーちゃんに今こうして教えを請われているのだ。
「そうですね……ミッシェル様もこの技術を身に付けているのですから元の実力差から考えて今のミッシェル様に一太刀浴びせることは出来ませんね」
「それはもう鍛錬次第としか……それとこの《躁気術》を身に付けるには自力で活性化状態に入れるようになるまで毎日俺が補助した方がいいんだけど……」
「覚えるまでここに泊まり込みますのでお願いします」
「それは俺じゃなくてじいちゃんに頼んでみてよ。それにディスおじさんの護衛はいいの?」
「有給が貯まっているのでそれを使います。休んでいる間は同僚が護衛に入るだけなので特段問題はありませんよ。それに……」
「それに?」
「ジークも居ますから。ヤツは性格に難がありますが、その実力は認めざるを得ません」
クリスねーちゃんはそう言って苦虫を噛み潰したような表情を浮かべるが、その目に嫌悪感は宿っていなかった。
そうしてその後クリスねーちゃんはじいちゃんに話を持っていき《躁気術》を習得するまでの間の滞在許可をもぎ取った。
一度振られたとはいえそれでもクリスねーちゃんと一緒に過ごせるのは嬉しい限りだ。
◇◆
「じゃあまずは気を使ってどんな事が出来るかを説明するね」
「お願いします」
じいちゃんから滞在許可をもぎ取ったその日、ディスおじさんを街まで護衛したクリスねーちゃんはその足で我が家まで引き返してきて早速修行を開始した。
とはいえさすがに疲れている様子だったので今日は座学ということにしてまずは『気を操ることで何が出来るのか』を説明している。
「まずはさっきもやったように気を活性化させることで肉体の強度と回復力を引き上げてリミッターを外して肉体能力を上げること」
「はい。実際に体験してみてわかりましたがアレは素晴らしいものです」
「体感はしてないかもだけど、あの状態なら反射神経とか動体視力とかも強化されてるんだ」
「そうなのですか?」
「そうなんです。俺たちは魔法が使えないからね……戦闘能力に直結する肉体能力他を引き上げるこの技術は覚えておいて損は無いよ」
損は無いどころか必須とも言える。
問題はこの《躁気術》を身に付けるのに才能ある人でも数年は掛かることなんだけどね。
ミッシェルさんが半年で習得出来たのはミッシェルさんに才能があったことももちろんだけど、それよりも俺が外部からミッシェルさんの気を操ることで気が動く感覚を掴ませたことの方が理由としては大きい。
普通に鍛錬をする場合、この『気が動く感覚を掴む』ことに一番時間が掛かるのだ。
俺のように他人の気に干渉して操作出来るほどに《躁気術》を極めた人間はほとんど居ないため俺が直接指導する人以外が《躁気術》を習得するには長い時間が掛かるだろう。
「ちなみに気は普段から全身を巡ってるんだけど、気は腹の底、『丹田』から流れ出て全身を巡った後再び丹田に戻ります」
イメージとしては心臓と血みたいな感じ。違うところと言えば血は心臓から自由に引き出せないけど気は慣れれば丹田から自在に引き出すことが出来るくらいかな?
もちろん限界はあるけども。
「腹の底ですか」
「よく『腹に力を入れろ』とか『腹から声を出せ』って言うでしょ?」
「なるほど……」
クリスねーちゃんは納得したように頷いている。
「話が逸れたけど、気の使い方としては体内を巡る気を活性化させて肉体能力を上げる方法の他に体の外に出して纏う方法もあるんだ」
「違いは何ですか?」
「体に纏った場合、単純に『頑丈さ』がアップするよ。例えば拳に纏わせれば全力でぶん殴っても痛くないし、腕に纏わせれば素手でも革の小手を装備してる時くらいの防御力になれる」
この世界には無さそうだから言わないけど、体内の気を活性化させて肉体能力や動体視力、反射神経などを強化して手に気を纏わせれば銃弾キャッチとかも出来る。
試しに一回やったら手のひらがとても熱くて軽い火傷みたいになったからそれから二度とやらなかったけどね。
「ふむ、それもとても便利な力ですね」
「それだけじゃなくて武器や防具に纏わせることで純粋に武器や防具の強度や斬れ味をアップさせることも出来るよ」
なまくらでもしっかり気を纏わせることで岩をも斬れる名刀に早変わりするから。
「それは……是非とも習得したいですね」
「他にも気を使って傷を癒したり、飛ばして攻撃したりも出来るけど……これは応用編だから今は置いておくね」
傷口に気を集めて回復させるのは高等技術だから難しいし、飛ばして攻撃するのは威力が全然出ないから覚えても仕方ない。
前世で必死に習得したのに『10m先の空き缶を倒す程度の威力』しか出なかった時の絶望感は凄まじかった。
「ふむ……」
「まぁまずは自分の気を操って自分や装備品を強化するところからだね」
「ご指導ご鞭撻の程よろしくお願いします」
こうして『ドキッ☆2人だけの修行生活』が始まった。
始まったのだが2日目から
あの野郎……ミッシェルさんとの修行の時には興味も示さなかったくせに生意気な……