じいちゃんとばあちゃんが元夫婦であるという空前絶後で驚天動地、超絶怒涛のビックリマンボウな真実を知ってしまった日の翌日、俺たちは早速お引越しの準備を開始していた。
なんでも高等学院の入学試験は年明け早々に行われるそうなのでそれに間に合うようにお引越しを完了させなければならない。
しかし聞いたところによるとこの家から王都とやらまでは片道数時間もあれば到着するというので数日以内に準備を済ませてお引越しをすれば大丈夫らしい。
まぁ1ヶ月から2ヶ月に一度王様なディスおじさんがやって来るくらいなんだからそこまで遠くはないとは思っていたけど想像よりだいぶ近かった。
なんでもじいちゃんが隠居を決めた時にディスおじさんにそれを伝えたら「あまり遠くには行かないで」と半泣きで縋られたんだって。
ディスおじさん、見た目はナイスミドルなのにやってる事がガキなんよ……
「ねぇルカ兄」
そうしてお引越しの準備として持って行く私物をシンの《異空間収納》に収納しやすくする為ぽいぽいと部屋の中央に山積みしていると、自分のお引越しの準備をしていたハズのシンが俺の部屋へとやって来た。
「どした?」
「ルカ兄はじいちゃんとばあちゃんが元夫婦だったって聞いてどう思った?」
「どう思うって別に……驚きはしたけどさもありなんって感じじゃね?」
だって2人とも気兼ねしない仲なんだもの。
「それは俺も思ったけど……なんで別れちゃったのかな?」
「さぁ? 俺たちに言わないってことは俺たちが知らなくてもいいことなんじゃねーの?」
言えることなら言ってくれるだろうし。
「うーん……」
「シンは変なところで引っかかるタイプだよね。そんなに気になるなら直接聞いてみる?」
「いや、やめとくよ。話しづらいこともあるかもだし」
「かもね。でもまぁ今の感じ見てたら『ばあちゃんがじいちゃんの適当さに耐えられなかった』パターンが有力なような気がする」
「あー……なんかわかるかも。俗に言う『性格の不一致』ってやつだね」
「もしくはじいちゃんがばあちゃんのハリセン攻撃に耐えられなかったバージョン」
「それってDV……」
「それ以上はいけない」
「そ、そうだね……」
これ以上この話を続けているとお互い不幸な未来しか訪れないような気がする。
具体的に言うとばあちゃん襲来的な。
「それよりお前引越しの準備は進んでるの?」
「……これからやるよ」
「ちゃんとやりなさいよ」
まったく、頭でっかちはこれだからいけない。
考える前に手を動かせ……って自分の準備の前にとりあえず俺の荷物を《異空間収納》に入れてってよ!
◇◆
そうしてお引越しの準備が完了して王都へと向かう馬車の中で俺の隣に座っていたシンが嬉しそうに正面に座るばあちゃんと話していた。
「ばあちゃん、一緒に住んで欲しいなんて無理言ってごめん。でも来てくれてすごく嬉しいよ」
「ま、まぁこの爺さんに任せるのは心許ないからねぇ」
「ルカ兄も嬉しいでしょ?」
「お、おう……せやな……」
ばあちゃんのことは嫌いではない。むしろ大好きな人の中の1人なのだが、一緒に住むとなるとちょっと……
俺、叩かれ過ぎて死なないよね?
ちなみになぜばあちゃんも一緒に暮らす話になったのかと言えば主にシンのせいである。
シンがじいちゃんに王都の家の広さを訪ねると「覚えてない」と答えが返ってきたのだが、隣で聞いていたばあちゃんが部屋数を教えてくれた。なんでも部屋数は20、小さな夜会が開けるホールにでっかい応接室。大きな暖炉と10人は座れるソファのありはリビング。20人くらいで食事が出来るダイニングに更にお風呂もあるらしい。
こうして間取りをスラスラ言えるばあちゃんに対してシンが「一緒に住んでくれたら超安心」みたいな事をチラチラ視線を向けながら語ったところばあちゃんが折れて一緒に住むことになったのだ。
その横で「ワシはそんなに信用が無いのか……?」と言いながら唖然としていたじいちゃんの悲しそうな瞳が忘れられない。
シンはもうちょっと言い方を考えた方がいいと思う。
「なんだいルカ、不服そうだね?」
「え? い、いや……別にそんな事ないよ?」
俺がそうしてじいちゃんに向けて労いの視線を向けているとばあちゃんが訝しげな顔でそう問うてきたので慌てて否定する。
「そうかい? 何か言いたげな顔をしていたけど……」
「なんでもないよ。むしろ俺としてもばあちゃんが一緒に住んでくれるのは安心出来るよ。ばあちゃんももう歳なんだから孤独死なんかされたら――」
「お黙りッ!!」
ばあちゃんは立ち上がって《異空間収納》からいつものハリセン取り出し、鋭いスイングで俺の顔面を撃ち抜いた。
ホームラン!!
「あばばばば……」
「仕方ない子だね! 仕方ないからアタシが一緒に住んで常識を叩き込んであげるよ!」
「やったぁ! ありがとうばあちゃん!」
「フン、この爺さんだけじゃ心配しか無いから仕方なくだよ!」
シン……めっちゃ喜んでるとこ悪いけど、そろそろ俺の心配してくんない?
ほら見てよ。めっちゃ鼻血出ちゃってるから。
「ルカ」
「はい……」
「あんたは罰として王都に着くまでの間床に正座してな」
「……はい」
「いいかい? 二度とデリケートな話題を口にするんじゃないよ?」
「ワカリマシタ」
それから数時間、俺は王都に着くまでの間揺れる馬車の中で正座させられ続けた。
俺はばあちゃんの体調を心配しただけなのに……
◇◆
それからしばらく、王都の門から続く長い列に並び、ようやく俺たちの番が回ってくる直前になってようやく俺は正座の刑を解かれ椅子に座ることを許された。
「身分証はありますか?」
俺が着席してすぐ、入国(入都?)を管理している兵士さんが尋ねてくる。
身分証……免許証も保険証も持ってないよ?
「ほっほ、これでいいかの」
「ハイよ」
困惑する俺とシンをよそにじいちゃんとばあちゃんは免許証のようなものを取り出して兵士さんに見せていた。
俺たちはいいの?
「ッ!?!?」
じいちゃんとばあちゃんの身分証を確認した兵士さんが目を見開いて固まった。
俺たちはどうすればいい?
「ど……『導師』メリダ殿と『賢者』マーリン殿でありますか!?」
硬直から回復した兵士さんがいきなり叫んだ。
「じいちゃんが『賢者』で……」
「ばあちゃんが『導師』……?」
シンと顔を見合せてから2人へ同時に視線を移す。
「「若気の至りじゃ(さね)」」
「「ハモってるハモってる」」
あ、俺らもハモっちゃった。
てか『賢者』と『導師』か、かっこいいな。
俺も何か二つ名欲しい。
そうして祖父母の二つ名を羨ましがっていると、周囲の空気が変わりなんだかザワついてきた。
「賢者様だって!?」「ホントかよ!」「導師様もいらっしゃるらしいわ!」「賢者様! 導師様!」
周囲の人たちの視線が俺たちの乗る馬車へと集中する。
中にはお近付きになろうとジリジリと近寄ってくる人の姿も見える。
「……スマンがこれ以上は騒ぎになってしまいそうじゃ。早いとこ済ませてもらっても構わんかのぅ」
「はっ! も、申し訳ございません! ところで……そちらの坊ちゃん方は?」
坊ちゃん!?
「ほっほ。こちらの少し生意気そうな子がルカ、のほほんとしておるのがシン。ワシらの孫じゃ」
「お孫さんでしたか……ってお孫さん!?」
「もう通っても良いかのぅ?」
「し、失礼致しました! どうぞお通りください!」
「ああ、ありがとう。お勤めご苦労さんじゃの」
「勿体なきお言葉……ありがとうございます!」
じいちゃんに労いの言葉をかけられた兵士さんは感動して泣きそうになっている。
俺も何か言おうかと口を開こうとしたところ、正面に座っているばあちゃんにすごい目で睨まれたので慌てて開きかけた口を閉ざした。
俺、怖くてばあちゃんには逆らえないよ……
その後無事門を抜け、人々の注目を集めながら王都にある屋敷へと向かう。
しかしさすが王都、めちゃくちゃ人が多い。ちょっと酔いそう。
「ルカ兄大丈夫? 顔色悪いよ」
「ちょっと気配が多すぎて……人に酔いそう」
何時獣に襲われるかもわからない森の中で生活していたので周囲の気配を読むことが癖になってしまっている。
そして常時気配察知をしていたからか前世よりはるかに感覚が研ぎ澄まされており、周囲の人々の『羨望』や『嫉妬』の感情まで感じ取ってしまい非常に居心地が悪い。
いつの間にか俺は都会で生活するには不便過ぎる能力を得てしまっていたようだ。
「そっかー……それオンオフ出来ないの?」
「完全に癖になってるからなぁ……慣れたら大丈夫だと思うけどそれまでかなりキツそう」
2、3日もすれば慣れると思うけど、それまでこの居心地の悪さを感じ続けないといけないのは大変に辛そうだ。
「はぁ、まったくこの子は……ルカ、ちょっと爺さんと席を変わりな」
「なんで?」
「さっさとしな!」
「ほっほ……」
ばあちゃんに言われたので立ち上がり、斜め向かいに座っていたじいちゃんと席を変る。
有無を言わせて貰えなかったじいちゃんがなんだかちょっと切なそうだが今は気にする余裕が無いのでごめんなさい。シンにでも慰めてもらってよ。
「ほら、家に着くまでまだ時間が掛かるから少しでも横になっておきな」
「横になれって言われても……」
ばあちゃんは隣に移動してきた俺の顔を見ながら自分の太ももの当たりを叩いている。膝枕してやると言いたいのだろう。
さすがにこの歳でばあちゃんに膝枕してもらうのはちょっと……
「遠慮なんてしなくていいんだよ」
ばあちゃんは俺の耳を掴み、引っ張った。
「うわっ……」
ばあちゃんの突然の行動に反応出来なかった俺はそのまま大人しくばあちゃんの膝の上へと倒れ込んでしまった。
「何を恥ずかしがってるんだい。いいから少しでも横になって落ち着きな」
「うん……」
ばあちゃんは俺を膝に寝かせると、優しく頭を撫でてくれた。
ばあちゃんが優しい……こんなに優しくされたのは5歳くらいの時以来な気がする。
それ以降は怒られてばっかりだったような……
「あんたやシンがこんな風に育っちまったのは爺さんのせいだけど、アタシにも責任がある。これからビシバシ常識を叩き込んでやるから今はゆっくり休んでおきな」
「わかったよ。ばあちゃんありがとう」
そうして俺はシンとじいちゃんがニヤニヤしながらこちらを見ている視線を感じつつ、ゆっくりと目を閉じた。
ばあちゃんに撫でられているうちに不思議と周囲の気配は気にならなくなっていった。
それから小一時間後、屋敷に到着したタイミングで俺は起こされ、寝起きでいきなり大勢の使用人から挨拶を受けることとなった。