年が明けて数日、ようやく入学試験の当日がやって来た。
今日までおよそ一週間、寝る間を惜しみ、更に日課の鍛錬の時間まで削って勉強漬けにされていた俺もようやく解放の日を迎えたのだ。
「シン、あんたなら問題ないからしっかり試験を受けておいで」
「わかったよ」
「ルカ、あんたは今日までよく頑張った。あとはやれるだけやってきな。もしも落ちたとしても……その経験がアンタを成長させる」
「ばあちゃん……」
それ、落ちる前提で言ってないよね?
「ほっほ、2人とも頑張ってくるんじゃぞ」
じいちゃんとばあちゃん、使用人たちに見送られて俺たちは学院へと向かって歩き始めた。
「なぁシン」
「どうしたルカ兄」
「学院ってどっち?」
門を出た瞬間、俺の足は止まってしまった。何故なら学院の場所を知らないからだ。
「知らないの?」
「知るわけないよね。俺ってば王都に来た日から一歩も家から出てないんだぜ?」
「そういやそうだった……まぁ今日は時間に余裕もあるから俺が案内するよ」
「おなしゃす」
シンに案内され、学院へと向かう。
「えっと……王都は中心に王城があって、その周辺に貴族街、その外側に平民街って造りになってるんだ。それでうちは貴族街と平民街の間にある」
「へぇ」
「高等魔法学院も貴族街と平民街の間にあるから歩いて15分くらいかな」
「そーなんだ」
「聞いてる?」
「あんま聞いてない」
シンが色々と説明してくれているのだが、俺は初めて見る王都の街並みに夢中である。
森から出てきた日には酔ってばあちゃんの膝枕で寝ていてほとんど見ていなかったのでとても新鮮だ。
「まぁ初めて見たらそうなるのも仕方ないか……ってそういえばルカ兄、周囲の気配で気持ち悪くなってたけど大丈夫なの?」
「ああ、それね。勉強中に周りの気配に反応してたら『集中しろ』ってしばかれてたから気にならなくなったよ」
「ばあちゃんすげぇな……」
「すげぇ怖かった。ちょっとでも集中切らしたり寝そうになったらハリセンで叩かれたりスタンガンみたいな魔道具でビリッとさせられるんだぜ?」
「うわぁ……」
あれだけ勉強したのは前世今世通じて初めてだと思う。前世の俺は進学は全部スポーツ推薦とか特待生とかだったから。
そうやって話しながらしばらく歩いていると、遠目に大きな建物が見えてきた。
「あ、ルカ兄見えてきたよ。あれが騎士養成士官学院」
「あれかー、でっかいね」
「まぁ学校だしあんなもんじゃない? ところで今更だけど、忘れ物は無いよな?」
「大丈夫。筆記用具と受験票、それに市民証だろ? 全部ちゃんと持ってる」
市民証とはじいちゃんたちが王都に入る際兵士さんに見せていた身分証のことだ。
なんでもこの市民証は個人の魔力パターンを認識して本人以外には決して起動出来ないらしい。
さらには銀行のキャッシュカードとしても使われており、市民証さえ持っていればアールスハイド王国内の都市ならどこでも簡単にお金の預入や引出しが出来.るのだそうだ。
とても便利だが、市民証を不正に改造したりすれば死刑になるとても怖い物でもある。絶対に変なことはするなとばあちゃんに釘を刺された。
他にも何か使い道があったはずだけどそれより勉強しろと言われて勉強していたので覚えてない。必要そうになったらシンにでも教えてもらえばいいだろう。
そうこうしているうちに学院に到着したので魔法学院に向かうシンと別れて校内に入り、案内板の前に立って試験会場の場所を探す。
えっと……俺の受験番号は315番だから……ふむ、A教室か。
こうして試験会場を確認した俺は示された教室へと移動して試験を受けた。
あ、こればあちゃんゼミでやった
◇◆
そうして無事筆記試験を終わらせた俺は今度は実技試験を受けるために屋外訓練場へと移動した。
筆記試験について? 特に語ることは無い。ちゃんと受けた。
決して試験官が余所見をしている隙に気配を消して隣の人の答案を覗いたりなんてしてないよ。ホントだよ。
実技試験は受験者同士のトーナメントらしく、勝敗はもちろん戦いの内容も採点されるらしい。つまり勝ち抜くほど試験官の先生にアピールする機会が増える系。
この国有数の騎士であるクリスねーちゃんやこの国最強の戦士らしいミッシェルさんにも勝てる俺が普通に戦ってしまうと相手は何もアピール出来ずに終わってしまう可能性が非常に高いのでかなり手加減しなければならない。
そうしないと相手が可哀想だとクリスねーちゃんとミッシェルさんに言われているのだ。
「次、315番と316番!」
「はぁい」
「はい!」
目の前で行われている受験者同士の模擬戦を眺めながらどれくらい手加減をすればいいのか考えていると自分の番号が呼ばれたので返事をして試験官に受験票と市民証を手渡した。
「キミが……ふむ、本来なら『全力で戦いその実力を示せ』と言うところなのだが……キミの場合は注意しておこう」
俺の提出した受験票と市民証を確認した試験官の先生は周りに聞こえないよう小声で俺に話しかけてきた。
「なんですか?」
「なるべく相手を傷付けないように。間違っても相手を殺さないでくれ」
「ちょ……」
ディスおじさん……俺のことをどうやって伝えたの!?
「では……始め!」
言い返そうとしたのだが、試験官の先生は俺が何かを言う前に開始の合図をしてその場から数歩下がってしまった。
仕方ない……とりあえず試験に集中しよう。
この模擬戦は時間無制限一本勝負などではなく3分と区切られている。
なので最初の2分は受けに徹して残り時間で相手を圧倒しようと決めて試験用に渡された模擬剣を構える。
「行くぞ!」
相手の受験者……316番くんが気勢を上げながら斬りかかってきたので模擬剣を寝かせ受け止める。
ふむ……弱いな。具体的に言うと7歳の頃のシン(身体強化魔法未使用)よりも弱いくらい。
「……おい」
316番くんが離れないので鍔迫り合いの状態で待っていると、316番くんが小声で話しかけてきた。
「何?」
「お前、平民だろ? 俺はコンゴ=フォン=デーナイ。デーナイ侯爵家の嫡男だ」
まさかの鍔迫り合い中に自己紹介……俺はどう答えるのが正解なのだろうか?
やっぱり自己紹介されたからには自己紹介を返すべき?
「……ご丁寧にどうも。俺はルカです。一応平民です」
「お前の名前などに興味は無い! 俺は侯爵家の嫡男でお前は平民……後はわかるな?」
「いや……」
あれ? これってもしかして八百長を持ち掛けられているのだろうか?
「わかったな? なら俺は一度離れる。その後もう一度強くぶつかって後は流れだ」
デーナイくんは不敵にそう言って俺の返答を聞く前に後方に飛び下がり、模擬剣を大上段に振り上げながらもう一度斬りかかってきた。
いや……八百長とか受けませんけどね?
「はぁぁぁあああ!!」
「ほいっと」
振り下ろされる模擬剣に対して軽く模擬剣を合わせて受け流す。
その時に手首を使ってデーナイくんの模擬剣を巻き取り、ついでに力の流れに干渉して足に上手く力が入らないよう乱してやると、デーナイくんの模擬剣はデーナイくんの手から離れ飛んで行き、踏み込んだ足から力が抜けてデーナイくんはその場に倒れ込んだ。
このくらいなら気を使う必要も無い。全部自前の技術だけで十分だ。
「うわっ!?」
そうして俺は焦ったように声を出しながら倒れたデーナイくんの前に立ち、首元に模擬剣の切っ先を突きつけ口を開く。
「八百長なんて持ち掛けなければ2分は好きに攻撃させてやったのにね。残念でした、お疲れ様」
「ぐっ……貴様……!」
「そこまで! 勝者315番!」
デーナイくんが顔を真っ赤にしながら何かを言おうと口を開きかけたが、その前に試験官の先生が終了を宣言した。
ちなみになぜ名前ではなく番号で呼ばれているかと言うと、今みたいに貴族と平民が当たって平民が勝った時に貴族からの逆恨みを避ける為の措置らしい。
まぁ俺たちは名乗り合っちゃったから意味無いんだけどね。
「貴様……顔と名前は覚えたからな! 夜道には気を付けろよ!」
「俺を襲うなら最低でも1000人くらいは用意してね? そうでないと歯応え無いから」
「なにを……」
まぁ当時戦闘力0.6ミッシェルのクリスねーちゃん1000人でも俺には勝てないんだから0.1ミッシェルくらいの一般兵が1000人居てもどうにもならないんだけどね。
いや、でもこいつ侯爵家って言ってたよな? なら戦力はそれなりに揃っててもおかしくは無い……
「よろしい、ならば戦争だ!」
「貴方は何を言っているのですか!」
足を肩幅ほどに開いて腕を組み、顎を少しだけ上げた威圧のポーズでデーナイくんからの宣戦布告を受け入れる宣言をしていると、脳天から「ドゴン!」という子気味のいい音と共に強烈な衝撃が襲ってきた。
これは……ばあちゃんのハリセン!?
「……超痛い」
振り返って誰に叩かれたのか確認すると、そこに立っていたのはクリスねーちゃんだった。
手にはシンが作った《衝撃百倍(ルカ限定)》が付与されているハリセンが握られている。
「痛くなるように叩いたので当然です。それでルカ、貴方は何をしていたのですか?」
「何って……喧嘩売られたから高値で買おうと思って……なんでもないです」
俺が喋るのに合わせてクリスねーちゃんが装備しているハリセンが振り上げられて行くので慌てて口を閉じる。
「まったく……陛下からルカが入試でトラブルを起こさないか監視するよう言われて来てみれば……」
「ディスおじさん……」
クリスねーちゃんがここに来たのはディスおじさんに言われたかららしい。
ちなみにシンが受けている魔法学院にはジークが見に行っているそうだ。
「まったく……私は試験が終わるまで監視していますのでルカはこれ以上問題を起こさないように」
「ごめんなさい」
あれ? これって俺が悪いの?
「それから貴方も。いくら試験結果が不服だったとしてもこれ以上の逆恨みは私が許しません。いいですね?」
「は、はい……」
クリスねーちゃんに睨まれたデーナイくんは顔を真っ赤に染めながらこくこくと首を縦に動かした。
その後しばらく突然のクリスねーちゃんの登場で試験会場は一部ザワついていたが、試験官の先生たちの尽力で試験は再開された。
俺も何度か番号を呼ばれて戦ったのだが、やはりというか当然というか一度も気を使う事無くトーナメントで優勝した。
全体的に俺が思っていたより弱かったのだが、それでも準決勝で戦った黒髪ポニテの女子生徒と決勝で戦った金髪碧眼イケメンは中々見所があった。
合格して同じクラスになれたらいいな。