冬の寒さも和らぎ始め、暖かな春の訪れを感じられるようになり獣や鳥、虫たちが騒ぎ出したある日の朝、俺は支給されたまっさらな騎士養成士官学院の制服を身に纏い新入生入場口の前で並んでいた。
今日は騎士養成士官学院の入学式。朝から何度も我が家のメイド軍団に身嗜みチェックをされたのでネクタイの皺や角度まで計算され尽くしたパーフェクトスタイルに仕上がっている。
あまり動くと乱れるので極力動くなと釘を刺された。
ちなみにここ騎士養成士官学院の制服は赤のブレザーに黒のスラックス。ネクタイは学年毎に色が分けられており今年の新入生のネクタイカラーは赤である。
赤いブレザーに赤いネクタイってどうなの? と思っていたのだが、我が家のメイド軍団の皆々様が口々に「よくお似合いです!」や「とても素敵です!」などと褒めてくれたのでそんな考えは投げ捨てた。
俺はお世辞やヨイショはそのまま受け取るタイプなのだ。
そうして入試順位3位な俺は入場待ちの赤ブレザー黒スラックスばかりの新入生の待機列の前の方で待機しているのだが、俺の目の前に並んでいる生徒だけが少しだけ違う格好をしていてとても目立っていた。
俺を含めた周囲の生徒たちが赤ブレ赤ネク黒ズボンなのに対してその生徒は赤いブレザーは同じなのだが黒ズボンではなく黒いプリーツスカートを履いていて赤いネクタイではなく赤いリボンを巻いていたのだ。
つまりは女子生徒。
ここ騎士養成士官……長いな。略して騎士学院の成績は筆記よりも実技が優先されると受付のお姉さんも言っていたのでこの目の前の女子生徒は俺が実技試験トーナメントの準決勝で戦った女子生徒で間違いは無いだろう。このポニーテールも見覚えあるし。
確かに0.1ミッシェルにも満たない受験生がほとんどだったの中でこの女子生徒には推定0.18ミッシェル程の実力があった。
基本に忠実で綺麗な剣筋だったと記憶している。忠実過ぎて次に何をしてくるのかわかりやすかったけど。
確か3位決定戦では圧勝していたし、俺は筆記がちょっとアレ過ぎたのでこの女子生徒に総合順位で負けたのならそれは仕方ないことだと思う。
そしてその前、つまり今年度入試首席くんの後ろ姿にも見覚えがある。
彼は実技試験トーナメントの決勝で戦った相手で現時点で推定0.22ミッシェルに到達している将来有望な金髪碧眼のロン毛くんだ。
決勝で俺に負けたのに首席ということは前の女子生徒と同じく俺よりはるかに賢いということなのだろう。
この2人は特に伸びそうだ。2人が望むなら昨日俺が考えた《躁気術》も盛り込んだ新流派『ウォルフォード流』を教えてもいいかもしれない。
「新入生、入場!」
そうやって自分より上位の成績でかつ将来有望な2人について考えていると、扉の前に立っていた歴戦の猛者っぽい先生の合図で扉が開かれ金髪碧眼ロン毛率いる俺たち『Sクラス』を先頭に新入生入場が始まった。
沢山の拍手に迎えられながら中央に設えられた花道を進んでいると、保護者席に座る物凄く目立つ男性の姿が目に入った。
ミッシェルさんだ。
ミッシェルさんは普段会う時のようなタンクトップ姿ではなくいくつかの勲章を付けた真っ白な軍服姿で参列してくれているのだが、その格好はやりすぎだと思う。保護者席より貴賓席の方が似合うよ……
ちなみになぜミッシェルさんが俺の入学式に参列しているかと言うと、シンと俺の入学式が被っているからである。
じいちゃんとばあちゃんは最後の最後まで「両方の入学式に参列したい」と言っていたのだが、同日同時刻に開催される2つの入学式に同時に参列する方法なんてある訳も無く……
さすがのじいちゃんばあちゃんでも分身は出来ないらしい。
それでも最終手段として「じいちゃんはこっち、ばあちゃんはあっち」と別れる事を考えていたのだが、シンが首席入学なので新入生代表挨拶をすると言うことで2人共にシンの入学式への参列を希望してしまった。
若干涙目になりながらも「そういうことなら2人でシンの入学式に参列しなよ」と健気な事を言う俺に心打たれたじいちゃんたちは代わりにミッシェルさんを俺の入学式に派遣してきたのだ。
俺としてもじいちゃんとばあちゃんが来ないのは本音を言うと少し寂しいのだが、この世界での俺の師匠に当たるミッシェルさんが俺の為に来てくれるのなら文句を言うつもりは無いのでこれが平和的解決というやつなのだろう。
クリスねーちゃんも来てくれても良かったのになぁ。
そうして真っ白な歯を見せながら爽やかに笑っているミッシェルさんを横目に見ながらキリッとした表情を作って花道を歩き、Sクラスの為に用意されている最前列の席に腰を降ろした。
「なぁ、お前気付いた? 保護者席に剣聖様居たよな?」
席に着き、AクラスからCクラスまでの入場が終わるのを待っていると俺の隣に座っている男子生徒に肩を叩かれ声を掛けられた。
俺の右隣には入試次席入学者だと思われる女子生徒が座っているので左に座っている彼は入試順位4位の生徒なのだろう。
黒っぽい茶髪にこれまた黒っぽい瞳の若干目が細いくらいで他にあまり特徴のない感じの生徒だ。
「剣聖様?」
とりあえず話し掛けられたことに対しての返答をしようと思ったのだが、肝心の『剣聖様』とやらに心当たりが無いので疑問形で返してしまった。
剣聖なんて大層な名前で呼ばれている人が居るのか……その人はミッシェルさんより強いのだろうか? 是非手合わせ願いたい。
「え? お前気付かなかったの? って悪い、自己紹介もしてなかった。俺はノイン=カーティス。ノインって呼んでくれ」
ノインがニカッと笑いながら右手を差し出して来たので名乗り返しながらその手を握る。
「俺はルカだよ。よろしくノイン」
「おぅ、よろしくな! それで、剣聖様が保護者席に座ってたのが見えたんだけど、お前気付かなかったの?」
ここは知ったかぶりで乗り切ろうかとも考えたのだがすんでのところで『聞くは一時の恥聞かぬは一生の恥』という格言を思い出したので素直に聞いてみる事にする。
「気付かなかったって言うか……剣聖様って誰のこと? 強いの?」
「お前……剣聖様の事知らねーの!?」
そうして俺が素直にその『剣聖様』とやらについて聞いてみるとノインは驚愕に目を見開き小声で怒鳴るという器用な反応を見せてくれた。
「ッ!?」
「マジかよ……」
「剣聖様を知らないなんて……」
「信じられない……」
ノインの小声での叫びが聞こえたらしく、ノインだけではなくSクラスに所属する生徒全員からの視線が俺へと集まった。
これは……やっちまったかもしれん。
「お前……マジで剣聖様の事知らねーの?」
「いやぁ……ついこの間までド田舎で暮らしてたもんで……」
正確には人里離れた森の中で暮らしていたのだが、ド田舎と評しても間違いは無いだろう。多分。
「いや、剣聖様を知らないとかどこまで田舎なんだよ……お前本当にアールスハイド国民なのか?」
「もちろん。ちゃんと市民証も持ってるよ」
口で説明するより早いと思い、ポケットから市民証を取り出し魔力を流して起動させノインに見えるように差し出した。
「一体どんなド田舎――ってウォルフォード!?」
「うわっ!?」
これまではあまり周りの迷惑にならないようずっと小声で喋っていたのだが、俺の市民証を見たノインが突然大きな声を上げたので釣られて俺も大きな声を出してしまった。
「今……ウォルフォードって……」
「まさか賢者様のお孫さん!?」
「いや、賢者様のお孫さんは高等魔法学院に進学するって聞いたような……」
ノインの叫びが聞こえたのだろう、保護者席や入場を終えたAクラスやBクラスの一部の生徒が小声で話しているのが聞こえてきた。
「びっくりした」
「いや、悪い……ってかお前あの賢者様の孫なのか!?」
ノインは未だに混乱している様子だが、大声を出すのは不味いことは理解しているようで再び小声で叫ぶという器用な方法で問い詰めて来た。
「『あの賢者』がじいちゃん……マーリン=ウォルフォードを指すならそうだよ」
「マジかよ……いや、賢者様は確か人里離れた場所で隠居してたけど最近王都に戻って来たって話だし……」
「うん。ずっと森の中で暮らしてたんだけど、年明けてすぐくらいに王都に引っ越して来たんだ」
「あー……なら剣聖様を知らなくても仕方が無い……のか?」
ノインは納得したようなしていないような微妙な表情で首を傾げている。
他の生徒たちも同じような気持ちなようで、皆似たような表情をしてこちらを見つめていた。
「仕方ないでしょ」
「そ、そうか……」
「ねぇ、ちょっと……」
なんとかノインを納得させたところで今度は反対隣の席の女子生徒から肩を叩かれた。
「ん?」
「ウォルフォードくんの話を聞いていたいのは山々なんだけど、そろそろ静かにした方がいいと思う。ほら、先生たちがこっち見てるし」
女子生徒に視線で示された方をチラリと見てみると、騎士学院の先生たちがジッとこちらを見ているのが視界に入った。
あの表情を見るに『話は聞きたいけどそろそろ式が始まるから注意しなきゃ……いや、でも賢者様の話は聞きたいし……』といった複雑な感情があるのだろう。
気配からもそんな感じの感情が伝わってきているので間違いは無さそうだ。
「うん、わかった。ありがとう。えっと……」
「ミランダ=ウォーレスよ」
「ありがとうウォーレスさん」
「ミランダで構わないわ。それより早く口を閉じて前を向いて」
「わかった。俺のこともルカでいいから」
「わかったわ」
ミランダが頷いたので俺も口を閉じて前を向く。
隣のノインも空気を読んだようで大人しく前を向いて座っているのでこれ以上話し掛けられることは無いだろう。
「これより騎士養成士官学院の入学式を始める」
講堂内に司会進行を務める先生の低い声が響き渡り、入学式は始まった。