初めての実技授業があった日の翌日、ウォリアスくんを始めとしたヒソヒソくんたちは気まずそうに俺の方を見ているだけで話し掛けてくることは無かった。
「これで話し掛けて来てくれたら見直すんだけどなぁ」
「いや、無理だろう。アイツらはどうせ『自分が一番強い』と思い込んだまま入学したんだろうしな。かくいう俺も実技試験までは『俺がこの中で一番強い』と思っていたけどな……」
「自信を持つことは大事だよ」
自信の無い武術家とか意味わかんないからね。
心·技·体揃って初めてひとかどの武術家になれるのだから。
「いや、俺のは過信だった。当時は悔しかったが今となってはお前と実技試験トーナメントで戦えて良かったと思っている」
「そう? まぁクライスがそれで良かったって思うならそれでいいけど」
「適当だな……」
「そんなもんだろ。考えるのはクライスなんだし」
「まぁそうだな……さて、そろそろ授業が始まるぞ」
「一限なんだっけ?」
「数学だ」
数学か、数学って嫌いなんだよなぁ……
そもそもなんで騎士学院に来てまで数学をならないといけないんだって言うね。
「数学かぁ……マジ苦手」
「そうなのか? 数学なんて公式さえ覚えてしまえば簡単だろう?」
「そうやって簡単に言いますけども数学の公式って意味わからなさ過ぎて見てたら眠くなりません? 説明聞いてもわかんないし、なんなら睡眠魔法掛けられてる気分になるよ」
「そ、そうか……まぁ人間得意不得意はあるものだしな……ではルカはどの教科が得意なんだ?」
「実技」
そもそも俺に座学の成績を求めること自体が間違ってると思うんだ。
だって俺は実技試験でダントツ高得点を稼いでおいて入試順位3位だからね。
実力が最優先の騎士学院だからこそなんとか合格出来たけど、これが他の学校なら余裕で落ちてたからね?
受かったこと自体が何かの間違いみたいなものだから。
「実技って……座学は?」
「クライス、いいことを教えてあげよう。俺の入試成績は……500点満点中199点だ!」
「嘘だろ……」
「マジなんです。だから実技試験トーナメントで優勝したのに総合成績3位なんです」
筆記がもう少し良ければ俺が首席だったらしいから。
かと言って座学を頑張るつもりはあんまり無いんだけどね。頑張ろうとしても寝ちゃうし。
「……そうか。良ければ俺が勉強を教えようか?」
「アタシも少しなら教えられるけど……」
入試成績首席と次席のクライスとミランダがそう提案してくれたのだが、正直出来る気がしない。
「提案はとても有難いけど……ばあちゃんですら匙を投げかけた俺に勉強を教えるのは大変だと思うよ?」
「なんで自慢げなんだよ……」
最早俺の勉強の出来なさは一周まわってチャームポイントだとすら思うから。
そうしてなんやかんや午前中の授業を乗り切り、昼食を挟んで午後に行われる研究会の説明会に参加した。
説明会は研究会会長が説明をして会員たちが演武を披露する形で行われたのだが、説明は話が下手で頭に入ってこないし演武は演者の実力が足りないのか割とグダグダだった。
内心とてもつまらないと思いつつも才能ある若者を発掘するために登壇した先輩方の筋肉の付き方や気の流れを見ていたのだが、それも特に収穫は無かった。
何人かは0.2ミッシェルを超えていそうな先輩は居たのだが、ネクタイの色から見て3年生のようなのでウォルフォード流の門下生への勧誘も見送った。
総合的な感想としては「クライスは現時点で学院内TOP5に入る実力者だったんだな」といった感じである。
ミランダも学院上位2割には入りそうだし、ノインとケントも少なくとも半数の先輩には勝てそうなので実は1年Sクラスはとても優秀なのかもしれない。
そんな研究会の説明会が終わった直後、どこからともなく「賢者様の孫を確保するんだ!」という声が聞こえてきたので先輩方に囲まれる前に気配を消して体の大きいケントの陰に隠れながら速やかに講堂を脱出して教室へと戻った。
「ふぅ……ケントありがとう。おかげで助かったよ」
「このくらいいつでも頼ってくれ。それより真後ろに居たはずのルカの気配が無さすぎて時折見失いそうになったぞ」
「気配を消すってそういうことだからね。姿は見えても俺だって中々認識出来なくなるよ」
俺が全力で隠密すれば野生の獣ですら俺の目の前を素通りするレベルだから。
たかだか学生に見付かるなんてことはほとんど無いよ。
「そうか……その技術も教えて貰えるのだろうか?」
「もちろん。というか肉体能力上昇とか疲労回復とか気配察知とか諸々含めて《躁気術》だからね。全部覚えてくれないとこっちが困るよ」
「本当に興味深いな……ひとつ聞きたいのだが、ルカが全力で気配を消したとしてルカの気配察知で見付けることは可能なのか?」
「うーん……」
前世今世通じて俺以上に気配を消せる人には会ったことが無いから見付けられるとも見付けられないとも答えられないかな。
「……どうなんだ?」
「見付けたいけど見付かりたくない……みたいな?」
「なんだそれは……」
「俺と同レベルで気配を消せたり察知したりする人に会ったことないからわかんない」
「……なるほど」
「だからケントたちにもそういうの習得してもらって俺と勝負して欲しいと思ってるよ」
手加減無しの全力かくれんぼ大会とかめっちゃ面白そうだよね。
「俺はこの図体だからな。気配を消すのには向かなさそうだしまずは察知する力を伸ばしたい」
「全部一気に覚えようとしても中途半端になりがちだからひとつに絞るのは良いと思う」
一朝一夕で身に付くようなモノではないし。
「わかった。ところでいつから教えて貰えるのだろうか?」
「別にいつでも。なんなら――」
そこまで言って俺はある事を思い出した。
そういえば俺、ばあちゃんに許可取ってないわ。
何も言わずにいきなり4人も友達を連れて帰ったら怒られるかもしれない。
「……どうした?」
「なんでもない。そうだね、明日からとかで大丈夫?」
「俺は構わない」
ケントが頷いたのでクライスたちにも確認してみると全員大丈夫とのことなのでウォルフォード流の修行は明日から行うことに決定した。
決まったのなら早く帰ってばあちゃんに許可取らないと……じいちゃんはばあちゃんがOKを出せば拒むことは無いだろう。
「じゃあそういう事で。ばあちゃんに明日から庭を使って修行する許可を取らないといけないから俺は帰るね」
「わかった。また明日な」
「ルカ、またね」
「じゃーなー!」
「……また明日」
俺はクライスたちと別れの挨拶を交わして帰宅を開始した。
明日から友達と一緒に修行をすると思うととても楽しい気分になってきたので裏路地へと入り左右の壁を交互に蹴って屋根の上へと躍り出た。
「これがホントのパルクール!」
それから俺は飛んだり跳ねたり転がったりしながら屋根から屋根へと移動して一直線に自宅を目指す。
◇◆
人間というのは案外頭上で起きている出来事には気付かないもので、誰にも目撃されること無く自宅の門の前へと着地した。
「ただいまアレックスさん」
「ルカ様、おかえりなさいませ。本日はディセウム陛下がお越しになっておられます」
「ディスおじさんが?」
門番兼我が家の警備主任であるアレックスさんに帰宅の挨拶をするとディスおじさんが来ていることを教えてくれた。
普段なら晩御飯が終わったくらいに遊びに来てるのにこんな早い時間に来るのは珍しいね。
「なんでも王都に魔人が現れたらしいのです。おそらく、その件かと」
「魔人? 魔人って昔じいちゃんが倒した人間が魔物化した存在のことだよね?」
「その通りでございます」
ということはディスおじさんはじいちゃんに魔人の討伐を依頼しに来たのかな?
だとしたらじいちゃんも歳だし、代わりに俺が戦ってもいいか聞いてみよう。
昔魔人が現れた時には国が滅びかけたって言ってたし、急いだ方が良さそうだ。
「わかった。じいちゃんの代わりに俺が退治してもいいか聞いてくる!」
「ルカ様!」
アレックスさんは話はまだ終わってないとばかりに俺を呼び止めようとするが、今は魔人が現れたという緊急事態につき無視させて頂く。
「ただいま! じいちゃんとディスおじさんはどこ!?」
そうして門を抜け、勢いよく玄関を開いて中に入りながらじいちゃんたちがどの部屋でお話をしているのか教えてもらおうと声を上げる。
「お? おお……ルカ、おかえり」
「まったく……もっと静かに帰って来られないのかい?」
「元気がいいね。ルカくん、おかえり」
返ってきた声は我が家に仕える執事やメイドのものではなく俺が探していたじいちゃんたちの声だった。
「ここに居たんだ! ねぇディスおじさん、魔人が現れたって聞いたんだけど、どこに現れたの!? 魔人なんて早く倒さなきゃヤベぇことになるでしょ!」
「あ、ああ……そうだね……」
「だから俺が行ってぶった斬ってくるからどこに現れたのか早く教えてよ!」
こんなところでモタモタしてたら救える命も救えなくなっちゃうよ!
「いや……その……」
「ディスおじさん!」
「これルカ! 待たんか!」
なんだか困惑したように言い淀んでいるディスおじさんの胸ぐらを掴む勢いで詰め寄ろうとした俺の肩をじいちゃんが掴んで止めてきた。
「じいちゃん!」
「ルカ、落ち着きなさい。慌てる必要は無いんじゃよ」
「慌てる必要は無いって……魔人が現れたんだろ!?」
「うむ。その通りじゃ。じゃが、既に討伐はされておる」
「……えっ?」
もう討伐されているの?
俺はてっきり魔人が現れて王都がヤベぇ事になるからじいちゃんたちに討伐依頼をしに来たものだと思ってたんだけど……
「……落ち着いたかの?」
「う、うん……それで、魔人が討伐されたってのは?」
「魔人は魔法学院に現れてね、シンくんが討伐したんだよ」
「シンが……」
「うむ。シンくんにも周囲にも被害は無いそうだよ」
「そっか……良かった」
既にシンが倒しているのなら確かに俺が慌てる必要は無かったようだ。
周囲に被害も出てないようだし、これならもう安心してもいいだろう。
「もしかしてルカくんは私がマーリン殿に討伐依頼をするためにここに来たと思ったのかい?」
「うん。でもじいちゃんはもう歳だから危ないかもしれないって思って……だったら俺が代わりに魔人を討伐しようかなって」
かつては魔人を討伐して『英雄』と呼ばれていたじいちゃんだってもう歳なんだから不覚をとって負けてしまう可能性だってあるのだから。
俺なら最悪勝てずともシンが応援に駆け付けるまでしぶとく生き残ることくらいは出来ると思うし。
「ルカ……ワシのことを心配して……」
「……魔人と戦ってみたかっただけじゃ無かったんだねぇ」
「ばあちゃん!?」
いや、確かに魔人と戦ってみたい気持ちもなくはないけど、一番の目的はさっき言った通りだからね!?
俺は戦闘狂なんかじゃない!
「なんでディスおじさんがここに居るのさ? 使者の人固まっちゃってるよ?」
そうして4人で話をしていると、背後の玄関が開いてシンが中に入ってきた。
シンの後ろにはオーグとその護衛の2人、そして2人の美少女が居た。
どっちがシシリーさんなんだろ?
「うむ、事が事だけにな。私自らシンくんとマーリン殿とメリダ師に話をしておかなければならないと思ったのだ」
「何で?」
「その前に……おい、例の通知を!」
ディスおじさんが背後で表情を固くして小さくなっていた人に声を掛けると、その人は覚悟を決めるように頷き、懐から書状を取り出して高らかに読み始めた。