翌朝、学院に向けて登校していると待ち行く人たちが何やらヒソヒソ内緒話をしているのが聞こえてきた。
「ねぇ見て見て! シン様よ!」
「えっ? シン様って高等魔法学院に通っていらっしゃるのよね? あの人の制服、青じゃなくて赤よ?」
「言われてみれば……そういえば噂によるとシン様には双子の兄弟がいるとかいないとか……」
「ああ、じゃああの人はシン様じゃない方なのね」
じゃない方!?
「そっかー……でもカッコよくない? 騎士学院に通ってるってことはシン様よりも筋肉ありそうだし……」
「でも魔人を討伐したのはシン様だからあの人は英雄にはならないわよ?」
「でも賢者様のお孫さんには変わりないんだし、兄弟ってことはシン様ともお近付きになれるかも!」
「確かに! シン様と比べると競争率も低そうだし、私たちにも望みはあるかも!」
……なんだろう。ものすごくバカにされてるような気がする。
「声かけてみる?」
「ちょっと待って、前髪が……」
そんな声が聞こえてきたので俺はものすごく自然な動きで脇道に逸れて物陰に身を潜めた。
「あれ!? どこ行っちゃったの!?」
「あっち! あそこの路地に入って行った!」
身を潜めながら完全に気配を消して様子を見ていると、先程「声を掛けてみよう」と話していた数人の女性たちが俺の目の前を駆けて行った。
「くそっ! 見失った!」
「どこ!? どこに行ったの!?」
「手分けして探すわよ! 私はこっちを探すからアンタたちはあっちを探して!」
「「了解!」」
そうして散り散りになりながら俺を探す女性たちの後ろ姿を見送った俺は小さく息を吐き出した。
「……なんだこれ?」
なんだかとても悲しい気持ちになってしまい、このまま普通に歩いて登校するのが億劫になったので目の前の壁を蹴って建物の屋根へと登りそのまま人目に付かないよう屋根から屋根へと移動しながら学院へと向かった。
◇◆
学院に到着して教室に入ると俺が普段仲良くしている4人は既に来ており、揃って俺が来るのを待っていたようだ。
「おはようルカ! ちょっと聞きたいんだけど……ってなんかやつれてるな、大丈夫か?」
「おはようノイン。いや、ちょっと朝から嫌なことがあって……」
「嫌なことって……何があったんだ? もしかしてお前の弟が魔人を討伐したことに関係あるのか?」
「関係は……割とあるかな。実はね――」
俺は朝起きた出来事を4人に話した。
「――ってことがあってね。さすがに『シン様じゃない方』呼ばわりは酷いと思うんだ」
「ああ……」
「それは……」
「なんとも……」
「……お労しい」
俺の話を聞いたクライスたちはなんとも言えないような顔をして言葉を濁している。
もっとしっかり慰めてくれてもいいんだよ?
「えっと……」
そんな俺の内心を察したのか、ミランダが目を泳がせつつも口を開いた。
「ル、ルカの弟を知らないアタシたちからすればルカの弟の方が『ルカじゃない方』になるから……その……あまり落ち込まないで」
「ミランダ……ありがとう。でもシンは俺の可愛い自慢の弟だから『ルカじゃない方』って言い方は今後禁止ね?」
「え、ええ……わかったわ……ごめんなさい」
「気を付けてくれるならそれでいいよ」
今回はなんとか俺を慰めようとしてくれてた事がわかってるから見逃すけど、シンのことを悪く言うのは許さないよ。
「コホン……それよりルカ、修行の話はどうなったんだ? 許可は降りたのだろうか?」
俺の弟への愛の深さがバレてしまい微妙な空気になってしまったのだが、クライスがその空気を変えようと咳払いをして話題を変えてきた。
「ごめんね、昨日はちょっとその話が出来る状況じゃなかったから……」
「ああ、弟が魔人を討伐したのだからそれは仕方ないな……」
正確にはシンの魔人討伐が原因じゃなくて、実技試験の時の俺の発言がバレたことが原因なんだけどね。
俺は必死に「八百長を持ち掛けられたけど無視して勝ったら私兵に襲わせるって言われたからその喧嘩を買っただけ」と弁明したのだが、ばあちゃんは「買うな!」とご立腹だった。
しかしそこでじいちゃんが「それは仕方ない」と俺を弁護したことでばあちゃんの怒りの矛先がじいちゃんに向いたことで俺はその隙にその場を離脱して事なきを得たのだ。
その後のじいちゃん? 朝見たら抜け殻みたいになってたよ。
「だからどうしようかと思ってたんだけど、とりあえずうち来る? 裏庭は使えないかもだけど俺の部屋か応接室で『ウォルフォード流』の説明くらいは出来るけど……」
「「「行きたい!」」」
おおう、圧が強い……
「わかった。じゃあそういう事で……そろそろマロウ先生が来るから席に戻ろうか」
マロウ先生が階段を登り始めた気配を察知したので皆にそう伝えると、皆は慣れたように頷いて自分の席に戻って行った。
「ウォルフォードの家に行くって……」
「もしかしたら賢者様と導師様に会えるのかも……」
「俺も行きたい……」
「だったらウォルフォードたちに声掛けてみろよ」
「「「それは無理!」」」
今日もヒソヒソくんたちは元気だなぁ。
◇◆
その後実技授業以外でヒソヒソくんたちから話し掛けられることも無く学院が終わり、クライスたちを連れて帰宅する。
門番をしていたアレックスさんと玄関ホールで出迎えてくれたマリーカさんたちメイド軍団に帰宅の挨拶とクライスたちの紹介をしてじいちゃんとばあちゃんが何処に居るか聞いてみるとリビングに居ると答えが返ってきたのでクライスたちを引き連れてリビングへと向かった。
「じいちゃん、ばあちゃん。ただいまー」
「ほっほ。おかえり」
「はいはい。おかえり」
「ちょっと友達を紹介したいんだけどいいかな?」
俺がそう言うとじいちゃんとばあちゃんは顔を見合せた。
なんだよその「ルカに友達……?」みたいな感じ。
俺にだって友達くらい出来るよ!
「なんだよその反応……」
「いや、のぅ……」
「ルカ、それは本当に友達なのかい? 部下とか配下とか舎弟じゃなくて友達なのかい?」
「それディスおじさんにも言われたんだけど……いいよ。そんな事言うなら紹介しないから」
マジで皆俺のことをなんだと思っているの?
「おやおや、そんな簡単に拗ねるんじゃないよ」
「誰のせいだよ……」
「はっはっは! それはすまないねぇ。ほら、さっさと紹介してくれないかい?」
「なんだよもう……」
まぁばあちゃんがご機嫌なんだからこれ以上問い詰めるのは辞めておこう。やりすぎて怒られたら目も当てられない。
そうして部屋の外で待機していたクライスたちに部屋に入るよう声を掛けると、全身をガチガチにして緊張しているクライスたちが部屋に入ってきた。
あ、ミランダの手と足が一緒に出てる。
「じゃあ紹介するね。まずは首席のクライスだよ」
「ククククライス=ロイドです! 賢者様、導師様、お会いできて光栄です!」
クライスが噛み噛みになりながら自己紹介をじいちゃんとばあちゃんは優しげに微笑み頷きながら聞いている。
「次は次席のミランダね。クラスで唯一の女の子だよ」
「ほぅ……?」
クライスの次にミランダを紹介した瞬間、ばあちゃんの纏う雰囲気が変わった。
え、何? 怖いんだけど……
「ミ、ミランダ=ウォーレスです。ルカ……くんにはこれからお世話になります」
「……それはどういった意味でだい?」
「えっ……?」
「ばあちゃん?」
クライスには反応してなかったハズなのになんでミランダに反応してるの?
「どうなんだい?」
ばあちゃんは俺の静止を無視して更にミランダに問い掛ける。
「えっと……ルカ、くんがアタシたちを鍛えて強くしてくれると言うので……」
「……そうかい、わかったよ。茶々を入れてすまなかったね、続けておくれ」
ばあちゃんは何かに納得したように頷いてから紹介を続けるよう促してきた。
マジでなんなの?
「あんまり虐めないであげてね? えっと……三席は俺だから、次は四席のノインと五席のケントだね」
ばあちゃんの引っ掛かりは気になるが、とりあえず紹介を続けていく。
ノインとケントはミランダのように何かを聞かれるかもしれないと緊張していたが、2人の紹介の途中でばあちゃんは口を開く事はなくクライスの時と同じように微笑みながら聞いていただけであった。
「――以上だね。じゃあ次はこっち、皆さんご存知かとは思いますが、俺のじいちゃんとばあちゃんです」
「マーリンじゃ。皆、ワシの事は友達の祖父くらいに思って気楽に接してくれて構わんよ」
「メリダだよ。ルカの友達ってんならこれからも家に遊びに来るんだろう? だったら早めに慣れておくんさね」
じいちゃんとばあちゃんの自己紹介を聞いたクライスたちは表情を固くしながらコクコクと首を縦に動かした。
別にそんな緊張しなくていいのにね。
「そうだばあちゃん、1個お願いがあったんだ」
「お願い? 何さね」
「クライスたちを鍛えるのに裏庭使ってもいいかな? 俺たち研究会には参加しないことにしたから他に場所が無いんだ」
「それは別に構わないけど……アンタたちはそれでいいのかい?」
俺のお願いは却下されることは無かったのだが、ばあちゃんは俺から視線を外してクライスたちに問い掛けた。
「……と、言いますと?」
しかしその質問の意図がわからなかったようで、代表してクライスがばあちゃんに問い返す。
「アンタたちは学院を卒業したら騎士になるんだろう? アタシは騎士の事には詳しく無いけど、騎士には仲間との信頼関係が必須じゃないのかい?」
「それは……はい。その通りです」
「なら研究会に所属して他クラスの生徒や先輩、後輩と交流した方がいいんじゃないのかい? ウチのルカと仲良くしてくれるのは有難いんだけど、アンタたちはそれでもルカに付き合ってくれるのかい?」
なるほど……
確かに集団行動をするのにお互いを知っているのと知らないのとでは大きな違いが出てくるだろう。
そう言われてみればクライスたちは研究会に所属しつつ空いた時間に俺の訓練を受けるのが最適なような気がしてきた。
「……自分は、それでも構いません。導師様の仰るような不利益を被ったとしても、自分はルカとの修行を望みます」
「……ほぅ?」
クライスの返答を聞いたばあちゃんは興味深そうに頷いて続きを促した。
「確かに同級生や先輩、後輩との交流は大切な事だと思います。しかし、それは騎士団に入団してからでも遅くは無いかと。それならば自分はルカとの修行で今よりもっと強くなることを望みます」
クライスはなんの憂いもないような瞳を俺に向けながら言い切った。
「クリスティーナ様のような騎士になるためには学院の授業を受けて研究会に所属するだけでは足りないと思います。なのでアタシもルカとの鍛錬を望みます!」
ミランダは拳を握り、決意の籠った瞳で俺を見ながらクライスに続く。
「俺は体の線が細いし背もあんまり高くないです。それでもルカは俺に『才能が有る』って言ってくれました! だから俺もルカに鍛えてもらいたいです!」
そう言ってノインは期待に充ちたキラキラした瞳を俺に向けてくる。
「……ルカはこんなゴツイ顔と体で口下手な俺とも普通に話してくれました。そんなルカが『強くなれる』と言うのなら、俺はその言葉を信じて強くなりたい」
ケントの信頼を乗せた瞳と目が合った。
「皆……」
その気持ちは嬉しいんだけど、俺たち出会ってまだ数日だよね?
たった数日なのになんでこんなに信じてくれているのだろう?
「わかったよ。ルカ」
「何?」
なぜ皆からこんなに好意的に見られているのかよくわからずとりあえず空気を読んで黙っていると、ばあちゃんが真剣な眼差しで俺の目を覗き込んできた。
「やり過ぎるんじゃないよ。程々にしておくんさね」
「やり過ぎないようには気を付けるけど……程々ってどれくらい?」
「程々って言えば程々さね。間違ってもミッシェルみたくするんじゃないよ」
「それは……まぁ……」
在学中にミッシェルさん程の実力にまで引き上げるには週10くらいで死にかけるくらいまで追い込まないと無理だろうから……現実的じゃないね。
3年間よく頑張って今のクリスねーちゃんといい勝負が出来るくらいになれるかな? って感じかな。
「……のうルカ」
「ん? じいちゃんどうしたの?」
「何故、ワシには聞かんのじゃ?」
「何故って……」
そりゃこの家の決定権握ってるのはばあちゃんなんだからこういうのはばあちゃんに聞くのが当然じゃない?