賢者の孫のお兄ちゃん(魔力無しVer.)   作:愛飢夫

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トドメを刺された気分です

 5メートルは超えているであろう、ちょっと大きめの虎の魔物だった。

 

「虎の……魔物……」

「は、はは……マジかよ」

「嫌だ! 死にたくない!」

 

 俺たちとは別の班の生徒たちが騒ぎ始めるた。

 

 あ、虎の魔物がそっち向いた……襲いかかられたら面倒だし、ちょっと殺気でも飛ばして動きを止めておこうか。

 

「シシリー! こっちへ来い!」

「離して下さい!」

 

 クライスがシシリーさんの腕を掴んで後方へと下がろうとしているが、肝心のシシリーさんには全力で拒否をされていた。

 

「シシリー! 何を言っている!? 早く下がらないと!」

「逃げるのならあなた方だけでどうぞ。私は……残ります!」

「いや、別に逃げようとしている訳では無いのだが……」

「えっ?」

「ここに居るとルカたちの邪魔になりかねん。だからもう少し後ろに下がった方がいい」

「弟の方は知らねーけど、俺たちはルカが災害級の魔物を討伐出来ることを知ってるからな!」

「稼げるから毎週1匹狩るのがノルマらしいわよ……」

「え? え?」

 

 クライスたちの説明を聞いてシシリーさんはとても困惑している。

 

「フ、そうだな。ルカとシンにとっては造作もない相手か」

「確か魔人のことを『虎の魔物よりは強いけど、弱すぎておかしい』なんて言ってましたね……」

「そういえば俺も報告で聞いたな、その感想」

「……過去の虎の魔物討伐のトラウマが冷静さを失わせていましたね……」

 

 クリスねーちゃん、虎の魔物にトラウマがあるんだ……

 今のクリスねーちゃんなら普通にソロで倒せる実力はあると思うんだけど、トラウマ払拭のために戦わせてあげようかな?

 

 いや、でも……

 

「という訳でお前らもう一回避難しろ!」

「ほら、早く行きますよ。今もルカとシンが殺気と魔力で威圧して足止めをしてるんですから」

「足止めっつーかマジで怯えてないか? 震えながら尻尾を股の間に隠してるぞ?」

「……なんだか憐れに思えてきましたね」

 

 クリスねーちゃんはなんとも言えないような表情を浮かべながらも両学院生たちを後方へと下げさせて自分は生徒たちを護るように前に立った。

 

「なあクライス、ルカはどうやって虎の魔物を倒すんかな?」

「やはり刀で首を狙うんじゃないか? そうすれば極上品として高く買ってもらえるのだろう?」

「甘いわねクライス。ルカはもっと綺麗に倒す方法を編み出しているらしいわよ」

「何? そうなのか?」

 

 クリスねーちゃんに護られる位置まで下がったクライスたちはそんな気の抜けた会話をしていた。

 シシリーさんも一緒に下がっていたようで、クライスたちの話を困惑しながら聞いていた。

 

 さて、皆も下がったようだしそろそろ殺りますかね。

 

「じゃあルカ兄、サクッと倒してくるからもし他の魔物が出てきたら対処お願いね」

「ちょっと待て」

 

 おい、何シレッとお前が倒そうとしてるんだよ。

 

「何?」

「いや『何?』じゃなくて……魔物の群れはお前がやったんだからあの虎は俺にちょうだいよ」

「えー、最近災害級なんて戦ってなかったから久しぶりにやりたかったんだけど……」

「その代わり魔人と戦ってるし、これからも戦うつもりなんだろ? 俺だって魔人とやってみたかったのに出来なかったんだから災害級くらいお兄ちゃんに譲ってよ」

「いや、毎週狩ってるじゃん……しかも俺を荷物持ちにして」

「うるせぇ黙れ! 俺だって皆にかっこいいとこ見せたいんだ!」

「皆って……主にクリスねーちゃんだろ?」

「お前そこはちょっと濁せよ。武士の情だろ」

 

 そっとクリスねーちゃんの方へと視線を向けて確認してみるが、どうやら俺たちの会話は聞こえてはいなかったようだ。セーフ。

 

「はぁ……わかったよ。じゃあ俺は皆がケガしないよう障壁張っとくから虎の魔物は任せるよ」

「ありがとう。今度ビーン工房で旗槍作ってもらうから、完成したらまた一本あげるね」

「旗槍……?」

 

 シンは首を傾げているが、既に交渉は成立しているので気にしない。

 

 俺が虎の魔物に向けて放っていた殺気を納めると同時、シンも魔力による威圧を解いたようで虎の魔物が立ち上がった。

 

「グルルゥアアァァアアア!!」

 

 そして無理やり押さえ付けられていたのが許せないのか、虎の魔物は怒りの咆哮を上げながらこちらに向かって突っ込んできた。

 

「ヒャッハー!! ここは通さねえぜ!」

 

 飛び掛ってくる虎の魔物に合わせてこちらも地面を蹴って虎の魔物の眼前へと躍り出る。

 

「グルァ!」

「アベシッ!?」

 

 そしてそのまま虎の魔物の《右前足アタック》を受けてベシッと地面へと叩き落とされた。

 

 虎は一応猫科の動物なので肉球は柔らかいのかと思ったけど、残念ながらそんなことは無かったようだ。

 

「「「ル、ルカーー!?!?」」」

「うぉぉおおお!!」

 

 まさか俺が普通に叩き落とされるとは思っていなかったのだろう、後ろで見ていたギャラリーたちから驚愕の叫びが聞こえてきたので雰囲気的に頑張ってますオーラを発しながら立ち上がっておいた。

 

 大丈夫、ノーダメだから。

 

「ルカ兄、何遊んでんの……」

「様式美かなって」

 

 あんな負けフラグの塊なセリフを吐いたんだからとりあえず一撃は受けてやられておかないとダメかなって思いまして。

 

「はぁ……次ふざけたら俺がやるからね?」

「わかりました。ちゃんと殺ります……虎よ、天に還る時がきたのだ!」

「さっき爆発系行ったから次は真逆の氷系行ってみようかな?」

「お前の虎生オワッタァ!」

「グルァ!?!?」

 

 これ以上はマジでシンに取られそうだったので先程の3倍の速度で動いて虎の魔物の脳天に拳を叩き込み、頭蓋骨ごと脳を粉砕してやった。

 

「虎よ……俺にはあなたが最大の強敵だった」

「獲物でしょ」

「シン、後で売りに行くから《異空間収納》に入れといて!」

「はいはい……」

「ボーナス、確定!」

「臨時収入ね……あれ? 間違ってないのか?」

 

 間違っては無いと思う。だって学院の行事で森に来て虎の魔物狩れるなんてビッグボーナスでしかないだろ。

 後で皮を剥いでもらって敷物としてディスおじさんあたりに高値で売りつけよう。

 

 シンとそんな話をしていると、俺が虎の魔物と戦うのを見ていた皆がこちらへと歩み寄ってきた。

 

「ルカ! お前すげーな!」

「まさか武器も使わず素手で殴り殺すとは思わなかった」

「確かに外傷は無いから極上品だけど……災害級を殴り殺すって人としてどうなのかしら?」

 

 黙らっしゃい。お前らもこのままあと1年くらい鍛錬を続けたら出来るようになるんだからブーメランになるぞ。

 

「ルカ、もう少しこう……スマートには倒せなかったのですか?」

 

 自分たちの将来のことを棚に上げて俺のことを「人でなし」などと言ってくるクライスたちを睨んでいると、横からクリスねーちゃんが話しかけてきたので不機嫌そうな表情を一瞬で消し去りニコニコ笑顔で応対する。

 

「クリスねーちゃん! 見てた? かっこよかった?」

「いいえ全く。ルカなら災害級の魔物に負けることは無いとわかっていても見ていて肝が冷えました。それで、何故普通に戦わなかったのですか?」

 

 クリスねーちゃんにしては珍しく、俺のことをジトっとした目で見つめてくる。

 

 なんだろう、凄くゾクゾクするけどこのまま見られ続けたらよろしく無いような気がする。

 

「普通にと言うかあの右前足を躱すことは簡単だったけど、わざと受けたのは皆に見せるためだよ」

「見せるって……何をですか?」

「災害級に殴られても無傷な姿」

 

 クリスねーちゃんは更に目を細めるが、今回俺は真面目に答えている。

 

「クリスねーちゃんはさ、自分が災害級の魔物に攻撃されて……それが直撃したらどうなると思う?」

「どうなるって……災害級の魔物の攻撃をまともに受けてしまえばそれはぐちゃぐちゃになって死ぬでしょう?」

 

 だよね、クリスねーちゃんの認識はそうだよね。

 

「違うよ。断言まではできないけど、クリスねーちゃんなら災害級の魔物に殴られても多分『くっ、肋が逝ったか……』くらいの感じのダメージだと思うよ」

「肋って……嘘でしょう?」

 

 クリスねーちゃんは信じられないと言うように目をまん丸に見開いている。年上だけどとても可愛い。

 

「ホントだよ。しっかりと《外気》で体を覆っていればあれくらいの攻撃には耐えられるようになる……俺はそれを見せたかったんだ」

 

 実際「災害級の攻撃食らっても大丈夫だから食らってみてよ」なんて言われて素直に災害級の攻撃を受けに行くなんてことできないでしょ? だから言う前に実際大丈夫なところを見せたのだ。

 なんなら口に飛び込んで齧られても良かったのだが、それをするとヨダレまみれになってしまうのでそれはやめておいた。さすがにヨダレまみれは嫌だ。

 

「そういう事だったんですね……」

「うん。だからあの時はわざと防御せずに纏っている気だけで攻撃を受けたんだ」

「それならは先に言って欲しかったです。ルカが地面に叩き付けられたのを見た時には心臓が止まるかと思いました」

「そんな大袈裟な……」

「大袈裟ではありません。いいですか? そもそも災害級の魔物というのは軍が総力を上げて決死の覚悟を持って戦う存在です。いくらルカが強いからと言ってそんな魔物の攻撃をまともに受ける姿を見せられるのはとても辛いです」

「えっと……もしかして心配してくれたの?」

「当たり前です。私とジークにとってあなたとシンは手のかかるヤンチャな弟のようなものなのですから」

 

 弟……か。

 なんだかトドメを刺されたような気分だ。

 

「そっか……クリスねーちゃん、ごめんなさい」

「構いません。考えてみれば弟の心配をするのは姉冥利に尽きるというものです」

「えっと……」

「……今のは笑うところです」

「わかりにくい!」

 

 こうして騎士学院と魔法学院の合同訓練は無事に――

 

「よーし、ちょっとしたハプニングがあったけど、予定の時間まではもうちょっとある。もう少しだけ訓練したら引き上げるぞ」

 

 終わっていませんでした。




今見たらお星様が10個入ってました。嬉しいです。
なので調子に乗って明日も更新しますね。
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