今まで戦闘指揮を取っていた俺が黙っていたからか、そのままクリスねーちゃんが号令を発し、シンを除いた魔法学院生3人が一斉に魔法を放つ。
3人から放たれた《火の矢》、《風の刃》、《土の弾丸》がそれぞれ熊の魔物に直撃し、悶絶させる。
「次! 騎士学院生、行きなさい!」
「は、はいッ!」
クリスねーちゃんの号令を受けてクライスたちが剣を構えて熊の魔物へと突撃していく。
いいなぁ、俺もクリスねーちゃんの号令で戦いたい。
「はぁぁあああ!!」
まずはクライスが先行して熊の魔物のヘイトを自分に向けるため熊の魔物の顔面へ向けて斬撃を放つ。
「おらぁ!」
熊の魔物の注意がクライスへと向いた隙をつき、背後へと回ったノインが熊の魔物の機動力を奪うため膝の裏斬り付ける。
「やぁぁあああ!!」
そして熊の魔物が膝を着く瞬間を狙っていたミランダの刀が閃き、熊の魔物の右腕の肘から先を斬り飛ばした。
「おお!」
「いや、ダメだな。ちょっとマズイかも」
「えっ?」
シンは意味がわからないといった様子で首を傾げているが、俺にはハッキリ見えていた。
もうミランダの攻撃で熊の魔物に痛撃を与えることは不可能だ。
「ルカ、どういうことですか?」
「俺やミランダが使ってる刀ってとても繊細な武器なんだ。正しく使えば無類の斬れ味を発揮するけど、反面ちょっとでも使い方を誤ればすぐに刃が潰れて使い物にならなくなるんだ」
今のミランダの一撃は刃筋がブレていた。
斬撃に力と速さは乗っていたので無理やり斬り飛ばすことには成功したが、その代償にミランダの刀はほぼ鈍器と化してしまっている。
最悪突き技主体で戦えばまだどうにかなるかもしれないが、肝心のミランダがその事に気付いていないようなのでこれは相当に厳しい状況と言えるだろう。
「それは……すぐに助けに入るべきでは?」
クリスねーちゃんが至極真っ当な提案をしてくるが、俺はそれを首を振って否定する。
「まだダメ。出来ればクライスたちが隙を作ってミランダがトドメの一撃を放った直後に助ける感じが良いんだけど……シン、頼める?」
「俺? 別にいいけど……なんでそのタイミング?」
「敵が息絶えるその瞬間まで気を抜かない方がいいことを教えておきたいんだよね」
今の3人の戦い方を見ている限り間違いなくそうなるだろう。
最終的にミランダが熊の魔物の首にトドメの一撃を入れるのだろうが肝心のミランダの刀が斬れ味を失っている。なので熊の魔物は倒れず、必ずカウンターを放ってくる。
それに対応出来ればよし、出来なければシンに助けてもらおう。
一応なにかあった時のためにすぐに飛び出して熊の魔物を蹴り飛ばせるよう腰を落としながら観戦していると、クライスたちは勝利を確信したのか徐々に剣の振りが荒くなってきた。
そろそろだな。
「はぁ!」
クライスが力任せの強打を繰り出し熊の魔物を仰け反らせる。
「おらぁ!」
ノインが素早く動いて下半身を斬り付け更に熊の魔物の体勢を崩す。
そして……
「これで……終わりよ!」
体内の気を活性化させて極限まで身体能力を上げたミランダが刀を振り上げ、熊の魔物の首筋を狙ってトドメの一撃を放った。
しかし――
「「「えっ!?!?」」」
ミランダの一撃は的確に生物の急所である首に叩き込まれた。
クライスたちは勝利を確信していたのだろう。だが、ミランダの一撃を受けた熊の魔物はピンピンしている。
「嘘……だろ……」
「なんでだよ!?」
「どうして……」
3人はあまりに予想外の事態に硬直してしまっている。
しかしそこは死地……全員熊の魔物の攻撃範囲内に入ってしまっている。
「GU……OOOOO!!」
その瞬間を好機と見たのか、熊の魔物は乾坤一擲の一撃を放とうと残された左腕を大きく振りかぶる。
「あっ……」
戦っていた3人の口からそんな間の抜けた声が聞こえてきた。
これは……もう対応不可能だろう。もっと厳しく《残心》を教えておくべきだった。
「シン」
「任された!」
俺がシンを呼んだ瞬間、シンは前もって準備してあった《風の弾丸》を放った。
放たれた《風の弾丸》は狙い違わず熊の魔物の左腕を撃ち抜き弾き飛ばした。
「クライス!」
「お、応ッ!」
シンがこれだけ大きな隙を作ってくれたのにまだ呆然と突っ立っていたクライスの名前を呼び、トドメを刺させる。
そうして何とか熊の魔物討伐に成功したクライスたちは難しい顔をしながらこちらに戻ってきた。
「……ウォルフォードくん、ありがとう。お陰で助かったわ」
「ああ、どういたしまして。でもお礼なら俺よりルカ兄に言ってあげてよ」
「ルカに?」
「うん。俺たちは誰も気付いてなかったんだけど、ルカ兄だけはミランダさんの刀が斬れ味を失ってることに気付いて俺にフォローするように言ってきたからね」
「そうなんだ……ルカ、ありがとう」
ミランダはこちらへと向き直り、丁寧に頭を下げてきた。
「別にお礼なんて要らないよ? 元々ピンチになったら助ける役だったし、そもそもピンチになったのは俺の指導不足が原因だからね」
刃筋を立てられず刃を潰してしまうのは未熟な証拠。つまり俺の指導が至らなかった証拠でもあるのだから。
「でも、それはアタシが焦ったからで……」
「そうならないよう鍛えるのが俺の仕事だって言ってんの。入学当初と比べたらはるかに強くなってるけど、まだまだ未熟なんだからこれからだよ。とりあえずその刀はもう使い物にならないから俺が持ってる刀と交換しておこうか」
しょんぼりと肩を落とすミランダの刀を受け取り、俺が持って来ていた刀を渡して慰めるために頭をポンポン撫でてみる。
以前無意識にやっちゃった時には顔を真っ赤にして恥辱に耐えていたけど、今ならさっきシンがシシリーさんの頭をポンポンしていたので許されるような気がする。
「……シン、あの2人は付き合っているのか?」
俺がミランダの頭をポンポンしているのを見てジークがシンに「俺とミランダがお付き合いをしているのか」と聞いているが、ちょっと待って欲しい。
俺とミランダは付き合ってない!
「え? いや、どうだろ? ルカ兄とそんな話しないから聞いた事無いや。でも毎日一緒に居るみたいだし、付き合ってるんじゃないの?」
「シン……お前それブーメランなのわかっているのか?」
そんな答えを返したシンがオーグにツッコミを入れられている。ざまぁみろ……ってあれ? それ言っちゃったら俺も同じ穴の狢になるんじゃ……?
「ウ、ウォルフォード……助かった」
「あ、ありがとう……」
これはオーグはシンを揶揄っているだけのように見せかけて実は俺も一緒に揶揄うという高等プレイをしているのではないかと訝しがっていると、今度はクライスとノインがシンにお礼を言い始めた。
言い始めたはいいけど、めっちゃ嫌そうだな……まぁクライスたち的にはシシリーさんにフラれたのはシンが原因なんだから仕方ないのか。
けどお前らがフラれたのはもっと根本的なところに原因があると思うよ。
「あ、ああ。うん、どういたしまして……けどさっきミランダさんにも言ったけど、俺はルカ兄に言われて構えてただけだからお礼ならルカ兄に言ってあげてよ」
「ルカにももちろん礼はする。しかし今は……」
「今はなんか近寄れないんだよね」
「……なるほど、確かに」
シンたちの視線が俺の右手へと注がれる。
そしてその気配を感じたのだろう、ます俯いてプルプルしていたミランダのバイブレーションが弱から強へと切り替わった。
「ク、クライス! ノイン! いい加減にしなよ! ルカが頼んでウォルフォードくんが魔法を撃ってなかったらアンタ死んでたんだよ!?」
「い、いや……それはそうだが……」
「それを嫉妬してそんなまともにお礼も言えないなんて……アタシ、アンタたちが恥ずかしいよ!」
ついにミランダがブチ切れた。
言ってることはまぁわかるんだけど、これ絶対クライスたちに対する不満3割、現状の恥ずかしさからの現実逃避7割だよね。
「ミランダ、落ち着きなさい」
「でもクリスティーナ様!」
「彼らは普段男ばかりの学院に居るのです。それに騎士学院の女子は……私も含めて女らしいことなんてしないでしょう?」
「それはまぁ……確かに……」
そうかな? ミランダにも結構女の子らしいところあると思うけど……
ちゃんと身嗜みに気をつけてるところとか、甘いものが好きなとことか……この前出かけた時には可愛らしい小物に釘付けだったし。
「私のクラスメイトたちもあんな感じでしたよ? 女の話ばっかりで……女なら近くに居るでしょうに! 私は……私は女じゃないのですか!?」
「クリスティーナ様……」
え? 何? クリスねーちゃんって学院生時代モテなかったの?
皆見る目無いんだな……俺がクリスねーちゃんと同い年だったら良かったのに。
そう思い何とか「クリスねーちゃんは素敵な女性だよ」とフォローしようとしたのだが、俺が口を開く前にクリスねーちゃんが口を開いて続きを喋り始めた。
「思春期の男子なんてあんなものです。可愛らしい、護ってあげたくなる女子の前で良い格好がしたいのです。大方シンに美味しいところを全部持っていかれて嫉妬しているのでしょう」
おおぅ、クリスねーちゃんの毒舌の斬れ味がヤバい……クライスたちが瀕死になってる。
「そう……ですね」
「しかしミランダにはルカが居るでしょう? ルカならいくらミランダが自然体で居ようと気にしないと思いますのでミランダはそのままでいいと思いますよ」
「えっと……?」
「クリスねーちゃん!?」
クリスねーちゃんまで何を言っているの!?
「ルカ」
「はい!」
「先程も言いましたが私やジークはルカとシンのことを本当の弟のように思っています。私は姉としてそんな弟2人に『いい人』が出来たことを心から嬉しく思います」
「……」
何か反論したかったのだが、クリスねーちゃんにそう言われてしまい俺は返す言葉を失った。
だって少しでも「ルカがほかの女に靡いて不快」みたいな感情があればそこを攻められるけどクリスねーちゃんから発せられている気配にはそんな感情は微塵も感じ取れない。
本心から俺が同年代の女の子と仲良くすることを望んでいるのだろう。
「ルカ、ミランダは学院生時代の私によく似ています。私の弟なら姉によく似た女の子を大切にしてあげなさい」
「でも……」
「わかりましたね?」
「……はい」
こうして俺の初恋は終わりを告げた。
「嘘だろ……? 俺より魔法の威力上じゃね? シンか? シンに教わってるからか? 俺も教わるか? いや、しかし……今まで弟のように接してたやつから教わるのはプライドが……待てよ、アイツはマーリン様の孫、間接的にマーリン様の技を教わっていると考えれば……いやしかし……!」
ジーク! 今はちょっと感傷に浸ってるんだから黙っといて!
あとやっぱお前を兄だなんて思いたくねぇ!