賢者の孫のお兄ちゃん(魔力無しVer.)   作:愛飢夫

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敗北しました

 そうして週の約半分を合同訓練、残り半分を通常授業というサイクルを繰り返し、そろそろ夏休みが近くなってきたとある週末、鍛練は休みだよと伝えているのになぜか毎週訪れるミランダとの模擬戦を愉しんでいると、真剣な顔をしたシンが俺を呼びに裏庭までやって来た。

 

「ルカ兄、ちょっと話があるんだけど……」

「今いいとこだから後で……って雰囲気じゃないな。大事な話?」

 

 俺がそう聞くと、シンは曖昧な様子でうなずいた。

 

 いや、なんでそんなガチな顔して曖昧に頷くの?

 真剣なのか曖昧なのかどっちかハッキリしろよ。

 

「話があるのは俺じゃなくてオーグなんだ。オーグが真面目な顔で『ルカも呼んで来い』って言うから」

「釣られて真面目な顔をしていると?」

「うん」

 

 うんじゃねーよ……ってことは「大事な話」と言いつつこいつはその話の内容は知らないってことか。

 

「……まぁ別にいいけどさ。で、オーグはどこに居るの? 応接室?」

 

 聞いたはいいが、今この家の中にオーグの気配は感じられない。一体どこで話すのだろうか?

 

「今は研究会のメンバーでいつもの荒野に行ってるんだ。だからルカ兄にも来て欲しい」

「わかった。じゃあミランダと一緒に走って行くから小一時間待つように伝えといてよ」

「なんで!?」

「なんでって……あの荒野くらいまでの距離なら走るには丁度いい距離だからだけど?」

 

 気で体力を回復させながら走るのは良い鍛錬になるからね。今のミランダには丁度いいくらいの距離だしこれは走るしかないだろう。

 

「一応オーグからは『なるはやで』ってオーダーが出てるんだけど……」

「そうなの? なら行きはシンの《ゲート》で移動して帰りは走って帰ろうかな?」

  「連れて行くのは確定なんだ」

「むしろ置いて行く選択肢の方が無くない?」

 

 なんで俺が居ない俺ん家にミランダだけ置いて行くんだよ。

 そんなことをしてばあちゃんに見つかったら大変なことになるんだぞ。ミランダが。

 

 以前の週末にミランダと2人で模擬戦をしている途中に俺がトイレに行ったらその隙にばあちゃんに拉致されてばあちゃんとミランダ2人でお茶を飲まされてたんだぞ? あの時のミランダの緊張した様子は見ていて可哀想になるレベルだったんだから二度とそんな過ちは犯してはならないのだ。

 

「まぁルカ兄『だけ』を連れて来いって言われたわけじゃないからいいのかな?」

「いいんじゃね? ダメだったら少し離れた場所にシシリーさんとマリアと一緒に待っててもらえばいいだろ」

 

 ミランダが毎週末我が家に鍛練に訪れるのは強くなりたいからという理由もあるだろうが、鍛練後にこちらもよく我が家に遊びに来ているシシリーさんとマリアと遊びたいからというのもあるっぽいからね。

 

 いつの間にか友達になってた。

 

「それもそっか。じゃあ早速行こうか」

「ねぇ、アタシは待っててもいいんだけど……」

「またばあちゃんと2人でお茶飲みたいの? だったら全然それでもいいけど」

「ルカ、早く行きましょう。導師様と2人きりなんて恐れ多いわ」

 

 俺やシンからすればただの怒らせたら怖いばあちゃんでしかないんだけど、ミランダたちからすれば『遠目に姿を目にしただけで家族に自慢できるレベルの英雄』らしいから仕方ないね。

 いや、しかしミランダはこの前やったクライスたちの家族による『黒歴史発表会』でもクライスたちが悶絶する中1人平然としていたからばあちゃんと2人で『仲良くお茶を飲まないと出られない部屋』に閉じ込めるのは精神の鍛練的な意味でとても良いのではなかろうか?

 

「今『精神を鍛えるには丁度いいかも』とか思ってるでしょ?」

「なんでわかった?」

「ルカ兄がなにか思いついた時の癖が出てたから。内容は何となくかな?」

「マジかよ……」

 

 シンがなにか思い付いた時にはニヤリと口元が持ち上がるから俺はそうならないよう気を付けてたんだけど……それ以外に癖があるのか。

 

「ルカ、導師様と2人きりはちょっと荷が重いのだけど……」

「まずは俺とじいちゃんも含めた4人から始めようか。それに慣れてきたらじいちゃんを外して3人で、それも慣れたらばあちゃんと2人でやってみよう」

「慣れるのかしら……」

 

 実際オーグとかシシリーさんとかマリアには慣れたんだから大丈夫でしょ。人間は慣れる生き物だよ。

 

「っていつまでもここで話してたら遅くなるね。早速行こうか」

 

 そうして俺たちはシンが開いた《ゲート》を抜けて昔よくシンと模擬戦をしていた荒野へと移動した。

 

 

 

 ◇◆

 

 

 

「む、ようやく戻ってきたか」

「おまた」

「そこは略すな。ちゃんと言え」

「せ」

「違う、そうじゃない」

 

 トンネル(ゲート)を抜けるとそこは……荒野だった。

 なんだか最後に来た時より地面が荒れているような気がする。おそらく俺が自宅の裏庭でクライスたちを鍛えているのと同じようにシンもここでオーグたちを鍛えているのだろう。

 

 それに気付いたから言葉が途切れたのであって決してわざとではないのだ。

 

「で? 話って?」

「流すのか……まぁいい。それよりもウォーレスも連れて来たのか」

「ダメだった? ミランダが聞いちゃダメな話なら外してもらうけど」

「いや、構わない。と言うのもこの研究会の面子やルカの弟子たちは相当な実力者集団になっている。今後、魔人と戦闘が起こった時重要な戦力として力を貸してもらう可能性が非常に高い。それならば魔人の動向は知っておくべきだ」

「魔人……」

 

 ミランダは「魔人」という言葉を聞いて硬直した。

 話の流れ的に自分が魔人と戦う可能性を考えてしまったのだろう。

 これは早めにばあちゃんとのお茶会と災害級の魔物との戦闘を経験させておいた方がいいかもしれない。

 

 というかこんな話をするってことは魔人になにか動きがあったということか。

 もしかしてアールスハイドに宣戦布告でもしてきたのかな? 相手が国じゃなくて魔人なら俺も出てもいいんだよね?

 

「なんだか、こういう話を聞くと自分たちが特別な存在だって自覚するね……」

 

 突然、話を聞いていた金髪ロリっ娘がそんな厨二病的発言を繰り出した。

 思わず噴き出しそうになってしまったが、多分今はシリアスパートなので唇と頬の内側を強く噛むことでなんとか耐えた。

 

 あ、血が出てきた……気を回して癒しておこう。

 

「それで、話の続きなんだがな」

「新しい情報が入ったんだって?」

「ああ。先日旧帝国領に潜入していた斥候部隊が帰ってきてな、魔人たちの動向について報告があった。どうやら帝国領内にある街や村を襲撃して回っているようだ」

「襲撃……」

 

 やはりあの時大人しくしている選択肢を選ばず何を置いても帝国に向かっておくべきだった。

 

「襲われている街や村の様子は悲惨の一言らしい。街を治めている貴族は例外なく皆殺し、平民もほとんどが殺されているそうだ」

「……ほとんど?」

 

 ならば生き残りがいると言うことなのだろうか? それを把握しているなら斥候部隊が保護しているのかな?

 

「ほとんどってことは……殺されてない人もいるのか?」

「それが問題なのだがな……」

「問題……?」

 

 オーグの言葉にシンがいぶかしげに反応した。

 

「どういう基準で選んでいるのかはわからないが、襲撃の度に魔人の数が増えているそうだ」

「じゃあ……殺されてない人って……」

「……魔人になっているという事だ」

「マジ……かよ……」

 

 相手が魔人の集団である為にうかつに手を出せない。数カ国の連合を組まなければ到底太刀打ち出来ない。その為魔人が街を襲っているのを指をくわえて見ているしか出来ない……

 そんな感情がオーグから気配を通じて読み取れるが、俺も同じく忸怩たる思いだ。

 

「……シュトロームは何を考えているんだろうな」

「さあな、本人に聞いてみないとわからんが……これだけ魔人が増えている事自体、とてつもない脅威だ」

 

 周りに居る研究会メンバーやミランダからは『恐怖』の感情が伝わってくる。

 魔人という存在は俺が想像している以上の脅威なのだろう。

 

「オーグ……」

「そしてルカ、今回お前を呼んだ理由なのだが……何だ?」

「ああ、ごめん。お先にどうぞ」

 

 オーグに帝国に向かう許可をもらおうとしたのだが、同時に口を開いてしまったのでオーグに先を譲る。

 

「そうか。お前を呼んだ理由なのだが……お前とシンが帝国に向かうのを我慢してもらうためだ」

「……は?」

 

 ちょっと待って欲しい。それは一体どういうことなのだろうか?

 もしかしてオーグは俺に「虐殺されている帝国民のことを見捨てろ」とでも言いたいのだろうか?

 

 だとしたら俺は……オーグを殴らなければならないかもしれない。

 

「テメェ……今なんつった?」

「『帝国には向かわないで欲しい』と言ったのだ。もちろんお前の立場を考えると私から命令することは出来ないのだからこれは命令ではなく頼みではあるのだが――」

「黙れ! お前は俺に『虐殺されている人々』を見捨てろと言いたいのか!?」

「そうだ」

「そうかよ……歯ァ食いしばれや」

 

 自国の王子を殴り倒して帝国へ向かう。

 そうすれば俺が帝国で何かやらかしても、何かやりすぎて他国から責任を追求されてもその咎はアールスハイド王国へは向かわないだろう。

 まぁ王族を殴った罪で俺は処刑or国外追放の二択だろうけど、亡命みたいな感じで帝国に行けばどうにかなるし……

 じいちゃんとばあちゃんが少し心配だけど、究極的に言えば俺との血の繋がりはないのだからまぁ何とかなるだろう。

 シンは……強い子だから大丈夫。

 

 そこまで考えて最終的になんとかなるだろうと結論づけた俺が『ガチで痛いけど死にはしない』程度に絶妙に手加減したパンチを繰り出そうと拳を振りかぶった瞬間、背後から2人の人物に飛びつかれ体の動きを封じられた。

 

「ルカ兄! 待って!」

「やめて! ルカ!」

 

 シンとミランダだ。

 

 シンは《身体強化》の魔法をフルに使って俺の胴体に組みつき、ミランダも気の活性化を全開で使って身体能力を引き上げて俺の振り上げた右腕に絡みついてきた。

 

 ってミランダ!? 関節を極めようとしないで! 普通に手加減するつもりだったからそんな力入れてないの! だからフルパワーミランダに関節極められたら普通に極まっちゃうんだよ! 痛い! 痛いから!

 

「ちょ! ミランダ放して!」

「ルカが! 泣くまで! 締めるのを! やめないッ!」

「マジかよ……」

 

 ミランダは完全に俺の肩関節を極めた状態でさらに体を捻って足を使って俺の首を締めようとしてきている。

 それはつまり体同士が密着しているわけで、しっかりした筋肉がありつつも女性らしい柔らかさがダイレクトに伝わってくるわけで……これはとてもハレンチです!

 

「ウォルフォードくん、しっかり抑えてて! もうすぐルカの首も締められるから!」

「わかった!」

「わかるな! てかこれ以上はいけない! ギブ! ギブアップです!」

 

 こうして俺は初めてミランダに黒星をつけられた。

 

 ついさっきまでガチギレシリアスムードだったのに台無しだ。

 

 どうすんのこれ? とりあえず話を聞くしかないか?

 

 最悪受け入れられなかったら今度は止められないようノーモーションでオーグとついでにシンを殴って予定通り帝国に亡命しよう。

 

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