途中にある街で1泊し、さらに半日ほど走った頃ようやく目的地であるシシリーさんの父が領主を務める『クロードの街』が目視出来るところまでやって来た。
「つ、着いた……のか?」
「も、もう走れねぇ……」
「ぜぇ……ぜぇ……うっぷ……」
俺はいい運動をしてスッキリ爽やかな気分になっているのだが、クライスたちはとうに限界を超えていたようで街を囲う外壁を見た途端その場に崩れ落ちてしまった。
「ふぅ……アンタたち情けないわね」
「な、なんでミランダは普通に立っていられるんだ?」
「なんでって……何故かしら? そんなに疲れてないのよね」
聞かれたミランダも不思議そうに首を傾げているが、その答えは簡単だ。
「ミランダの気の運用が上手いからだよ。気の量や素の体力なんかはミランダよりクライスたち3人の方が多いんだけど、その使い方に無駄が多いからミランダより先に疲れるんだ」
現にミランダは3分の1ほどしか気を消費していないのだけどクライスたち3人は逆に3分の1以下しか残ってないからね。
気の運用の上手さはそのまま継戦能力に直結するのでこの辺ももっと鍛えてやった方がいいのかもしれない。
「気の……運用……」
「そうそう。《給水》の魔道具に例えると長距離ランニングなんて蛇口を3分の1だけ開けばいいのにクライスたちは半分開けてる感じかな」
「……分かりやすいな」
「必要な時に必要な分だけ。これを心掛けておかないと戦闘中にへばったら死んじゃうから気を付けて」
気を使い過ぎると眠くなっちゃうからね。戦闘中にウトウトしてたらそりゃあっさり死んじゃうよ。
「そうか……分かった。気を付ける」
「ミランダ、なんかコツとかあるのか? あるなら教えてくれよ」
「そう言われても……なんとなく『このくらいかな?』って感じで使ってるだけだから」
その『なんとなく』で上手く運用出来るならそれは才能がある証である。やはり気に関しては4人の中でミランダが一番適性が高いようだ。
「うぷ……誰か、袋持ってないか?」
「……その辺に穴掘ってすればいいよ」
「しかしそれはエチケット的に……」
「街中ならアレだけど、外なんだし別に気にしなくていいと思うよ? どうしても嫌ならシン呼んで《異空間収納》開かせるからその中にする?」
「穴を……掘ろうと思う」
「そっか」
それから穴を掘り、その前で蹲っているケントの背中を撫でながら俺の気を注入して枯渇しかけている気を補給してあげると数分もしないうちにケントの体調は回復した。
「すまない、助かった」
「どういたしまして」
その後ケントほどではないが気が枯渇しかけ、若干顔を青くしていたクライスとノインにも俺の気を少量分け与え、回復させたところで俺たちを置いて先に進んでいた馬車を追いかけ始めた。
◇◆
そうして馬車を追い掛け走ることしばらく、ようやくクロードの街の門前へと辿り着いた。
特に並んでいる人も居なかったのでそのまま門番さんに全員分の市民証を出したところ、既に話が通っていたらしく領主の娘に王族貴族、英雄とビッグネームばかりだったのに特に驚かれなかった。
俺が門番さんの立場なら聞いててもびっくりしちゃうね。
門番さんは即座に領主の屋敷に使いを送り、馬車に乗らず走ってきた俺たちランニング組が乗るための馬車も手配してくれた。
別に必要ないと固辞しようと思ったのだが「武装した人間が街中を走ると住民が驚く」と言われてしまったので大人しく馬車で移動することになった。
そうしてあちらこちらから湯気が立ち上る街を馬車に揺られながら眺めることしばし、遂にゴール地点であるシシリーさんの実家へと到着した。
「「「お帰りなさいませ。シシリーお嬢様」」」
俺たちが馬車から降りると、先触れがあったからかシシリーさんの実家の使用人たちが総出でお出迎えをしてくれた。
「シシリーお嬢様、お帰りなさいませ。そしてアウグスト殿下、ようこそおいでくださいました。それに賢者様、導師様。お目に掛かれて光栄でございます。御学友の皆様もようこそいらっしゃいました。そして新たな英雄シン様」
多分シシリーさんのお父さんの代わりにここを治めている、お父さんの右腕的な人が皆に挨拶をして、ジッとシンを見つめ始めた。
ところで俺たちはシシリーさんの御学友ポジでいいの? 学院違うけど。
「な、なんでしょう?」
「私や使用人一同、貴方様のお越しを心よりお待ちしておりました。どうぞよろしくお願いいたします」
「「「よろしくお願いいたします」」」
右腕的な人と使用人たちは一斉にシンに向かって頭を下げた。何事?
「も、もう! 皆さん大袈裟ですよ!」
「しかしシシリーお嬢様。将来我々とは無関係ではない間柄になる御方にご挨拶するのは当然かと……」
「わー! わー! 何言ってるんですかぁ!?」
シンは一瞬何を言われたのか理解できずポカンとしていたが、シシリーさんが顔を真っ赤に染めて慌てている姿を見てどうでも良くなったのか何とも締まらない顔でニヤニヤし始めた。
我が弟ながらちょっと気持ち悪い。
「ちょっとシンくん! なんで笑ってるんですか!?」
「いや、シシリーが大声上げて慌ててるのって珍しいからさ、つい」
「あぅ……ついって、もう!」
「あはは! ごめんごめん。ほら、機嫌直して」
そう言いながらシンがシシリーさんの頭に手を乗せると、シシリーさんは俯き忙しなく動いていた体も停止した。
「もう……仕方ないですね」
「なんか慌てる姿が可愛くてさ。ごめんな?」
「か、可愛い……」
そんな2人のやり取りをオーグたちはニヤニヤしながら見ているし、屋敷に勤める人たちもホッコリしたような顔をして眺めている。
俺たちは一体何を見せられているんだろう?
「な、なんだよぅ……」
「いや、相変わらずイチャイチャしてると思ってな」
そんな周囲の視線に気付いたシンが若干情けない声を上げるが、即座にオーグに言い返されて口をモニョモニョさせている。
「ははあ、これを訓練中ずっとやってた訳ですか。そりゃイチャイチャしてると言われますね」
そんな様子を見てトールが顎に手を当てながらそんなことを呟いた。
トールくん、とても真面目そうな顔をしているけど言ってる内容すげえ下らないぞ?
「そうなのよ。騎士学院生が血の涙を流していたわね」
トールの呟きを耳にしたマリアはそう言ってクライスたちを横目で見ている。
「男女比9対1の男子学生の前でなんて惨いことをするんだろうねぇ……」
ユリウスと同じ魔法学院第3班に所属していた茶髪イケメンのフ、フ、ブレイドくん? はマリアの視線を受けて「うぐぐ……」となっていたクライスたちを憐れむような目で見つめている。
「お、俺たちは別に……騎士として女性を護ろうと思っただけで……」
「殿下やマリアも居たのに?」
「い、いや……それは……」
研究会のほぼ全員から視線を向けられたクライスは何やら苦しい言い訳をし始めたが、ミランダに一言で論破された。
その後シシリーさんのお父さんの代わりにこの領地を統治してる代官さんの挨拶を受け、俺たちは領主屋敷の中へと通された。
ミランダと研究会の女性メンバーはお代官様の挨拶中に復活したシシリーさんに部屋と温泉に連れて行かれ、俺たち男性陣は領主屋敷に勤める年嵩のメイドさんが案内してくれた。
部屋は各々個室……というわけにはいかず3人部屋が2部屋と2人部屋が2部屋に分かれる事になった。
俺はシンとオーグに声を掛けられ3人部屋に、後はクライスたち騎士学院組が3人部屋となりユリウスとトールで1部屋、マークとフレイドくん(ブレイドじゃなかった。惜しかった)で1部屋使うということになった。
じいちゃんとばあちゃんは同室らしい。
そして、いよいよ温泉である。
ばあちゃんと同室と聞いて愕然としていたじいちゃんだったが、温泉はとても楽しみにしていたらしく脱衣所に入る頃には上機嫌で鼻歌を歌っていた。
そんなじいちゃんを微笑ましい気分で眺めながら服を脱ぎ、皆と一緒に浴室に入ると――
「わーお」
家の風呂も十分に広いと思っていたのだが、温泉地の領主の屋敷であるクロード屋敷は文字通り桁が違った。
これはもう自宅の風呂じゃなくて銭湯だろ。
「ほう、これは凄いな」
「自分、こんな凄いお風呂に入るの初めてッス!」
オーグは思わずといった様子で感嘆の声を漏らしており、マークは純粋に大きな風呂を見て感動している。
「拙者の屋敷より大きいで御座るな」
「ウチなんてもっとですよ」
ユリウスとトールは自分の家の風呂と比べてなんとも言えないような表情を浮かべている。
「それを言ったらウチは公衆浴場だからねぇ……」
「そう悲観するなフレイド。ウチもだ」
「俺ん家もだよ」
「……ウチもだな」
自宅に風呂があること自体羨ましいといった様子のフレイドくんをクライスたちが慰めている。
クライスたちは裏庭での鍛練が終わったら一緒に家で風呂に入って帰ることが多いから自宅に風呂が無いのは知ってたけど、フレイドくんの家にも風呂は無いようだ。
まぁばあちゃんが編み出した《給湯》の魔道具のお陰で風呂は徐々に広まっているそうなのだが、まだまだ一般平民家庭には行き届いてはいないと聞いた事があるので仕方がないのだろう。
そして先程まで上機嫌に鼻歌を歌っていたじいちゃんは――
「こりゃあ凄いのぅ。こんな温泉に入れるとは思ってもみなんだ」
ご満悦だった。普段から割とニコニコしているが、ここまで嬉しそうにしているのはなかなか珍しい。
俺は何もしてないけどじいちゃん孝行が出来たような気分になった。
そして「じゃあ体を洗って温泉に浸かろう」という流れになったので、せっかくだからじいちゃんの背中を流してあげることにした。
「おお……孫に温泉に連れて来てもらった上に背中を流してもらえるとは……長生きはするもんじゃのう」
「まだまだこれからだよ。じいちゃんには俺やシンの孫も抱っこしてもらわないとだし」
「……ルカの中でワシはいくつまで生きる予定なんじゃろうか」
「さぁ? でもシンならそのうち《若返り》の魔法とか開発しそうじゃない?」
「それは……無いとは言えんの」
「無いよ!」
俺とじいちゃんがのんびりとそんな話をしていると、ほのぼのとした空気を切り裂くようにシンから鋭いツッコミが飛んできた。
「無いの?」
「無いよ! たとえあったとしてもそんな魔法怖くて使えねぇよ!」
「残念」
その魔法があれば若い肉体を維持したまま未来の強者と戦えるかもしれないと思ったのに。
いや、年老いて肉体能力は衰えても技術と経験で若き強者を手玉に取る達人ってのもかっこいいな……やっぱそんな魔法無くてもいいよ。
「ほっほ。相変わらず仲がいいのぅ」
じいちゃんはそんな俺たちのやり取りを満足そうに眺めていた。