「さて、シンの魔法実験はこれで終了だ。次はメリダ殿の付与魔法講座なのだが……シン」
「なに?」
「悪いが王宮まで送ってもらえるか?」
「ああ、定期報告か」
ばあちゃんの説教が終わり、次は研究会メンバーが付与魔法のお勉強を、俺たち騎士学院生組はじいちゃんに魔法の解説や実演をしてもらう予定だったのだが、クロード屋敷に戻った直後にシンとオーグがそんな会話をしているのが耳に入った。
「定期報告?」
「ん? ああ、合宿中はどうしても王宮との距離の関係で魔人たちの情報が入りづらくなるからな。一日に一度シンの《ゲート》で王宮に行って最新情報を受け取っているんだ」
「そうなんだ」
だから一昨日宿に着いてすぐのタイミングと昨日の馬車移動の休憩中に2人の気配が消えていたのか。
割とすぐに戻って来てたからあまり気にしてなかったよ。
「興味があるなら一緒に行くか?」
「王宮とか堅苦しそうだから行きたくない」
警護とかの仕事で行くなら別だけど、特に用事もないのにそんな場所に行く必要は皆無である。
最近ディスおじさんとタイミングが合わなくて顔を合わせてないから顔くらいは見たいけど、そのためだけに王宮まで行くのはどうかと思うし。
「そうなのか? 魔人たちの動向が気になっているかと思ったのだが……」
「それは俺が聞くべき情報ならオーグが言ってくれるでしょ?」
俺はもう魔人関連の問題に関してはオーグに従うって決めてるからね。
「まぁ……そうだな。下手に魔人や帝国の情報を聞いたルカがまた『帝国に行く!』と言い出しても面倒か」
「いや、行かないから。お前の指示に従った方がより多くの人を助けられるんだろ?」
「……ああ。お前の期待に応えられるよう全力を尽くそう」
考え方次第ではこれって仕方のない状況なのよね。
よく考えたら前世でも日本以外で宗教や政治絡みの虐殺や戦争が起きても前世の俺や家の会社は何もしなかったのだからこの世界に来てそういうのにブチ切れても今更何言ってんだって話になる。
今の自分が前世の自分より強いからといって守れる範囲が広がった訳ではないことを自覚して理解しなければ。
「では行ってくる」
「いってらー」
そうしてオーグを見送り、ミランダたちと共にじいちゃんによる魔法の解説と実演講座を受講した。
◇◆
およそ2時間後、さすがに座学は寝ちゃうかとも思ったのだが思いの外じいちゃんが面白おかしく解説をしてくれたのでとても楽しい時間が過ごせた。
そして講義が終わって部屋を出ると、皆が玄関ホールに集まっている気配を感じたのでそちらへと移動する。
するとそこでばあちゃんが蕩けたような顔をして幼女の手を握ってどこかへと移動していく姿が目に入った。
これは……事案かな?
一体何が起こっているのかと様子を窺ってみると、何故か膝を着いて胸を押えているシンを究極魔法研究会のメンバーが取り囲んでいた。
え? なにこれいじめ?
というかなんか見た事ない女の人が居るな、誰だろう?
金髪をゆるふわカールにした感じのすっごい美人さん。
なんとなく高貴な雰囲気を醸し出していることからお貴族様であることはすぐに分かる。
オーグの腕に手を添えていることから見てオーグと親しそうなことも見て取れる。
ってことは悪役令嬢?
やっぱりこの世界はミランダが主役の乙女ゲームで、この合宿は合同訓練で出会った攻略対象者たちとの仲を深めるためのイベントなのだろうか?
つまりミランダがオーグルートを選択すればあの超絶美人さんに嫌がらせをされるということなのだろう。
別ルート『賢者と導師の孫』シンルートならシシリーさんに嫌がらせをされるのかな?
「あ、あの……私は……」
「いいんだ……シシリーもそう思ってるんだろ?」
「そ、そんな事ないです!
実はこの世界はミランダ主役の乙女ゲームで……などというアホなことを考えつつもとりあえず一応形だけでも虐められているっぽい弟を救助しようと足を踏み出しかけた瞬間、、シシリーさんが高らかにそう宣言した事に驚き、俺の足は止まってしまった。
えっと……シンとシシリーさんがお互い想いあっていることは見てたら分かるレベルだったから知ってたけど、まさかもう「子供を作る」みたいな話まで進んでたの?
そういうのは結婚してからにしなさい。お兄ちゃんは婚前交渉は許しません。
合宿中は俺とシンは同室だから安心だけど、帰ったら毎晩シンが部屋にちゃんと居るか、シンの部屋にシシリーさんが来ていないか確認しなければ!
いや、もしかしたら既にシシリーさんのお腹の中には……
「シシリー、アンタ……」
「あ、あれ? 私今何を?」
「盛大な自爆。びっくりした」
「え? あ、ああ……」
自分が何を言ったのかということに思い至ったのか、シシリーさんの顔はたちまち真っ赤に染まり、そして――
「い、いやぁぁぁあああ!!」
両手で顔を押さえながら駆け出し、唖然として固まる俺たちの横をものすごい勢いで駆け抜けて行ってしまった。
「シン、分かっているな?」
「ああ、あそこまで言わせて分からないほど鈍感じゃないよ」
「あそこまで言われないと分からない鈍感なんだよ」
「うぐっ……」
「まぁ……頑張れ」
「……ああ」
シンはオーグと話しながら何やら決意を固めた顔をしているが……マジで一体何が起きたの?
「シン」
「あれ? ルカ兄、じいちゃんも……居たんだ」
「ほっほ。ずっとおったわい」
じいちゃんはなんだか少ししょんぼりした様子で答えているが、俺たちはシンから見れば研究会の皆の影になる場所に立っていたので気配を読めないシンは《索敵魔法》を使わない限り俺たちに気付くことは無いと思う。
それよりも――
「ねぇ、シン」
「な、なんだよルカ兄……真顔で来られるとなんか怖いんだけど」
「俺はお前を祝えばいいの? 殴ればいいの? それと、ばあちゃんが見知らぬ幼子の手を引いてたけど、私人逮捕に踏み切った方がいいのかな?」
「ばあちゃんが連れて行ったのはオーグの妹だから私人逮捕はしなくていいよ。あとなんで祝うか殴るかの2択なの?」
「子供出来たのかなって」
「出来てねーよ!?」
良かった。15歳で「デキ婚します」とか言われたらぶちギレて殴りながら祝いの言葉を口にするところだった。
その後、オーグの隣に居た女性を紹介してもらった。
やはりオーグの婚約者で、コーラル公爵家という大層なお貴族様の家の娘さんらしい。
王子の婚約者で公爵令嬢……一応ミランダがイジメられないよう目を光らせておこうかな。
◇◆
それから皆で温泉へと移動して昨日筋肉や剣術の話題で仲良くなったユリウスとトニー、更にビルドアップを目論むマーク、そして自分が華奢で小柄だからか筋肉に興味津々なトールらと楽しい筋肉談義をしたりオーグたちと一緒になってシンを揶揄ったりと楽しい時間を過ごし、その後の夕食では先日たまご好きがバレたためか俺の席には温泉たまごが3つ置かれていた。
ふむ、食前たまご、食中たまご、食後のたまごか。ありがたい。
「ルカ殿は本当にたまごがお好きなんですね」
「たまごには筋肉に必要な栄養素が全て含まれているからね。マッチョを志すならたまごは外せない」
「そうなのですか? それでは自分もこれからは積極的にたまごを食べるようにしてみます」
「トールの場合たまごもいいけど、もっと食事量を増やした方がいいと思う。体をデカくするにはまずは食事だよ」
まずはぽっちゃりくらいまで大きくなってから脂肪を筋肉に変えていくのがマッチョへの近道だ。
マッチョの道はご飯からである。
そうして俺の弟子の男衆とユリウス、トニー、マーク、トールで結成した『マッチョ同盟』の同志たちに食事や筋トレ内容のアドバイスを送りつつ食事を終え、自由時間となった。
自由時間といっても特にやることのない俺は弟子たちを引き連れ庭の片隅でそれぞれの武具の手入れを行い始めた。
「ミランダ、刀はどう? 刃こぼれとかしてない?」
「ええ。何本かダメにしてしまったけど、そのおかげか扱い方が身に付いてきたと思う」
「そっか、良かった」
「ルカ、俺たちには聞かないのか……?」
お手入れ中、俺がミランダの刀ばかり気にしていたからか不満そうなクライスからそう聞かれたが、刀は繊細な武器だしミランダはその刀を最近扱い始めたばかりなので気に掛けるのは当然だと思う。
お前らはずっと剣を使ってきたんだからお手入れにも慣れてるでしょう?
一応俺のアドバイスで大剣からバルディッシュに持ち替えたケントの事も気にしてるから別にミランダの事を特別扱いしてるとかじゃないよ。
そんな感じでお手入れをしていると、騎士家系で育ったため剣の扱いも得意なトニーと実家が鍛冶屋なため武器について造詣が深いマークも加わってきた。
「フレイドくん、久しぶりね」
「いや、合同訓練でも結構顔を合わせてたし、合宿中は毎日会ってると思うんだけど……」
「そうだったかしら?」
「ウォーレスさんは自分を鍛えるのに必死だったんだろうけど、さすがにちょっと酷くないかい?」
どうやらミランダとトニーは初等部、中等学院時代からの顔見知りなのだそうだ。
別にそこまで仲が良かった訳ではないそうなのだけど、なんとなくモヤッとするものがあるな……
俺も幼なじみとか欲しかった。
「ルカさん、あれクロードさんじゃないッスか?」
「ん? ああ、そうだね、夜風にでも当たりたかったのかな?」
マークが指差した方を見ると、シシリーさんが早足で庭の奥へと進んでいく姿が目に入った。
「お風呂に入る前にあんなことがあったからねぇ……ってあれはシンじゃないかい?」
「え?」
シシリーさんが庭の奥に消えた直後、今度は屋敷からシンが現れ空を見上げながら先程シシリーさんが消えて行った方角へとゆっくりと歩いて行った。
「これは……」
「もしや……」
「……逢い引きか?」
俺たちは声を潜め状況を確認する。
「マーク、急いでこの事をオーグに知らせて!」
「分かったッス!」
マークはいい笑顔で頷いて音を立てないよう気を付けながら屋敷の中へと走って行った。
「ミランダ、研究会の女性メンバーにシンとシシリーさんが秘密のデート中だってお伝えしてきて!」
「伝えてどうするの?」
「皆で覗きに行くに決まってるじゃん」
夜のデートなんてあんなことやこんなことになってしまう可能性が高いんだから複数の目で監視をして危うい感じになったら乱入して止める為だよ。
「ええ……そっとしておいてあげないの?」
「えっちなことは結婚してからです。お兄ちゃんは認めません」
「何言ってるのよ……」
ミランダは納得いかないような表情を浮かべつつも頷き、研究会女性メンバーにこの事を伝えるため屋敷へと戻って行った。
「ルカ、僕たちは?」
「これより我ら、影となる。各員可能な限り気配を殺し、息を潜めて行動するように」
「「「イエッサー!」」」
「では野郎ども、行くぞ!」
こうして俺たちはシンたちにバレないようこっそりとシンたちの後を追い始めた。
どうか《索敵魔法》使ってませんように……
◇◆
気配を殺し、息を潜め、目立たないよう匍匐前進でシンたちの後を追っていると、2人が庭の片隅にある東屋に座って話をしている姿を発見した。
「なんだかいい雰囲気だな……ちくしょう……」
「シシリーが……俺たちのシシリーが……」
「……お前たちうるさいぞ」
シンとシシリーさんがいい感じな姿を見てクライスとノインが今にも血の涙を流しそうになっていたけど今は無視。
というか弟と友達なら弟の恋が成功して欲しいので俺はお前たちを慰めたりはしない。
「ねぇシシリー、初めて会った時の事覚えてる?」
「はい、覚えてますよ。マリアと2人で男の人に絡まれて困ってました」
「「「……」」」
そうこうしているうちに研究会のメンバーやじいちゃんとばあちゃん、屋敷に務める使用人までが集まり、全員で息を殺してシンたちの会話を盗み聞く。
シンたちは出会った時の事を懐かしそうに話していたが、ある瞬間シンが表情を引き締めシシリーさんに視線を合わせた。
「好きだよ、シシリー」
「私も……私も好きです……大好きですシンくん」
「シシリー……」
「シンくん……」
「シシリー……俺と……俺の彼女になってください」
「はい。シンくんの彼女にしてください」
その会話を聞いた俺の心臓はギュッとなり、全身に鳥肌が立った。
シン、よくやった。かっこいいよ。俺も彼女欲しいです。
というかお前ら本当に付き合ってなかったんだね。お兄ちゃんはびっくりです。