その後改めてディスおじさんによる乾杯の音頭があったので、そこでようやく俺はミランダの手を離した。
「び、びっくりした……」
「ごめんて」
ミランダは未だ落ち着かないのか、左手で自分の胸を押さえながら右手に持ったグラスの中身を一気に飲み干した。
この世界は日本とは違って15歳で成人だしお酒も飲めるようになるのでミランダが飲んでいること自体には何も言うことはないのだが、一気飲みは体に悪いと思う。
まぁ悪酔いしても《躁気術》を扱える俺たちなら体内の気を操作して高速アルコール分解も可能なのであまり問題はないのだが、お酒を飲める年齢になったばかりのミランダにそれが出来るのか少し心配。
最悪の場合、俺がミランダの気を操作してアルコール分解を促すことも考えておこう。
「ふう……」
そんなことを考えながら次々とグラスを空にしていくミランダを眺めていると、ちょうど5杯目を飲み干したところでようやくミランダの手が止まった。
「ルカ」
「何?」
名前を呼ばれたので返事をしながらミランダの様子を観察する。
顔色は普段通りだし、ふらついた様子もない。これなら大丈夫そう――いや、完全に目が座ってる。
これは大丈夫じゃないかもしれん。
「ちょっと聞きたいことがあるんだけど……いいかしら?」
「な、何でございましょう?」
何だか怒っている時のばあちゃんにも通じる圧を感じる。
もしかして大丈夫じゃないのはミランダではなく俺なのだろうか?
「ルカ、あなた……」
座った目で俺を射抜きながらミランダは一歩足を前に出す。
なんだ? 何を言われる? やっぱり急に手をニギニギしたのはマズかったか?
処される? 俺はセクハラの刑でミランダに処されるの?
背筋に冷たいものが走り、俺の喉がゴクリと鳴った。
「あなた……アタシの事好きなの?」
ミランダが言葉を放った瞬間、これまで騒がしかった広間は水を打ったように静まり返った。
広間に居る全員からの視線がこちらを向くのを感じる。
これは……どうするのが正解なの!?
「ルカ、答えて」
「えっと……」
俺が答えに窮していると、ミランダは更に質問を重ねてくる。
「鍛錬の後はお出掛けに誘ってくれるし、色々なものをプレゼントしてくれるし、さっきは手を握って『離さない』って言ってくれたし……」
「それは……」
確かにミランダと鍛錬後に出掛ける事は多いし、その時に面白そうなものやミランダに似合いそうなものを購入して渡したりしていることは事実である。
でもそれは休日にまでうちに来て鍛錬しているのはミランダだけだからっていう理由もあるし、色々プレゼントしたりご飯やスイーツを奢るのは俺の鍛錬に付き合ってくれたお礼でもあるわけで……
「どうなの? アタシは……期待してもいいの?」
「ちょ、ちょっと待って!」
そういえばついさっきもお出かけに誘って『くれる』みたいな事言ってたし、今も『期待してもいい?』なんて言ってたし……もしかしてミランダって俺の事好きなのかな?
いや、確かに前々から気配を通じて好意的な感情は伝わって来てたから嫌われてないことは分かってたけど、その好意は師匠としてとか友達としての好意だと思っていた。
まさかそれが恋愛的な好意だったとは……
「ルカ……」
先程まで据わった目をしていたミランダだが、今はその瞳を僅かに潤ませながら見上げてくる。
これは……逃げたり誤魔化したりする事は絶対に許されない。
たとえ今この場が衆人環視の中だとしても。
正直に答えるとして、果たしてどう答えるべきだろう?
まず、俺がミランダを好きかどうかと聞かれたら俺は『好き』だと答えるだろう。
ミランダのことは友人としても弟子としても好感を持っている。
しかし恋愛的に好きかと聞かれると――
「ミランダ、俺は――ミランダ!?」
今の気持ちを正直に話そうと口を開いた瞬間、ミランダはまるでギャグ漫画のように目をぐるぐる回しながら意識を失いこちらに向けて倒れ込んできた。
これは……急性アルコール中毒!?
「あわわ……」
とりあえず倒れ込んできたミランダを受け止め、気を送ってアルコール分解を促進させる。
その後ミランダはシンに指導されたシシリーさんによって治癒魔法を施され魔法学院女子生徒たちの手によって部屋へと運ばれていったのでどさくさに紛れて俺もこっそり逃げ出した。
だってこのままここに留まっていたら囲まれるのは確定でしょ?
そうしてクロード屋敷の屋根の上で星や景色を眺めていると、シンが《浮遊》の魔法でフワフワと浮きながら俺の隣へとやって来た。
「ルカ兄……」
「シンか。シシリーさんとのイチャイチャタイムは終わったの?」
「なッ……!? もしかして見てたの!?」
「見てねーよ」
たまたまここで星を眺めてたらバルコニーでシンとシシリーさんがイチャイチャしている気配を感じただけだから。
「そっか……まぁルカ兄ならここからでも誰がどこで何してるかくらい気配で分かるよね」
「その気になれば分かるけど、今は真剣に探ってないから屋敷の中の気配までは読めないよ」
お前らが建物の外でイチャついてたから分かっただけで屋敷内でイチャついてたら気付かなかった。
「そうなんだ。それはそれとしてさ」
「話の変え方下手くそかよ。で、何?」
「ミランダさんのことどうするの?」
危うくズッコケて屋根の上から滑り落ちるところだった。
「いや……」
「ルカ兄はミランダさんのこと嫌いなの?」
「嫌いじゃないよ」
むしろ好き……なんだと思う。
「だったらまだクリスねーちゃんのこと引きずってんの?」
「なんなの? お前まさか喧嘩売ってんの?」
自分がシシリーさんとくっついたからって調子乗ってんの?
「違う! 違うから指ポキポキ鳴らすのやめて!」
「シンにとって今日が最良の日だよな? だったら今日死んでも後悔はないだろ」
「あるよ! むしろ後悔しかないから!! てかそんな話がしたいんじゃない!」
なんだかシンの必死な顔を見ていると何故か殴る気が失せてきた。
しょうがない、話を聞いてやろう。
「分かったよ。で?」
「いや、俺はてっきりルカ兄とミランダさんはとっくに付き合ってるものだと思ってたからさ……さっきはマジでびっくりしたんだ」
「そうなんだ」
「俺だけじゃなく多分皆思ってたよ」
「マジでか」
俺とミランダって周りからそんな風に見えてたんだ……
「うん。だからさっきの件は本当に驚いて……それであのタイミングでミランダさんが気絶しただろ?」
「あれには俺も驚いた」
いやもう本当に。
「だから……ルカ兄がなんて答えようとしてたのか聞きたくてさ」
「なんで?」
なんでミランダじゃなくてお前に答えなきゃならないのさ。
「ルカ兄はミランダさんのことは好きだけど、その好きが恋愛的な意味での好きか分からない……みたいに思ってるんじゃないの?」
「なんなのお前、エスパーなの?」
なんでそこまで完璧に俺の心情読めてるんだよ……
「そりゃ見てたら分かるよ。だって俺たち双子だぜ?」
「双子だからってそこまで分かんねーだろ」
「でもルカ兄だって俺がシシリーのこと好きなのは分かってただろ?」
「そりゃお前、見れば分かるよ」
「そういうことだよ」
あれ? もしかして俺今完璧に論破されちゃった?
「まぁ……だからこそ言うけど、ルカ兄はとっくにミランダさんのこと恋愛的な意味で好きだと思うよ」
「そうなの?」
「そうだよ。多分ルカ兄は今でもクリスねーちゃんのことを好きなんだって思い込んでるんだと思う」
「思い込む……」
確かにクリスねーちゃんに振られたからってすぐに次に行くのは不誠実みたいに考えてたような気がする。
思えばクリスねーちゃんに告白したのも数年前の話なんだから他に好きな人ができても不誠実ではない……のかな?
「ルカ兄ってさ、もしかしてクリスねーちゃんが初恋だったり?」
「もしかしてもクソもばあちゃん以外の女性を見たのもクリスねーちゃんが初めてだよ」
お前も同じでしょうよ。
「違う違う。前世も含めて」
「前世……」
そういや俺、前世で恋愛してたっけ?
親が決めた婚約者はいたはずなんだけど、言われてみれば小学生になるかならないかくらいに決まったから別の誰かを好きにならないようにしていたような気がしてきた。
「昔聞いたけどさ、婚約者はいたんだよね? その人のことは好きだったの?」
「好き嫌い以前にほとんど会ってなかったからなぁ」
年に数回顔を合わせるかどうかくらいだったし、顔を合わせても共通の話題とか分かんなかったから話が盛り上がった記憶も無いんだよな。
「他に同級生とかで好きな人は?」
「それはいなかったと思う。一応婚約者がいる身だからそういうのには気を付けてたから」
家格的な問題や政略的な意味での婚約だったけど、それでも不義理なことはしたくなかったし。
「だと思った。ルカ兄は前世今世通じてクリスねーちゃんが初恋だったから拗らせたんだと思うよ。ほら、歳いってからの恋愛感情は拗らせるってよく言うじゃん」
「やっぱお前喧嘩売ってるよね?」
「売ってない!」
いや、絶対売ってるじゃん。
しかしシンの言ってることにも一理ある。ような気がする。
「まぁ……シシリーさんとの婚約祝いに今日だけは殴るのはやめといてやる」
「今日だけじゃなくて今後ずっと殴らなくていいと思うんだ」
「それはお前……今後のお前次第だろ」
それから数時間、俺とシンは前世のことや今世のことを語り合い、いつしか空が白み始めた。
「ありゃ? もう朝?」
「思ったより話し込んじゃったね。まぁミランダさんのことは前向きに考えてみてよ」
「そうだな。分かった」
そうしてシンと2人で夜を明かした翌朝、食堂前でミランダとバッタリ会ったので恐る恐る朝の挨拶をしてみるとミランダは普通に「おはよう」と返してきた。
どうやら昨日の記憶は無いらしい。
「ミランダ」
「なに? 改まってどうしたの?」
「期待……してていいよ」
「……何を?」
「なんでもない!」
ミランダの事を恋愛的な意味で好きかと聞かれると、まだちょっとよく分からない。
だけどシンと色々話したせいかミランダと一緒なら俺は一生面白おかしく過ごせるような気はしている。
それなら今すぐにでも「恋愛的な意味でお付き合いをしてください」と言ってしまえばいいような気がするのだが、今はまだよく分からない気持ちもあるのでここは保留一択である。
決してミランダが忘れているからそれをいい事に逃げている訳ではない。近いうちに答えは出す。必ずだ。
「ねぇ、なんの話なの?」
「朝飯食ったら鍛練だ! 今日も張り切っていくぞー!」
「ちょっと! 待ちなさいよ!」
ミランダよ、止めないでくれ。俺にはあそこでニヤニヤしながらこっちを見ている奴らをぶん殴る使命があるんだ!