聖女様の飼い猫 作:もふもふもふも
猫に転生した。
名前はまだない。
前世ではありふれた生活を貫き、ありふれたトラックにありふれた轢かれ方をしたごく普通の一般転生者だ。
俺の転生した世界は、テンプレ化したような一般的剣と魔法の世界であった。魔法を使っている魔法少女みたいな見た目をした人達を何人も見掛けたし、剣で気色の悪い外見のモンスターらしき生き物を狩っている者も何人も見た。
世界の細かい特徴なんてよく分からないが、ごくごく普通の物騒感の漂うファンタジー世界であることは間違いないだろう。
そのような世界で、俺は猫に転生した。
見た目はカワイイ白猫だ。おらモフれ。
因みに今の所はチート能力とかに目覚めた感じはしない。魔法も使えないし、スキルとかを持っているワケでもないと思う。知らんけど。猫は深く考えたりしないモノだし仕方ないね。
強いていうなら、この溢れんばかりの『可愛さ』がチート能力かもしれないな。何人の極悪面の奴等を骨抜きにしてきたかもう数えるのも億劫になるくらいだ。
猫に転生した理由は解らないし、どうでもいい。俺は元々猫が好きだったし、嫌とも思っていない。寧ろ、前世に比べて生きているだけでチヤホヤされるようになり、良いことばかりが増えた。
明らかにカタギじゃない、殺し屋みたいな奴の身体に擦り寄る等のことをしても、『あぁ、猫ならいいか。寧ろ嬉しい』って言われるしね。
やはり、世界は癒しを、猫を求めているんだなぁとしみじみ理解する。話の解る奴等ばかりで俺は嬉しいぜ。
そして、そんなカワイイ猫の俺にのみ許された特権がある。
それは。
『おかえりなさい。カワイイ猫さん』
「にゃー」
『ふふ、貴方はあいも変わらずカワイイですね』
俺の住む街、その街の外れにある苔が生い茂った廃れた教会。そこに乱雑に放置された一体の女性を模倣した『石像』に、俺は甘えた声を出しながら擦り寄った。
この『石像』との付き合いは結構長い。俺が転生してから直ぐの付き合いだ。なので、この頭に響く謎の声の感覚にももう慣れたものだ。……昔のように喧しく喚き散らしてないからね。
この『石像』、今でこそ落ち着いてはいるが、出会った頃は酷いもんだったのである。壊れかけの機械のような狂った声でずっと発狂していたのだ。今思い出しても頭痛がする。
やれ『助けて』だの『誰か私のことに気が付いて』だの、『あああああああ』だの。ずっっっと叫び続けていたので思わず猫パンチを食らわせてやった。
そしたらめっちゃ静かになった。やったぜ。
石像の正体とかは知らないけれど、流石はファンタジー世界。不思議なことばかりだなぁで解決するのでなにも問題はない。
猫は自由気ままに気楽に生きるのが世の常であるがゆえに。
『石像』の上に登り、俺は喉を鳴らしてやる。
おら、受け取れ。ゴロゴロゴロ。
『猫が喉を鳴らすのは、リラックスしている証拠だと教会の本で読んだことがあります。ふふ、私と一緒に居るのが安心できると思ってくれているってことですね』
そうでもないが。
しかし、俺は空気を読める猫なので、同意するように鳴く。
「にゃー」
『ふふ、私も貴方のことが大好きですよ!』
言ってないよ。
けれど、なんか嬉しそうなので否定はしない。猫は愛される生き物やけんね……仕方あらへんな。
狂った石像も虜にしてしまうだなんて、改めて己の可愛さが恐ろしい。
『貴方が居てくれるから……私、寂しくないんです。これからもずっと、傍に居て下さいね』
「にゃー」
それはいや。
でも気が向くまでは一緒に居てあげるよ。
石像の上で毛繕いをしつつ、俺は一声鳴いた。
◆◆◆
『猫さん猫さん』
石像の上で気持ちよく爆睡していると、『石像』さんに呼ばれる。『石像』さん──あー、解りづらいんで『聖女』ちゃんとでも呼ぼう。
なぜ聖女ちゃんかと言うと、この石像さんが己のことを『聖女』だと自称しているからだ。
この世界で聖女といえば、十年前に大災害から世界を救った救世主のことを指す。街の子どもたちと一緒に伝説を読み聞かせてもらったので間違いない。
世界を救った後、聖女は突如として行方不明になったため、色々と憶測が飛び交っているらしいが、そこはまあ猫には関係ないだろう。
で、そんな偉大な『聖女』を名乗っているのがこの目の下の発狂石像さんなワケだ。
正直この石像さんが世界を救えるとも思えないので、本気にはしていない。けれど本人が名乗っている以上、此方も乗ってあげるのが大人な社会人としての生き方というものだ。……あ、今は猫だわ。
「にゃー」
『起こしてしまってごめんなさい。けれど、もう一日近く寝ていたので心配になってしまったのです』
マジで? 俺そんなに寝ていたのか。猫は一日14時間以上眠るとはいうが、今回は少し眠りすぎたな。猫だし可愛いから許されるだろうけど。
身体を伸ばし、俺は聖女ちゃんの上から飛び降りた。
『ああ……モフモフが降りてしまった』
すげー残念そうな声だな。気持ちは解るが。しかし聖女ちゃん石像なんだから、モフモフを感じるとかできないだろうに。
『不思議なんですが、貴方が触れていると何処か世界の輪郭を掴めるような……人だったときの感覚が戻ってきているように思えるんです。きっと貴方の優しい心が私を救ってくれているのでしょう』
マジで? 流石俺。
『出来れば、もっと私に触れていて欲しいのですが……必要最低限この教会から出ずに』
「にゃー」
やだ。
猫は自由気ままに生きるのが使命なんだよ。何者にも縛ることはできぬ。
『解ってくれましたか? ありがとうございます! では私の傍に来てください。できるだけ早く本当の私の手で貴方に触れられるよう、さっさとこんな呪い解呪してみせますから』
解ってないじゃん。言葉が一つも通じてねーよ。やる気だけは認めるが、その気持ち全部一方通行だぞ。
……猫の尊大な言葉は所詮人間には通じないってことか。
聖女ちゃんに背を向けて、俺はご飯を探しに街に向かった。
『ね、猫さん? ちょっ、猫さぁぁぁぁあん!!』
後ろの声は通じないフリをする。猫なんでね。