聖女様の飼い猫 作:もふもふもふも
日の光が街を照らす、温かいお昼時。
とある大樹の上に、2つの影が伸びていた。
「あ~、やっと見つけたよ、セラスピア」
「ん、君は……王都の……」
「ソロアムだよ、会うのは5年ぶりだね。エルフの王族様」
セラスピアの隣に腰掛けると、ソロアムは薄く感情の視えない笑みを浮かべた。
「随分と探したんだよ? 私の魔力探知に引っ掛からないなんて、相変わらずとんでもなく精密な魔力コントロールだね!」
「そうかい? 最近は乱れてばかりだから、そう感じる瞬間がなかったのだけれども……君程の魔法使いに褒められると、かなり嬉しいね」
「あはっ、謙遜なさるな〜。私なんてキミに比べると、まだまだペーペーのヘッポコだよ」
「それはありえないと思うが……」
ソロアムのあまりにもいい加減な物言いに、セラスピアは思わず苦笑を浮かべた。
背丈こそ伸びているものの、初対面の時と何ら変わらない言動と、腹を読ませない不可思議な雰囲気に懐かしさを覚えてしまう。
「それで、今日は何か用があったのかい? 君は多忙な立場にあったと認識しているのだが」
「まあそうだけどもさ。早速本題に入るのかい? 久方振りの再会なのに、せっかちさんは困っちゃうゾ?」
「いいや、君が他の話に花を咲かせたいというのであれば、私に断る理由はないさ。君との会話は、とても面白いしね」
「おおう、予想外な返し……ほんと、会う度に性格が変わってるね。なんか余裕が出てきたっていうか、話しやすくなったね、セラスピア」
もちろん、良い方向に。なんて言って、ソロアムは笑った。
セラスピアは、自分が変わったとは少しも考えていない。“変わった”のではなく、“悟った”のだと解っているからだ。平和な世界を見る度に、その理由が痛いくらいに胸を抉り、過去の記憶を想起させる。
物事は何であれ変わらないものなどなく、どこまでも残酷に美しく突き進み続けるしかないのだ。
「そういえば、この前ローザに会ったよ。あの娘もあの娘で、大分丸くなったよね〜」
「そうなのかい? 昔と変わらず、頑固な一面しか私には見せてくれないよ」
「基本ベースはね。けど、あの娘もしかしなくとも“カワイイもの”が好きだね。指摘したら、分かりやすいくらいに狼狽しちゃってさ、あはは」
「カワイイもの……あのローザがかい?」
【黒竜】旺盛の時代、『剣を極め王族に仕えること以外興味はありません』と謳っていたあのローザが?
小動物が近づくだけで、『失せろ』と睨み付けていたあのローザが? 意外すぎる。今度会ったら、詳しく聞いてみることにしよう。
「うん、目をキラキラさせて興奮してたよ」
「そっか、それは……見てみたかったな」
「あはっ、見る機会なんてこれから幾らでもあるよ〜。エルフの一生は長いんだからさ」
「そうだね……次会うときの話題ができたよ。ありがとう、ソロアム」
「ふふ、どーいたしまして!」
互いに目を細め、微笑み合う。
2人の間には風が吹き、穏やかな空気が流れ込んでいた。
「……で、ね。楽しい話はこれくらいにして。結構真面目な話をしよっか」
のほほんとした顔を止め、ソロアムは真面目な表情でセラスピアの瞳を真っ直ぐと射抜く。その鋭い表情に、セラスピアも表情を引き締めた。
「……どうやら厄介な“特性”を獲得した魔物が発生しちゃったようなんだ」
「厄介な特性?」
「そう。激レア特性だよ……【黒竜】が居たときは珍しいものでもなかったんだけどね。要はアイツの『加護』と呼ばれるモノを得た魔物が発生したんだ」
「なっ!?」
あり得ない。
そんなこと、あっていいはずがない。とてつもなく嫌悪感を煽る情報に、セラスピアは声を荒げてしまう。何故なら加護とは、与えた本人が死ねばなくなってしまうモノだからだ。
思い出すのは、過去のあの景色。地獄と形容するのも生温い、闇に支配された暗い牢獄の世界。二度と味わいたくない、圧倒的強者による蹂躙。
けれど、もし本当だとすれば、それは──
「【黒竜】は死んでるよ。間違いなくね。あの人が失敗するなんてありえない」
「その意見には同意する。だが、【黒竜】の加護を得た魔物が発生したのなら……」
「とあるバカな組織がね、魔物生態の調査の実験中に、独自で獲得していたらしい【黒竜】の残骸の欠片を、他の魔物に無理矢理移植するとかいうクソみたいなことをやったんだよ」
「……そ、それは」
「【黒竜】だからできたんだろうね……加護の発動は。奴等は加護を得た魔物を支配下に置き、世界を思うままにしてやろうと画策した」
バカでも解る、それは不可能だと。
『世界を思うままにする』方ではなく──『加護を得た魔物を支配下に置く』方、その成功確率が0であることを、セラスピアは理解できていた。
普通の弱い魔物なら、支配下に置くことも不可能ではない。しかし、【黒竜】の加護を得た魔物の能力値は、英雄の一人とされるハイエルフであるセラスピアよりも遥かに高い。
当時は、そんな加護を持つ魔物が何百体も存在した。
だからこそ、世界は絶望に呑まれたのだ。
「当然、“加護持ちの魔物”の逆襲をくらった組織は壊滅。元々王都の兵たちも追っていた根っからのクズ組織だから、そこはまあいいんだ。最後っ屁にこの街に魔物を放逐するなんてことをしてくれたみたいだけどね」
『お蔭で、聖女様の生存を確認できたんだ、そこだけは奴等の功績と言えるかもしれないね』と語り、ソロアムは目を閉じた。
「……でも、肝心の“加護持ちの魔物”の行方は」
「まだ掴めていない」
「そう! だからコレがかなり問題なんだ。知っての通り、“加護持ち”は私よりも能力が優れてるんで、魔力探知に引っ掛かることはあり得ない。魔物を通さない結界だって、“加護持ち”からすれば無いに等しい……素通りもできる。あと、最大の問題が──」
「【黒竜】と、その子達には“聖魔法”しか通じない」
「流石! セラスピアと話しているとスムーズに進むから良いね!」
左手を前に出し、セラスピアはその指先に光を灯した。
聖魔法は、他の魔法と違って特殊……扱える人類は殆どいない。
「神聖度の高いハイエルフの私ですら、この程度しかできない……困ったものだね」
「聖魔法を使えるだけで称賛モノだよ。穢れきった人間の私にはてんで縁のない魔法だし。およよっ」
「……しかし、どうしたものかな。事態の異常性は理解できた。どういう対応を取るつもりなんだい」
「んー……取り敢えず、“加護持ち”はこの街に現れると思うんだよね」
「へぇ……その心は?」
「美少女の勘だよ!」
「あはは……」
屈託のないドヤ顔に、乾いた笑いしか出なかった。これが当たるのだから、タチが悪い。
「あはっ、どのみち、今の戦力じゃ私達にできることは撤退戦だけだよ。歌姫ちゃんは居ないし、聖女様も恐らく弱っているだろうしね……これ以上あの人に無茶はさせたくないんだ。後手に回らざるを得ないよ」
「……」
「キミに会いに来たのは、街の人達の保護に協力してほしかったから。
セラスピアは息を吐いた。
いつの世も戦いだ。しかし、だからこそ。
『──セラスピア、私が居なくなったら、皆のこと……守ってあげてくださいね』
あの人が唯一頼ってくれた、優しい願いに報いることができる。
約束を、果たすことができる。
「分かった……任せてくれ」
「ありがとう! 流石はセラスピアだね!」
「はは……私は飽くまで死に損なった英傑擬きだよ。そこまで期待しないでくれ」
「あはっ! それでもだよ。じゃあ早速、バカ組織の生き残りから聞き出した、“加護”を得た魔物のことを話すね!」
「………」
「【黒竜】の加護を得た魔物はね──大鼠だよ! 魔物の大鼠! 悪知恵の働く厄介な相手だ、対応に気を付けて!」
◆◆◆◆
よう……5年ぶりだな。
俺は、またしてもこの尊き眼の前に現れた、小汚え害獣を追いかけ回していた。
「キュッ……キュキュキュ……ゥ」
ふん、俺の不意打ちの一撃を食らって生きているのは称賛に値するが、貴様俺が近づくだけでなんで変な黒い靄を発している?
まあ、魔物だしそういうこともあるか……兎も角、俺の遊び兼ご褒美ごはんのためにも、お前には死ぬまで付き合ってもらう。
動きもめちゃくちゃトロくなってきてるし、この前の奴の方がまだ活きが良かったぜ。もっと愉しませてくれなきゃ満足出来んなぁ!
鼻息荒く、俺は大鼠を追いかけ回し続けた。
遊び終わった後で、狩りの成果を聖女ちゃんにも見せてあげよっと!
……と思っていたのに、大鼠はなんか勝手に蒸発して死んでしまった。
俺の許可なく勝手に消えてんじゃねぇぇぇぇ!!
ここまで読んでくださり、ありがとうございました!
高評価等もありがとうございます! お蔭で聖女様の加護──猫様の『神聖』レベルが高まり続けております!