聖女様の飼い猫 作:もふもふもふも
俺は先程とはまるで違う、霧の中にいた。ううむ、周囲の景色があんまし見えんな……音もそんなにしない。不思議な場所だぜ。
「転移は成功したな。全くあの畜生共が……エルフである私の魔法を真似るなど……次会ったら元凶諸共絶対に斬り殺してやる」
「にゃあ」
「っ……呑気な奴ッ、お前も少しは危機察知能力くらい身に着けたらどうだ? 今のも中々に危なかったんだぞ」
それは充分に備わってるんだよなぁ、猫だし。
周囲に俺の敵となりうる程の脅威が存在しないってだけの話だ。かぁんちがいするな。
「……誰か来たと思えば戻ってきおったのか、ローザ」
「む、ライ爺か。ああ、少し面倒なことになったんだ」
ローザよ、お主の知り合いか? 霧の奥から現れた、威厳とも言える風格のあるエルフの爺ちゃんを、俺は観察する。
……立派なお髭だな。俺のカワイイお髭とは、また違った趣のある良いお髭だぜ。いつかお髭の良さを語る話でもしようや爺ちゃん。
「セラスピア様と連絡は取れたのか」
「ああ、元気にしておられた」
「そうか……無礼を働く者はおらなんだか?」
「………ああ」
「にゃあ」
なんでそんなに目が泳いでるんです? 居ないんだから、堂々と返せばいいじゃないですかぁ。
「それはなにより。身分の違いは対応で示すのが道理というものだ。でなければ、基盤が緩むからの」
「解っている……」
「にゃあ」
「してローザ……さっきから、その白いのはなんだ」
知らんのか爺ちゃん。ならば覚えておけ……俺は、安寧秩序を支配する神だ。
ハイエルフの何億倍も偉いんだぞ。お目にかかれることを生涯胸に誇りとして抱いておけ。
「こ、これは……猫だ」
「猫? 人間の街で飼われている生き物か。なぜ、そんなものをお前が連れている? 小動物の類は苦手であっただろうに」
「………」
「まあ、良い。ソレに悪意がないのは解っておる。其奴は声も見た目も中々に愛いからの、里に入れることを許可しよう。但し、フォレイア様には顔見せしておけ。猫といえども部外者、そのくらいは礼儀だ」
「な!? フォ、フォレイア様にもこの毛玉を見せるのか……かなり嫌なんだが」
「あの方は聡い。どうとでもやってくれるとも」
「だ、だが──」
俺の方が聡いけどな。
どっか連れて行くならはよしろや。こっちだって暇じゃないんだよ。
あまり会話内容を理解する気がない俺は、ローザの腕の中で『じれったい、はよしろ』と抗議した。
「にゃあぁあ……」
「……お前に抱っこされるの、嫌がっとらんか」
「お、お前またっ! もふもふしながら暴れるな!」
もふもふはいつもしてるんだよボケ。
◆◆◆◆◆
お、おお……!
霧を抜けた先にあった世界。目の前に広がるファンタジー的な美しい風景に、俺は目を輝かせた。目を輝かせる俺も絶対カワイイ、鏡持ってこい。
日の沈み始める時間帯ってことで日の光こそ少ないが、それを補うほどの圧倒的神秘感。
ツリーハウスっていうのだろうか……綺麗な植物のツタや花の装飾が成された、前世で一度は見てみたいと思っていた繊細な建物が幾つも並んでいる。樹木も、俺の住む街にあるモノよりもなんか大きくて、とっても見応えがあるぜ。
後で爪研ぎしよう。
「はあ……コイツを連れてフォレイア様の所に行かねばならんとは、憂鬱でならんな。さっさと適当な者に預けて、向こうに戻るつもりだったというのに」
人生、思い通りにいかないのが世の常だ。聖女ちゃんだって、『だからこそ人は支え合い……私は、猫さんに癒され続けるのです』って言ってたしな。ドンマイだよ、ローザ。
「お前、セラスピア様のときのようなことは絶対にするなよっ。あれ程までに神聖な血を引いている方々は居ないんだ」
「にゃあ」
解ってるって。何回同じことを言えば気が済むんだよ。向こうが俺の機嫌を損ねん限り、パンチを振るうつもりはないって言ってるでしょうに。試し打ちはするかもだが。
「……12年前、あの“神話の娘”がやって来た時以上に不安になる日が来るとはな。いや、向こうは礼儀正しかったから、不安の種は別にあったワケだが」
俺が礼儀正しくないみたいな言い方するじゃん。心外にも程がある。こんな可愛くて神聖な天使も居ないってのにさ。
「ホントに頼むぞ……」
「にゃあ」
任せとけ!
◆◆◆◆◆
そこらにあるツリーハウスよりも、更に豪華な飾り付けが施された家の中で。
俺は、銀髪エルフさんによく似たエルフの娘──フォ、フォレ……、んー……フォレに、猫パンチを放っていた。
「ギャっ」
「フォレイア様ぁ!?」
案ずるな、ローザ。只のパンチだ、尊さに悶え苦しむだけの、な。
「お、お前、あれ程頼むって言っただろうが!」
「にゃあ」
「“にゃあ”じゃない!」
仕方ないじゃん、だってコイツ撫でるのヘタクソなんだもん。感情が力に漏れすぎなんだよ。
会って早々情報共有、そしてワケの解らん話を展開し、落ち着いた頃にフォレは俺のことを『撫でてみたい』と言い出した。爛々と輝く眩しい瞳で。
ローザはコレを苦い顔をしながらも了承。俺も、海よりも広大かつ寛大な心で受け入れてやった……が、俺にも許容限度があるんだ。
超えれば、容赦なく手を出すに決まってんだろ。我絶対神ぞ?
「い、いいよローザ。私が急に撫でたりするから、この子もビックリしちゃったんだよ。初めて会うワケだし。寧ろ申し訳ないっていうか……嬉しいような気もするんだ」
「フォレイア様も甘すぎます! この猫には、一度重い罰を下すべきだと──」
「そんな酷いこと、この子にできるの?」
「にゃあぁ……」
「うぐっ……で、できますよ。たとえ心は痛もうとも、躾はせねばならないのです!」
「あ、心はちゃんと痛むんだ……ローザってそんなキャラだっけ?」
こういうキャラじゃないの? 俺と会った時には、既にこんな感じだったぞ。
「ふふ、でもこんなにローザが取り乱すだなんて、聖女様が来てくれた時以来だね。私、なんだか嬉しいや」
「い、いや……あの娘とこの猫を同列に語るのは幾らなんでも……」
「そう? 私は聖女様もこの子も、どっちも大好きだよ。聖女様は、里を救ってくれた恩人で、誰よりも正しくて眩しい御方。話を聞く限り、この子も姉様やローザの心を救ってくれてる。ほら、やること成すこと全部正しくて眩しいなって思わない?」
「いいえ全く」
即答だな、ローザは頑ななんだよなぁ。心の内側は殆ど『猫、カワイイ』に埋め尽くされてるだろうに。
しかし、フォレの方は中々に見どころがあるではないか。撫で方には難があるが、心意気は悪くない。これから成長していくに違いあるまい。
成長する若者への、せめてもの薪だ。受け取れ、必殺のゴロゴロ音を。
フォレの手に頭を押し付け、俺は機嫌を良くした。
「あ、この子、喉が鳴ってる! さっきまで素っ気なかったのに、急に甘えてくれるだなんて……そっか、コレが猫の気まぐれか。とってもカワイイっ」
「……何も考えてないだけでは?」
「ローザ、この光景を絵に起こしてくれる? 額縁に入れて飾るから!」
「……やはり、ご姉妹ですね。嫌な予感が当たってしまった」
◆◆◆
『……やっぱり、感知魔法に引っ掛からない。猫さん……一体何処へ?』
ここまで読んでくださり、ありがとうございました!
高評価等もありがとうございます! 励みになります!