聖女様の飼い猫 作:もふもふもふも
冒険者ギルドの執務室。
静謐な雰囲気に支配されたそこで、ギルド長──モモノは、光沢のある銀色の髪を束ねた女性、セラスピアを迎え入れていた。
「待っていたわよ、セラスピア。こんな夜更けに呼び出しちゃってごめんなさいね。ささ、座って座って。神経を張り続けていたからとっても疲れているでしょう?」
「ありがとう。けれど、そんなに疲れていないから、そこまで気を使う必要はないよ」
モモノに促されるままに接待用のソファに座り、セラスピアは温かい笑みを見せた。
「無理を言っているのは此方の方よ。少しくらい挽回しようと振る舞ってもいいじゃない」
「無理なら無理とちゃんと言うさ。故郷で私は我儘娘で通っていたんだよ? それほど優しい者でもないさ」
故郷での、己の傍若無人とも言える過去の行為の数々を振り返り、遠い目をするセラスピア。その表情から、過去の様々な諍いがうかがい知れた。
「過去は過去よ。私の知る今の貴方は、このエイコーンの街を護ろうと頑張ってくれているじゃない。その証拠に、“加護持ち”が行動を起こしたら直ぐに解るように『守護結界』を、街のあちこちに貴方は施してる……それだけで私は、貴方に敬意を示したくなるの」
「そ、そうか……程々にしてほしいな」
「ふふ、それはこれからの貴方次第ね」
その返しに上手く言葉を出すことが出来ず、セラスピアは眉を顰めた。
「あら、機嫌を損ねちゃったかしら? ふふ、ごめんなさい」
「損ねてはいないよ……全く、君は相変わらずだね。のほほんとしていて、とても安心する」
「そうかしら? 私より余っ程“のほほんとしている可愛い子”はいるわよ」
「………」
『可愛いとまでは言っていないが』と考えつつも、セラスピアは空気を読んで口にはしなかった。
「個人的には、私は威厳あるギルド長を目指しているのだけれども……中々思うようにはいかないものね。特に最近は、醜態ばかり見せちゃってる気がするし。……特にエーレちゃんの全てを悟ったかのような視線が痛いのよね」
「ふふ、君も大変なんだな……でも、そういう平和な悩みは聞いてて心が温かくなるよ。ありがとう」
「もうっ、こっちは大真面目なのに……酷い王族様ねっ」
頬を僅かに膨らませて、モモノはプイッとそっぽを向いた。
その幼い行動が似合う容姿も相まって、『そういうところだよなぁ』と、セラスピアは生温かい気分に満たされる。
「……ふふ、これ以上貴方を困らせるのも良くないわね。本題に入りましょうか」
「あはは、お気遣い痛み入るよ」
「………」
モモノは表情を弛めたセラスピアの顔を見て一瞬戸惑いの感情を見せた後、一枚の“依頼書”を机の上に置いた。
「数少ない“英雄級”の実力を持った貴方にも依頼を出したいの──この“魔呼び”討伐の依頼を」
「! ……“魔呼び”、まさかとは思っていたけれど……やはり居たのか」
“魔呼び”……過去の厄介な幻影の名を出され、セラスピアは握っていた拳を震わせた。
過去の大戦で猛威を振るった邪悪極まりない魔物……英傑達の命を奪った者共の一匹。思い出しただけで、臓腑が熱くなる。
「ソロアムに私もついさっき報告をもらってね……間違いないと思うわ」
「そうか。全くらしいと言うべきか……厄介なタイミングに出現したね」
「大鼠も“魔呼び”も、どっちも性格が悪いもの。人が嫌がる行動ばかり取っては、命を脅かす手段を取り続ける」
「はぁ……君が夜中に私を呼び出した理由が解ったよ……コレは確実に緊急だ」
依頼書に記された内容に一通り目を通し、セラスピアは溜息を吐いた。
難易度は最高クラス。敵全てが“英雄級”である以上、生半可な戦力は返って足枷になりかねない。そして、この街には現在一部の外様を除いて、戦力となり得る実力者がいない。
コレは、どう考えても緊急を要する事態であった。
「でも、無理に受けてほしいとは言わないわ。貴方は唯でさえエイコーンの守護を担ってくれている。愛着を持って街に居てくれるだけで、私にとっては十分ですもの」
「そういうワケにもいかないだろう。君も知っている筈だよ……アレの厄介さは。放置すると、上限なく魔物を呼び続けるぞ。結界があっても、質と数の両方で責め立てられれば十中八九破られることになる」
「………」
「これは時間との勝負だ、街の外からの援軍だって何十日掛かるか解らない……間に合わないかもしれないし、もし来ても沢山の死体が積み重なる、あの頃のように。それが理解出来ているから、君は私に依頼を出したんだろう?」
「そう、ね……解っているわ……っ、ごめんなさい、ズルいことを言ってッ」
「今更だね。君がズルい子なんてこと、ずっと前から知っているさ」
「! もうっ……貴方には敵わないわね」
事態の深刻さを微塵の感じさせない、朗らかなセラスピアに釣られて、モモノは表情を弛めた。
「私は受けるよ、この依頼を……あの人ならそうするだろうしね」
「ありがとう……セラスピア」
「そろそろ話は纏まったっぽいし、入るね〜モモノ」
声。
その直ぐ後に返答を待つことなくガチャリという音が響き、二人の人物が執務室の中へと入ってきた。
「ハロハロ~、お二人さん。待たせちゃったかな??」
「ん……私は待ってない」
「キミには言ってないんだよなぁ」
隣にいるムクロの頭をぐわんぐわんと揺らし、ソロアムはニンマリと笑った。
「モモノ、セラスピア。私達も噛ませてもらうね、その緊急クエストに! 条件を満たしてるし、問題ないよね!」
「ソロアム……ええ、問題ない。貴方にも依頼を出そうと思っていたわ。けど、本当にいいの? 貴方はつい最近此処にやって来たばかりで、今も所属は王都になってる。この街のために命を賭ける義理なんかない筈よ」
視線を落とし、俯き気味に呟くモモノの言葉に、心底可笑しそうな笑みをソロアムは浮かべた。
「あはっ、何言ってんのさ。らしくないなぁ。魔物をヤッつけて友達を助けるのに、義理なんているの?」
「!! ソ、ソロアム……」
「それに義理云々を言い出したら、私達全員黒竜に殺されてるよ。そうでしょ?」
「ああ、そうだね。私達皆、只の死に損ないだな」
「も〜言い方考えなよね王族様! もっと上品に言ってよ!」
「あはは、ごめんごめん」
ソロアムが楽しそうに怒り、セラスピアも楽しそうに返す。
聖女様がいた頃を思い出す、そんな景色に……モモノも思わず吹き出した。
「ふふ……貴方達が居てくれて、本当に良かったわ。ありがとう、セラスピア、ソロアム、ムクロ」
「え、私も??」
禄に話を聞いてなかったムクロは、普通に困惑した。
「あ、でもクエストであるのなら、当然報酬は貰うからね! 私はそこら辺はきっちりとした魔法使いなのだ!」
「勿論よ。ふふ……聖女様が居た頃は、『私、髪型変じゃないかな!? 聖女様に変って思われないかな!? かなぁ!?』ってよく私に聞いてきてたものね……きっちりしてるソロアムちゃん?」
「後輩の前で恥ずかしい昔をほじ繰り返すのは良くないと思うなぁ私! ガチ切れしちゃうゾ♪」
「ん……大丈夫、私はなんとも思ってない。きっちりしてるソロアムちゃん」
「☆」
「あ……ごめ、リーダー、あ、すみませ……申し訳ございませんでした……」
満面の笑み。但し全く光の灯ってない真っ黒な瞳でソロアムに見つめられたムクロは、誠心誠意謝罪した。
「あはは……兎に角これからの最優先事項、私達がすることは決まったね」
その平和なやりとりを見守り、セラスピアは笑みを溢す。
そして窓の外──遥か先に見える森を見据えた。
「倒すぞ、“魔呼び”を」
◆◆◆◆◆
約数十分後。
執務室に、一人のエルフが凄まじい勢いで駆け込んだ。
「はあ……ぜぇ……こ、此処におられたのですか……探しましたよ、セラスピア様っ」
「ローザ!? ど、どうしたんだいボロボロじゃないかっ」
体中が汚れ、見るからにボロボロになったローザに駆け寄り、セラスピアはその満身創痍の身体を支えた。
「す、少し身の程知らずな猿どもを皆殺しにしていただけです……どいつもこいつも無駄に強かったので手間取ってしまいました……」
「さ、猿……?」
「ありゃぁ……随分と無茶したっぽいね……ムクロ、治癒魔法掛けてあげて。キミの方が精度高いから」
「がってん」
治癒魔法を掛けようと、ムクロは息を荒げるローザに近寄った。
「ぐっ……待て、今は回復している場合じゃない! セラスピア様、早急にお伝えしたいことがッ」
「な、なんだいっ」
痛む身体に耐え、必死に声を出すローザ。その懸命な姿に応えるように、セラスピアも耳を傾けた。
「“魔呼び”です! この街近辺の森に“魔呼び”が現れたんです!!」
「あ、うん……」
知ってる、とは言えなかった。
◆◆◆◆◆
「プシュー……ピー……」
「ふふ、ずっと見てられるなぁ……初対面の、しかも王族の家でこうも爆睡できるなんて、この子大物だなぁ。この子の飼い主さんも心配してるよね……こんなにカワイイ子だもん。絶対、無事に返してあげないと……」
「プピー……」
「うっ、触りたいな……ダ、ダメダメ、起こしちゃうッ」
◆◆◆◆◆◆◆
『街の外まで範囲を拡大できたと思ったら……何故、こんなにも魔物が溢れかえっているのでしょうか?? 大戦の時並みにいますよ……これでは人々の通行の妨げになってしまいます。何より、猫さんを探し辛いです。──少し、邪魔ですね』
ここまで読んでくださり、ありがとうございました!
高評価等もありがとうございます! お陰様で、猫さんが安眠できています!