聖女様の飼い猫 作:もふもふもふも
暗く、そして温かい月の光が差し込む時間に移り変わっても。
人々は昨日の偉大な“奇跡”が忘れられず、こぞって空や遠くの景色を眺めていた。
見ていれば、再びあの天の導が夜を照らす光景を見ることができるのではないかと考えたからである。
まるで、宴のように楽しく空を眺めて語らう人々の姿は、“彼女”がかつて思い描き望んだ『平和』と表現するのに相応しきモノだった。
「昼間同様……下手すればそれ以上の喧騒だな。喧しいったらない」
そんな喧騒に本来の麗しい姿を包帯で覆い隠したエルフ──ローザは、ベンチの上で疲れ気味に息を吐いた。
しかし『喧しい』と口で言いつつも、彼女の瞳の色に負の感情は微塵もない。寧ろそれらを許容するような柔らかい表情で、自らの垂れ下がる三つ編みをローザは指で弄んだ。
「ふん、どいつもこいつも気の抜ける阿呆ばかりだ」
「ん、でも暗い雰囲気の何倍も私は好き」
「程々ならな。だが、限度というものが──いや貴様いつの間に!?」
いつからか隣に座っていたお面の人物、ムクロに声を掛けられて驚愕を顕にするローザ。
そのローザの反応に、ドッキリが成功したみたいな楽しげな雰囲気をムクロは纏った。
「とても良い反応。骸骨ポイントを30贈呈する」
「なんだそのポイントは……て、そんなことはどうでもいい。お前どうやって私の隣を取ったんだ? たとえ“加護持ち”であろうと、気が付かれることなく私の間合いに入るなど不可能な筈なんだが」
「そっちの分野で私が超優秀ってだけ。全力で気配を断てば、リーダーにだって絶対見つからない自信がある」
フフンと、胸を張るムクロ。
本来のローザであれば、警戒心を剥き出しにする場面。けれど、そのムクロの子どもっぽい態度にローザは眉を顰めつつも毒気が抜けた。
「気が抜けているのは、私も同じってことか……」
「良いことだと思う。平和は気が抜けてなんぼ」
「……ふん」
温く、甘ったるい言葉だ。絶望が降れば、すぐさま崩壊し壊滅する発言。だが、一々指摘し否定するほどのことでもない。再び指で三つ編みに触れ、ローザは星々の輝く空を見上げた。
「それで、一体私になんの用だ。治療費なら今は持っていない。明日なら渡すことができるが」
「ん、お金は大切。でも、今は平気。“貸し一つ”程度に留めておく」
「別に構わんが……」
「一度使ってみたかった、“貸し一つ”。あ、今のセリフなし。雰囲気が壊れる」
「………」
『コイツ、ひょっとしなくても阿呆だな』と、ローザは思った。
そうした気の抜けるやりとりを行なっている間も、人々の喧騒は夜空に溶け込み、星々の元へと去っていく。冷たい風が吹いても、それに気付かず吹き飛ばすくらいに、温かい雰囲気が人々を包んでいた。
「ん……本当に、幸福な喧騒。お祭りに来たみたい」
「コトがコトだからな、奴等が浮足立って喜ぶのも理解はできる。みっともないがな」
「“理解”……ん、少し質問いい?」
「ダメだ、黙っていろ」
「聖女様って、どんな人?」
話を全然聞かないムクロに、ローザは口元が引き攣った。
「……なんだ、お前は知らんのか」
「伝承は当然知ってる。でも、やっぱり直接会った人の話を聞いた方が理解できるかなって」
「そんなもの、あの魔法使い……ソロアムにでも聞けばいいだろう」
「ん、もちろん訊いた。けど……“めっちゃ好きなんだな”、てことしか上手く解らなかった」
「………はあ、あのバカめ」
普段は飄々とし掴みどころがない癖に、聖女の話となると初心な娘みたいになるあの魔法使い──ソロアムの姿を想像し、溜息を吐く。
「貴方は、リーダーと違ってちゃんと教えてくれそう。だから、訊いた」
「……うっ」
仮面越しに真っ直ぐに見つめられて、思わずローザは退きそうになった。怪我の治療を行なってくれた恩もあるため邪険にもできず、やがて彼女は諦めを表すかのように口を開く。
「……私もあの娘に会ったのは両手で数えられる程度だ。浅い情報しかないぞ」
「ん、問題ない」
鷹揚に頷いたムクロの姿を確認し終え、ローザは渋々と語り始めた。
「あの娘は……黒竜同様、御伽でしか聞いたことのない“神話級”に到達した、人類で唯一無二の存在だ」
「神話級……」
時代に選ばれた圧倒的強者の称号である“英雄級”。それを遥かに上回る“神話級”の超越存在──それが、聖女。
昨日のあの天罰のごとく馬鹿げた威力の聖魔法を思い出し、ムクロは身震いした。
「心技体……特に『心』において、あれ程までに極まった人物を私は他に知らん。業腹だがな」
顰めっ面になりながらも、ローザは認めざるを得なかった。
聖女と呼ばれるまでの偉業を成し遂げ、世界を救ってみせたあの少女のことを。
全てを受け入れ、絶対に揺らぐことのない信念を胸に据えた、儚くも美しいその在り方を。
───思い返すのは、13年前。
人々の精神を狂わせ、絶望に強制的に落とす凶悪な存在──“堕ちた精霊”。
見たもの全ての“心”を乱し、壊す存在を前にしても……一欠片の動揺もなく前に進む少女の姿。
『私は、決して絶望に呑まれたりしません。……だって、皆を笑顔にしたいと考えてる当の本人が、悲しみに暮れて、涙を流すなんて恥ずかしいじゃないですか♪』
絶望が支配する闇を明るく照らしてくれた、その微笑みが、生き方が……ローザは眩しくて仕方なかった。
──彼女は、どんなことがあっても涙を流すことなどないのだろう。
いつだって輝く笑みで、人々に寄り添い温かな抱擁を与えてくれる……そんな、確信めいた予感があった。
「凄いべた褒め……貴方も聖女様のことが好きなの?」
「好き嫌い程度の領域じゃない。アレと直接話せば解る。あと褒めてないからなっ」
「そう……」
睨み付けてくる鋭い視線から逃れるように空を見上げ、ムクロは輝く群星に手を伸ばした。
届かないのは解っている……しかし。この幸福な喧騒を作った者が、同じ星々の下で居てくれるのなら。
「いつか……会ってみたいな」
「ふん……遠くない未来に会えるだろうよ」
「……うん」
この美しい空が続く限り、きっと。
巡り会える筈だから。
◆◆◆◆◆◆
『わあああああああああん! うおおおおおおおおおおおん! ね゙ござあ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙ん゙!!』
うわ、めっちゃ泣いてんじゃん……。
石像であるがゆえに涙こそ流れてないが、みっともないくらいに泣きじゃくる聖女ちゃんを前に、俺は普通に引いていた。
一日会わないだけで、こんなふうになるか普通。もう殆ど発狂じゃんこれ……小さい子どもの癇癪かな。
何も言うことなく勝手に一日留守にした俺が悪いんだけどもさ。いや、言ってもどうせ通じんのだが。
兎も角、こんな状態のまま放置するわけにもいかん。うるさすぎるし、何とか泣き止んでもらわねばっ。
聖女ちゃんの足元に擦り寄り、俺は天使の鳴き声を放った。
オラ泣き止め!!
「にゃあ」
『う、うぅ……猫さんっ。も、もふもふしてるッ……世界一カワイイでずううううぅ!! 無事で良かったよおおお! うおおおおおおおおおおおん!!!!』
更に悪化した。
ここまで読んでくださり、ありがとうございました!
高評価等もありがとうございます! お陰様で、猫さんが【あやす】を覚えました!