聖女様の飼い猫   作:もふもふもふも

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4話 猫と『聖女様』の伝説

 

 

 ──今から15年前。 

 

 とても大きくて黒い、怖い怖いドラゴンが現れました。

 

 ドラゴンは大勢の人達の家や命を無差別に奪い、思い出も何もかも燃やし尽くそうとしていました。

 そうはさせないと、沢山の英傑がドラゴンに立ち向かいましたが、まるで歯が立ちません。

 

 ドラゴンは強く強大で、多くの命がそのドラゴンの前で散っていきました。

 

 

 人類は絶望しました。

 

 

 彼等が勝てないのであれば、もう“希望の光”等、世界の何処にもない。人類は終末に向かうしかないじゃないかと。

 

 

 そして追い討ちを掛けるように世界は、ドラゴンの持つ人智を超えた力により空が閉じられ、陽も、希望の光も当たらない暗雲立ち込める牢獄に変えられてしまいました。

 

 余りにも恐ろしく、御伽噺のような伝説的な力。それが、人類に牙を剥いている事実。

 

 

 人類は悟りました。

 

 

 希望など、願いなど抱くだけ無駄であることを。

 

 希望などない。救いなどない。人類は、強者に蹂躙されるだけの脆弱な存在にすぎない。空を見上げることを恐れ下を向いては、涙が溢れて止まりませんでした。

 

 

 

 

 そんなとき、天から一筋の光が降り注ぎ、暗雲を打ち払ったのです。

 

 

 

 

 世界を照らす美しい光。その光の中から現れたのは、一人の少女でした。金色の美しい髪を持った、感じたこともない神々しさを纏った絢爛な少女。

 

 少女は、笑顔で人々にこう告げました。

 

『顔を上げてください。下を見ていては、広い空に思いを馳せることもできません。願いを乗せることも叶いません。大丈夫、貴方達の願いは、私が必ず天に届けます』

 

 人類は理解しました。

 

 考えるよりも前に、本能で理解したのです。そのことに気が付いた瞬間、人々の頬に涙が伝いました。しかしそれは恐怖ではなく、歓喜ゆえの涙です。

 

 だって彼女が、いいえ、あの方こそが。

 

『私が貴方達を──光輝く眩しい未来に連れて行く』

 

 ずっと希ってきた世界の救世主、『希望の光』であると。

 

 心の底から解ったからです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「こうして、聖女様は私たちの前に姿を現してくださったのよ」

 

「わあ〜、聖女様かっこいい! ねこちゃんもそう思うよね!」

 

「にゃー」

 

 街のベンチにて。

 子どもに抱っこされた状態の俺は、『聖女様』の伝説を聞かされていた。可愛くて最高な猫の俺だし、子どもに捕まるのは慣れっこだ。可愛いと可愛いは惹かれ合うともいうし。

 

 けれど、やっぱり子どもは力加減がダメでならないな。落とさないようにするためだろうが、普通に苦しい。我、猫ぞ? もっと繊細に扱わないとダメだぜ。聖女ちゃんを見習って……あの子、石像だから動けないだけだわ。

 

「お母さん、わたしも聖女様みたいな人になれるかな?」

 

「ええ、成れるわよ。嫌いな野菜を食べたらね」

 

「ゔ。……ね、ねこちゃん、きらいな野菜を食べなくとも聖女様みたいになれる?」

 

「にゃー」  

 

 知らぬ。

 

「ほ、ほら! ねこちゃんが野菜を食べなくても聖女様になれるっていってるよ!」

 

「あら、私には『好き嫌いは良くない』って言ってるように聞こえたわよ」

 

「わ、わたしの方がただしいもん!」

 

「ふふ、私の方が正しいわよ」

  

 どっちも正しくないよ。

 なに、俺の言葉改竄するの流行ってんのか。親子のほのぼの会話のダシにされるのは別に良いが、我が意志を少しは汲み取る努力も行ってほしいものだ。人間風情には難しいか。

 

 身を捩り、俺は子どもの腕の中から飛び出した。

 

 

「あぁ、ねこちゃんが! ま、まって!」

 

「コラ、あまりしつこくしたら猫さんが困ってしまうでしょう?」

 

「だ、だって……ね、ねこちゃんっ」

 

 すげー泣きそうな顔で見てくるじゃん。

 

 猫の感性的に言えば、子どもが一人泣こうが完全スルーで良いのだけども、流石に元人間の意識がある以上、それじゃあ後味が悪いな。

 

 子どもを……幼女を泣かすのはギルティって偉い人たちも言ってたし。

 

 別れの挨拶として、俺は一声鳴いた。通じないだろうがね。

 

「にゃあ」

 

「ねこちゃん……へへ、うん。わかった! また今度ね!」

 

 え、通じた!? 子どもすげぇ!!

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 『聖女様』の伝説を聴くと、どうにも頭の中で聖女ちゃんの姿が過ぎる。

 

 あの天然ポンコツ石像聖女ちゃんが、数々の伝説的な逸話を残している聖女様と同一人物とは思えないが、俺の中では聖女という単語=聖女ちゃんみたいな感じになっているのだ。

 

 会ったことない“伝説”より、身近なポンコツが脳裏に染み付くのは、何も可怪しな話ではないだろう。

 

 だから『聖女様』の伝説を聞くときも、脳内再生が聖女ちゃんになっていることが多い。

 

 如何に聖女ちゃんのキャラが濃いかが窺い知れるな。石像だし。

 

 性格だって、聖女ちゃんは聖女してるしな。ちょっぴり俺狂いな所はあるが、それは俺がチート級に可愛すぎるので仕方がない。

 

 最近は魔法の練習も頑張りまくっているし、あそこまでひたむきに努力できる石像も中々いないと思う。他の喋る石像見たことないから知らんけど。

 

『あ、猫さん、おかえりなさい! 危ない目に遭ったりしませんでしたか? やはり守護魔法を掛けた方が──』

 

「にゃー」

 

『わっ』

 

 ブレない聖女ちゃんをスルーし、俺は彼女の頭の上によじ登った。

 

 うーむ、やはり落ち着くな此処は。眺めも良いし、不思議と身体の疲れが取れていく気がする。

 

『ふふ、猫さんが頭の上に居ると落ち着きますねっ。幸福な気持ちが、胸にいっぱいに広がります』

 

 そうだろうね。

 俺が上に居たらそりゃそうなるよ。でも俺ほどじゃないにしろ、聖女ちゃんの癒し力も中々なもんだと思うぞ。俺が会ってきた石像の中じゃトップクラスだ。昔に目を瞑ればね。

 

『猫さん、貴方のお蔭で停滞していた時間は動きだし、間違いなく解呪は進んでいます。扱える魔法の幅、威力も向上してきました。まだまだ遠い道程で、猫さんには色々と迷惑を掛けると思いますが……貴方がいれば乗り越えられます。どんな世界も進んでいけます。だから、見ててくださいね』

 

「にゃー」

 

 気が向いたらね。  

 俺は自分第一主義だから、面倒事に巻き込まれそうな気配があれば躊躇なく逃げるぞ。覚えときなよ、猫はずっと自由に生きるんだ。

 

『ふふ、猫さん猫さん。もし身体を取り戻したら、私やりたいことが沢山あるんです!』

 

 やりたいこと?

 聖女ちゃんのことだ、困っている人を救いたいとかそんなところでしょう。全く、どこまで行っても他人本位な奴。少しは俺を見習って自分勝手に生きてみても──

 

『まず猫さんを思い切り抱き締めます。その後猫さんをモフモフぎゅーぎゅーして、身体いっぱいに吸い込みます。今までずっと生身で触れられなかった分を取り戻すため、絶対に離しません!』

 

 なんて自分勝手な願望なんだ。

 人生? 石生? めっちゃ楽しんでるじゃん……この子、思ったより図太く成長しているのかもしれない。

 

 そんなことされたら絶対に逃げるけど。

   

『こんな風に明日に希望を見出し、待ち望むなんてこと……ふふ、一生縁がないと思っていました。誰にも気付かれずに、このまま私は独りで朽ちていくのだと諦めてたんです。一度はそれでも良いと受け入れた癖に、いざ何年もそのような暮らしを経験してみると、寂しくて悲しくて、どうにかなってしまいそうでした』

 

 そっか……聖女ちゃんも大変だったんだね。発狂してたもんな、煩くて仕方なかったよあの声は。

 

 安眠妨害だし、次やったら唸るからね。

 

「にゃー」

 

『あはは……本当に、貴方は私の“希望の光”ですね。……天が遣わしたモノだったりするのでしょうか』

 

 あながち間違ってないな。天(トラック)に遣わされた一般転生者だし。

 

『天よ──どうか光輝く眩しい未来が、明日も訪れますように』

 

「にゃー」

 

 今のは『聖女様』っぽかった。猫評価で90点は堅いね。後の10点は、普段のポンコツ具合が尾を引いた。次以降に改善できると良いな。

 ……うん、しょうがない。ほんとにしょうがないから、暫くは見ててあげるよ。  

 

 いつも一生懸命頑張ってるもんな。頑張っている『人』が報われないのは、個人的には認め難いんだよね。善い人が辛い思いばかりする結末を辿るのは、納得が出来ない。例えそれが定められた未来だとしても。俺は、我儘でカワイイ猫だもの。

 

 だから……願い、叶うと良いね聖女ちゃん。

 

 祝福するように、俺は頭の上で一声鳴いた。

 

 

 

 

 

 

 

 あ、この子の願い、俺を身体いっぱいに吸うことだった。やっぱ叶うんじゃねーよその願い。

 

 

 

 

 

 

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