聖女様の飼い猫   作:もふもふもふも

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40話 猫と無敵

  

 

 10年前。

 

 とある丘陵にて。1人の少女が、膝を抱えて蹲り涙を流していた。身体を震わせてはポロリポロリと涙を溢し、嗚咽を漏らし続けている。

 何か、辛いことがあったのだと。悲しいことがあったのだと一目で分かるほどに痛々しい表情で泣く少女だった。

 

 そんな少女に一つの影が近寄り、声を掛けた。

 

『──こんばんは、可愛いお嬢さん。今日はとても良い天気ですね』

 

『!!』

 

 急に聞こえた清廉な声に驚愕しながらも、少女は表情を急いで取り繕い、顔を上げる。

 そこには、少女が世界で一番大好きな女性が──聖女の姿があった。

 

『聖女……様っ。なんで……ここにっ』

 

『集落に貴方の姿が見えなかったので、探しにきちゃいました。……ご迷惑でしたか?』

 

『そ、そんなことありえない……! 会いに来てくれて……す、すごく嬉しいっ』

 

『ふふ、それは良かった』

    

 少女の反応にホッと息を溢すと、微笑を浮かべる聖女。

 彼女は少女の隣に座り込み、少女の目元を温かく優しい光で包み込んだ。

 

『え、あ……』

 

『ごめんなさい、このままでは赤くなっちゃいますから。少しだけ、我慢してくださいね』

 

『は、はい……』

 

 あまりにも温かく心地の良い“光”を感じつつ、少女は頷く。

 目の前の“神聖の塊”とも呼べる存在を前にして、表情が硬く引き攣った。

 

『痛いですか? お顔に力が入っていますが……』

 

『え、い、いや……ぜ、全然大丈夫っ』

 

『ふふ、貴方は強い子ですね。……はい、もう大丈夫です。よく頑張りました』  

 

 聖女は『とっても偉いです』と満面の笑みで言い、少女の頭を優しく撫でた。

 

『わ、私は……強くなんかっ』

 

『いいえ、貴方はとても強い子です。他の誰でもない、私が、そう思うのです。……この気持ちは貴方にだって譲ってあげませんよ?』

 

『………ッ』

 

 聖女が見せる一切の悪意のない眩しい笑みに、少女は何も言い返すことが出来ず押し黙った。

 

 聖女の笑みを見ると、何とも言えない燻った気持ちが込み上がってくる。周囲への劣等感。変化し続ける環境。失っては泣くことしかできない弱く無力な自分。命を救ってくれた聖女への想い。整理の付かない感情がグチャグチャに混ざって、心が痛くて仕方がなかった。

 

『聖女様は……どうして……私が“強い”だなんて……思えるの?』

 

『え?』

 

 キョトンとする顔を晒す聖女に向けて、言う。引き出した言葉は、ずっと少女の胸の中で渦巻いてきた“傷”そのものだった。

 

『私……自分一人で、何か出来たことないのにッ。何時でも、どんなときでも沢山の人に迷惑を掛け続けてきたっ』

 

『………』

 

『ずっと、夢を見てる。……黒くて怖い竜に、家族が、故郷が、皆が……壊されていく所を。……わ、私は何も出来なかった。……なにも、なにひとつできなかった』

 

『………』

 

 溜まっていた思いを、懺悔を。聖女は只黙って聞いてくれている。

 それが、少女には途方もないくらいに嬉しくて、有り難かった。

 

『私には特別な“力”があるって、種族の中でも、“一番”に成れる可能性があるって……皆言ってくれたのに……なのに、私はッ』

 

『………』

 

『私と同じ境遇で泣き虫だった筈の“カルミナ”は、もう前を向いて頑張ってる……夢と希望を見出して、すごく強くなった。今の集落の人達とも打ち解けて、いつも一生懸命で……わ、私だけが、何も見つけられず、ずっと……弱いまま過去に取り残されてる』

 

 顔を両の手で覆い、少女は身体を震わせる。

 どうしようもない過ぎ去った過去。言っても何も変わったりしない。後悔は永久に残り続ける。こんな自分語りをして、目の前の誰よりも優しい人を困らせたいわけじゃないのに。

 

 それでも、抉られ傷付いた心は只管に思いの出口を探っては、言葉として紡ぎ出されていく。自分でも止めようがない。

 

 何をどうすればいいのか解らなかった。

 

『私は……一体、どうすれば……いいの? 教えて……聖女様ッ』

 

『───なら、今日は私と一緒に寝ましょう』

 

『………え?』

 

 予想だにしていなかった言葉に、涙が引っ込む。

 思わず顔を聖女の方へと向けると、彼女はニコニコと楽しげな笑みを浮かべていた。

 

『沢山寝て、沢山食べて、沢山学んで、沢山遊びましょう。そうすることで、人は強くなっていくんです』

 

『そ、そんなことな──』

 

『ありますよ』

 

 少女の言葉を遮り、聖女は徐ろに立ち上がると上空に輝く星を見つめた。

 

『カルミナも、そうした日常の中で“なりたい自分”を見つけ、強く在ろうとし始めたんです』

 

『!』

 

『私は……貴方のことをとても強い人だと思います。貴方の気持ちを聞いて、改めてその思いが強くなりました』

 

『ッ! ど、どうして……』

 

『ふふ、教えてあげません♪ これは、貴方が自分で見つけないと納得出来ないことですから』

 

 少女へと振り返り、聖女は笑い掛ける。

 

『だから、これから一緒に探していきましょう。貴方の“成りたい自分”を』

 

『───』

 

 少女に向けて、聖女はどこまでも眩しい笑みを見せ、手を差し伸べた。 

 

『解らないのであれば“解らない”で構いません。それも、一つの答えです。間違いなんかでも弱さなんかでも決してありません。私が保証します……ふふ、私の保証じゃ安心できませんか?』

 

『ッ! そんなワケない!!』

 

『ならば決定です。大丈夫……貴方はきっと、自分が思っている何倍も素敵な未来を歩くことが出来る』

 

『───……』

 

 都合の良い言葉のように、普通なら思うかもしれない。現実を見ていない、夢見心地な奴の妄言であると。

 しかし、この人の──聖女様の言葉だったら。信じることが出来る……信じたいと、そう思った。

 

 薄く、綺麗な空色の髪を揺らし──頭に小さな羽根の付いた少女は、聖女の手を取り立ち上がった。

 

 

 

 

 

 

 

 

『貴方は、どんな人になりたいのですか?』

 

『……え?』

 

『この問いへの貴方の回答……ふふ、楽しみにしていますね♪』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 今日も今日とて世界一カワイイ俺は、聖女ちゃんの足元で可愛らしく毛繕いをしていた。

 

『毛繕いをする猫さん……くっ、カワイイっ。“神聖の塊”すぎますッ』

 

 そりゃ猫は神聖の権化なんだから当たり前だろ。我唯一無二神ぞ? 

 

『猫さんは、いつも欠かさず身体の手入れを行なっていますし、とっても綺麗好きさんですね! とってもとってもとっても偉いです!』

 

 めっちゃ“とっても”言うじゃん。どんだけ偉いんだ俺……あ、世界一偉いな俺。モフモフだし。

 

 コロンと寝転がり、俺は尻尾も毛繕いし始める。デリケートな部分だからね、綺麗にしておかねばな。

 

『ここまで身体を曲げることが出来るなんて……す、凄すぎます! 猫さんは、とってもとってもとってもとってもとっても──』

 

「にゃあ」

 

 多すぎるし、いい加減喧しいわ!

 

 俺は両前足による連続猫パンチを繰り出した。

 

 尚、これを放った後は更に倍増した『とっても』攻撃を浴びるのであった。

 

 

 無敵かな?

 

 

 




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