聖女様の飼い猫   作:もふもふもふも

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42話 猫と“神聖殺し”

 

 

 

 夜。暗闇が支配するエイコーン周辺の森の中に一際伸びる、2つの影があった。

 

 プレンフィルと、ニコニコと人当たりの良さそうな笑みを見せる老爺。彼らは、足元にある邪悪なオーラを纏った“籠”をジッと見つめていた。

 

「こ、この籠の中にいる魔物を使えばいいんですか……?」

 

「はい。ペソン様に授かった大切な“子”です。貴方様なら、この“籠”に掛かった忌まわしき封印を解除し、中のモノを解放することが出来ると」

 

「か、解放……」

 

 目に見えて解る極悪な気配。それを確認し、“したらダメな奴じゃないかな、これ”とプレンフィルは考えた。

 

「あ、あのこれ……本当にヤッてもいいんでしょうか? わ、私の任務は“本命”を攫うこと。それがダメなら、他の人達と協力して“予備”を攫うことだって……その、言われててっ。こ、こんなヤバそうな魔物を解放しちゃったら……沢山の人に迷惑が掛かっちゃうんじゃ」

 

「何も問題はございません。ペソン様は、我らでは想像もできない尊き思考を巡らせておられる。この“子”を解放するのにも、意味と理由がある。私達にできるのは、その命に従い幸福を追求すること。違いますか? プレンフィル様」

 

「え、えっと……」

 

 老爺の瞳に垣間見える狂気に押され、押し黙る。思考放棄とも呼べるその言葉は、プレンフィルの求める答えは返ってくることはないということを指し示していた。

 

「プレンフィル様、貴方は物事を深く考えすぎるようですね。この“子”にしても、そう役割と逸脱しているものじゃございませんよ」

 

「……え?」

 

「中に封じ込められておられる“子”の習性は、『神聖殺し』。神聖な生き物を狩るためだけに特化し、そのエネルギーを糧とすることで成長し続けきた、何百年も昔に猛威を振るった“最邪の権化”です。つまりは、貴方様のターゲットを捕獲するために……貴方様のために、ペソン様はこの“子”を遣わされたのですよ」

 

「わ、私のため……?」 

 

「はい、その通りでございます」

 

 緊張感を解す老爺の笑みに、プレンフィルは気持ちが軽くなる感覚に見舞われる。人から強く思い遣られた記憶がない彼女は、人の善意や好意というものにめっぽう弱かった。

 たとえそれが、偽りの発言だとしても。それを見抜くほどの洞察力を、プレンフィルは持ち合わせてはいなかったのだ。

 

「どうか、ペソン様の思い遣りを無駄になさらぬよう、お願い致します。“予備”の者──カルミナを捕獲するために、私達には貴方様の力が必要なのです」

 

「わ、私の力が必要……! わ……わかりましたっ。この魔物の封印を、解きます……っ」

 

「流石はプレンフィル様! ペソン様がお認めになられた御方だ」

 

「で、でも……関係ない人には、危害を加えないんですよね? 私のためなら……そう、ですよね??」

 

 プレンフィルの切実かつ必死な問い。

 その問いに対し、彼女の扱い方を知り学習した老爺は満面の笑みを浮かべた。

 

「勿論でございます」

 

「よ、良かった!」

 

 ホッと胸をなで下ろすプレンフィル。明らかな嘘と解るソレを見抜けるほど、彼女は考えて生きてはいなかった。

 

「では、この森に“子”を解き放ってください。ギリギリ射程外とされる此処で神聖エネルギーを取り込みつつ、“子”の力を蓄えさせましょう」

 

「わ、わかりました!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆◆

 

 

 

 プレンフィルと別れた後。老爺は森を離れ、その先にあるアルラン平野を歩いていた。

 

 思い返すのは、先程のこと。プレンフィルによって解放された親愛なる“子”のことである。

 

 あの、心臓を鷲掴みにされたかのような怖気の迸る気配。見た目。そして、目にも止まらぬそのスピード。

 

 プレンフィルに無理矢理抑え込まれてはいたものの、復活したばかりでありながら、あれ程の能力値。時間さえあれば、“英雄級”をも超える程にまで成長を遂げるであろう圧倒的な『力』の濁流を目の当たりにし、老爺は笑いが抑えきれなかった。

 

 アレが、偉大なるペソンが用意した最大級の駒の一つ。

 

 “神聖殺し”と呼ばれる蛇の魔物──【アポピス】

 

 アレさえいれば、間違いなくあの街は滅びる。その瞬間が、待ち遠しくて仕方がない。そして、任務を達成すれば待ち望んだ世界が……“幸福”がやって来る。

 

 狂気に身を堕とした邪悪な笑みを浮かべ、老爺は高らかに叫んだ。

 

「ふ、ひひひっ……“子”の……絶望の前で精々踊れ。そして、苦しんで死ね……下等で愚かな人類よ!!」

 

「──誰も死んだりしないわ。だって、幸福な未来を人々は望んでいるもの」

 

「!!?」

 

 誰も居ない筈の、気配のない直ぐ隣から聞こえた心を強制的に震わせてくる、透き通る声。

 老爺は一瞬で“拙い”と悟り、頭で考えるよりも早く、身体がその場から離れるための回避行動を取っていた。

 

 しかし。

 

「とても速いわね。でも……ごめんなさい。チェックメイトよ」

 

「──【雷鎚(イカヅチ)】」

 

「なっ、き、貴様らは───が、ぁあ!!?」

 

 更に現れたもう一つの影。最後まで言葉を言い切ることなく、老爺は身体を貫く雷に絶叫する。

 そして、抵抗する力など微塵も残っていないことを表すかのように、その場に力なく倒れ伏した。

 

「終わったわね……ごめんなさい、テレス。こんな夜更けに手伝ってもらって」

 

 大きめの帽子を被った少女はホッと息を吐くと、此方に近付いてくる1人の剣士──テレスに微笑みを見せた。

 

「いいえ、構いません。貴方を護るのが私の任務です。……しかし、勝手に出歩くのだけは止めてほしい。探すこちらの身にもなってください」

 

「ふふ、善処するわ」

 

「……はあ。ほんと、リーダーだけで十分なので。猫のように勝手に居なくなるのは」

 

 少女の、全く守るつもりのないであろう清々しい微笑みに、テレスは溜息を吐いた。

 

 ──その頭上で行われるやり取りを聞きながら、老爺は揺らぐ意識を必死に繋ぎ止め、声を上げる。

 

「き、貴様ら……な、なぜこのような所……にっ」

 

「む、まだ意識がありましたか。彼女が善くないモノに取り憑かれた、“血の匂い”と“狂った感情”で出来た魔物だと警戒するだけのことはありますね」

 

「情報では……まだ、此処にいる筈が……!」

 

「ふふ、待ち切れなくなったから早めにエイコーンに向かうことにしたの。あの御方の……聖女様の“奇跡”を感じる場所に行きたかったのよ」

 

 どこまでも単純な理由。こんなモノに己が焼かれたのかと思うと、老爺は腸が煮えくり返りそうだった。

 

 だが、それでも。

 

「ヒヒッ……しかし……貴様が此処に居るのなら……もう、目的達成も時間の問題か……っ」

 

「目的……そのことについて、色々聞きたいと思っていたの。貴方みたいな重度の“憑かれ”、見たことがないわ。一体、何を目的として動いているのかしら?」

 

「──“幸福”だ」

 

「……“幸福”?」

 

 首を傾げる少女。彼女はその透き通る瞳で、老爺の狂気が満ち溢れる瞳を覗き込んだ。

 

「その意味を知りたくば向かうといい……聖なる街エイコーンへ。我々は、お前に用があるんだ、“予備品”」  

 

「………」

 

「その、神聖な血を“器”とすることで……我々は目的を果たすっ」

 

「聞く必要はありません、貴方は下がっていてください」

 

 意味のわからない発言の数々。聞いているだけで不快な気持ちになってくる。少女を下がらせ、眉を顰めたテレスは老爺を冷たく見下ろした。

 

「只の戯言です。相手にするだけ疲れますよ」

 

「……戯、言? ははっ……その発言こそが戯言だ……もう、貴様程度には制御できんッ。お前程度に相手取れるか……あの魔物が……“神聖殺し”が!」

 

「“神聖殺し”? 御伽に出てくるあの魔物のことですか? やはり狂った戯言を──」

 

「テレス」

 

 テレスの言葉を遮り、少女は今までにない真剣な顔を見せる。声に灯った強い焦燥感を感じ取り、言葉を続けることがテレスにはできなかった。

 

「後ろから、まだ何人か私の護衛が追ってきているのかしら」

 

「え、は、はい……そうですが」

 

「なら貴方は此処に留まって、その人たちに彼をお願いして頂戴」

 

「なっ、どういう意味ですか!?」

 

「──彼は嘘を付いていないということよ」

 

 大きい帽子を外す。そして、頭に付いた小さな羽と薄く綺麗な空色の髪を晒し、『歌姫』と称される少女──カルミナは、天敵から人々を護るため、夜の空を駆け出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

 世界の幸福において一番大事なのは、猫たる俺が満たされているかどうかだ。

 

 俺が幸福なら人々は嬉しいし、俺が悲しんでいれば人々も悲しくなる。神猫である俺は、一挙手一投足その全てが世界に影響を与える、この世で一番カワイくて天使な究極の生命体なのだ。

 

 なんて、誰もが解りきっていることを考えつつ。

 

 夜、森の中を優雅に散歩中だった俺は、突然襲い掛かってきた蛇畜生にゴッドパンチを叩き込んでいた。

 

 挨拶もなくいきなり飛び出してきやがって……なんと無礼な奴じゃ。

 

 まあ、臆することなく歯向かってきたことは褒めてやるけども。俺も“朝昼夕は聖女ちゃんに構いすぎて身体が鈍ってるなぁ。此処らでなんか一狩りしたいっすねぇ”って考えてたし、探す手間が省けて丁度良い。そういう命知らずな愚か者は嫌いじゃないしな。

 

 だが、圧倒的にスピードが足りなかったな。その程度のスピードじゃあ俺への不意打ちが成功することはありえぬ。我猫ぞ?

 

 俺のもふもふボディに触れたければ、その3倍の速度は出してこい!!

 

 俺に襲い掛かるという極刑不可避の不敬。誰もが恐れることを進んでやった気概は認めてやろう。

 

 でもそれはそれとしてムカついたんで、お前には一晩中俺の狩りの遊び相手になってもらう。

 

 教えてやろう……この世には、死んだ方がマシだったと思えるような出来事が沢山あるということをな!!

 

 

 今までの狩りにないもふもふした気持ちを抱きつつ、俺は身を屈めてお尻を振った。

 

 行くぞ! 蛇畜生!!

 

 

 

 と思ったら、蛇はなんか昇天して消えていった。

 

 

 ブチ狩られてぇのかテメェ!!

 

 

 

 




ここまで読んでくださり、ありがとうございました!
高評価等もありがとうございます! お陰様で猫さんがモフモフしております!!
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